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せたがや百景 No.16

羽根木神社の参道

世田谷の秋祭り File.18

羽根木神社例大祭

都水道局和田堀給水場近くに羽根木神社の小さなお社がある。今は家が建て込んで、農村だったころの面影はほとんどないが、社まで続いた参道のケヤキ並木が地元住民の運動によって一部残されている。風景変遷のものいわぬ証人だ。(せたがや百景公式紹介文の引用)

鎮座地 : 羽根木2-17-5  氏子地域 : 羽根木1、2丁目
御祭神 : 宇迦能御魂神  社格 : 無格社
例祭日 : 9月第一土曜日に宵宮、翌日に本祭
神輿渡御 : 宮神輿2基<大神輿(男)、中神輿(女)>、子供神輿2基、太鼓車
祭りの規模 : 小規模  露店数 : 10店程度
その他 : 盆踊りなどが行われます。

*** 羽根木神社と参道の写真 ***

羽根木神社の参道の様子を写した写真
羽根木神社参道の全景

狭い路地といった感じです。

羽根木神社の参道の様子を写した写真
一般的な構図?

左側を切ると少しはまし・・・

羽根木神社の参道の様子を写した写真
並木の様子1

枯れてしまっている木もあります。

羽根木神社の参道の様子を写した写真
並木の様子2

マンションの入り口にも木が・・・

羽根木神社の鳥居を写した写真
羽根木神社

とても小さな神社です。

羽根木神社の社殿を写した写真
社殿

紅葉の時期は可愛らしい佇まいでした。

羽根木神社の社務所のビルを写した写真
近代的な社務所

二階部分は企業の事務所です

* 羽根木や羽根木神社について *

世田谷で羽根木と聞くと、せたがや梅祭りで有名な羽根木公園を思い浮かべる人が多いかと思いますが、現在の住所としての羽根木は羽根木公園からもう少し北側、京王井の頭線の北側から和田堀給水場までの地域となります。

かつての羽根木は世田谷村の飛び地、世田谷村羽根木として存在していました。それも数ヶ所離れてあったようです。もちろん羽根木の名が付いた羽根木公園周辺もその飛び地の一つでした。昭和7年に世田谷区が発足した際に羽根木町となり、その後、飛地を整理したり、町域変更が行われ、現在の羽根木1、2丁目といった町域になったようです。

羽根木という地名も変わっているけど、その歴史も少々変わっているようです。羽根木の地名は享保10年(1725年)の記録にも残されるほど古いものですが、その由来はよくわかっていなく、世田谷区のサイトでは、「古老の言い伝えでは、昔から樹木が多く茂っていて、いろいろな鳥が飛んできて止まるので、鳥の羽根と合わせて羽根木になった。」と載っています。その他、「羽根」は「埴」を指し、農耕地と差しているとか、「羽根木」は飛地の別称だとかいった説もあります。

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このような特殊な事情を持つ羽根木の鎮守様が羽根木神社です。創建は不明ですが、地図などによると江戸時代には既にこの場所にあり、昔は羽根木稲荷神社、或いは通称で「北原の御稲荷様」と呼ばれていたようです。神社に設置されている由緒書きには「昔は~~~」と沢山書いてありますが、昭和20年5月の空襲で社殿、神木等が焼けてしまい詳しいことがわからないようです。

現在の神社は昭和33年に地元の信者の浄財により再建されたものです。社殿の横の社務所はビックリするぐらい近代的で洗練された建物です。これは2003年に施行されたもので、一階は社務所として使われ、二階部は建築会社のオフィスとして利用されています。ガラス張りのオフィス事務所から神社の様子がよく見降ろせるので、境内を訪れると監視されているようでちょっと落ち着かないかもしれません。向こうもそう思っているかもしれませんが・・・。

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せたがや百景に羽根木神社が選ばれているのですが、それは神社そのものと言うよりも参道の方です。説明文に住民運動で残されたと書かれているので、さぞ立派な参道が残っているのだろうと期待して訪れると、がっかりしてしまいます。かろうじてマンションの横にケヤキの並木がちょこっと残っているだけなのです。

もし「羽根木神社参道」という案内板が建っていなければマンションの垣根ぐらいにしか思わない代物です。こういった狭い場所に並んでいる木はいかにも東京らしい風景ですが、こういった参道がわざわざ百景に選ばれるのも何というか、ちょっと微妙です。

どうしてこのような参道が選ばれたのか。それはこの参道がマンション建設の際に住民運動で残されたからです。とはいうものの、付近の住民以外はそういったゴタゴタはどうでもいいことです。百景の選出に関しても組織票が動いたのではないのかなと思えます。

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最近では切るに切れない木が多くて困っている人も多いのではないでしょうか。そういったごたごたをワイドショウなどが面白おかしく取り上げられることも多々あります。特にマンションの建設に関しては景観や日照権の問題で周辺住民の人が快く思っていないことのほうが多いです。区内を散歩していても工事現場の周辺に高層建築反対!といった幟やらボードが掲げられているのを時々見かけます。

このケースでも羽根木神社の並木はこのマンション部分しか残っていませんでした。それが私のようにすれた人間にはとっても気に止まる部分です。他の部分がないのにここだけ残すという住民運動が起こるというのは・・・色々と考えてしまいます。とはいえ、入り口の真ん中に木があるというのも、なんか陰湿な嫌がらせみたいで・・・見ていて複雑な気分になります。木にとっても、地元住民にとっても、マンションに暮らす人にとっても歓迎されるマンション建設ではなかったようですね。

でも今ではかなり時が経っていることだし、なんとか共存しているのかな・・・。結局、こういう事は住む人の問題であって無責任な部外者が口を出すことではありません。なんか色々と考えさせられてしまうような参道で、百景に選ばれていながらあまり見て楽しいものではありませんでした。

*** 羽根木神社の秋祭りの写真 ***

秋祭りのポスターの写真
秋祭りのポスター
秋祭りの時の参道の写真
秋祭りのときの参道

提灯が並び、灯が入ります。

秋祭りの時の境内の写真
秋祭りのときの境内

櫓が建ち、屋台が並ぶと賑やかな感じがします。

秋祭りの時の社殿前の写真
夜の拝殿

拝殿の前は比較的静かです。

秋祭りの時の境内の写真
賑やかな境内の参道

出店が並びちょっと狭いです。

御魂入れの儀式の写真
御魂入れの儀式

土曜日に御輿舎の前で行われます。

秋祭りの時の盆踊りの様子を写した写真
盆踊りの櫓

盛り上がっていて楽しそうでした。

秋祭りの時の盆踊りの様子を写した写真
盆踊りの櫓

年によっては結構混雑します。

* 羽根木神社の秋祭りについて *

かつて羽根木の地は世田谷村の飛び地でした。世田谷村の鎮守は世田谷八幡宮(旧宇佐神社)なので、この地のお祭りも世田谷八幡宮の祭礼が年に1度のお祭りでした。しかしながら結構離れた飛び地なので神社までの道のりは遠く、祭りに参加することができませんでした。

そこで羽根木神社と南の飛地にあった飛羽根木神社(現在の松羽稲荷神社)との二つの神社で一年おきに10月3、4日に祭りを行って、集落の人々で盛り上がっていたそうです。

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現在のお祭りは羽根木神社のみで毎年行われています。祭礼は毎年9月の第一土曜日が宵宮、その翌日の日曜日が本祭となります。ただ世田谷八幡宮から宮司さんが来て祭礼を行うので、その都合で前後する場合があります。

ここのお祭りを訪れるとビックリしますが、なんと境内の真ん中にドカンと櫓が建てられています。これは盆踊りの櫓です。世田谷では7月中旬から8月の上旬にかけて盆踊りが行われる事が多いので、この時期に盆踊りを行うこと自体珍しいし、秋祭りと盆踊りが一緒になっているのはもっと珍しいというか、商店街で行われるイベントを除くと区内ではここだけです。

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しかもこの盆踊りなのですが、見ているといきなり小道具が配られて、小道具を使用した踊りが始まったりとなかなかの凝りぶり。神社の掲示板にも踊りの練習の案内が貼られていたし、ついでに盆踊りでも・・・といった感じではなく、真剣に行っている感じでした。その分というか、他の神社で行われているようなカラオケ大会などといった余興は行われていません。そもそもこの神社には神楽殿がなかったりします。

聞くと、昔から秋祭りと盆踊りを一緒に行っているとか。これが羽根木の伝統のようです。最初訪れたときは踊る人が少なくて、なんか盛り上がっていないなと思ったのですが、二度目に訪れたときはえらく混雑していて、会場全体で盛り上がっていました。年によってかなり波があるみたいです。

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盆踊りが行われるのも特徴的ですが、女神輿が運行されるのもここの特徴です。区内では他にも女神輿を運行している神社や町会はありますが、男神輿と一緒に神社を出発して、一緒に神社に帰ってくるといったちゃんとした運行をしているのはここだけです。担ぎ手がいなくて苦労している神社が多い中、二基の御神輿を同時に運行させ続けているのは素晴らしいことで、地域のつながりの強さを感じます。

それと同時に女神輿に婦人会が頑張っている盆踊りと女性の活躍が目立つのが羽根木神社のお祭りで、その分明るく、華やかで、むさ苦しさが少なく、活気があるのがここの祭りの特徴でしょうか。

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露店は境内のみで、短い参道沿いに大半が並んでいました。数にして10ちょっとぐらいでしょうか。ただでさえ狭い参道がさらに狭くなり、混雑が増しますが、そこまで多くの人が訪れるお祭りではないので、少々混雑している部分がある方が縁日っぽくていいかもしれません。露店は行っているのは地元の人たちが中心で、お祭りの最後になると閉店間際のタイムセールが一斉に行われたりします。

*** 宮神輿渡御の写真 ***

神輿渡御前の様子を写した写真
運行前に並ぶ男神輿と女神輿

女神輿は一回り小さいです。

神輿渡御前の神事の様子を写した写真
運行前のお祓い

道中の安全などを祈願します。

宮だしの様子を写した写真
神輿の出発

まずは櫓を三周します。

宮出しの様子を写した写真
女神輿の宮出し

鳥居などはくぐらず脇から出入りします。

宮出しの様子を写した写真
櫓の上で太鼓をたたく子供たち

宮出し、宮入を盛り上げます。

神輿渡御の様子を写した写真
神輿渡御

神職、提灯、神輿と続きます。

女神輿の渡御の様子を写した写真
女神輿の渡御

やはり華やかです。

男神輿の渡御の様子を写した写真
男神輿を鼓舞する女性たち

女性たちが男神輿を応援する場面も。

宮入の様子を写した写真
宮入りしてきた女神輿

宮出しと同じように三周します

宮入の様子を写した写真
同じく男神輿

黄色い声援も多いようです。

宮入の様子を写した写真
最後の揉みあい

最後男神輿と女神輿が並んで揉みます。

宮入の様子を写した写真
最後の担ぎ上げ

最後の締めくくりです。

子供神輿の渡御の様子を写した写真
子供神輿

2基運行されます。

太鼓車の渡御の様子を写した写真
太鼓山車

昭和25年製の太鼓と彫刻が鮮やかな台車

宮神輿、女神輿、子供神輿、太鼓車の渡御について

羽根木神社には男神輿用の大神輿、一回り小さい女神輿用の中御輿、さらに小さい子供用の小神輿が2基に太鼓車があります。子供神輿と太鼓車は土曜日、日曜日ともに昼間子供達によって町内を渡御します。大人の神輿は日曜日の本祭のみ子供神輿が戻った後の夕方から出発します。出発は少々遅い時間で、16時頃に宮出しで、21時頃に宮入するといったまさに大人の時間に渡御される大人神輿です。

ここの特徴は男神輿と女神輿の2基運行される事です。しかも宮出しから宮入まで男神輿と女神輿が一緒に渡御します。区内ではすぐ近くの大原稲荷神社、あるいは深沢神社でも女神輿が運行されていますが、宮入する少し手前からの合流ですし、町会神輿でも菅原神社や瀬田玉川神社で運行されていましたが、人手が足りず男性が担いでいたり、部分的なものだったりします。

男神輿と同じスケジュールで女神輿が運行されているのは区内ではここだけです。他の神社では担ぎ手がいなくて神輿が出せなくなったり、中神輿で代用していたりしているご時世なのですが、神輿を2基も出せて、しかも女神輿を運行し続けているというのはなかなか凄いことです。

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宮神輿の渡御は、まず16時頃に境内で運行前の式典が行われます。御魂入れなどは土曜日の子供神輿が出発する前、13時に既に行われているので、ここではお祓いや運行の注意事項の説明などが中心となります。それが終わると宮出しが行われます。まずは境内の真ん中に設置されている櫓の周りを三周します。櫓の上では子供たちが太鼓をたたいて宮出しを盛り上げます。これもまたここ独特の宮出し風景となるでしょうか。三周回ると神社の外へ出るのですが、ここでは鳥居や参道は通らず、脇から出入りしていました。

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神輿の渡御は神職、高張り提灯に神輿が続くといった編成で、毎年同じルートで渡御します。神輿は基本的には女神輿が前を進みます。時々先に休憩に入った女神輿の担ぎ手たちが、後からやってくる男神輿を鼓舞するような光景も見られ、とても仲のいいアベック渡御といった印象を受けました。

聞くところによると担ぎ手は氏子や睦会の人ばかりではなく、地域で働いている人々や他からの応援の人が多いそうです。責任者の人に話を聞くと、「俺が飲み屋を歩き回って集めたんだ。金がかかっているんだぞ。」と冗談半分におっしゃっていましたが、まあ飲食関係の人や男性神輿に知り合いがいる人が多いようです。そういった集まりなので、ギスギスしていなく、ワイワイと楽しく担いでいるなといった感じでしょうか。整然とか、力みなぎるといったものを神輿に求める人にはちょっと物足りないかもしれません。

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途中で7カ所ぐらいで休憩をし、夜9時頃神社に戻ってきます。宮出しの時と同じように神社の脇から入り、櫓の上に並んだ子供達の太鼓に迎えられ、櫓を三周回ります。宮出しの時とは違って境内には多くの参拝客がいるので盛り上がります。狭い町域の祭りなので、知った顔も多く、特に女神輿の方には「○○さん頑張って~」といった声も多く聞こえていました。

最後は男神輿と女神輿が並んでもみ合い、差し上げて終わります。櫓の周りを回る宮入はなかなか独特で、先を行く女神輿を男神輿が追いかけているみたいで面白いかもしれません。聞くと、大きい男神輿は60年ぐらい前に建造した古いものだとか。女用の中神輿は10年ほど前に建造したもので、現在のように男神輿と女神輿が運行されるようになったのはここ10年ほどのことのようです。昭和初めには神輿はなく、後年樽神輿を作って集落の人々が祭りを楽しんだとあるので、今のような賑やかな神輿渡御が行えてご老人の方はとてもうれしいようです。

* 羽根木神社の秋祭りの感想 *

羽根木という土地は世田谷村の飛び地だった歴史があります。世田谷村の鎮守は世田谷八幡宮ですが、飛び地である羽根木からはかなりの距離があります。現在のように神輿をトラックで運んだり、電車で気軽に縁日に訪れることができる時代ならいいのですが、昔は遠すぎて参加できず寂しい思いをしたとか。そして地域にある羽根木神社と南の飛び地にある現在の松羽稲荷で一年おきに交互にお祭りを行うようになったそうです。

ですからここのお祭りの原型は村をあげての村祭りではなく、集落で行われる閉鎖的な祭りとなります。集落単位のお祭りで思い浮かべるのは盆踊り。地域の集会場や小学校などといった場所で行われ、地域内で盛り上がります。ここの羽根木神社のお祭りもそういった側面が残っているのか、盆踊りと一緒に秋祭りが行われます。

あまり見かけたことがなかったので最初見たときはビックリしました。でも土地の歴史を紐解いてみると、そうなのかな~となんとなく納得してしまいました。ただ閉鎖的な側面も残っているのか、年配の方が昔は地域の人が踊ったり神輿を担いでいたのに、今では他所の人ばかりでつまらないとぼやいているのが聞こえてくることもありました。

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現在は飛び地ではなくちゃんとした町域を持った村祭りです。とはいえ、やはり小さな町域なので訪れる人もそんなに多くありません。でも境内では誰でも参加できる盆踊りが賑やかに行われていたり、女性達が元気よく担いでいる女神輿が祭りを盛り上げていたりと、見ていて楽しくなるようなお祭りだと感じました。これもやはり村を挙げての村祭りだと色々としきたりが・・・となるのですが、地域のお祭りだとそういったしがらみもなく、少々の羽目を外したり、積極的に女性が参加できる環境が早くから羽根木には根付いていたのかもしれません。そういった詳しい歴史はよくわかりませんが、楽しそうに神輿を担いでいる様子などを見ていて思ってしまいました。

<せたがや百景 No.16 羽根木神社の参道 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>
( 世田谷の秋祭り File.18 羽根木神社例大祭 )