世田谷散策記 せたがや百景のバーナー
せたがや百景の案内板の写真

せたがや百景 No.39

芦花公園と粕谷八幡一帯

せたがや地域風景資産 No.3-16

文豪の住まいと雑木林のある蘆花恒春園

芦花恒春園は、文豪徳富蘆花が明治40年から昭和3年の死亡までの20年間を、愛子夫人とともに過ごしたところで、園内には蘆花記念館と当時のままの書院、母屋が残されている。裏手には、児童公園や散策によい公園が続いている。近くの粕谷八幡には蘆花ゆかりの「別れの杉」二代目が植えられている。このあたりは緑の深い趣のあるところだ。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 粕谷1丁目20-1(蘆花恒春園)
・地域風景資産の関連団体 : 芦花公園しあわせの野音の会
・備考 : 蘆花を偲ぶ集いは9月第三土曜日、花の丘フェスタは毎月第一日曜日(1月、8月を除く)

*** 蘆花恒春園や周辺の写真 ***

蘆花恒春園の写真
蘆花恒春園の入り口

芦花公園の北側に入り口があります。

蘆花恒春園の写真
蘆花記念館

蘆花に関する資料が展示されています。

蘆花恒春園の写真
孟宗竹(モウソウチク)の竹林

蘆花が植えたものらしいです。

蘆花恒春園の写真
紅葉と愛子夫人居宅

純日本家屋といった建物です。

蘆花恒春園の写真
秋水書院と身代わり地蔵
蘆花恒春園の写真
梅花書屋
蘆花恒春園の写真
秋水書院の内部
蘆花恒春園の写真
梅花書屋の内部
蘆花恒春園の写真
通路にさりげなく置かれていたオルガンなど

日本最古の国産オルガンだとか

蘆花恒春園の写真
蘆花夫妻の墓

ひっそりと林の中にあります。

* 蘆花を偲ぶ集いとかやぶきコンサート *

蘆花を偲ぶ集いの写真
墓前に献花

年配の方々ばかりでした 。

蘆花を偲ぶ集いの写真
蘆花を偲ぶ集い

蘆花についての公演が行われます。

かやぶきコンサートの写真
かやぶきコンサートの様子

落ち着いた雰囲気で行われます。

かやぶきコンサートの写真
演奏の様子

きれいな女性4人組でした。

* 粕谷八幡神社 *

粕谷八幡神社の写真
粕谷八幡神社

昭和34年に建てられたもの。

粕谷八幡神社の写真
別れの杉の切り株

初代は切り株になってしまいました。

* その他、芦花公園内 *

芦花公園内の写真
ドッグラン

近年作られたものです。

芦花公園内の写真
公園内での演奏会

野音の会によるものです。

芦花公園内の写真
花の丘

桜と花壇の花が美しい丘です。

芦花公園内の写真
花の丘フェスタでの賑わい

月に一回行われています。

* 蘆花恒春園と徳富蘆花について *

環八の千歳台交差点付近、環八に面して芦花公園(ろかこうえん)があります。規模の大きな都立公園だし、京王線に芦花公園駅というのがあるし、環八に面しているしと、それなりに知名度のある公園だと思います。しかしながら、芦花公園、蘆花恒春園(ろかこうしゅんえん)といった複数の表記があるのがややこしいところです。

これは正式には都立蘆花恒春園というのが正しい表記になります。一般的には、東京都の史跡に指定されている徳富蘆花氏の旧宅や記念館がある部分を蘆花恒春園と呼び、周りにある広場や児童公園を含めた大きな公園という意味合いで芦花公園という使われ方をしている感じです。

駒沢オリンピック公園が駒沢公園と呼ばれるように、呼びやすく、そして読みやすい漢字に直した名称、いわゆる親しみ込めた愛称というのが芦花公園になるでしょうか。ですから芦花公園という言い方がこの付近では一般的で、芦花小学校、芦花公園駅といった使われ方もしています。

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さて芦花公園といえば、徳富蘆花氏という事になるのですが、ご存じでしょうか。徳富蘆花氏といえば、明治から大正にかけて活躍した文豪で、「不如帰」「自然と人生」「みみずのたはこと」などといった作品が知られています。その彼が明治40年(1907年)、数え40才の時に土に親しむ生活を営むため引っ越してきたのが粕谷のこの場所であり、昭和2年(1927年)9月18日に60才で逝去するまでの約20年間ここで晴耕雨読を楽しみながら過ごしました。

その後昭和11年に蘆花夫人の愛子氏が東京都に土地、建物、樹木、家具や生活用品などの遺品を寄贈し、その条件としてなるべく現状を維持し、故人の生活状態を偲びうるようにして欲しいと希望したそうです。その要望が受け入れられ、その後約1年かけて公園の工事を行い、蘆花夫妻移住満30年にあたる昭和13年2月27日に開園式が行われました。

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公園の名称は故人の命名に従い蘆花恒春園と付けられたのですが、この名の由来は大正七年頃に台湾の南端の恒春という場所に彼の農園があるといった評判が立ち、ある人からその農園で働かせてくれないかと依頼された事に起因するようです。

これはあくまでも噂で、台湾に農園があるといった事実はなかったのですが、これは何だか縁起がいい話だぞと考えた蘆花は「永久に若い」という意味も含めて自分の土地を「恒春園」と名付けたそうです。プラス思考というか、想像力豊かというか、なんとも物書きらしい発想ではないでしょうか。

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現在の恒春園は、寄贈された身辺具、作品、原稿、手紙、農工具などの遺品を収蔵、展示するために新しく昭和34年に建てられた蘆花記念館を中心に当時蘆花が暮らしていた母屋、秋水書院、梅花書屋といった建物群、蘆花が植えたモウソウチクの竹林、夫妻の墓などから構成されています。

中でも昭和58年~60年度にかけて大改修が行われた母屋などの古建築物は、昭和61年3月10日に「徳富蘆花旧宅」として東京都指定史跡に指定されています。内部は一般に公開されていて、猫が入らないように扉は閉まっていますが開館時間内なら自由に見学する事ができます。

軒先に広がる竹林も相まってかつての武蔵野の面影や、晩年の蘆花の生活ぶりを垣間見ることができるのではないでしょうか。といっても蘆花についてよく知らないと単に古い家といった感じかもしれません。でも、幸徳秋水に因んで命名された秋水書院の書斎や寝室は独特の趣きを感じ、また置いてある調度品などから大正、明治の文豪の雰囲気がぷんぷんと漂ってくるはずです。あまり興味がなくても時間があるなら訪れる事を勧めます。

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母屋から少し離れた場所、蘆花記念館の裏側に愛子夫人居宅があります。純日本風の建物で愛子夫人が暮らしていた建物となります。中の見学はどうか分かりませんが、梅花書屋と同様に集会場として和室が有料で使用できるようになっています。

そして建物エリアから少し離れた場所に蘆花夫妻の墓がひっそりとあります。木々に囲まれた一角に大きな自然石の墓石がドカッとあるようなシンプルなもので、墓石は奥多摩渓谷から入手し、墓碑の文字は長兄の徳富蘇峰氏が銘を刻んだものです。

毎年命日近くの9月の第三土曜日に「蘆花を偲ぶ集い」が行われていて、その時には大勢の参拝者によって献花されるので少し華やかになります。また梅花書屋前では蘆花氏にまつわるお話会などが行われます。誰でもお話を聞く事ができますので興味があれば参加してみるといいかと思います。

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また第三回せたがや地域風景資産にもこの恒春園エリアが選定されています。この他にも花の丘やトンボ池など3つも同じ公園から選ばなくても・・・といった気持ちもありますが、選定にあたっては文化財に指定された茅葺きの建物を中心に、雑木林や竹林など世田谷の原風景を今も感じさせる風景である事。そしてそういった建物を利用して、公園事務所とボランティア団体が連携したコンサートも行われているといった事が考慮されています。

このコンサートは茅葺きコンサートと名付けられていて、梅花書屋を利用して行われます。蘆花を偲ぶ集いと同じ日に行われ、訪れたときは弦楽四重奏が行われていました。規模としては小さいですが、こういった行事を行っていくことが地域のつながりを深めたりと大切なのでしょう。

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芦花公園の一角といった感じで、蘆花恒春園エリアと隣接するように粕谷八幡神社があります。昭和34年3月に放火されて全焼してしまい、現在は小さく、新しい神社となってしまったので、これといった特徴もないのですが、鳥居のそばにある杉が蘆花の著書「みみずのたはごと」に出てくる「別れの杉」として知られています。

が、残念ながら今では枯れてしまい根本部分しか残っていません。その代わりというか、若い杉が植えられています。案内板によると由緒ある杉なのでみんなで話し合って新しく植えたそうです。まだまだ若木なので、立派な杉になる頃には新しい神社もそれ相当になっているに違いありません。

その他蘆花村入り百年記念の碑が建っていました。ちなみにすぐ裏手に住む蘆花もこの神社の氏子で、祭りに奉納したという記録が残っています。粕谷八幡神社や秋祭りに関しては秋祭りのページに載せています。

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その他、百景の説明文にはありませんが、芦花公園には蘆花恒春園、粕谷八幡以外にも魅力的な施設や広場があります。ドッグランやヤゴの学校、そしていつ訪れても素晴らしい花の丘といったものがそうで、いずれも百景選定後、平成時代に設置されたものです。

ドッグランについて書くと、ドッグランというのはフェンスで囲んで安全を確保したエリア内で犬を散歩綱なしで遊ばせることができる場所の事です。ここは面積が1450㎡と結構広いスペースが確保されていて、大型犬エリアと小型犬エリアに分かれています。管理は芦花ワンクラブによるボランティアが中心となって行われているようです。色々と規則が多くあるようなので、もし興味を持って行かれる方は公園のHPのドッグランの規則に目を通しておいた方がいいと思います。

最近では人間でもしつけのできていない人が多くて手を焼くのに、遠慮のない犬ともなると・・・無法地帯となってしまいそうな気もしますが、どうなのでしょうか。砧公園などでマナーの悪い飼い主を多く見かけるのでどうも懐疑的になってしまいます。

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そして近年芦花公園で一番華のある場所というか、活気のある場所は、花の丘となるでしょうか。花の丘なんてものはどこの公園にもあるよといった感じかもしれませんが、ここの花の丘はとっても素敵で、広々とした丘の花壇には一年中花がきれいに咲いています。よく手入れが行き届いているのですが、管理の方は「NPO法人蘆花恒春園花の丘友の会」というボランティアの方々が行っています。

花があること自体で心の安らぎがあるのですが、ここでは花を通じて地域のコミュニティーを活性化をしようといった狙いもあって、季節の花に合わせて、月に一度花の丘フェスタというイベントも行われています。特に4月の桜祭りは一年の中で一番大きなイベントで、花の丘のシンボルである15本の高遠コヒガン桜にちなんで「高遠コヒガン桜まつり」と名付けられ、2日間に渡ってステージなどのイベントが行われます。

こういった地域の人々の努力して作り上げた風景ということで、ヤゴの学校とともにせたがや地域風景資産にも選定されています。詳しくは「地域風景資産1-31」のページに載せていますので、興味があればごらんください。

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こういった特徴のある施設以外にもアスレチック広場に児童公園といったお決まりの施設もきちんとあります。そしてここの公園はすぐ近くに小学校があり、また付近にマンション等の集合住宅が多いせいか、いつも子供達の賑やかな声が聞こえているように感じます。古い文学の香りがし、神社の落ち着く雰囲気もあり、花にかざられた華やかな丘があり、そして元気な子供たちの声が聞こえてくるような公園。それが現在の芦花公園となるでしょうか。

<せたがや百景 No.39 芦花公園と粕谷八幡一帯 2009年7月初稿 - 2015年10月改訂>
( せたがや地域風景資産 No.3-16、文豪の住まいと雑木林のある蘆花恒春園 )