世田谷散策記 せたがや百景のバーナー

せたがや百景 No.0 ~イントロダクション~

せたがや百景とは?

日本国内には様々な○○百景、○○百選といったような観光名勝や特異な風景を100例集めたものが多くあります。日本百景とか、日本の滝百選、日本百名山どなど挙げれば切りがなく、これも本格的に調べるとこんな百選なんて誰が決めたの?こんな百景ってわざわざ選定する必要あるの?っていうのもあったりします。図書館に「日本の百選」なんていう本があったので、興味があれば眺めてみると面白いかと思います。

ここではそういった華やかな?全国的な百選ではなく、その下の都道府県レベルの東京百景といったものでもなく、更に下のレベルの市とか区を対象としたとってもローカルな百選である「せたがや百景」を主題として扱っています。

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さて、みなさんは「せたがや百景」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?「せたがや百景」なんていうものを聞いたことのある人は・・・、正直、ほとんどいないと思います。少なくとも世田谷区に関わる人以外知らないだろうし、肝心の地元の人ですら昔そんな事やっていたなとか、近くの寺などに百景の看板があるからその存在は知っているよといった感じです。中身の詳細まで知っている人は果たしてどれだけいるでしょう。はっきり言って地元の人も内容をよく知らないような百選です。

それは昭和59年(1984年)と一世代前に選定されたものだし、これぞ世田谷といった全国的な知名度を誇るような目玉が多くないし、区としても観光に力をいれていないので、区民にも関心が薄いのはしょうがない事かもしれません。そもそも世田谷に暮らしている人が積極的に世田谷に関心を持つという事はほとんどないので、認知度が低いのはしょうがない事かと思います。

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そんなマイナーな百選をなぜ題材にしたのかというと、かなり個人的な理由でした。それは一時期ガソリンが異常に高騰して、週末ごとにバイクで気軽に近県に観光ツーリングに行くのがしんどくなってしまいました。もっと手軽に旅はできないだろうか。何か手軽にあまりお金をかけずに観光意欲をそそるものはないかと見つけたのが、私にとって半地元である「せたがや百景」巡りです。

健康を兼ねて自転車で回れるし、ついでにラーメンの食べ歩きなどもできるし、お金がかからないしと好都合。それに一つ一つに華やかさがないにしてもホームページを作りながらといった目的意識があればそれなりに楽しめるだろうし、その課程で地域についての理解や愛情も深まると好都合。世界や日本の漫遊もいいけど、まずは足元も固めておくのも悪くないなということで始めてみました。

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また、私自身よく旅に出るので、旅先で何処の出身などといった会話をする事が多いのですが、その時に「東京の世田谷から来ました。」と言うと、今までのところ100%の確率で通じています。私なりの感覚では全国的に東京都世田谷区の知名度はなかなかのものだと思っています。

しかしながらその反応はというと、決まって「高級住宅街だよね。」「いいとこに住んでいるんだ。」といった感じのものです。それ以外はとなると・・・、何も知らない人が多いようです。そういう意味では知名度はあってもかなりマイナーな場所と言うべきなのかもしれません。

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という私も逆に世田谷には何があるの?と聞かれると、ボロ市や松陰神社などいくつかの地名や寺社はでてきますが、そのことについての詳細はよく知りませんでした。世田谷に全国的に誇れるものって何があるのだろう・・・、旅先で世田谷にはこういうものがあるんだよときちんと話せると楽しいだろうな。以前からそう思っていたものの、なかなか調べ始めるきっかけがありませんでした。それがちょうどガソリンの高騰と私の中の健康ブームと相まって世田谷探しの旅が始まったわけです。

それに高級住宅地という世田谷区のイメージもいいけど、高級住宅街に住んでいない人にとってはあまり面白くないことです。海外に出て現地の人に「日本製のものは凄い」「トヨタ最高」「ソニーは素晴らしい」などと褒められても、「私が作ったわけではないし・・・、あんまり関係ないけどな・・・」と反応に困るのと同じ事かもしれません。高級住宅だけが世田谷の魅力ではないはず。よしっ、庶民の逆襲だ!と頑張ってみた次第です。

せたがや百景とは?

百景のシンボルマーク
せたがや百景のシンボルマーク

「せたがや百景」とは、昭和59年に世田谷区によって発案され、最終的に区民の投票によって決まった世田谷の風景、景観の百選です。その趣旨は、「世田谷に住む人々にとって大切な風景とは何か、それを明らかにして今後の町づくりを考えてゆくきっかけにしよう。」というものです。

選定の行われた経過は、まず区民に「好ましい風景」を推薦してもらい、それを委員会で整理、選別して200項目に減らした後に投票を行いました。投票は昭和59年の7月から8月中旬までで、一枚の投票用紙に5つ書き込むようになっていました。投票箱は役所だけではなく、郵便局や地元の金融機関などにも置かれていたようです。

そしてその時の投票数が9万2千票というから、それなりに区全体で盛り上がっていたようです。その集計結果を踏まえて、調整すべきがあれば(極端に項目や地域が偏っていた場合)委員会で修正するつもりだったようですが、その必要もなく、同年10月に正式に「せたがや百景」が決定しました。

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世田谷区発行のせたがや百景をテーマとした冊子の写真
せたがや百景の冊子
(世田谷区企画部都市デザイン室発行)

この時の「せたがや百景」の選定基準は

1、区民のだれもが見ること、加わることができる風景
2、多くの区民の愛着・共感を集めている風景
3、このまま持続することが期待できる風景
4、大小にかかわらず、その町の景観の顔となっている風景
5、区民の運動・努力の結果として守られている風景
6、地域の持つ歴史、風土、文化が現れている風景
7、ユニークさを持つ風景、あるいは、世田谷独特の風景
8、催し、行事などを含め、コミュニティーの雰囲気がにじみ出ている風景

(*以上、せたがや百景の冊子から抜粋)

となっていました。

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今でこそ世田谷は都会、高級住宅街といったイメージが付きまといますが、もともとは東京の中でも田舎だった地域です。そのため比較的遅い昭和になって開発が進み、その際に行われた大規模な区画整理や街路樹の植樹などといった賜物で現在の高級住宅街が生まれた経緯があります。

しかしながら高度経済成長期には開発すればするほど儲かるぞとばかりに土地の乱開発が進み、どんどんと町が住宅やマンションで埋め尽くされていき、町の景観が変わっていきました。そんな町の様子に、「無秩序な開発はやめようではないか。」「町の風景のいい部分は残そうでないか。」といった地元住民の機運が高まったのは想像に硬くありません。住民運動によって参道の並木が残された羽根木神社の参道などがいい例です。

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そう考えると、この百景は外に対しての世田谷のアピールというよりは、区内において条例や法律的な規制ができない高層住宅開発や世田谷の良さを潰すような開発を食い止めようではないかといった行政側の狙いもあったのかもしれません。

現在、区内には多くの並木道などが残っています。全国的に無秩序な乱開発が進められた高度経済成長期の荒波にも負けずにこういった風景がきちんと残っているのは、もちろん世田谷に住む住民の努力の賜物には違いありませんが、住民の環境保全のやる気を高めるという意味も含めて、この「せたがや百景」の影響があったのかもしれません。百景を周ってみてそんな印象を受けました。

このページに関して

このサイトは、世田谷区の公式的なものとは違い、あくまでも私個人が「せたがや百景」を題目に散策し、見て感じた事や図書館にある資料などを参考に書いたものです。一つの物を見ても百人それぞれ感想が違うように、ここに書いてある感想がその全てを表している訳ではありません。それにその項目に関わった人などに直接取材などをしているわけではないので、考え違いをしている部分も多々あるかと思います。もし間違っている部分があれば、ご指摘していただけると助かります。

また、当時は百景にふさわしい風景でも、現在はその風景が残っていないものも幾つかありました。そういったものは「せたがや百景」の冊子を参考にして推測で書いています。この「せたがや百景」の冊子は世田谷区の図書館には必ず置いてあるので、興味があればご覧になってみるといいと思います。

せたがや百景の案内板について

せたがや百景の場所には基本的には看板なり、切り絵の埋め込みプレートが設置されています。個人的にはスタンプラリーのようで探すのを楽しみの一つにしています。ただ、どこにあるのか探すのもなかなか大変なものです。場所によっては何でこんなところにといった辺鄙なところにあったり、広い公園にいたっては・・・一体どこにあるの???といった感じです。それに事情によって撤去されているものもあるようです。もし私が見つけ切れていないもので、どこにあるか知っているものがあれば、ぜひ教えてください。

*せたがや百景の案内板の種類*

百景の案内板 切り絵をデザインとしたタイプのもの
切り絵のプレートタイプ
百景の案内板 公園の地図と一体化したタイプのもの
公園の地図プレートタイプ
百景の案内板 史跡などの解説板と一体化したタイプのもの
案内板と一体型タイプ
百景の案内板 独特なデザインなもの 
その他のタイプ1
百景の案内板 独特なデザインのもの 大きな石柱に彫られたもの
その他のタイプ2

せたがや百景の切り絵に関して

世田谷区発行の「ふるさと世田谷百景」の表紙 とてもシンプルなデザイン世田谷区発行の「ふるさと世田谷百景」の内部のページ 切り絵がカラーで印刷されている
後藤伸行氏の切り絵 「ふるさと世田谷百景」(世田谷サービス公社発行)

幾つかのせたがや百景の案内板には切り絵が描かれたプレートが使われています。味のある独特の絵調で興味を持たれた方もいるかと思います。これは後藤伸行さんが描いたものです。一部の案内板にしか切り絵は使われていませんが、ちゃんと全ての項目の絵が揃っていて、中にはカラーで描かれたものもあったりします。これらは図書館に置いてある「ふるさと世田谷百景」(世田谷サービス公社発行)という本で見る事ができます。興味があればご覧になってみるといいでしょう。

その本によると後藤さんの切り絵のルーツは百景にも出てくるさぎ草伝説(常盤伝説)で、この伝説を切り絵で描いて葉書で発行したのが始まりだそうです。その後、新東京百景の切り絵入り葉書などを発行した後に世田谷区からの依頼で「せたがや百景」の製作を行ったようです。せたがや百景が選定された当時には切り絵によるせたがや百景の絵葉書集も発行されたようですね。これも図書館に置いてありました。

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私個人的な感想としては、さりげなく人が描かれているのが好きなポイントです。私自身も写真にさりげなく人が写っているのが好きなので、なるべくさりげない感じで人が入るようなタイミングを狙っています。その方がより日常というか、自然な感じがするからです。

絵の場合は描き手の主観で好きな状況を描けるので、より制作者の個性が表れます。ただ人を多く描けば、その分手間が増えるのは確かで、それをあえて描くという事はその人の人柄というか、人間に対する愛情の表れかなと思えます。そういった意味でもいい絵だと私は思っています。

著作権や使用画像など

最後にこのページに関してですが、載せている文章、画像等は特に断りがない限り、風の旅人に起因します。但し、「せたがや百景」についての事柄、「せたがや百景」そのもの、デザイン、シンボルマーク、題名、切り絵、説明文章に関しては世田谷区に拠るものです。私の撮った写真に関しては、「著作権に関して」の項に書かれている事に触れない限り、勝手に使ってもらって構いませんが、世田谷区に起因するものに関してはご遠慮ください。

なお背景の壁紙は「ヒカルの旅の素材屋」様のを使わせていただきました。著作権は「ヒカルの旅の素材屋」様にあります。この画像はイランの絨毯柄やタイル柄に使われる模様との事です。せたがや百景とはまるで接点がないのですが、さわやかさと世田谷の上品さがうまくあっている気がして選び、使わせてもらうことにしました。

2015年10月 風の旅人管理人 たわらまさみ

<せたがや百景 No.0 せたがや百景とは? 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>