谷沢川桜と柳の堤
せたがや地域風景資産 #1-13谷沢川の桜並木
用賀1丁目~中町5丁目川沿いの桜が途切れると柳が続く。悲劇の伝説をもった「姫の滝」もあり、下流は等々力渓谷へと達する。地元の人たちのいき届いた手入れが光る。まちなかのコミュニティ景観だ。(せたがや百景公式紹介文の引用) *柳は今はありません。
谷沢川沿いに植えられた樹齢40年以上の桜の並木である。せたがや百景(昭和59年選定)にも選ばれている (地域風景資産の紹介文)
1、谷沢川と桜並木(用賀1丁目)

桜がきれいな公園です。
谷沢川(やざわがわ)は、多摩川水系の一級河川に指定されている都市河川です。あくまでも多摩川を支えている支流という意味での一級河川になります。単独で一級河川になっているわけではありません。
全長は約3.8km。世田谷通り近くの桜丘五丁目付近の湧水を源流とし、用賀地域の幾つかの湧水を合流させながら用賀、中町、上野毛、等々力と流れていき、野毛付近で多摩川に合流しています。
谷沢川の特徴は、なんと言っても下流にある等々力渓谷です。谷沢川が大地を深く削ってできた渓谷で、都内では珍しく美しい自然を残していて、不動滝を中心とした一帯はせたがや百景のみならず、東京百景にも選ばれています(No.95等々力渓谷を参照)。

*国土地理院地図を書き込んで使用
上、中流域の大部分は、昭和初期に行われた玉川全円耕地整理事業の区間を流れています。地図を見ればわかると思いますが、用賀、中町地域はきれいな碁盤目をした住宅地となっています。
この耕地整理が行われた際、川筋のほぼ全てに手が加えられているので、かつての自然に流れていた頃の面影はありません。
現在の谷沢川を見ても、川筋は直線的だし、流れる水は少ないし、護岸はガチガチにコンクリートで固められているので、これが一級河川・・・。水路っぽいよね・・・。といった印象を多くの人が抱くことでしょう。

独特なデザインをしたせせらぎです。
谷沢川の水の流れを一番最初に確認できるのは、用賀プロムナード(いらか道)にあるせせらぎになりますが、この水は仙川(岡本三丁目の坂付近)から送ってきているものです。都市化とともに谷沢川の水量が少なくなり、川の流れを維持するために仙川から水を少し足しています。
仙川からの水と他から集まった水は、首都高の高架下に流れていきます。駅周辺では川の上に蓋がされ、自転車置き場や公園となっています。川の流れを確認できるのは、駅前の通り、旧大山道に架かる田中橋の下流からです。

無機質な水路という感じですが、川べりに少し工夫が見られます。
この田中橋は、古くから谷沢川に架けられていた橋で、田んぼの中にあったから田中橋となったと言われています。
かつては路面電車が谷沢川と交わるこの橋を渡っていましたが、大雨が降るとすぐ冠水してしまい、通れなくなることも多々あったという話です。

この付近は真っ直ぐな川の縁で、川底が小川っぽく蛇行しています。
谷沢川の桜並木は、国道246号より南側の下流部で見る事ができます。国道246号から一つ目の橋、宇佐前橋までは、両岸を高いコンクリートの壁で固められた水路っぽい川となっています。
コンクリートといっても無味乾燥の壁ではなく、ちょっとお洒落な造りをしていて、こういうのをなんていうのかわかりませんが、小さな丸太を並べた木の柵のような感じで造られています。
おまけに川底の部分が、小川の流れをイメージした感じで、蛇行させるような感じで造られていて、水生植物も植えられています。
川の脇にはソメイヨシノの改良品種ジンダイアケボノや枝垂れ桜などが植えられています。彩鮮やかなので華やかに感じられる区間です。

お洒落な感じの川べりです
宇佐前橋から下流、国道246号から数えて三つ目の「上の橋」までの区間は、ちょっと面白い趣向になっていて、真っ直ぐな水路の縁が波線で縁取られています。
視覚的に真っ直ぐだと水路といった印象を受けるのですが、こういった工夫で川っぽく見えたり、風景的におしゃれに見えたり、親近感がわいたりするものです。そういった特徴的な風景からもこの部分はせたがや地域風景資産にも選ばれています。

橋もデザインを合わせているようです。
桜並木となっている区間の真ん中には栄橋があります。この橋では上流、下流とも桜並木を見ることができ、橋の欄干などには桜をあしらったデザインが施されています。
ここで写真を撮っている人も多く、谷沢川の絶好の桜スポットとなっています。

少し流れが停滞し、花弁が溜まっていました。
また桜の花びらが散るころ。桜の花びらがちょっとおしゃれな水路を流れていきます。訪れたときは流れが停滞しているようで、花弁がたくさんたまっていました。
でもそういった様子も周囲のデザインがいいのでなかなか良かったです。

ほとんどの木が補強されていました。
とてもデザインのいい桜並木なのですが、冷静になってよくよく観察すると、水路が出っ張っている部分はただ単純に桜の木の部分がせり出させているだけなので、これって桜の木の根は大丈夫なの?と心配になってしまいます。
ソメイヨシノはとても根が大きく張る植物です。花壇に植えるような植物ではありません。わざわざ波型にして根っこが伸びるスペースを少なくする必要もなかったのでは・・・と思えてきます。
実際、桜の木が倒れないようにかなり強固な支えが各所に取り付けられていたりしていることから、若木のときはよかったものの、大きく育ってみると失敗だった・・・といった感じではないでしょうか。

紅葉の時期もいいものです。
現在では、昔からあるソメイヨシノの大木はだいぶん減ってしまいました。そろそろ寿命が近い老木なので、木に痛みが出て伐採されてしまうのはしょうがありません。
代わりに同じ桜でも根や枝が大きくならない品種を中心に植え替えが進んでいます。見映えという点ではまだまだ不揃いで違和感がありますが、成長とともにそのうち馴染んでくるのではないでしょうか。
2、ハナミズキ並木(中町5丁目)

並木の足元、川べりにツツジ(サツキかも)も植えられています。
百景のタイトルは、桜と柳の堤になっています。もう一つの主題の柳なのですが・・・、現在では、国道246号から用賀と中町との町域の境になっている上の橋までが桜並木となっていて、その先は、ハナミズキ(花水木)の並木が駒沢通りの富士見橋まで続いています。柳の木は一つもありません。

*国土地理院地図を書き込んで使用
古い写真を見ると、1960年代に国道246号が整備されたのと同時期に、谷沢川も整備され、その時に川沿いに木が植えられているのが確認できます。
古い記述を読むと、中町の区間に柳が植えられたのが最初で、用賀にも何か植えようとなり、町会で100本の桜の苗木を20m間隔で植えたそうです。
桜並木は旧大山道の田中橋から始まり、上の橋まで続いていました。1970年代になると、首都高が整備され、国道246号より上流部の桜は撤去されてしまいました。

*国土地理院地図を書き込んで使用
1984年にせたがや百景が選定されました。その後の1990年頃の航空写真を見ると、上の橋から駒沢通りにかかる富士見橋の区間の木が、一気に若木になっています。この時に柳からハナミズキに植え替えられたと推測できます。
なぜ柳を植えたのか。なぜ柳からハナミズキになったのか。少し調べてみましたが、情報を見つけることができませんでした。

スーパーがある辺りですが、この辺りは緑豊かなハナミズキ並木となっています。
理由はさておき、現在は上の橋から駒沢通りの富士見橋までの間はハナミズキ並木が続いていて、花の咲く4月下旬ころは美しい並木となります。
ハナミズキの足元にはツツジ(さつきかも?)が植えられているので、同時期に花を付けている場所では、華やかな感じがします。
以前は、この下草が野性的で、生い茂るように川にせり出すような形で育っていました。これがなかなか凄く、護岸が見えなくなっていたほどです。もしこれに花が咲いたら凄い光景になりそうですが、そういった話を聞かなかったので、あまり花を付けない品種なのでしょうか。
とても特徴的な光景となっていましたが、2013年7月の大雨の時に川が増水し、一部で溢れてしまいました。それ以降になるかと思いますが、川へ伸びていた枝はきれいに刈られ、今ではさっぱりした感じになっています。

この付近では少し下町っぽさを感じます。

かつては朝市が行われるほど活気のあったのでしょうか。
駒沢通りの手前付近で川の流れが少しカーブしています。この付近はなんとなく下町っぽい雰囲気を感じます。戦前は辺り一面田畑だったこの界隈でしたが、戦後の住宅難の時代、駒沢通りと用賀中町通の交差する一帯は大規模に開発され、多くの住宅が建ちました。
この界隈は中町最初の繁華街になり、川沿いに古くからの商店や飲食店があったりと、かつてはこの川沿いの道が中心的な道となっていたように感じます。川沿いの道には朽ちかけていましたが、朝市通りの文字が書かれた道標もありましたし・・・。
3、姫の滝(駒沢通り以南)

富士山がデザインされた橋です。ここからは単なる水路といった感じになります。
駒沢通りにかかる橋は、なんと富士山の形がデザインされています。橋の名前も富士見橋で、昔はここから富士山が見えたようです。現在ではどうでしょう。ちょっと厳しそうな感じです。
この富士見橋からの下流部は、木は疎らにしか植えられていなく、急に緑が少なくなります。川の側面は上流と同じように丸木状のものを使用していますが、色が塗られていないので、むき出しのコンクリートで固められているといった感じで、いかにも水路っぽい雰囲気になります。
この付近の護岸の高さは低いようで、2013年7月の大雨の時には川が溢れました。現在はその対策として、大雨の時にこの付近を通過する水をバイパス化するための谷沢川分水路工事が行われています。

この辺りから流れが川らしくなります。タチアオイがきれいでした。
駒沢通りから真っすぐ流れてきた谷沢川は、上野毛駅前を通る上野毛通りと交差します。この上野毛通りは新しくできた道で、昔はその一つ下流にかかる矢澤橋の筋が旧道、大山道の裏街道になっていました。
この矢澤橋から下流は、間もなく等々力渓谷といった感じで、カーブあり、段差ありと少し流れが激しくなります。

道ばたにさりげなくあります。
矢澤橋の一つ下流に架かる橋の名は、姫の橋です。百景の文章に出てくる悲劇の伝説をもった「姫の滝」は、この姫の橋の上流部にあった滝で、この付近の地名(中町の旧名)を取って野良田の滝とも言われていたようです。
残念ながら1938年(昭和13年7月)の水害で滝は崩壊してしまい、現在では姫の橋とその脇にある石柱がその名残となっています。
悲劇の伝説に関してですが、よくある話なので簡単に書くと、都からこの地に来た若い貴族の男が領主の館にしばらく滞在しました。そして、そこのお姫様と恋仲となり、夫婦となる事を約束して都に戻るものの、再びこの地を訪れる事はなく、お姫様は悲観して滝に身を投げたといったような類の話です。
こういった出来事はありそうで、実際にはなさそうな気もしますが、真偽の程はどうなのでしょうか。

姫の滝の名残りっぽく段差が付けられています。
姫の橋から上流を眺めると1mぐらいの小さな段差が見えますが、残念ながらこれは当時の姫の滝の成れの果てではありません。
後年(昭和25年)の玉川全円耕地整備事業の際、この場所に川の流路が変えられ、その時に意図して段差が付けられたものです。

*国土地理院地図を書き込んで使用

*国土地理院地図を書き込んで使用
当時の谷沢川は50mほど西側を流れていました。ちょうど川筋の隣にある道路になるでしょうか。滝のあった場所は定かではありませんが、その場所は現在ではごく普通の住宅街となっています。
もしかしたら住んでいる人も自分の家が建っている場所が滝だったことを知らないかもしれませんね。当時の写真も出てこないようで、まさに影も形も・・・といった感じです。
付近の住民などの話によると、滝の高さは3m程で、滝壺が広く、水はきれいで普通に泳いだりする事ができ、子供達のいい遊び場になっていたようです。

あまりの水の汚さに浄化装置を設置していた跡です。
姫の橋から下流の方へ目をやると何やら水門のようなものが取り付けられています。川も段差付近から真ん中で仕切られ、また合流しているといった不思議な構造をしています。
いったいこれは何ぞや。と、調べてみると、これは水質浄化装置の遺構となるようです。かつて、あまりにも谷沢川が汚く、少しでも水質改善を期待して浄化装置が取り付けられたそうですが、その効果はほとんどなかったようです。
ということは、少し下流にある等々力渓谷は、昔はとても汚い水が流れていたということになります。そのころは悪臭で清々しい散策ではなかったかもしれませんね。

姫の滝を越えた後は、蛇のようにうねうねと蛇行しながら流れていき、大井町線をくぐります。ここからは緑が多くなっていき、等々力駅近くから等々力渓谷が始まります。
渓谷内では、環八の陸橋をくぐり、等々力不動の不動の滝からの水を吸収し、渓谷を抜けると、かつての筏道にかかる竜橋付近で、丸子川と交差します。
川が交差するというのはとても珍しい事象です。丸子川が六郷用水として後からできた川だからです。かつては池があり、分水されていましたが、今では治水対策で汲み上げて丸子川に流しているようです。なので、立体交差のようになっています。

丸子川と合流した後は、そのまま多摩川に流れていき、多摩川と合流します。合流地点には大きな水門が設けられています。多摩川が増水したときに逆流させないためです。
4、感想など

紅葉の時期の川沿いの風景も味があって好きです。
谷沢川といえば等々力渓谷が有名ですが、用賀や中町の桜並木やハナミズキ並木の景観も特徴的で、面白い景色です。特に川の淵を大胆にデザインした桜並木部分は根が大きく張るソメイヨシノという品種でなければもっといい景観になっていたのかもしれません。
都会の河川は安全性、治水、景観と様々なことを考慮しなければなりません。それに周辺環境も目まぐるしく変化します。この谷沢川も耕地整理で流路が変更されたり、水質浄化装置が設置されたり、桜並木のため大胆に河岸がデザインされたり、洪水対策で分水路が設置されたりと、変化の多い川です。
最初からうまくいくことは少なく、試行錯誤の繰り返し。それは人生と一緒です。だからなのか、この谷沢川は知れば知るほど親近感がわいてきたりします。
せたがや百景 No.90谷沢川桜と柳の堤 せたがや地域風景資産 #1-13
谷沢川の桜並木 2025年5月改訂 - 風の旅人
・地図・アクセス等
・住所 | 用賀1丁目~中町5丁目 |
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・アクセス | 最寄り駅は東急田園都市線用賀駅、あるいは大井町線上野毛駅。 |
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