駒沢オリンピック公園
駒沢公園1-1東京オリンピックの第二会場として整備され、オリンピック終了後は都の総合運動場となっている。緑に囲まれた公園で、中央広場には、五重塔を幾重にも重ねたような記念塔がそびえ、その周りに屋内体育館、陸上競技場がある。多くのスポーツ施設が整い、緑に包まれた休養地や児童遊園もある。家族そろって楽しめる憩いの場だ。(せたがや百景公式紹介文の引用)
1、駒沢オリンピック公園と昭和の東京オリンピックについて
*国土地理院地図を書き込んで使用
目黒区との境界線付近、実際のところは少し境界線をまたいで立地しているのが、都立駒沢オリンピック公園。通称、駒沢公園です。駒沢通りを挟み、広大な敷地を擁しています。
公園名にオリンピックの文字が入っているのは、昭和39年に行われた東京オリンピックの会場になったから。とはいえ、もうだいぶん古い話だし、2020年(2021年)に2回目の東京オリンピックが行われたので、オリンピックと駒沢公園を結びつけられる人はもう少数派になってしまいました。
そもそも、昔から地元の人がオリンピックという名称を付けて呼ぶ事はなく、駒沢公園という言い方が世田谷、目黒では一般的です。そのへんは同じ区内にある都立公園の芦花公園(正式には蘆花恒春園)と同じ感じでしょうか。
ケヤキ並木と広い入り口が特徴です。
今では駒沢公園の呼称が全国的に広まりましたが、一昔前は区外から来る人にはどう呼んでいいのか分かりにくいようで、私が駒沢公園近くを歩いている時、「オリンピック公園ってこっちの方向であっていますか?」と人に尋ねられ、えっ、あっ、ん~、そっか駒沢公園の事か・・・と戸惑った事があります。
尋ねた人にしてみれば、駒沢周辺で駒沢の名はあえて付けなくても分かると思ったのでしょうが、こちらとしては聞き覚えのない言い回しだったので、とても戸惑ってしまいました。(*スマホのなかった時代)
昭和時代のものが現役で残っていました。
駒沢オリンピック公園は都立公園で、敷地面積は約41ha。砧公園(39ha)よりも少し大きく、都立公園の中では8位の広さになります。
先に書いたように、昭和39年のオリンピック東京大会時の会場跡地を整備して造られた公園で、開園はオリンピックが閉幕したすぐ後の12月1日です。
広大な敷地には、オリンピックで使用されたスポーツ施設(現在は建て替えられたものも多い)が多くあり、運動公園というスポーツに関わる場、そして身体を動かしたり、くつろげる場といったしっかりとしたテーマのある公園になっています。
その一方、自然も豊かで、園内には120種類以上もの樹木が植えられていて、高木だけでもその数7300本も生えています。芝生面積も1.4haあり、競技場や運動施設ばかりの運動公園ではなく、運動施設と緑とが調和した健康的で自然豊かな公園でもあったりします。
*国土地理院地図を書き込んで使用
この広大な駒沢オリンピック公園はどういった経緯で誕生したのでしょう。オリンピックやそれ以前の駒沢公園について書いていくと、元々この場所は狸谷(まみがや)と呼ばれる地域で、周辺の深沢村を含めて雑木林や畑ばかりの寂しい土地でした。明治22年までは世田谷村の飛び地として管理され、明治天皇が兎狩りをされた場所でもあります。
大正2年になると、東京ゴルフクラブの会員達が深沢村から土地を借り、駒沢ゴルフ場を造る事にしました。大正3年から工事が始まり、初めは9ホール、後に18ホールの巨大なゴルフ場が出来上がりました。
当時のゴルフというのは、究極の紳士のスポーツ。要は貴族とか、特権階級の人しかできないような娯楽でした。ゴルフ場ができたことでお金持ちが集まり、地元としては現金収入や雇用が増えるなど、大いにメリットがあったようです。この辺の事情は同じようにゴルフ場があった等々力と一緒です。
ちなみに、駒沢公園の北側に面している駒澤大学は、ゴルフ場ができる少し前の大正2年に麻布から現在地に引っ越してきました。当時は曹洞宗大学という名称で、1925年(大正14年)に駒澤大学に改称しています。駒沢公園よりも半世紀前に大学があったことになります。
駒沢公園よりも先に移転してきました。
しかし、年号が昭和に変わると、土地代が高騰。ゴルフ場の採算が合わなくなり、昭和初期に土地を引き払っています。
昭和7年頃、五島慶太氏が取締役を務める目蒲電鉄(東急の前身)がこの土地を購入しています。土地を造成して深沢や田園調布のような高級住宅を造ろうとしていた・・・という話ですが、詳細ははっきりとしていません。
ただ、使われることなく時間が経ち、昭和11年になると、第十二回オリンピックが東京で開催されることが決定しました。
この時に、駒沢にちょうどいい土地がある。この地に世界最大級の運動競技場を造り、オリンピックのメイン会場にしようではないか・・・といった構想が生まれました。
区内にある馬事公苑でも、同じようにオリンピック用の敷地として東隣に1万5千坪の敷地を追加で購入しているので、世田谷区内ではオリンピック開催に向けての動きが慌ただしかったようです。
しかしながら、その後に起きた日中事変などの政情により、昭和13年、やむなくオリンピックの開催地を返上しました。それでも、この決定後に東京都がこの土地を買い上げているので、この地に競技場を造り、いずれオリンピックを開催しようといった計画というか、野心は消えなかったようです。
園内は広々としていて、今でも周囲に大きな建物が少ないので、広い空が広がっています。
その後、太平洋戦争が起き、混乱の時代を迎えます。広い空き地となっていたこの都有地は、主に資材置き場、そして食糧不足から、畑として利用されたようです。
終戦を迎え、少し経った昭和28年、東急電鉄などが都から敷地を借りてプロ野球東急フライヤーズ(現在の北海道日本ハムファイターズ)の本拠地として、駒沢野球場を造りました(*チーム自体は昭和22年に購入。昭和29年からは子会社の東映に運営を委託し、東映フライヤーズと名称を変更)。
奔放なプレースタイルから「駒沢の暴れん坊」の異名を取ったとか。世田谷区にプロ野球球団の本拠地があったというのには驚きました。
*国土地理院地図を書き込んで使用
昭和37年になると、再びオリンピックが東京で行われる事が決まります。ただ、残念なことに今回のメイン会場は代々木となり、駒沢はサブ会場(第二会場)の役割を担うことになりました。
このことによって野球場となっていた敷地は東京都に返還され、野球場は取り壊され、急ピッチでオリンピック用の競技場が造られていきました。
当時の建物ですが、老朽化がひどく、現在は建て替えられました。
そして昭和39年、無事に第18回オリンピック東京大会が開催されました。大会期間中には、レスリング、バレーボール、ホッケー、サッカーの予選といった競技が、この駒沢会場で行われました。
とりわけ鬼の大松監督に率いられた女子バレーボールチームが奮戦し、金メダルを取ったというのがポイントの高い部分でしょうか。東洋の魔女と呼ばれる彼女たちの活躍を見るために、連日、室内競技場周辺は賑わったそうです。
実際に管制塔として使用されたものです。
現在、当時のオリンピック関係のもので残っているのは、聖火台、オリンピック記念塔、そして体育館内にある東京オリンピックメモリアルギャラリーです。
オリンピック記念塔は高さが50mもある塔で、陸上競技場と体育館の間の中央広場の奥に聳えています。組木細工のような背が高い建造物は、周囲に他の建造物がないのでよく目立ち、駒沢公園のシンボル的な存在となっています。
オリンピックの時には、地上12階建ての管制塔として使用されました。よく見ると最上部にアンテナがあったり、最上階に管制室があります。
ちょうど私のイメージと重なる場面でした。
公式サイトでは、「現代の五重塔の趣きを感じられる」とか、百景の文章でも「五重塔を幾重にも重ねたような・・・」と、五重塔を連想させる表現が使われているところをみると、五重塔をモチーフに造られたのでしょうか。
ある程度近づいて下から見ると、ひさし部分が屋根に見えるので、そう見えなくもないかな・・・といった感じです。
でも、塔から離れて見ると、骨組みといった感じで、さんまの頭と骨だけのようにも見えるし、やっぱり組木細工かな・・・というのが私の感想です。まあ見え方は人それぞれでしょう。
今でも現役で使用されているのかわかりませんが、特に使用していないのなら、バンジージャンプに使えば楽しそうに思えます。凄く話題になり、多くの人が訪れるのではないでしょうか。
あまり存在感のない聖火台です。
この記念塔の周りは池があり、その池の中にはシンプルな聖火台がさりげない感じであります。オリンピックの開催中、代々木の国立競技場だけではなく、ここでもオリンピックの象徴である聖火が灯されていました。
今でも火がつけられることはあるのでしょうか。もう飾りになっているのでしょうか。よく考えると、聖火台というのはオリンピックが終わってしまうと、使い道がほとんどないですね・・・。
当時の資料などが展示されています。
体育館の中には東京オリンピックメモリアルギャラリーがあります。昭和の東京オリンピックを中心に、オリンピック全般や長野オリンピックについて展示してあります。
展示物に関しては、展示の中身よりも展示の様子に興味を引かれました。細かいチケットやパンフレット類が保存され、きれいに並べられている様子を見ると、日本人の何でもかんでも記念に取っておこうというもったいない精神とか、几帳面さを強烈に感じてしまいます。
まるで日本人が昔、海外旅行へ行ったときに現地での博物館や交通のチケットやらツアーのしおりやらを記念にとっておいた光景・・・、って同じ昭和の出来事ですね。昭和的な日本人を感じられる場所。今風に言えばエモく感じるのではないでしょうか。
入場料は無料なので、気軽に覗いてみるといいと思います。(9:30~17:00、年末年始、第二月曜休館)
2、駒沢公園の競技施設
この広場では様々なイベントが行われます。
オリンピックの会場になっただけはあり、駒沢公園内には多くの競技施設があります。主な競技施設は、陸上競技場、補助競技場、第一球技場、第二球技場、屋内球技場、体育館、硬式野球場、軟式野球場、弓道場、トレーニングセンター、テニスコートです。
これらの施設の運営、管理を行っているのは、都の外郭団体である財団法人東京都スポーツ文化事業団になります。
公園内にある施設はどれも立派ではありますが、昭和時代の建物がベースになっているので、日本最高峰とか、最先端とか、感動的なほど立派な施設・・・といった感想よりも、落ち着いたとか、安心感がある施設といった印象を受けることかと思います。
でも、競技場の優劣は中身にあります。選手が競技を行いやすい環境さえ整っていることが大事です。それとともに、競技施設において重要なのは、実は観客席の方だったりします。
東京には多くの競技施設がありますが、観客席が多く設置されている競技場というのは少なかったりします。特に室内競技場はあまりなく、全国的な大会を開催できる場所というのは限られます。
なんでも設備の他にも観客の収容人数によってグレードが定められ、基準をクリアすると大きな大会を行うことができるようになっているからです。
陸上だけではなく、サッカーなどにも使用されます。
駒沢公園で一番大きな施設は、陸上競技場になります。観客収容数は2万人と多く、400mのトラックもトラック内の芝生もきれいです。昭和の東京オリンピックの際には、サッカーの予選が行われました。
とても立派な競技場にもかかわらず、陸上などの大きな大会は国立競技場や味の素スタジアムだし、オリンピック種目であったサッカーも、今では全国高等学校サッカー選手権大会、全日本大学サッカー選手権大会と、アマチュア専用といった感じで、全国放送に映るような大会が行われることがありません。
しかしながら、これにはちょっと理由があります。道路を挟んだ隣が国立病院の東京医療センターなので、夜間照明の灯りが入院患者の安眠を妨害する恐れがあることから、照明設備が設置されていないのです。もちろん応援などの騒音にも気を使わなくてはいけません。
例えば、Jリーグの試合を行う場合は、照明設備が必要となります。なので、昼間に行われるカップ戦が行われることが稀にあるぐらいです。
曇って薄暗くなった場合などといった緊急時に照明があるのとないのとでは、競技の質に違いが出てくるので、照明の付いている施設の方が優先順位が高くなってしまうのはしょうがありません。
8角形の屋根を持つ特徴のある建物です。
中央広場の左手に体育館があります。体育館はオリンピックの時にはレスリング競技のメイン会場として使用されました。
独特の形をした八角形の屋根を持つデザインの美しい建物で、近未来的というか、コスモポリタン的といったモチーフで作られたのでしょうか。
内部は仮設席を含めて観客収容人員が約3500人もあり、大きな大会の開催が可能です。公式サイトによれば、レスリング、卓球、エアロビクス、バレーボール、フットサル、ハンドボール、バスケットボール、フェンシング、チアリーディングなどといった競技の全国規模の大会が行われているようです。
東洋の魔女が活躍した会場です。現在は建て替えられて新しくなっています。
駒沢通りの南側、ちょうどオリンピック記念塔や中央広場の正面に屋内球技場があります。1964年のオリンピック東京大会ではバレーボール競技のメイン会場として使用され、東洋の魔女と言われた日本チームが活躍した会場になります。
平成26年度~平成28年度に改築工事が行れ、現代的なデザインの建物に生まれ変わりました。内部は仮設席を含めて観客収容人員が約1500人(旧施設は約2400人)と、体育館より少し小さめです。
体育館と施設面などで具体的に何が違うのかわかりませんが、公式サイトによると、バレーボール、バスケットボール、卓球、バドミントン、フットサル、ハンドボールのほか、ウエイトリフティングやボルダリングなどの屋内スポーツで利用されているとのことです。
高校野球の予選などが行われます。
野球場に関しては硬式用と軟式用の2つの野球場があります。
硬式用の球場は一面のみのきちんとしたスタジアムで、両翼91m、センター120mの大きさを持ち、ナイター設備もあります。ただ、観客席が内野のみで、収容観客数が約1300人とあって高校野球の都大会が行われる程度です。
かつて駒沢の暴れん坊の異名を取った東急フライヤーズの頃の面影はありませんが、今でも周囲がケヤキの木々に囲まれているので、昔もこんな雰囲気の中で野球をやっていたのかも・・・などと勝手な想像をすることはできます。
軟式野球場は駒沢通りの南側、公園の南東部にあります。ここはオリンピック東京大会の時に駐車場だった場所で、大会後に長方形の二面式の野球場に整備されました。よく公園にあるやつといった感じで、照明もついていません。とはいえ、普通の公園よりはかなり広いです。
サッカーやホッケーなどに使用されます。
1964年のオリンピック東京大会でホッケーのメイン会場として使用されたのが、第一球技場。屋内競技場の裏手にあります。その他、第二ホッケー場として使用された第二球技場、第三ホッケー場として使用された補助競技場が、オリンピック記念塔の北側にあります。
どの球技場も人工芝が敷いてあり、補助競技場と第二球技場はナイター設備もついています。陸上競技の補助グラウンド、サッカー、ラグビーフットボール、アメリカンフットボール、ラクロスなどに使用され、観客席も備えているので、小さな大会にも利用されています。
また運動会などの行事にも利用されています。という私も高校の時、学校の校庭が狭くて全校生徒での運動会を行えなかったので、補助競技場で運動会を行いました。まだ地面が土だった頃ですが・・・・。
渦巻き状の変わった入り口でした。
この他、軟式野球場の横に人工芝のテニスコートが8面、体育館の西側、公園管理所の裏に和弓28m×9人立の本格的な弓道場があります。
以前は体育館の南側、駒沢通りに面した場所に屋外プールがありました。プールの大きさは50m×20mで、水深1.0m~1.3mの一般的なサイズ。屋外なので、夏のみの営業でした。
残念ながら2011年に施設老朽化のために営業を終えました。その後、新しくなるのか、それとも別の施設ができるのかと期待していたのですが、ずっと放置されている状態です。
屋内球技場は建て替えられて新しくなったというのに、ここはどうするのでしょう。取り壊しは決定しているので、隣にある体育館の改修時にまでほっとくのかと思いきや、体育館のリニューアルも完了。ほんと、どうなる・・・、いや、どうしたいのでしょう。
3、駒沢公園のレクリエーション施設
橋の周辺は古くからバスケットが盛んです。
現在の駒沢公園は、周辺住民やすぐ隣の駒澤大学、そして近くの日本体育大学の学生たち、近隣の高校、中学の部活動の学生や東京医療センターの入院患者などの憩いや活動の場となっています。
とりわけ敷地が狭い駒沢大学生にとっては、キャンパスの延長上のような駒沢公園の存在はうれしいでしょうし、国立病院の入院患者の人には、すぐ隣に散歩コースがあるのは健康のため、或いはお見舞いに来てくれる人のためにもありがたい存在に違いありません。
世間一般の人にとっての駒沢公園といえば・・・・、と真っ先に出てくるのはその人の興味の対象だったり、思い出の深いことがらになるでしょう。
私的には、駒沢公園といえばバスケかな・・・ということで、まずバスケットから紹介していきます。
駒沢公園は駒沢通りを挟んで施設があり、2本の橋が中央広場と屋内球技場を結んでいます。その橋の下の壁のところにバスケットのリングが取り付けられていて、昔からバスケットの練習に励む人が多いです。
今ではきちんとしたゴールが取り付けられて公園公認となっていますが、昔は自分たちでリングを取り付けて頑張っていました。そういった過去からストリートバスケの聖地ともいわれています。
3対3で行うゲームが主流です。
正式なバスケットボールの競技は、5人対5人で行い、広いコートの両脇にゴールがあり、相手のゴールに多くの得点を入れたほうが勝ちになります。
でも、そんな大がかりなコートは気軽に使うことはできません。屋内で練習しようにも、学校の部活ならまだしも、そうでないと借りるのも大変ですし、もし借りることができても、少人数で一面のコートでは使いきれません。
そういった事情から生まれたのが、一つのゴールで少人数で遊べるバスケ、3on3(スリーオンスリー)です。3人対3人で攻撃と守備を交代交代にする三人制のバスケで、こういった屋外では盛んに行われてきました。
2007年には国際バスケットボール連盟(FIBA)が正式なルールを設けた3×3(スリーバイスリー)を正式競技種目として認め、定期的に国際大会が開催されるようになりました。
そして2020年の東京オリンピックでいよいよこの3×3が初めて正式種目となりました。オリンピック種目だと思うと、この駒沢公園での日常の風景だったバスケットの様子がちょっと違った風に見えてくるもの。汗を流しながらプレーしている人たちの中にもしかしたら未来のオリンピック選手が混じっているかもしれませんね。
秋は気候も良く、風景もよく、走るのには楽しい季節です。
近年では健康志向が高まりからジョギングが人気となり、公園外周を一回りするように走るジョギングコースは地元の人を中心に利用者が多くなっています。
ジョギングコースは全長約2.1kmで、反時計回りに回るようになっています。実際にコースを走ってみると分かるのですが(歩いても構わないです)、木々に囲まれた並木道を走る感覚なので、結構気持ちがいいです。
地方のランナーにとって、東京の人気コースを走るのは憧れになっています。特に人気なのが、皇居一周。一生に一度は走ってみたいようで、このためだけというか、皇居一周ランを主な目的として上京してくる人もいます。
ここ駒沢公園のコースもそれなりに人気となっているようで、ここを走るために遠方から訪れる人も多いようです。
本番前のウォーミングアップ中の様子。本番に向けて気合が入っていました。
コースはアップダウンが少ないし、専用のコースなので、初心者にも走りやすいです。皇居との一番の違いは、公園内の専用コースということ。なので、早朝の人が少ない時間帯や、渋滞で排気ガスが充満する前といった時間の制約がないので、いつ訪れてもそれなりに人が多く走っています。
土日祭日は結構込み合い、時々ジョギングの走行会のようなイベントなども行われていて、ゼッケンをつけて走っている人も見かけます。平日でも中学や高校などのマラソン大会が開催されることもあるようです。
秋には世田谷ハーフマラソンも行われ、その時は大勢のランナーが駒沢公園を出発し、二子玉川や多摩川を回って駒沢公園に戻ってきます。
4人乗り、2人乗り、子供用の自転車をレンタルしています。
ジョギングコースと並行してサイクリングコースも設置されています。距離はジョギングコースとほぼ同じで、約2.1km。木々の間を風のように走り抜けることができ、なかなか気分がいいです。
コースは二か所ジョギングコースから離れますが、基本的に通路に線を引いて分けているだけです。壁とか縁石でコースが区切られている自転車専用コースではないので、子供の自転車が逆走してきたり、遊んでいる子供が飛び出してきたりもします。
気合を入れてスピードを出して走るようなコースではありませんので、くれぐれも一般の人、ジョギングの人に接触しないようにしましょう。
このコースを自分の自転車で走る分には無料です。自転車のレンタルも行っていて、サイクリングセンターでは公道では乗れない2人乗りで、2人こぎ自転車を借りることもできます。友人やカップル、親子で一緒に颯爽と木々の中を通り抜けていくのもいい思い出になるのではないでしょうか。
自転車に乗る練習をするのに最適なコースです。
硬式野球場の周りにも2つの自転車のコースがあります。一つは幼稚園ぐらいの子供を対象としたチリリンコースで、一周約320mコースは外部と隔離されていて、小さな子供でも安心して自転車に乗ることができます。路上へ出る前の練習に最適かなといった感じです。自転車を持っていなくても、有料になりますが練習用自転車を借りることができます。
もう一つはファミリーコースで、こちらは硬式野球場を一周する約800メートルのコースとなっています。ここでは貸し出し用ファミリー向けの四輪自転車、愛称「ペアペア」に乗ることができます。家族一緒にサイクリングというのもいいかもしれません。
またチリリン広場という幼児の練習用広場もあります。自転車に乗り初め、あるいは補助を外す練習をするのにいいかもしれません。
若者が自転車やボードの練習に励んでいます。
ローラースケートから始まり、スケートボード、バイク(自転車)などといったストリートでの技を競う若者の文化は、形を変えたり、流行が変わったりしながらずっと続いています。
とはいえ、こういったストリート系のスポーツは不良の遊びと思われ、世間から疎まられたり、練習する場所がなく、夜中にこっそりと練習して・・・などと肩身が狭い思いをしてきました。
最近ではこういったストリート系の競技もきちんとスポーツとして認知されるようになり、大きな大会が開かれたりして知名度が上がりました。ちゃんと市民権を得たといった感じです。
駒沢公園内にもSS(ストリート・スポーツ)広場が設置され、若者が練習している姿を見かけます。多くの公園にこのような設備がありますが、やはり駒沢公園。昔からバスケと同じようにストリート系の文化があっただけあり、ここは広く設備が充実しています。
斜面を利用したアスレチックのような遊具もあります。
駒沢公園の魅力は多種多様のニーズに応えているところです。広々とした公園内を子供と散歩するだけでも健康に良さそうですが、子供の遊び場やくつろげる場所も充実しています。
競技施設以外の施設は、4つの売店、2つのレストラン、3つの児童公園、サイクリングセンターとサイクリングコース、ストリートスポーツ広場、小さいながらバードウオッチングや梅林、ドッグランなどといったエリアがあります。
子供の遊具のある児童公園は3か所あり、軟式野球場の東側、ちょうどサイクリングコース沿いに「りす公園」、陸上競技場の北東側、これもサイクリングコース沿いに「ぶた公園」、硬式野球場の西側に「うま公園」があります。リス公園には桜が植えられているので、桜の時期は花見もできます。
この他にもぶた公園の近くに芝生の自由広場があったり、駒大の校舎の近くに夏期限定でじゃぶじゃぶ池が開かれます。
大型犬、小型犬用に分かれていて、地面がコンクリートです。
駒沢通りの南側、軟式野球場のところにはドッグランも設置されています。
住民からの要望が高く、仮設置を経て設置されたものです。施設は広さは約1,200m2で、中・大型犬優先800m2と小型犬専用400m2に区画されていて、ベンチや水飲み場などがあります。
ここのドッグランは地面がコンクリートです。広場にそのままフェンスを付けただけ・・・って感じでしょうか。コンクリートのドッグランって・・・、よくあるものなのかわかりませんが、なんか不思議な感じです。
ドッグランの利用は無料となっていますが、駒沢オリンピック公園管理所で利用登録をしておく必要があります(予防接種などの証明が必要)。週末や休日には行列ができるほど人気となっているようです。
国際大会の時に備えて英語なのでしょうか。
近年では住民の要望などによって駒沢公園は公園としてどんどん進化しているように感じます。ドッグランなどの施設もそうですが、昔は単なるコンクリートの壁だった橋やトンネルの壁などに絵が描かれていたりと、気が付いたら明るい感じになっていました。
それと同時にスポーツ施設の老朽化も目立つようになり、近年では施設の老朽化や耐震補強のために次々と施設が新しくなっていて、訪れる度にどこかしら大掛かりな工事をしている感じです。
もしかして2020年の東京オリンピックで再び会場になるのでは・・・と期待していたのですが、残念ながら構想外となり、区内では馬事公苑が再び会場になっただけでした。
4、駒沢公園の春と秋の情景
色分けで分かるようにエリアごとに植えられている木が分かれています。
駒沢公園は大きな大会を開けるほどの競技場があり、気軽に楽しめる運動施設とレクリエーション施設も多く、施設が充実した公園といったイメージを持つ人が多いと思いますが、実は木々に関しても凄かったりします。
もともとあった雑木林を開拓し、そのまま必要な樹木を残しただけじゃないのと思っている人も多いかと思いますが、その辺の公園と違って世界規模のオリンピックを開いた会場なのです。きちんと計算して植樹されています。
エリアごとに植えられている木が分かれていて、そのエリアは同じ木がそろっているので、ジョギングコースなどの園内の通路を歩いていると並木がきれいに見えるのです。
補助競技場北側付近のジョギングコースは花見の人気エリアです。
桜の時期の花見。当然広い園内、施設の充実した駒沢公園も人気スポットとなっています。とはいっても園内全体では桜がもの凄く沢山あるといったわけではなく、あちこちにあるといった感じです。
一番桜が多いのは補助競技場の北側付近から自由広場にかけてのジョギングコース沿いで、ここだけちょっとした桜並木になっています。シートを広げて花見をする人、散歩する人、ジョギングやサイクリングをする人、多くの人が訪れ、この部分の通路は賑わいます。
この時期は砧公園もそうですが、ジョギングする人にはちょっとつらい時期です。
芝生があり、多分駒沢公園で一番の特等席です。
芝生のある自由広場の北側にも桜があるので、ここでのみ芝生で花見をすることができます。ただ人気の公園なので、土日はすぐに埋まってしまうでしょう。平日でもすぐ隣が駒澤大学、そして付近には日体大もあるので、学生を中心に花見は混み合っています。
この他には児童公園の一つリス公園付近にも桜が多く、子供との花見におすすめです。テニスコートと軟式野球場の間にも桜並木がありますが、ちょっと狭いです。
とっても美しい銀杏並木です。
世田谷で一番の紅葉スポットはと聞かれたなら豪徳寺、あるいは九品仏浄真寺と答えますが、公園で一番と言われたら駒沢公園を選びます。
紅葉は同じ木がそろっていて、日がきちんと当たると美しく感じるものです。だから寺院や庭園など人間が管理している場所の紅葉が美しいのです。
駒沢公園はエリアごとに並木の木が揃えられ、木の大きさも同じようにそろい、また広々とした空間があるので、紅葉が美しく感じます。
歩道がちょっとしたイチョウのトンネルになります。
駒沢公園で一番の紅葉スポットといえば駒沢公園通り沿いに並ぶイチョウの並木でしょうか。広々とした空間に整然と並ぶイチョウの木が紅葉する様子はとても美しいです。
さすがに全国からイチョウの木を集めて造った外苑のイチョウ並木にはかないませんが、区内で一番のイチョウ並木だと思います。
道の両脇に1列に植えられているように見えますが、一部2列に植えられていて、その部分の歩道はイチョウのトンネルになっています。イチョウの葉が落ちるころ、頭上は黄色い空、足元は黄色い絨毯と幸せな光景となります。
秋の園内の散策は気持ちがいいです。
イチョウ並木と並んで紅葉時に美しいのが、園内の通路に多く使われているケヤキ並木です。
駒沢公園通りの入り口からサイクル事務所にかけて美しいケヤキ並木が続いています。ケヤキは光の加減によって見え方が違ってくるので、時間ごとに美しく見える場所が変わってきます。
児童公園の遊具や他の種類が木が混じっても雰囲気がいいです。
ケヤキ並木以外も紅葉すると美しい木があります。体育館の周り植えられているトウカエデは葉が真っ赤になります。そういった木を探しながら歩いてみると楽しいです。
木の種類が多いので、木を気にかけながら歩くと、どんな木がどのように紅葉するのか結構勉強になります。
園内に木が多いからなせる遊び場です。
また、落葉樹が多いので、秋になると落ち葉の絨毯が出来上がります。この落ち葉を利用した面白い趣向のイベントも行われていて、落ち葉のプールや落ち葉やドングリ当てクイズなど子供が楽しく植物に触れあえるようになっています。
落ち葉のプールは、さすがに干し草のようなふかふかといったものではありませんが、落ち葉がたくさん溜められた囲いの中は柔らかく、水のように落ち葉を掛け合ったりして子供たちが大はしゃぎしていました。
5、イベントなど
ラーメンショーには多くの人が訪れます。
近年ではスポーツの大会だけではなく、一般的なイベント会場としてのニーズも高まっています。
月に一回フリーマーケットが行われているほか、オリンピック記念塔や体育館、陸上競技場に囲まれた広い広場では様々なイベントが行われています。
何かのスポーツ大会に合わせたイベントだったり、企業などのPRブースのテントが並んでいたりとスポーツ関係のものが多いのかと思いますが、近年ではB級グルメなどの飲食関係のイベントが増えているのが区民として気になるところです。
特に多くの人が訪れるのが、東京ラーメンショー。会場は混雑し、人気のラーメンのブースには長蛇の列が出来上がっていました。こういったイベントに合わせて訪れることができるのも駒沢公園の魅力かと思います。
5、感想など
さりげない光景もたくさんあり、写真を撮るのが楽し公園でもあります。
駒沢オリンピック公園は、昭和時代に東京オリンピックの会場となり、現在でも大きなスポーツ大会を開けるほどの競技場がある公園といったイメージが強いのですが、気軽に楽しめる運動施設やレクリエーション施設も充実していて、普通の公園の要素も多々あり、また大きなグルメイベントも開かれるといった多目的な要素も兼ね備えています。
日本を代表するような公園というのは言い過ぎかもしれませんが、世田谷を代表する素晴らしい公園です。
施設が充実した公園と思われがちですが、樹木が多く、植樹にも非常にこだわっているのも特徴です。スポーツ施設を東屋に例えるなら、巨大な超近代庭園という表現がいい得ているかもしれません。そういった目線で歩いてみると、園内の散策がより一層楽しく感じます。
私がお勧めするまでもなく、既に多くの人のお気に入りの公園となっているでしょうが、ぜひ健康もかねて散策に訪れてみてください。
せたがや百景 No.88駒沢オリンピック公園 2025年7月改訂 - 風の旅人
・地図・アクセス等
| ・住所 | 駒沢公園1-1 |
|---|---|
| ・アクセス | 最寄り駅は田園都市線駒沢大学駅。 |
| ・関連リンク | 駒沢オリンピック公園(都立公園協会)、駒沢公園総合運動場(東京都スポーツ文化事業団) |
| ・備考 | 都立公園。施設の利用は公式サイトを参照してください。 |