岡本もみじが丘
せたがや地域風景資産 #1-22静嘉堂緑地の自然林
岡本2-33(岡本静嘉堂緑地)綾錦のような紅葉に松の緑を点々と散りばめた秋景は息を呑むようで、多摩川八景(行善寺八景)の一つ「岡本紅葉」とうたわれた。今、開発の手から守ろうとする地元の熱意は強い。(せたがや百景公式紹介文の引用)
1、岡本もみじが丘について
捜せば真っ赤なもみじのある光景も見つかります。
岡本もみじが丘・・・、恐らく多くの人がこのタイトル名を見て、「世田谷にモミジの名所があるんだ。ぜひ秋に訪れてみたい」と思ったのではないでしょうか。
なかなか魅力的な名が付いた丘なのですが、実際にはそういった名が付いた丘があるわけではありません。静嘉堂文庫のある丘、岡本静嘉堂緑地一帯の丘を、地元の人が岡本もみじが丘と呼んでいるだけです。・・・、いや、「呼んでいた」といった過去形になるでしょうか。
せたがや百景に選定され、大蔵通り沿い(岡本隧道の出口のところ)に「もみじが丘」というバス停があり、一般的な名称として認識されているようでありながら、有名な場所でも、紅葉スポットとなっているわけでもないので、「岡本もみじが丘ってどこですか?」と、付近で道を尋ねても、バス停の場所しか知らない人が多いかもしれません。
*国土地理院地図を書き込んで使用
丸子川と谷戸川の合流地点、二つの川に挟まれるように存在している台地が岡本もみじが丘、正式には静嘉堂緑地になります。
静嘉堂文庫については、2つ後の項目にあるので簡単にしか記載しませんが、三菱グループ創始者岩崎家が収集した古書や美術品を収蔵するために建てられた建物になります。
この丘全体を岩崎家が購入したのは明治末のこと。この地に岩崎家玉川廟(当時は2代目社長、弥之助の墓)を造るためでした。
その後、大正後期に静嘉堂文庫が建設され、昭和初期にかけて丘の斜面を中心に庭園が整備されるなど、財閥である岩崎家の栄華を感じられる丘となっていきました。
岩崎家玉川廟への参道となっているので、灯篭などが所々に置かれています。
放置された小さな石灯篭などが自然と風景に溶け込んでいたりします。
しかしながら、栄華を誇っていたのは昭和初期までで、昭和20年頃から文庫や廟以外に人の出入りがなくなり、その後、丘の大半を占める林は自然の状態へ戻っていきました。
現在は財団によって敷地が管理されていて、古書を収蔵している静嘉堂文庫と、収蔵品の一部を展示していた元・静嘉堂文庫美術館(2022年移転)、岩崎家玉川廟、美術館下の崖の斜面を利用した庭園などがあり、建物以外は一部を除いて岡本静嘉堂緑地として公開されています。
ただ、以前は毎日開いていていましたが、美術館が移転してからは、平日の9時30分~16時30分の開園となり、土日祝日は敷地内が閉鎖されているようです。少し訪れにくい場所になってしまいました。
真ん中の奥にある白い建物の後ろが、静嘉堂緑地になります。
静嘉堂の丘にもみじがある風景は、岩崎家所有となる以前、江戸時代から有名だったようです。
瀬田の旧大山道沿い、国分寺崖線の崖上にある行善寺からの眺望は、江戸時代からそれなりに有名で、その眺めは行善寺八景と称えられていました。
その八景の中の一つが、岡本紅葉。このもみじが丘の紅葉でした。自然豊かで辺りに何もない時代には、丘が紅葉する様子が際立ち、赤く染まる様子は美しかったようです。
今でもきれいに見えるだろうか。もう見えなくなってしまっただろうか。紅葉の季節に行善寺を訪れてみると、遠いし、ビルが建っているしと、微妙な状態でした。紅葉はしているものの、凄くきれいというほどではなかったです。
そもそもとして、辺り一面建物で埋め尽くされているので、岡本紅葉を含め、それ以外の行善寺八景も、見えなかったり、見えても残念な感じとなっています。行善寺八景については81番の「瀬田の行善寺と行善寺坂」をご覧ください。
全体的に赤、黄色、オレンジ、緑と光が混じった様子でした。
東京の紅葉は遅く、だいたい12月初旬頃に見ごろを迎えます。ただ、近年では暖冬のせいで紅葉が遅くなったり、急激な冷え込みがない為にだらだらと色素が抜け、くすんだ感じの紅葉になってしまったりと、年によって当たり外れが激しいような気がします。
ということで、何年か気にかけて訪れてみたものの、やっぱり岡本もみじが丘のモミジの紅葉は素晴らしい・・・といった感想にはなりませんでした。
ここの紅葉がいまいちな原因を考えると、あまりにも色々な木が多すぎること。丘全体が雑木林状態になっているので、モミジが目立ちません。更には、赤い種類のもみじとオレンジ色の種類のもみじが混ざっていて、色合いが中途半端な感じです。
他の木に負けず頑張って枝を伸ばしているといった感じです。
「もみじ」というのは背が高い植物ではないので、他の木と一緒に植わっていたら目立ちませんし、他の木の陰になったりして日当たりの善し悪しでも紅葉がまばらになってしまいます。
庭園や寺院の敷地などにあるもみじが美しく見えるのは、モミジがよく見えるような配置をし、枝の剪定したり、周囲の環境を整えるなど、きちんと管理されているからです。
せっかく「もみじが丘」と名が付いているのなら、もみじの木をきちんと整備し、香嵐渓のような紅葉の名勝にすればいいのに!と無責任に思ってしまいますが、特にもみじ山を目指しているわけではありません。
実際、平成14年にこの岡本静嘉堂緑地がせたがや地域風景資産に選定されていますが、それはもみじ林ではなく、自然林としてでした。あくまでも自然緑地として自然な環境を残していく方針のようなので、今後ともそういった期待はしない方がいいようです。
2、静嘉堂緑地と自然林について
結構広い緑地となっています。
紅葉時にはとても美しいです。
岡本静嘉堂緑地について解説していくと、静嘉堂文庫のある財団の管理する土地を囲むようにして4つのエリアから構成されています。
まず一つ目は静嘉堂文庫の入り口付近にある「正門脇の池」です。特にきれいな池というわけではなく、気がつかずに通り過ぎてしまう人も多いかと思います。
ただ、立派な銀杏の木が道と池の間に並んでいるので、紅葉の時期にはとても美しい風景となります。
谷戸川沿いに小さな流れと湿地があります。
次ぎに谷戸川付近に「トンボの湿地」があります。湧き水が流れる小川があり、その水辺が湿地帯となり、トンボなどの水生昆虫を観察できるようになっているようです。
水生生物がいる場所には蛇などの爬虫類もいるものですが、訪れた時に1mぐらいの蛇が道をはっていてビックリしました。世田谷にもまだ蛇がいるんだ・・・と感動して見入ってしまいましたが、そんなことはお構いなしに、蛇は悠々と道を進んでいき、小川の方へ消えていきました。実は人に慣れていたりして・・・。
丸子川沿いの斜面一帯が保護区になっていて立ち入りができないようになっています。
丸子川付近の斜面一帯には一番広い「生物の森」があります。正門から入って舗装道路が右に大きく曲がる部分を真っ直ぐ行くと岩崎廟の参道になっていますが、この付近以外の林はフェンスに囲まれていて、動植物の環境保全の為に自然観察会などでしか入ることができないようになっています。
内部にはクスノキやケヤキ、シイ等が生い茂り、林床にはシダなどが生育し、湧き水も出ているようです。
丸子川沿いにあります。
最後に、静嘉堂文庫が所有している庭園の下、岡本民家園の駐車場の隣に「バッタ原」があります。
芝生っぽい広場に花壇が設置されていて、他のエリアに比べると広々とした感じがします。現在ではこの地域に自生している野草を育てつつ、バッタなどの昆虫が住める環境を目指しているようです。
*国土地理院地図を使用
かつてここに温室があったようです。
この「バッタ原」がある場所には、かつて岩崎家の温室などがありました。その跡地を利用したもので、斜面には煉瓦で造られた温室の遺構が残っています。
これがなかなかノスタルジックな雰囲気で、もし旧日本軍の軍事施設がここにあったと言われても、納得できてしまうほどです。遺跡っぽいものが好きな人にはお勧めです。
3、感想など
緑の木々や草と緑のモミジの共演もいいものです。
岡本もみじが丘と聞いて、紅葉の時期に美しいモミジの丘となっていることを想像した人が多いでしょうが、今ではまだらな感じとなっていますので、部分的に紅葉を楽しむといった感じです。
残念な風景と感じるか、面白さを感じるかは人それぞれでしょうが、光の加減などでちょっといい風景になったりもします。素朴で自然な感じの紅葉を楽しむのに最適な場所かもしれません。
とはいえ、自然林として管理されている現状では、紅葉時よりも新緑の季節の方が散策的には魅力的なのかな・・・と思ったりもします。
この岡本もみじが丘と呼ばれる丘には静嘉堂文庫や岡本静嘉堂緑地だけではなく、岡本民家園、岡本八幡神社、藤田記念館があり、今でも丘全体が緑に覆われています。どこかで何かしらいい光景に出会える場所なので、紅葉だからとか、桜が咲いているからといった時だけではなく、季節を問わず積極的に訪れたい場所です。
せたがや百景 No.71岡本もみじが丘 せたがや地域風景資産 #1-22
静嘉堂緑地の自然林 2025年7月改訂 - 風の旅人
・地図・アクセス等
| ・住所 | 岡本2丁目2−23−1(岡本静嘉堂緑地) |
|---|---|
| ・アクセス | 最寄り駅は東急田園都市線二子玉川駅、あるいは用賀駅。駅から結構離れています。 |
| ・関連リンク | 岡本静嘉堂緑地(世田谷区) |
| ・備考 | 岡本静嘉堂緑地内 開園時間 平日9時30分~16時30分 |