世田谷散策記 せたがや百景のバーナー
せたがや百景の案内板の写真

せたがや百景 No.17

梅と桜の羽根木公園

梅ヶ丘駅北口の小高い丘が区立公園になっている。以前は六郎治山とか根津山と呼ばれていた。梅林には梅の木が約650本植えられ、2月下旬紅梅白梅の咲きそろうころには多くの人々が訪れる。また春には桜の名所でもある。子ども達自身が遊びを工夫し、自由気ままに遊べるプレーパークも設けられている。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 代田4-38
・備考 : 毎年2月~3月頃の梅の開花時期にはせたがや梅まつりが行われます。

*** 羽根木公園の写真 ***

梅祭り時の梅林側の入り口の写真
梅林側の入り口(梅祭り時)

駅から近い南西の入り口です。

梅林にある中村汀女さんの記念碑の写真
梅林にある中村汀女さんの記念碑

女流俳人で、門下生が寄付したものです。

新緑時の梅林の写真
新緑時の梅林

梅の開花時期以外は普通の通路といった感じです。

梅の時期の梅林の写真
梅の時期の梅林

梅の花と漂ってくる香りが素敵な道になります。

梅祭り時の売店の写真
梅祭り時の商店街の出店

週末の昼時は凄まじい混雑でした

梅祭り時のステージの写真
梅祭りのイベント会場

地元の団体や警察署などによるイベントが行われます。

梅祭り時の駅前のイベントの写真
梅ヶ丘商店街の駅前イベント

訪れたときは駒澤大学の吹奏楽部が演奏していました

チューリップと梅を写した写真
チューリップと梅

チューリップは植木市のものです

桜の時期の写真
野球場付近の散歩並木

歩いているお年寄りの姿が多いです。

桜の時期の写真
売店やトイレ付近

一応この付近がメインストリートになります。

桜の時期の写真
野球場のバックネット裏

ここでは将棋をしているお年寄りの姿をよく見かけます

花見の様子を写した写真
花見の様子

広場がないのでちょっと窮屈な感じの花見です。

迷路の遊び場の写真
迷路の遊び場

なかなか楽しそうな遊び場です。

児童遊園の写真
児童遊園

北側の入り口付近にあります。

* プレーパーク *

プレーパークの様子を写した写真
プレイパークの入り口

森の中の遊び場といった感じです。

プレーパークの様子を写した写真
飛び降りて遊ぶ子供達

怪我をしないように・・・

* 雑居祭り *

雑居祭りの写真
雑居祭りの塔?

毎年秋に行われています。

雑居祭りの様子を写した写真
国際的なエリア

多様性なところが魅力です。

雑居祭りのステージの写真
ステージの様子

梅祭りと同じような感じです。

雑居祭りでのサンバの写真
サンバ

サンバが行われていました。

* ガムラン演奏 *

ガムランコンサートの様子を写した写真
プレイパークでのガムランコンサートの様子

異国に来たような空間となります。

ガムランコンサートの写真
音工場Omoriによるバリ舞踏の舞台

なかなか本格的な舞台でした。

* 羽根木公園や梅祭りについて *

梅が丘駅の北側にある丘に世田谷区立の羽根木公園があります。敷地内には野球グラウンドやらテニスコートやらプールといった施設があり、また広い梅林や木々に囲まれたプレイパークまであり、とても大きな公園となっています。

この羽根木公園のある丘は、かつて六郎次という鍛冶屋が住んでいたので六郎次山と呼ばれていたり、大正末期には東武鉄道の根津財閥の所有地になっていたことから、根津山と呼ばれていたようです。戦後になって都の所有となり、この場所が羽根木村飛び地だったために羽根木公園と名づけられました。しかしながら戦時中には緑豊かな雑木林は乱伐採され、禿山に近い状態になってしまったようです。

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戦後になると、都から世田谷区に移管され、地域の特長を生かした公園に整備されました。その後、飛地整理や新住居表示が行われ、この公園付近は代田町や松原町に組み込まれ、住所的には代田となりました。元々羽根木の本村とは離れていたのですが、羽根木と名が付いていながら羽根木町から少し離れている理由です。

また、この丘には根津山遺跡、六郎冶山遺跡、梅ヶ丘横穴といった縄文時代やら古墳時代の遺跡もあるようです。一応現時点で世田谷区内で一番古い文化遺跡は根津山遺跡の住居跡となり、これは縄文文化以前の無土器文化といった定義になるそうですが、園内に案内板とかなかったので実際にどこにあるのかはよく分かりませんでした。

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羽根木公園といえば、やはり百景のタイトルにもあるように梅ということになるでしょうか。梅ヶ丘駅方面の斜面に広がる梅林の広さには訪れてみて驚きました。公園の南側のほとんどが梅林といった感じになっています。現在では百景の選定時よりも手入れが進んでいて、約700本の梅の木が二月の開花時期に花を咲かせてます。その数だけで考えると、23区内で最大級の梅林だといえるのではないでしょうか。

しかしながらここの梅林の歴史は浅かったりします。そして少々面白い話もあります。普通に考えるなら梅ヶ丘駅が目の前にあるので、この梅林のある丘にちなんで名前が付けられたと思うものですが、実際はその逆だったりします。梅ヶ丘駅の設置が昭和9年。町名の梅ヶ丘1、2丁目がつくられたのが昭和39年で、梅ヶ丘3丁目が昭和43年。そして羽根木公園の梅林は昭和42年に世田谷区議会に当選した55名が55本の梅の木を植樹したことに始まります。その後、何周年記念といった記念行事の度に植樹されていき、現在のような立派な梅林になっていったというのが、この梅林と梅ヶ丘の町の歩みなのです。

駅名から住所ができ、それに合わせて梅林ができたというのは・・・、なんとも変な流れです。ではそもそもの源である駅名はなぜ梅ヶ丘と名付けられたかというと、これには色々な説があって正確にはよく分かっていません。候補に上がっている説も適当な感じのものばかりで、いい加減に付けてしまった理由を隠しているのだろうかと疑ってしまうぐらいです。でもまあ東京都内でも名が知れるぐらいの梅祭りを開催できるような地域の特徴ができ、今では結果オーライといった感じでしょうか。

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約700本からなる梅林はなかなか立派なものだと思います。しかも早咲、中咲、遅咲と梅の種類も豊富なので咲き始めてから1ヶ月は何かしらの梅を楽しむことが出来ます。ただ、梅爛漫な迫力ある光景を期待するならちょっと期待はずれと感じるかもしれません。

商業用の梅林なら種類が同じなので同時期に開花して辺り一面の梅の花といった感じとなるのですが、あくまでもここは観賞用の梅林なので同じ種類の梅がまとまってあるわけではなく、タイミングによってはまだらになってまとまりなく見えたりします。ということで700本の梅の木があるとはいいながら個別の品種の花をしみじみと観賞するような楽しみ方になるかと思います。

また近年は梅の木自体が元気がなくなり、花が少なくなってしまったとか。そのため梅の木の根を守るために処置が施され、梅林の中の通路以外には入れないようになりました。今後回復してきれいな花を咲かせる梅林に戻ってほしいものです。

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梅林の中には大きな青っぽい石に俳句が刻まれた碑が設置されています。これは女流俳人、中村汀女さんの記念碑で昭和54年に門下生によって寄贈されたものです。碑には「外にも出よ ふるるばかりに 春の月」といった句が刻ませています。

汀女さんは昭和12年頃からこの近くに住み、昭和22年にこの句を詠んだそうです。九州出身ですが、世田谷を第二のふるさととして愛した方なのでここに設置されたとか。世田谷文学館には彼女の書斎が再現されていましたので、興味があれば足を運んでみるといいかと思います。

その他梅林の中に茶室「日月庵」があります。騒々しい公園に茶室というのは不釣り合いな感じですが、梅林の中なので梅の開花時期以外は比較的静かな場所といえます。梅祭りの時には茶の振る舞いが行われますが、平素は茶会や短歌会などといった用途で使用されているようです。

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梅の開花時期、だいたい2月いっぱいぐらいでせたがや梅祭りが行われます。イベントの多い日曜日の昼頃に訪れてみると、凄まじい人でビックリしました。駅からぞろぞろと人の流れがあり、まるで砧公園の桜の時期並みの混雑ぶりでした。さすがにここまで人が多いと思っていなかったので驚いたのと同時に、世田谷も頑張っているなとちょっとうれしく思ったりもしました。

この時期に行われるイベントは多くないし、日が短く寒い時期なので近くて手軽な目的地といった感じで人気があるのかもしれません。梅まつりの時期は公園内に近くの町内会の販売ブースが出たり、ステージが設けられます。イベントは週末を中心に行われ、抹茶や甘酒のサービス、筝曲演奏や舞台の催し物、俳句講習会、モデルの写真撮影会、茶席など日によって色々とやっているようです。また多くの植木市が同時に開かれているのもここの梅祭りの特徴です。

それから日にちが決まっているようなのですが、梅ヶ丘駅前ではちょっとしたイベントや青空フリーマーケットが開かれているようです。たまたま訪れたときは駒澤大学の吹奏楽部が演奏していました。調べてみると「よさこい」や「ヒップホップダンス」なども行われていたようです。

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もう一つ百景のタイトルになっている桜ですが、開花時期に訪れてみたのですが、梅のようにまとまって生えているわけではなく、公園内の並木道といった感じで並んでいました。ですから花見客も道などにシートを敷いてくつろぐといったスタイルで花見をしていて、ちょっと窮屈そうな感じでした。やはり羽根木公園と言えば梅だなといった感想を持ちましたが、並木道になっていることは普段散歩している方には刺激になるようで、楽しそうに桜を眺めながら散歩する人が多いのが印象的でした。

桜の木自体は砧公園の桜に負けないぐらいの大木も多くあり、世田谷区の名木百選にも選ばれています。できればもう少し花見がしやすい環境が整えばいいのでしょうが、まあこれはこれで桜の木にとっては根元で大騒ぎされない分幸せなのかなと思ったりもしました。といった感じで、どちらかというと散歩しながら手軽に花見をといった地元の人にお勧めの桜スポットになるようです。

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公園の施設は野球場があったり、テニスコートがあったりとしますが、なんと言ってもここで特徴的なのは、やはり百景の文章にあるプレーパークです。これは地域風景資産に「羽根木公園にある羽根木プレーパーク (風景2-2)」という項目があり、そちらで詳しく紹介していますが、子供が自己責任で自由に遊べる場所です。

プレーリーダーという常駐する管理人がいて様々な遊びを体験することができますが、まあ要は少々の怪我なら構わないという親の心構えがないと遊ばせられない遊び場所といった感じでしょうか。もちろん普通に子供を遊ばせる場所も多くあり、遊具施設のある児童遊園、迷路のような遊具施設のある迷路の遊び場、草広場といったくつろげる広場もあり、子供を遊ばせるにはなかなかいい公園です。

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また、羽根木公園では梅祭りが都内で広く知られているほどの大きなイベントですが、秋(10月中旬頃)には雑居祭りといった変ったイベントも行われています。2013年で第38回目というから結構古くから行われているイベントで、この雑居祭りは「地域の問題は地域住民の手で」をひとつの合言葉に、さまざまな地域の問題をとりあげて活動している団体・個人の自発的参加によって行われます。

東京は地方から多くの人が集まってくる大都市であり、近年では多国籍化もしています。人の出入りが激しい地域なので、イベントとして地域交流の場を作ってお互いをよく知ろうといった事から始まったのですが、現在では様々な異文化を感じるような出店が並び、国際文化交流の場にもなっている感じです。

色んな価値観や文化を持つ人が同じ地域に暮らす事で一番大事なのは相手の文化や価値観、生活スタイルなどを含めて「知る」事です。お互いに理解し合えば、我慢すべきところは我慢してあわせたり、直すべきところは直したりすることができます。そういった意味でこういったイベントの意義は大きいのではないでしょうか。なかなか素敵なイベントなので是非訪れて欲しいし、他の地域でもこういった交流が生まれるといいですね。

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その他、プレーパーク内では定期的に色々なイベントが行われていますが、これは大半が子供向けの小さなイベントです。でも中には大人が楽しめるようなものもあって、私なりに興味を持ったのは毎年五月の終わり頃に「音工場Omori」という団体が行っているインドネシアのバリ島の伝統芸能であるガムラン演奏と舞踏のコンサートです。この日はプレイパークの中に舞台が設置され、緑豊かなプレーパークが異国情緒あふれる独特の雰囲気になります。こういった普段体験できないような異国の伝統芸能を手軽に、しかも無料で行っているのは素晴らしいことです。

<せたがや百景 No.17 梅と桜の羽根木公園 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>