世田谷散策記 せたがや百景のバーナー
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せたがや百景 No.36

上北沢の桜並木

せたがや地域風景資産 No.1-33

上北沢駅前の桜並木

住宅街の道の両側に桜並木がつづいている。桜は毎年欠かさずこのまちに訪れる春を確かめてきた。地図の上で見ると、中央の通りからちょうど肋骨のように規則正しく斜めに、枝道が延びている。この道が肋骨通りと呼ばれる由縁だ。区画整理された際に桜の木が植えられたことが分かる。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 上北沢3丁目
・地域風景資産の関連団体 : 上北沢桜並木会議
・備考 : 桜の時期の週末には桜祭りが開催されます。(例年4月第1週)

*** 上北沢の桜並木の写真 ***

上北沢の桜並木の写真
上北沢の桜並木(駅方面から)
上北沢の桜並木の写真
駅前の二車線道路
上北沢の桜並木の写真
奥の桜並木のトンネル1
上北沢の桜並木の写真
奥の桜並木のトンネル2
上北沢の桜並木の写真
若木も混じる桜並木

若い木も所々に植えられています。

上北沢の桜並木の写真
治療中の木

根元には柵と花が植えられています。

* 桜まつり *

上北沢の桜まつりの写真
桜まつりの様子

左側は上北沢桜並木会議のブースです。

上北沢の桜まつりの写真
桜まつりのステージ

秋祭りの余興といった雰囲気でした。

* 上北沢の桜並木について *

上北沢って・・・、どこ。下北沢というのはよく知っていましたが、上北沢は未知の土地でした。しかも下北沢のすぐ上の地域ではなく、京王線の桜上水と八幡山の間。下北沢からは乗り換えを含めて駅が6つも離れています。同じような地名なのにこれはちょっと離れすぎではないか。なぜだろう?

とまあ少し調べてみると、かつては沢の多い世田谷の北側にある沢ということで北沢という地名ができ、それが上北沢と下北沢と分けられ、いつしか赤堤、代田などの村が独立してしまい、現在のように離ればなれな状態になってしまったのではといった説がありました。

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下北沢村の方は明治22年には世田谷村下北沢になり、昭和七年の世田谷区成立の際に北沢となったようです。今まで当たり前のように下北沢と呼んでいましたが、よく地図を見ると下北沢という駅はあっても下北沢といった住所はないのですね。北沢という地名が下北沢一帯を占めています。

それにしても・・・調べていてちょっと気がついたのですが、世田谷には上用賀、上祖師谷、上野毛、上北沢、上馬と「上」が付く住所は多いのですが、「下」という字が付く住所が少ないですね。下馬ぐらいでしょうか。何か世田谷では「下」が付くと縁起がよくないとされているのでしょうか。単に「下」と名が付くのが嫌だったのでしょうか。

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さて本題なのですが、上北沢駅の南側に真っ直ぐに南西に延びた桜並木があります。これが百景の桜並木なのですが・・・、本数にすると50本程度しかなく、並木の長さや規模からいっても他の百景に出てくる桜並木に比べて迫力不足感は否めません。

区内には多くの桜並木があり、そういったものを見慣れてしまうと、どうしてここが選ばれたの?他にも立派な桜並木があるのでは?といった疑問がわいてくるかと思います。でもここの凄いところは本数とか、長さでは表せない見えない部分なのです。それはこの辺りの区画の独特さと関連しています。

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上北沢駅の南側では桜並木のある道を中心にして斜めに左右4本ずつの路地が配置された住宅区が形成されています。言葉では表すのが難しいぐらい独特の構造をしているのですが、その路地の様子が肋骨に似ている事から「肋骨通り」と呼ばれています。私的にはもう少し形を整えて葉っぱの形にして欲しかったといった感じで、葉っぱの葉脈をイメージしてしまいました。知らない方はぜひ地図で確認してみてください。

このような独特な景観を持つ住宅は関東大震災後の復興事業として誕生しました。しかも国や都が行ったのではなく、当時、台湾土地建物会社社長をしていた木村泰治氏が個人的に行ったものです。だからこそ柔軟なアイデアでこのような独創的な区画整備が行われたのです。そしてその時に街路樹として植えたのがこの桜になります。

当時の常識では桜(ソメイヨシノ)は観賞用の木であって街路樹には向かないものと考えられていました。それを全国で初めて街路樹にしたのが、ここ・・・ではなく、桜新町の現深沢地区で、2番目がここになるようです。ただ深沢地区は国道246号を通すときに土地が分断され、当時の状況を完全には残していません。大正時代の区画整備、住宅地、桜並木がそのまま残っているのは、ここ上北沢ということになります。そういった意味で桜並木を含めてとても貴重な地域なのです。

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桜並木に関してですが、この地域は関東大震災後の翌年から分譲が始まったと言うことなので、もう80年以上が経っているという事になります。ソメイヨシノはもともと観賞用というか、盆栽的な木です。ある程度間隔を開けて日が当たるようにして、また根が傷まないようにしないとすぐに枯れてしまいます。それが街路樹にふさわしくないといわれる所以なのですが、ここの桜は比較的状態がいいように思えます。

それは当然手入れをする人がいたからで、現在では上北沢桜並木会議の方々が桜の治療や桜並木について色々と尽力を尽くしているようです。だからこそ毎年きれいに花が咲き続けているのです。春に桜が咲くのは当たり前のように思っていましたが、目から鱗が落ちる思いがしました。

桜並木を歩くと、根の部分に胴巻きをしているものなどが治療中の木です。また植え升と呼ばれる根元の土の部分には花が植えられていました。この土の部分は桜にとって水分や養分を吸収する大事な場所なのですが、人や車が入って土が硬くならないように、土が飛ばないように、またタバコやゴミのポイ捨てを防止するために花が植えられたそうです。さすがに花の上にまでゴミを捨てる人は少ないですよね・・・。色々と努力されているようです。こういった地域の人々の努力と、独特の景観からせたがや地域風景資産にも選定されています。

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また、ここの桜並木では桜のシーズン、だいたい4月の第一週末に桜祭りが行われています。根本的に小さな桜並木なので祭り自体も小規模なものとなっています。しかも主催しているのが上北沢町会って・・・、商店街でないところがとってもローカルな感じです。露店の数も多くなく、どちらかというと各種団体が活動のPRを兼ねた店やフリーマーケットが多いような感じです。

その分値段的にはお手ごろな感じでしたが、少々内容が定番過ぎかなといったところでしょうか。またステージも行われるのですが、秋祭りの余興といった状態でした。どちらかというと、付近の住民や関係団体の人たちで盛り上がりましょうといったこじんまりとした桜祭りのようです。

<せたがや百景 No.36 上北沢の桜並木 2009年4月初稿 - 2015年10月改訂>
( せたがや地域風景資産 No.1-33、上北沢駅前の桜並木 )