岡本民家園とその一帯
岡本2-19-1瀬田から移築復元された茅葺きの古民家を中心に、農家のありさまが再現されている。鶏の遊ぶ庭先、野菜や草花の植えられた畑など当時そのままの姿を見ることができる。民家園の隣には岡本の鎮守様八幡神社が深い木立の中に鎮まっている。また民家園のある岡本公園の一角ではホタルを養殖しているが、これは崖線から湧き出る清冽な水が利用できるからだ。夏の夕辺にはホタルの飛びかう姿を見に多くの人が岡本公園を訪れる。(せたがや百景公式紹介文の引用)
1、岡本公園について
雰囲気のいい小川で、桜並木になっています。
世田谷区内の国分寺崖線に沿って丸子川が流れています。実はこの丸子川、昔からある川ではありません。江戸時代に六郷まで農業用水を流すために造られた六郷用水(次大夫堀)の川筋を、戦後、整備して造った川になります。
現在の水源は、大蔵三丁目公園やその付近にある湧水です。その流れが仙川に架かる水神橋付近までやってきて、かつての六郷用水の川筋に合流します。
ここから少しの区間は小川のような親水公園になっていて、せせらぎのような流れに沿って桜や柳が並び、とても雰囲気がいいです。きっと昔のこの付近は、このようなきれいな流れが当たり前のようにあったんだろうな・・・などと想像をかき立てられます。
この小川のような流れに沿って川を下っていくと、左手に森のような公園があります。これが岡本公園で、丸子川と崖線から流れる湧水を使った水辺の公園といったような世界観で造られています。
区内で水が豊かな公園の一つです。
休日はザリガニつりをしている親子が沢山います。
岡本公園は丸子川と崖地との間をうまく利用した公園で、丸子川沿いでは親水公園のようになっていて、川辺にある湿地帯のような感じになっています。
平坦部分は遊具とかがたくさんあるのではなく、木々が多くある空間にせせらぎなどが設けられていて、自然豊かな環境となっています。
休日には子供達が虫取りの網を持って池や川に入り、ザリガニなどを捕まえていたりします。家の周りをコンクリートとアスファルトで囲まれている子供達にとっては、田舎へ遊びに行くような感じになるでしょうか。
公園の東部分は、移築してきた古民家を中心とした古民家園となっています。こちらは後で詳しく記しています。
木々が色付き、水辺はどんどん寂しくなっていきます。
このように木々が多く、水辺の環境が整えられていて、古民家もあるといった光景は、かつてほぼ全域が農村だった世田谷では日常的な光景だったのでしょう。
きっと私のように子供時代を田舎で育ち、大人になって東京で暮らす事になった人にとっては、懐かしく感じる場所であり、また自分の子供などがこのような場所でのびのびと遊ぶ姿を見ると、うれしく感じるのではないでしょうか。
でも、蚊などの悪い虫も当たり前のようにいます。都会育ちであまり虫に対して免疫のない子は、気をつけた方がいいかもしれません。
現在でもフェンスに覆われているエリアです。
百景の説明文にホタルの養殖とありますが、今では行っていません。この公園内には崖線から湧き出す水源があり、以前はそのきれいな清水を利用したホタル園が設置されていました。
ホタル園の入り口にはゲンジボタルとヘイケボタルの絵が描かれていて、中に入れないので詳しくはわかりませんでしたが、柵の中には二つの池があり、それぞれの池で2種類のホタルが育てられ、幼虫の餌となるカワニナの飼育もされていたようです。
説明文には「夏の夕辺にはホタルの飛びかう姿を見に多くの人が岡本公園を訪れる。」ともありますが、ホタルの季節になると、柵から飛び出して公園内や丸子川を飛び回っていたのでしょうか。もしそうならとても幻想的だったことでしょう。
ただ、訪れた2008年にはホタルの盗難があったような旨が書かれた張り紙がしてありました。なんとも寂しい話です。そういった影響があったのか、他の理由で維持ができなくなったのか分かりませんが、翌年にはホタル園はなくなってしまいました。
ホタル園に付随して、ホタル物知り館といった展示室が公園管理事務所の一画に設けられていて、ホタルの生態だけではなく多摩川流域にいる生物の生態系についても学ぶ事ができましたが、こちらも閉鎖されて物置になっています。
2、岡本公園民家園について
5月前になると民家園内に鯉のぼりが泳ぎます。
この岡本公園の一角には、かつてこの付近にあった農家の様子を復元した民家園が設置されています。
民家園は、茅葺きの大きな古民家である旧長崎家の住宅主屋を中心に、白壁の土蔵である旧浦野家住宅土蔵、古い門(旧横尾家住宅椀木門)があります。これらの建物は元からここにあったのではなく、他の地域から移築してきたものになります。
緑に囲まれた農村の一コマといった感じです。
この民家園では、単に古い建物を保存・展示しているだけではなく、古民家の周りに雰囲気のいい竹林があったり、季節の草木や野菜などが植えられている小さな畑が設けられていたり、鶏小屋があったり、薪が積まれていたりと、昔の農村の生活環境を再現しているといったら大袈裟ですが、昔の農家の様子を再現するような形で環境が整えられています。
なので、敷地全体の雰囲気が素晴らしく感じます。それとともに四季の情緒を感じることができるので、それぞれの季節に訪れる楽しみがあります。
民家園の母屋です。紅葉時は背景が彩り豊かになります。
展示してある古民家について書いていくと、まず一番中心となっている大きな古民家は、瀬田2丁目の長崎家で使われていた住宅主屋で、昭和52年に世田谷区の有形文化財第1号に指定された名誉ある?建物です。
建築様式としては、寄棟造りで、茅葺きの屋根を持ち、桁行6間半×梁間4間、床面積は約30坪です。
間取りは少し独特なようで、正面右手の入り口側に土間の台所、正面側に座敷とデイの2室を並べた喰い違い四ッ間取りの形式を持っています。
玄関上には八咫烏、軒下にはベンチや古い農機具などが置いてあります。
この家の持ち主だった瀬田の長崎家は、元々は小田原北条家の家臣でした。手柄等で瀬田に領地をもらい、移住してきて小規模な瀬田城を築いたとされています。
北条氏が滅亡した後は帰農して、村の民政を行っていた村方三役の一つ、百姓代を勤めました。瀬田にある行善寺は長崎家の建てた菩提寺で、瀬田玉川神社も長崎家が勧請したと伝えられています。
現在の古民家は、軒先から田園風景を眺めていたんだろうな・・・と想像してしまいますが、瀬田といえば高台です。軒先から富士山を眺めたり、多摩川や多摩川沿いにある田畑を見下ろしていたのかもしれません。
入り口の上にあります。
内部は2部屋と囲炉裏といった感じです。
正月ということで鏡餅にしめ縄、凧などが飾ってありました。
玄関の上には熊野信仰の象徴である八咫烏の絵が飾ってあります。悪霊退散というような護符代わりといった感じでしょうか。
熊野神社といえば、サッカー日本代表のエンブレムとなっていることで知られています。世田谷区内だと、等々力の玉川神社が知られているでしょうか。当時の熊野信仰の一端を見る事が・・・、といいたいのですが、この家と八咫烏は全く関係ないそうです。
ただ、室内には古い神棚が幾つもあり、昔の人の信仰の深さを思い伺えます。古民家園となった現在でも、きちんと整えられていて、特に季節行事などの日に訪れると、当時と同じような感じで供物が祀られ、神棚の存在感が増します。
周りに座ると落ち着く人もいるのでは。
行事の時には使用されます。
機械化される前のものです。奥に見えるのは、鶏小屋です。
民家園では「生きている古民家」をテーマに、囲炉裏では毎日のように火がたかれ、誰でも囲炉裏でくつろぐことができるようになっています。火をたくことで虫が屋根に付くのを防ぐ効果がありますし、冬は暖房にもなります。
家の中には民具が置かれ、軒下にも機械化される前の農機具が置いてあるので、昔の人は懐かしく、今どきの人は田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行った感覚になる・・・のは、20年ぐらい前まででしょうか。今の都会で暮らす人には、完全なビンテージで、別世界といった感じかもしれません。
平成23年に行われました。
田舎の古民家でのんびり暮らす・・・などといった番組などを見て、そういう生活に憧れる人もいるかと思います。
古民家と言えば響きがいいのですが、要は古く、くたびれた家なので、暮らすとなると、メンテナスが大変です。現代風にリフォームすれば古民家ではなくなるし、古い感じのままで修繕するにも材料が・・・、専門の職人が・・・というジレンマとの戦いになります。
茅葺屋根はそのいい例で、茅葺をできる職人も少なくなり、大量に必要となる材料の茅も、都会ではなかなか手に入らなくなってきました。
それでも修繕しないわけにはいかないので、平成23年に大規模に葺き替え工事が行われました。白川郷などで葺き替えが行われると大勢の観光客やカメラマンで賑わいますが、さすがに世田谷の小さな古民家では・・・・といった感じでした。
江戸時代末期の建物です。
長崎家の母屋の前、庭先の畑の横にある土蔵といった感じで設置されているのが、江戸時代末期に建てられた浦野家住宅土蔵。区指定有形民俗文化財に指定されています。
外壁は漆喰、屋根は瓦で仕上げられた土蔵で、世田谷区内喜多見より移築、復元されました。この土蔵は、当初穀倉として、その後油蔵や店舗として使用されていたという経緯を持ちます。
現在ではビデオルームとなっていて、蔵のつもりで中に入ると、床はタイル張りだし、内装は近代的だしと、肩透かしを食らったような感じになります。係の人に頼めば文化財や古民家などに関する記録映画を放映してもらえるようです。
大正13年に建てられたものです。背後の竹林が引き立てています。
旧横尾家住宅椀木(うでき)門は、大正13年に建てられた数寄屋風の門で、世田谷区桜より移築・復元されました。
この門は民家や土蔵よりも時代が新しく、建築様式や趣旨が異なるため、正面ではなく岡本八幡神社の参道に面した側の裏門として配置されたようです。
素人には民家と違和感なく見えてしまうので、せっかく立派な門があるならもっと目立つところへ配置すればいいのに・・・と思ってしまうのですが、そのへんはやはり民家園としてこだわりがあるようです。
3、民家園の四季とイベント
岡本八幡から降りてきます。
岡本民家園では、昔ながらの季節行事や昔の生活体験等も行われていて、見るだけではなく、昔の生活や風習を体験することができます。
季節の行事として、「元日の正月遊び」「ひな祭りの雛飾り」「こどもの日の鯉のぼり」「七夕祭り」「十五夜の月見団子作り」などが行われます。
元旦の正月遊びは、元旦の行事で昔ながらの羽子板や駒などで遊ぶことができ、岡本八幡神社のお囃子や獅子舞の演奏も行われます。いかにも正月らしい風景ですし、元旦に獅子舞にかんでもらうと今年一年の運気もアップしそうです。
古民家に雛人形はよく似合います。
「ひな祭りの雛飾り」では、外に顔出しパネルが設置され、室内にお雛様が飾られます。やっぱり古民家にはお雛様がよく似合います。
昔はお雛様を飾る家も多かったのですが、近年の都心部では雛人形を飾る家はとても少なくなりました。飾っても内裏様とお雛様の二つのみといった家庭が多いそうです。
その理由は、飾ったり、収納しておくスペースがないこと。昨今の住宅事情を考えると、しょうがないですね。でも、自宅に飾らなくても、こういった場所に見に来ればひな祭りの雰囲気を感じることができます。むしろ出したり、片付けたりする手間がかからないので、親としては大助かり・・・などと思っている人も多いかもしれません。
「こどもの日の鯉のぼり」では、外に鯉のぼりが飾られます。ポールで縦に鯉のぼりが並ぶのではなく、よく川などで見られるようにロープで吊り下げられるように飾られます。
鯉のぼりこそ、世田谷の町で見なくなった象徴かもしれません。というより、田舎でも本当に少なくなりました。
民家園で一番大きなイベントです。多くの子供が短冊に願い事を書いていました。
民家園の中では折り紙教室が行われ、多くの子供が参加していました。
「七夕祭り」は民家園で一番大きなイベントになります。七夕祭りなので、メインイベントは大きな笹の木に短冊を付けることです。小さな子供たちが嬉しそうに願い事を書き、笹に取りつけていく様子は微笑ましいものです。
室内では折り紙教室が行われ、こちらも小さな子供たちが多く参加していて盛況でした。
岡本公園では、地元岡本自治会のヨーヨーすくいなどの出店が出て、駐車場では消防のはしご車の体験や白バイの乗車体験などもできます。
「十五夜の月見団子作り」では、名前の通り実際に団子を作ります。土間にある大釜で材料を蒸し、杵臼で突いて、最後に参加者で丸めていきます。
この時期の民家園の軒先には、昔ながらの十五夜飾りが置かれ、軒には干し柿がつるされ、強烈に秋を感じます。また庭では菊花展も行われます。
定期的に行われています。昔のままの農作業といった感じです。
この他に岡本公園民家園での催し物を抜粋すると、「わらじ細工実演」「わら草履教室」「紙すき教室」「春の茶会」「俳句作り」「折り紙教室」「和紙造形教室」「手打ちうどん教室」などが行われています。
これが全てではありませんが、区の広報誌を見る限りでは、ボランティアの方々により頻繁に行事が行われているようなので、そういったことに興味ある方は参加してみるといいでしょう。貴重な体験になるはずです。
4、岡本八幡神社
急な階段を登らなければなりません。
最後に、岡本民家園とその一帯という事で、説明文に岡本八幡神社が載っているので簡単に触れておきます。詳しくは別のページに記しています。
民家園の裏門側、駐車場の横の道は岡本八幡神社の参道になります。といっても小さな神社なので、ひっそりとした小道といった感じです。
神社は崖線の上にあるので少し登らなくてはならなく、一応男坂と女坂とあります。男坂の階段の前には鳥居があり、それをくぐると灯籠が一対あります。特にどうって事のない石灯籠なのですが、さりげなく岡本八幡神社の名物だったりします。
それは灯籠の裏側に秘密があり、寄贈者の名前がなんと松任谷夫妻・・・、そうあのユーミンなのです。こういった小さな神社にさりげなく寄贈しているところがいいですね。
落ち着いた感じの境内です。
神社の方は、特に何もない静かな境内です。周りが緑に囲まれているので、本当にのどかで、森の中にある小さな神社といった感じです。ウルトラマンシリーズの撮影でも田舎の神社の設定で登場していたりします。
10月第一日曜日に八幡様から降りてきます。
10月の第1週末には秋祭りが行われます。といっても、夜店が沢山出てといった縁日的な秋祭りといった感じではなく、神輿の渡御や夜の奉納芸能で楽しむような正統派的なお祭りになります。
この祭りの見所は、神輿の宮出と宮入の時にあの急な階段を通る事です。これが岡本八幡の伝統であり、こだわりでもあるようです。
傾斜がきつくい階段の上り下りは、大変そうなのは見ていてすぐわかるのですが、見ている方もいつの間にか力が入っていたりします。宮出しの時は下り終えると見物人から拍手が起こり、そのまま民家園に向かいます。
民家園と御神輿という組み合わせもなかなかのものではないでしょうか。ここでは休憩場となっていて、担ぎ手に焼き芋などが振る舞われます。余っていると見物人にもまわってくるのがうれしいところ。そういったほのぼの感というか、田舎のお祭りっぽいところがやはり岡本民家園なんだなと思えてしまいます。
5、感想など
この時期が一番好きです。
近代的な住宅に埋め尽くされ、四季の変化が乏しくなってしまった世田谷。そういった世田谷にあって、岡本公園には古民家があり、水辺の風景があり、四季の風景があり、そして季節の行事がありと、古い時代や四季を満喫できる貴重な場所となっています。
百景選定後の昭和63年11月には、そんなに離れていない喜多見に次大夫堀公園民家園が造られました。ここには名主屋敷(主屋1棟、土蔵2棟)、民家2棟、消防小屋などが復元されているだけではなく、次大夫堀(昔の用水路)や水田までも再現されているので、ちょっとした集落ぽくなっています。
農家一軒の落ち着いたイメージの岡本公園民家園と、大きな集落っぽい次大夫堀公園民家園。それぞれに良さがあり、季節や行事、気分によって散策の目的地に使い分けができるというのは、とても贅沢なことではないでしょうか。
せたがや百景 No.72岡本民家園とその一帯 2025年7月改訂 - 風の旅人
・地図・アクセス等
| ・住所 | 岡本2丁目19−1 |
|---|---|
| ・アクセス | 最寄り駅は東急田園都市線二子玉川駅、あるいは用賀駅。駅から結構離れています。 |
| ・関連リンク | 岡本公園民家園(世田谷区) |
| ・備考 | 開園時間は午前9時30分~午後4時30分、休園日は毎週月曜日、入場料は無料。 |