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せたがや百景 No.90

谷沢川桜と柳の堤

せたがや地域風景資産 No.1-13

谷沢川の桜並木

川沿いの桜が途切れると柳が続く。悲劇の伝説をもった「姫の滝」もあり、下流は等々力渓谷へと達する。地元の人たちのいき届いた手入れが光る。まちなかのコミュニティ景観だ。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 用賀1丁目~中町5丁目
・地域風景資産の関連団体 : 不明
・備考 : 柳は今はないようです。

*** 谷沢川と桜並木の写真 ***

谷沢川と桜並木の写真
谷沢川と桜

お洒落な感じの川べりです

谷沢川と桜並木の写真
桜のデザインが施されている栄橋

橋もデザインを合わせているようです。

谷沢川と桜並木の写真
桜の花びらが溜まる水路

流れが停滞していました。

谷沢川と桜並木の写真
しだれ桜とソメイヨシノ

この付近は真っ直ぐな川の縁です。

谷沢川と桜並木の写真
支えで補強されている桜の木

ほとんどの木が補強されています。

谷沢川と桜並木の写真
紅葉する桜の並木と用賀のビル

紅葉の時期もいいものです。

谷沢川の写真
花水木

結構な本数が植えられています。

谷沢川の写真
花水木並木

スーパーがある辺りですが、この辺りは真っ直ぐです

谷沢川の写真
富士山がデザインされた富士見橋

かつてはここから富士山が見えたようです。

谷沢川の写真
駒沢通りの下流

ここからは単なる水路といった感じです。

谷沢川の写真
上野毛通りの下流付近

この辺りから流れが川らしくなります。

谷沢川の写真
姫の橋と姫の滝の碑

道ばたにさりげなくあります。

谷沢川の写真
姫の橋の上流部

姫の滝の名残りっぽくなっています。

谷沢川の写真
姫の橋の下流

これは浄化装置を設置していた跡だとか

* 谷沢川と桜並木について *

谷沢川(やざわがわ)は、世田谷通り近くの桜丘五丁目付近の湧水を源流とし、用賀地域の幾つかの湧水を合流させて用賀、中町、上野毛を流れていき、東京百景にも選ばれている有名な等々力渓谷を通り、その先の野毛付近で丸子川(六郷用水)と一緒に多摩川に合流している川です。

全長は約3.8kmで、多摩川水系の一級河川に指定されています。また上、中流域の大部分は昭和初期に行われた玉川全円耕地整理事業の区間を流れていて、その際にほぼ全ての流路が変えられているので、かつて自然に流れていた頃の面影は全くといっていいほどありません。

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谷沢川の特徴はなんと言っても下流にある等々力渓谷です。都内では珍しく美しい自然を残している渓谷で、中でも不動滝を中心とした一帯は東京百景にも数えられています。こちらはちゃんと等々力渓谷という項目が用意されているので詳しくはそちらで紹介するとして、ここでの主題は桜と柳という事になります。

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谷沢川の桜並木は国道246号より南側の下流部で見る事ができます。この付近の谷沢川は両岸を高いコンクリートの壁で固められた川となっています。コンクリートといっても無味乾燥の壁ではなく、ちょっとお洒落な造りをしていて、こういうのをなんていうのかわかりませんが、木の柵のような感じで造られています。

おまけに玉川全円耕地整理事業の際に真っ直ぐに修正された水路の縁が波線で縁取られているのも面白い趣向だと思います。視覚的に真っ直ぐだと水路といった印象を受けるのですが、こういった工夫で川っぽく見えるものですね。そういった特徴的な風景からもこの部分はせたがや地域風景資産にも選ばれています。

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ただ・・・、冷静になってよくよく観察すると、水路が出っ張っている部分はただ単純に桜の木の部分がせり出させているだけなので、これって桜の木の根は大丈夫なの?と心配になってしまいます。そう感じてしまうとわざわざ波型にして根っこが伸びるスペースを少なくする必要もなかったのでは・・・と思えてきます。

実際桜の木が倒れないようにかなり強固な支えが各所に取り付けられていたりしていることから、若木のときはよかったものの、大きく育ってみると失敗だった・・・といった感じではないでしょうか。

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ここからそんなに離れていないところに親水公園となっている呑川があります。そちらも同じように桜並木で有名なのですが、小川っぽい呑川と川っぽい谷沢川といった感じでちょっと趣が違っています。ただ両者とも同じような都市河川という事で、都市河川の宿命である下水道の普及による水量不足は避けられず、どちらも水が普通に上流から流れているわけではありません。

呑川のほうはポンプで水が巡回していて、こちらの谷沢川はここから2kmほど離れた岡本三丁目で仙川の水を取水し、浄水施設で「礫間接触酸化法(れきかんせっしょくさんかほう)」という方法できれいにし、いらか道にある噴水やせせらぎの水として利用し、そのまま谷沢川に流しているようです。

礫間接触酸化法とは、水中の石についた微生物の働きを利用して水をきれいにする方法で、簡単に言うなら生物濾過という事のようです。そしてこの水と元々の水源からの湧水が合わさったものが、桜並木の下を流れ、最終的には自然豊かな渓谷と知られる等々力渓谷の生態系を支えている事になります。

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さてもう一つの主題である柳なのですが、現在ではなくなってしまったようです。色々と調べてみるもののいつ消滅したのか、どこにあったのかよくわかりません。現在では桜並木の後は花水木の並木になっています。護岸工事の際に植え替えられたのでしょうか。位置的には上の橋から駒沢通りまでの間で、ちょうどヨークマートの裏辺りになります。この辺りの川の壁は色が付けられているものの、シンプルな形となっています。

そして駒沢通りと交わるところは富士見橋がかかっています。富士山のデザインがされた橋なのですが、昔はここから富士山が見えたのでしょうね。現在では厳しそうですが。この富士見橋から下流部はむき出しのコンクリートで固められた水路となり、木も疎らにしか植えられていません。

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最後に百景の文章に出てくる悲劇の伝説をもった「姫の滝」ですが、元はこの付近の地名(中町の旧名)を取って野良田の滝とも言われていたようです。残念ながら1938年(昭和13年7月)の水害で滝は崩壊してしまい、現在では姫の橋とその脇にある石柱がその名残です。

一応現在の姫の橋から上流を眺めると1mぐらいの小さな段差が見えますが、残念ながらこれは当時の姫の滝の成れの果てではありません。後年(昭和25年)の玉川全円耕地整備事業の際に、この場所に川の流路が変えられ、その時に意図して段差が付けられたものです。

当時の谷沢川は50mほど西側を流れていたので、その場所は現在ではごく普通の住宅街となっています。もしかしたら住んでいる人も自分の家が建っている場所が滝だったことを知らないかもしれませんね。当時の写真も出てこないようで、まさに影も形も・・・といった感じです。

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ちなみに付近の住民などの話によると、高さが3m程の滝で、滝壺が広く、水はきれいで普通に泳いだりする事ができたそうです。子供達のいい遊び場になっていたようです。

でもって悲劇の伝説ですが、よくある話なので簡単に書くと、都から来た王子様が領主の館に泊り、そこのお姫様と恋仲となり、夫婦となる事を約束して王子が都に戻るものの、再びこの地を訪れる事はなく、お姫様は悲観して滝に身を投げたといったような類の話です。こういった出来事はありそうで、実際にはなさそうな気もしますが、さて真偽の程はどうなのでしょうか。

<せたがや百景 No.90 谷沢川桜と柳の堤 2009年6月初稿 - 2015年10月改訂>
( せたがや地域風景資産 No.1-13、谷沢川の桜並木 )