せたがや百景 No.81-90の紹介
昭和59年に世田谷区と区民によって選定された「せたがや百景」のNo.81-90の紹介です。詳細は個別のページをご覧ください。
No.81 瀬田の行善寺と行善寺坂
急勾配の行善寺坂を登りきったところに行善寺がある。昔、寺の境内からは多摩川の眺望が開け、行善寺八景とうたわれた。行善寺坂はもと大山道の一部だった道で、この街道は八十八坂七曲といわれるほど起伏の多い地形を通っていた。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:瀬田1-12-23 備考:ーーー

東京の中心部から厚木方面へ続いていた旧街道、大山道は、用賀を過ぎると行善寺坂ルート(南大山道)と、慈眼寺坂ルート(北大山道)に分かれていました。
南大山道は、現在の瀬田交差点を斜めに突っ切るような形で交差していき、交差点の近くにある交番から脇道にそれていきます。いかにも旧道っぽい一車線の道で、緩やかにカーブしながら国分寺崖線を下っていき、多摩川に設置されていた二子の渡しへ続いていました。
高低差のある崖を下る坂道なので、そこそこ傾斜があり、荷車で物を運んでいた時代には、上りが大変なことはもちろん、下りでも荷車が止まり切れずに転倒するような事が多々あったそうです。
この行善寺坂の坂上にあるのが行善寺。明治に起きた火災で、建物や寺宝など多くのものが消失してしまい、その後再建されたので、比較的新しく感じる寺です。
崖の上にあることから多摩川や富士山方面への眺望が開けていて、二子玉川に家屋が建ち並ぶ前の時代には、とても素晴らしい景色を眺めることができました。その風景は行善寺八景として知られていたようです。現在でも同じ場所から眺望を眺めることはできますが、目の前に住宅地が広がっていて、微妙な感じの風景になっています。
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- ・瀬田の行善寺と行善寺坂(百景81)
No.82 環八アメリカ村(消滅)

アーリーアメリカンスタイルの白い建物のレストラン郡や住宅展示場が立ち並んでいる一角。誰いうともなくアメリカ村と呼ばれている。車社会に忽然と出現した都市の新しい名所だ。週末には湘南海岸へ行く若いサーファーや家族連れで賑わう。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:東名のインターから瀬田交差点方面にかけて 備考:ーーー

昭和50年頃、モータリゼーションの波に乗って、環八の東名高速入り口交差点付近に、アーリーアメリカスタイルのレストランが3軒並びました。
アメリカ村と胸を張って呼べるほど大規模なものではありませんでしたが、斬新さや物珍しさ、話題性によって区外から訪れる人も多く、特に夜は駐車場に入ることすらままならないほどの大盛況だったそうです。
しかし、徐々にアメリカスタイル自体が世の中に浸透し、ブームが下火になったのと、バブルの崩壊で、そういったレストランは消滅しました。
ちなみに、現在ではアメリカを代表するファーストフード店、マクドナルドとスターバックスコーヒーがインターのすぐ近くにあり、多くの客でにぎわっていますが、「第二次アメリカ村」とは呼ばれていません・・・。
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- ・環八アメリカ村(百景82)
No.83 玉川台自然観察の森(現・玉川台二丁目五郎様の森緑地)
環八沿いのビルの裏手にこんもりと緑の盛り上がった森がある。ここは密生した植物とともに昆虫や小鳥が共生している自然空間となっている。過密な都市の中に生きているこうした自然のスペースを大切にしたいものだ。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:玉川台2-30 備考:ーーー

用賀の住宅地の一画に、その区画のほとんどが森におおわれているといった不自然な敷地がありました。それが玉川台自然観察林で、内部は非公開で、小学生などが授業等でカブトムシの成長観察を行ったり、腐葉土をつくっていました。
2017年からは市民緑地として契約し、玉川台二丁目五郎様の森緑地となりました。森のようだった敷地内は程よく整備され、内部には遊歩道が設置され、森のような敷地内を歩くことができるようになりました。自然林としての役割や、カブトムシの飼育は引き続き行われています。
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- ・玉川台自然観察の森(百景83)
No.84 用賀観音の無量寺

境内に一際高く大イチョウが茂る。用賀観音と呼ばれるのは十一面観音像で、品川の浜で漁師の網にかかったのがここに祀られるようになったという。かつては観音講が組織され賑わったが、今は静かな境内だ。昼下がり近くの小学校のチャイムがのどかに響く。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:用賀4-20-1 備考:ーーー

用賀駅の北側、いらか道に面して無量寺があります。山門前には多くのお地蔵様が置かれていて、ちょっと楽し気に感じます。
山門の後ろにはとても背の高いイチョウの木がそびえていて、山門から入ると、とてもインパクトがあります。背の高い用賀駅ビルが建つ前はさぞ目立っていたことでしょう。この他にも木々が多く、とても落ち着いた感じの境内になっています。
本堂の横には観音堂があり、説明文にある十一面観音様が祀られています。行基の作といわれていて、十二年に一回、午(うま)の年に開帳されるそうです(2014年、2026年、2038年)。
かつては観音講が組織されていて、お十夜の日に集まり、説法を行い、そのまま寺に泊り込んで、酒を酌み交わしたり、踊りをしたりして過ごしたそうです。娯楽の少ない時代だったので、ストレス解消のリクリエーションを兼ねた行事となっていたようです。
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- ・用賀観音の無量寺(百景84)
No.85 馬事公苑界わい

東京オリンピックの馬術競技の会場になったことで有名。背の高いケヤキ並木をくぐって入る苑内は広大で、多くの樹木や草花が季節をいろどる。雑木林を散策するとかつての武蔵野の姿が思い浮かぶ。ケヤキ並木の道は広場として整備され、また一つ魅力を加えた。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:上用賀2-1 備考:ーーー

昭和8年、御誕生になった皇太子殿下(平成天皇)の奉祝記念行事として大馬事施設の建設計画が発案されました。これが馬事公苑の始まりです。
この計画は戦争が起きたり、オリンピックの開催が決まったり、返上したりと、紆余曲折がありましたが、太平洋戦争後に馬事公苑として歩み出します。
その後、第18回オリンピック東京大会(昭和39年)の開催が決まり、馬事公苑は馬術会場に使われることになりました。更に時が流れ、2020年開催の東京オリンピックでも馬術会場として使用されることになり、施設の老朽化もあり、施設を閉鎖し全面的な大改修が行われました。
オリンピックはコロナ化の影響で翌年の2021年の開催になりましたが、競技は無事に行われました。そして2023年11月、再び営業を再開しました。
JRAの施設ということで、元々は騎手講習生や競馬に携わる人材の訓練が行われていましたが、都心に近い数少ない馬術場という事で、多くの大会やイベントが開かれるようになり、騎手育成に専念できる環境ではなくなりました。今では競馬関係のことは中山競馬場の競馬学校へ移管され、乗馬普及と馬術指導に力が入れられています。
そういったわけで、乗馬や馬へのふれあいから馬事に関わる事柄の啓発のため、また、近隣の市民の憩いのため、普段でも自由に入園できるようになっています。苑内には桜の木が多いので、桜の時期は特にお勧めです。
馬の施設以外にも子供の遊び場なども充実して、馬に興味がなくても楽しめますし、休日などには馬術開会が行われていたりするので、馬に興味を持つきっかけになったりもします。
馬事公苑の魅力は、多くのイベントが行われることにもあります。一番大きなイベントはゴールデンウィークに行われるホースショー。馬術大会とイベントが合わさって多くの人が訪れます。秋の愛馬の日のイベントでは、馬に関連する伝統芸能などが披露されます。
この他、馬に親しむ日というのが設けられていて、この日は乗馬体験が出来たり、馬車に乗れたりします。人気のイベントなので、少し早めに訪れて並ばないとダメなようです。
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- ・馬事公苑界わい(百景85)
No.86 サマー世田谷ふるさと区民まつり

夏の緑を背に真っ赤なカンナの花が咲く8月初旬、馬事公苑を舞台に「ふるさと区民まつり」が開かれる。郷土芸能、ミニSL、おみこし、盆踊りや阿波踊りに馬の曲芸や試乗も加わり、大変な人気を呼ぶ。植木市や数えきれないほどの出店もたち並んで世田谷の一大夏の風物詩となった。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:上用賀2-1(馬事公苑内と公苑前のケヤキ公園で開催) 備考:ーーー

毎年8月の第1週目の週末、JRA馬事公苑をメイン会場として「ふるさと区民まつり」が行われています。天候不順などの要因で来場者数は上下しますが、だいたい平均すると毎年40万人前後の人が訪れている感じなので、とても大きなイベントになります。
第1回目の開催は昭和53年。以降ずっと「世田谷区民まつり実行委員会」が中心となり、区民の手づくりイベントとして行われ続けています。
イベント内容は時代や流行とともに変わってきましたが、メインイベントとして、土曜日の夜の阿波踊りやサンバが熱く踊るせたがや踊りざん舞、日曜日の夜の一流のアーティストによるフィナーレコンサートは人気のステージで、毎年とても混雑しているようです。
大人に人気があるのはケヤキ広場に並ぶ世田谷と交流のある地方の物産展。子供に人気があるのは子供が遊んだり、体験したり、工作したりできる子供の遊びコーナーです。広大な馬事公苑内で行われるので、結構充実しています。
その他、区内の学生や団体によって演奏や踊り、地方の伝統芸能、子供用の戦隊ショウやポニー演技など多種多様な演目が行われたり、区内の団体による神輿パレードなども行われます。
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- ・サマー世田谷ふるさと区民まつり(百景86)
No.87 駒沢緑泉公園

人工芝と噴水と緑の公園、樹林園には落葉樹、常緑樹、潅木などが植えられた丘や川がつづく。素足の子ども達が小川の流れに入って遊び、幼い子は人工芝の上をのびのびとかけまわる。都市生活に欠かせないものとして公園空間はある。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:駒沢3-19 備考:樹木園の入場は午前8時半から午後5時(7、8月は18時)まで

駒沢の現在の国道246号と、かつての国道246号が分岐する交差点の北側に駒沢緑泉公園があります。
この公園は、宅地開発が進む中、昭和49年に自然の魅力を引き出すための公園として、整備されました。緑泉公園の名の通り、樹木が多く、噴水やせせらぎが設けられていて、住宅地の中のオアシスのような存在となっています。
百景の解説文には「人工芝と噴水と緑の公園」とありますが、これは設立当時の話で、現在では改修が行われ、タイルの敷かれた広場に地面から噴き出る噴水に変わっています。暑い日などにはその噴水で子供たちが元気よく水遊びをしています。
駒沢緑泉公園の特徴的な部分は、樹木園。多くの木が植えられている中をせせらぎが流れています。マイナスイオン効果がありそうなエリアで、部分的に切り取れば、人里離れた林の中に来たような気分になれます。
しかしながら、現実的にはここはそんなに広い公園ではないので、木々の間からは周辺に建ち並ぶ民家が見えてしまいます。その点はガッカリポイントであり、しょうがない部分になります。
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- ・駒沢緑泉公園(百景87)
No.88 駒沢オリンピック公園
東京オリンピックの第二会場として整備され、オリンピック終了後は都の総合運動場となっている。緑に囲まれた公園で、中央広場には、五重塔を幾重にも重ねたような記念塔がそびえ、その周りに屋内体育館、陸上競技場がある。多くのスポーツ施設が整い、緑に包まれた休養地や児童遊園もある。家族そろって楽しめる憩いの場だ。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:駒沢公園1-1 備考:ーーー

目黒区との境界線付近、実際のところは少し境界線をまたいで立地しているのが、都立駒沢オリンピック公園。通称、駒沢公園です。駒沢通りを挟み、広大な敷地を擁しています。
公園名にオリンピックの文字が入っているのは、昭和39年に行われた第18回オリンピック、東京大会の第二会場になったから。大会期間中には、レスリング、バレーボール、ホッケー、サッカーの予選といった競技が、この駒沢会場で行われました。
このオリンピックでは、鬼の大松監督に率いられた女子バレーボールチームが奮戦し、金メダルを取りました。東洋の魔女と呼ばれる彼女たちの活躍を見るために、連日、室内競技場周辺は賑わったそうです。
現在、当時のオリンピック関係のもので残っているのは、聖火台、オリンピック記念塔、そして体育館内にある東京オリンピックメモリアルギャラリー(入場無料)などです。
オリンピックの会場になっただけはあり、駒沢公園内には多くの競技施設があります。主な競技施設は、陸上競技場、補助競技場、第一球技場、第二球技場、屋内球技場、体育館、硬式野球場、軟式野球場、弓道場、トレーニングセンター、テニスコートです。
競技施設以外の施設は、4つの売店、2つのレストラン、3つの児童公園、サイクリングセンターとサイクリングコース、ストリートスポーツ広場、小さいながらバードウオッチングや梅林、ドッグランなどといったエリアがあり、運動競技以外でも楽しむことができるようになっています。
古くから駒沢公園は若者たちのストリートバスケやストリートスポーツ(スケートボードなど)の聖地としてあがめられてきました。今でも健在です。それとともに、近年の健康志向の高まりからジョギングコースも人気となっていて、ジョギング目当てに訪れる人も多くなりました。
駒沢公園は大きな大会を開けるほどの競技場があり、気軽に楽しめる運動施設とレクリエーション施設も多く、施設が充実した公園といったイメージを持つ人が多いと思いますが、実は木々に関しても凄かったりします。
なにせその辺の公園と違い、世界規模のオリンピックを開いた会場なのです。きちんと計算して植樹されています。スポーツ施設を東屋に例えるなら、巨大な超近代庭園という表現がいい得ているかもしれません。そういった目線で歩いてみると、園内の散策がより一層楽しく感じます。
そういった木々の中でも一番美しく感じるのが、駒沢公園通り沿いに並ぶイチョウの並木です。広々とした空間に整然と並ぶイチョウの木が紅葉する様子はとても美しいです。
- <詳細ページ>
- ・駒沢オリンピック公園(百景88)
No.89 桜並木の呑川と緑道

呑川の下水道化のために川の上をふさぎ緑道化したが、駒沢通りから上流はまだ川の流れが見える。川の流れに沿って桜並木があり、玉川通りまで続いている。遊歩道になった神明橋から下山橋にも桜並木が見られるが、これは川の土手の両側に植えられた桜がそのまま残ったもの。川の土手沿いの桜はかつて世田谷の春の風物詩だったが、今は区内各所で緑道沿いの桜と変わって世田谷に春の訪れを告げる。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:深沢1~8丁目 備考:ーーー

呑川(のみかわ)は、田園都市線の桜新町駅付近を水源とし、東京湾に流れ込む全長14.4km、二級河川に指定されている都市河川です。
元々は「大川」と土地の人は言っていましたが、水が清らかで、呑み水になることから呑川と言われるようになり、それが正式な名称になったのでは・・・と言われています。
国道246号から駒沢通りまでの区間は、せせらぎの流れがある親水公園として整備されています。せせらぎ沿いには桜並木が続いていて、春にはとても素敵な風景になります。世田谷でも一、二を争うような風景では・・・と個人的に思っています。
また、流れの中には菖蒲などの水辺の植物が植えられ、ザリガニなどの水生生物を観察することができます。
駒沢通りより下流ではせせらぎはなくなり、遊歩道を備えた緑道となっています。引き続き桜が多く植えられているので、こちらの方も桜の名所になっています。
緑道内にはベンチが設置されていて散歩の休憩場所になったり、小さな段差に手すりが付けられていたり、小さい子供の遊具が置いてあるので子供を遊ばせることができたり、緑道を使って地域で桜祭りを行っていたり、小中学校の通学路になっていたりと、地域でこの緑道を活用し、大事にしている事を感じられます。
- <詳細ページ>
- ・桜並木の呑川と緑道(百景89)
No.90 谷沢川桜と柳の堤

川沿いの桜が途切れると柳が続く。悲劇の伝説をもった「姫の滝」もあり、下流は等々力渓谷へと達する。地元の人たちのいき届いた手入れが光る。まちなかのコミュニティ景観だ。(せたがや百景公式紹介文の引用)
場所:用賀1丁目~中町5丁目 備考:ーーー

谷沢川(やざわがわ)は、多摩川水系の一級河川に指定されている都市河川です。全長は約3.8km。世田谷通り近くの桜丘五丁目付近の湧水を源流とし、用賀地域の幾つかの湧水を合流させながら用賀、中町、上野毛、等々力と流れていき、野毛付近で多摩川に合流しています。
川筋が見えるのは用賀駅前通りにある田中橋から。かつてここから隣の中町との境になる「上の橋」まで桜並木が続いていましたが、高速道路の建設の際、高架に重なる部分は取り除かれたので、現在では国道246号の下流にのみ桜並木があります。
川の淵が波状にデザインされていたり、橋に桜のデザインが施されていたりと、お洒落な感じがする桜並木となっています。
「上の橋」からは中町町域になり、かつてはここに柳が植えられていて、柳の並木になっていました。百景選定後、ハナミズキに植え替えられたので、今ではハナミズキ並木に変わっています。花の時期、4月中旬から下旬ころはとても美しい光景になります。
上野毛通りより下流には、姫の滝、或いは野呂田の滝と呼ばれる高さは3m程の滝がありました。この土地の名主の娘が身を投げたとされる悲劇の伝説を持った滝でしたが、昭和13年7月の水害で滝は崩壊。その後の耕地整理で川筋も変わったので、石碑が建っているだけで、痕跡は全く残っていません。
- <詳細ページ>
- ・谷沢川桜と柳の堤(百景90)