世田谷散策記 せたがや風景資産のバーナー

せたがや地域風景資産 No.2-2

羽根木公園にある羽根木プレーパーク

「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーに1979年に日本で最初に開設されたプレーパーク。30年近く区と地域住民と世話人会の協力で維持・運営されてきています。(紹介文の引用)

・場所 : 羽根木公園内(代田4丁目)
・登録団体など : 特定非営利活動法人 プレーパークせたがや
・備考 : 利用案内やイベントなどは公式サイトを参照

*** 羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真 ***

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
プレーパークの入り口

羽根木公園の南東部分にあります。

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
桜とプレーパークの看板

手製で、楽しげな雰囲気です。

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
リーダーハウスの入り口

色々と遊びの募集などが貼ってあります。

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
プレーパークの様子

保護者などに見守られながら作業をしていました。

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
作業をする子供と見守る大人

出店のような感じです。

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
屋根から飛び降りる子供達

結構な高さです・・・

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
長い滑り台

滑りが悪いので水を流していました。

羽根木公園にある羽根木プレーパークの写真
板製の滑り台

ちょっと角度が付き過ぎかも

* 30周年イベント *

羽根木プレーパークの30周年イベントの写真
原始村

プレーパークが原始村になっていました。

羽根木プレーパークの30周年イベントの写真
竪穴式住居

本物っぽさににこだわっているのもここの特徴でしょうか。

羽根木プレーパークの30周年イベントの写真
マンモス

駒沢のプレーパークで造られ、押されてきました。

羽根木プレーパークの30周年イベントの写真
原始村の様子

当日は賑やかな感じになっていました。

* 雑居祭り *

雑居祭りの写真
海賊船

サンバパレード後ろから行進していました。

雑居祭りの写真
楽しげな子供達

ちゃんと人が乗れるように造るところが凄いです。

* ガムラン演奏 *

ガムラン演奏の写真
森の中でのガムラン演奏会

プレーパークがインドネシアの雰囲気になります。

ガムラン演奏の写真
舞台の様子

舞台、演奏の構成など本格的です。

ガムラン演奏の写真
舞台と観客

多くの人が楽しんでいました。

ガムラン演奏の写真
演技者

女性が多いですが、男性の演技者もいます。

* 羽根木公園にある羽根木プレーパークについて *

せたがや百景にも選ばれ、春先にはせたがや梅まつりが行われることで知られる羽根木公園の一画にプレーパークと名付けられた子供の遊び場があります。木々に囲まれた斜面にあるので、一見フィールドアスレチックのような感じのする遊び場ですが、ここはそういった類の遊び場ではなく、普通の遊び場でもありません。

何が違うかというと、遊び場の趣旨が異なっていて、それは「自分の責任で自由に遊ぶ」というのがここの基本方針(モットー)となっています。だから「事故は自分の責任」という考えで遊ばなければなりません。近年では遊び場で怪我をしたらそこを管理している側の責任とまではいかないにしても、何かしらのトバッチリを受けることが多いのですが、ここでは子供とはいえ自分で行動の結果を考えて怪我をしないように遊ばなければなりません。

もちろんそれを見守る大人がいて、最低限のルールはあります。子供の遊びの安全に対して過保護とも感じる時代にあって、少し特殊であり、ユニークな遊び場なのがここプレーパークなのです。

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なぜこういった遊び場ができたのでしょう。プレーパークについての歴史を少し書くと、1970年代に自分の子供の遊ぶ様子を見て「自分の頃とずいぶん違う」と子どもの遊ぶ環境に疑問を抱いた両親がいました。そして欧州の冒険遊び場に感銘を受け、これをいろいろな人に紹介したところ、同じように考える親や近隣住民が集まり、1975年に「あそぼう会」を結成したことがプレーパークの始まりとなります。

この年と翌76年の夏休みには、烏山川緑道の一角に自分たちの手で「経堂こども天国」という遊び場が開設されました。77年になると子どもの遊びは日常のものという考えから恒常的な遊び場開園に挑戦し、約15ヶ月間にわたり「桜丘冒険遊び場」を設置しました。住民などボランティアの手だけで運営された遊び場は成功し、この実績が世田谷区を動かすことになりました。

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そして1979年の国際児童年の記念事業として区が冒険遊び場を設置することになり、住民と区との協働事業によって日本で初めての常設の冒険遊び場、「羽根木プレーパーク」が誕生しました。その三年後の82年には「世田谷プレーパーク」、そして89年には「駒沢はらっぱプレーパーク」、更には2003年に「烏山プレーパーク」が設置され、現在4つのプレーパークが区内にあります。

ちなみにプレーパーク設置の翌年にあたる80年には上野毛に森の児童館というちょっと似たような施設もできています。この時期は高度経済成長期であり、農村風景が多かった世田谷の土地開発や宅地化が凄まじいスピードで進んでいった時代だったので、多くの親が開発とともに何かが失われていると同じようなことを考えたことがうかがえます。

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普通の公園とは別にこういった遊び場があるメリットは何でしょう。それは子供が与えられたもの(遊具)で遊ぶだけではなく、自由な発想で遊ぶことができる事かと思います。子供の成長に必要なことの一つに実体験に基づいた経験を積むことがあります。自分の思いついたアイデアを実行することで、その結果から自分を知り、遊び相手の事や人間関係を知り、自然の仕組みや生活の知恵などの様々な知識を学ぶことができます。こういった発想は勉強というよりも遊び中から生まれるもので、その自由な発想から生み出される子供の遊びのパワーや好奇心というのはとても大きな力となります。

もちろんそういったものには当然リスクが生じます。恐らく子供なりにある程度リスクは承知で行っていることでしょう。とはいえ、子供の考えるリスクですから結果は想像の範疇を超えることも多々あるかと思います。でもそういった失敗から学ぶことも多いのです。小さな失敗の積み重ねは大きな成功への階段とも言えるかもしれません。いや失敗から学ばなければ人は成長しないものです。

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しかしながら近年では何かあれば他人に責任を擦り付ける風潮が自由な遊びを奪っているのが現状です。おまけに何でもかんでも他人に責任を擦り付けるような見苦しい親も増えてきています。その結果、些細なことでも禁止となり、自由に遊べる場が少なくなってきてしまいました。

そういう意味で「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットに掲げ、子どもがやりたいと思うことは極力やれるような遊び場があることは非常にいい事かと思います。ただそれが一部の囲まれた場所にしかないというのが都会の遊び場の難しい現状を物語っているような気もします。

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現在プレーパークは、2005年2月に設立されたNPO法人(特定非営利活動法人)プレーパークせたがやが世田谷区からの直接委託を受け、維持、運営を行っています。その中心は、地域の住民と専属のプレーリーダーです。特にプレーリーダーはプレーパークを特徴付ける存在で、ここのプレーパークが日本で最初に専属のプレーリーダーを常駐させたり、有給の職員にしたことで知られています。

現在のプレーリーダーは専門的な研修を受けた「NPO法人プレーパークせたがや」の有給職員であり、「子どもが自ら遊びたいなぁ~という気持ちにさせる」プロフェッショナルな方々になります。また、各プレーパークごとのボランティアの世話人は、それぞれの立場から子どもが生き生きと遊ぶことのできる環境づくりに参加している地域の住民です。

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例えばここの遊具は既製品ではありません。子どもの欲求に応じて、プレーリーダーやボランティアの人たちが子供達と作ったもので、その後状況に応じて改良されたり、補修されています。こういった遊び場の基本である遊具を大人の手伝いがあるとはいえ自分たちで作ったりできるのは、とても子供にはうれしいものです。

また大小のイベントが季節を通じて行われますが、そういったイベントを手伝いしてくれているのも参加する子供の保護者だけではなく、地域のボランティアの方々なのです。様々な場面で地域から支えられているのがプレーパークなのです。

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プレーリーダーの話がでたので、少しプレーリーダーという存在について書くと、一言で言うなら「子どもの遊ぶ環境を整える重要な位置にいる人」という定義となるようです。それは親、或いは親代わりの立場を持つ住民だけでは果たせない役割を担う人となり、子どもから見れば特別な立場の人となります。単純に考えるなら体操のお兄さん、お姉さん的な存在となるでしょうか。

でも決して「遊びの指導者」的な役割をしている人ではありません。親や先生には話すことができないことを話せる相手として子どものかたわらにいるような存在であり、子どもがわくわくするような遊び場をデザインし、素材や道具をそろえ、子どもととことん遊んでくれる人なのです。その上で、遊び場で起こる様々なトラブルやけがに適切に対応したり、遊びに訪れる大人を含めた多くの人と人をつなぐ役割や子どもに対する犯罪の抑止という点にも気をつけたり、そしてイベントの企画や準備、会計や日々の日誌をつけることなどといった事務もこなしていたりと、その役割は多岐にわたっています。

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ちなみにどういった人がリーダーになっているのでしょう。これはちゃんと確認していないので分かりませんが、子供が好きな人、自由な発想を持った人がなっているかと思います。そして私と同じように世界を放浪していたような人も少なからずいるようです。やはり自分の力で切り開くという修羅場を多くくぐってきた人ほど様々な経験を持っているので、こういう遊び場に向いているし、親や子供にとって頼りがいがあるように感じることでしょう。

日常的に接するなら学校の先生のような几帳面な人がいいかと思いますが、遊ぶときだけはそういった自由な発想や経験豊富な人に接してほしいと思う親も多いかもしれません。

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このプレーパークでは様々なイベントが行われています。その多くが子供のためのイベントで、プレーリーダーが子供や親の意見を聞いて企画したものです。そういったイベントでは子供だけではなく、保護者の人も楽しめるようになっていて、親の交流も深まったりします。そういう意味では児童館的な役割も果たしているといえます。

ただこのような子供向けのイベントは部外者には参加しづらいというか、あまり興味が湧くものではないのが実際です。そういったイベントの他では羽根木公園で行われる雑居祭りのパレードに自分たちで作った張りぼてと仮装で参加したりと、一緒にイベントを盛り上げようといったことも行っています。

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私個人的な意見になってしまいますが、ここでの一番魅力的なイベントといえば年に一回ガムラン演奏が行われることです。その日はプレーパークに野外ステージが作られ、ガムランにあわせてインドネシア舞踏などが行われます。ガムランとはインドネシアの伝統的な銅鑼や鍵盤打楽器による合奏の民族音楽の総称のことで、独特の音色は異国情緒たっぷりです。日本で言うなら雅楽みたいなものでしょうか。

インドネシア、特にバリでは日本以上にお祭りが多く、そのときに神社の境内に舞台が設置され、ガムランに合わせて舞踏や演劇が行われています。ちょうどここのような感じで演奏されたりします。だからインドネシアを良く知る人から見ると結構雰囲気があっていいかなと思えます。踊り手はバリ舞踏教室の生徒さんが演じていますが、楽器の演奏者は結構インドネシアの人も多いようです。舞台裏を通るとインドネシア独特のクレテックシガレットの甘い匂いがしてくることがあります。無料ですし、興味があればぜひ訪れてみてください。

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最後に、 世の中には多くの子供がいます。遊び場で育つ子もいれば、図書館で育つ子、体育施設や音楽室などで育つ子もいるでしょう。それはその親の教育方針であったり、その子供の適正などにもよります。だからプレーパークのような施設で遊べば必ず子供にいい影響があるというものではありません。人それぞれなのです。

それに怪我のリスクを背負ってまで遊ばせる必要があるのかと感じる人もいるかもしれませんし、こういう施設の存在に疑問を持つ親もいるかと思います。子供が様々なように親も子供の成長に対して様々な考え方をしているのは当然ですし、それを強制してもいい影響が出ると思えません。遊びの一つの選択肢としてこういう遊び場があり、こういった場所で子供を遊ばせたいとか、自分の子供はこういった場所で遊ぶのが向いていると思えるならここで遊ばせるのがいいかと思います。

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余計なことだと思いますが旅人としての私なりの経験を少し書くと、「可愛い子には旅をさせろ」という有名な諺があります。これは決して可愛い子と一緒に旅をしようといった趣旨ではありません。この言葉が意図しているのは、可愛い子供が心配でたまらないけど一人で旅に出そうといったことです。

子供を旅に出すと子供の判断力では詐欺、誘拐、事故などといった危険も伴い非常に心配です。でも一人で旅に出させる事で子供が多くの経験をして、立派になるかもしれません。そういった不安と期待が混じった親心を察した諺です。なぜ一人で旅に出たならいい経験ができるのか。それは親が行っていたことを自分でやらなければならないからです。その際には自分で判断して行動するので、自立的精神が養われ、その経験は子供の成長にとって様々ないい影響があります。そしてそれと同じことが日常の遊びでも言えるのではないでしょうか。

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子供の成長のためには多少の怪我などのリスクはしょうがない。怪我をしてもそれ以上にそこから学んでくれればいいではないか。そのように考えてみるのもいいかと思います。日本で普通に暮らしているとあまり実感していない人が多いですが、生きるということは危険を伴うことでもあります。海外を旅していると特に感じます。ここは日本だから・・・という意見もありますが、少ない可能性ながら日常でも海外で起こるような事件に巻き込まれることもあります。

その際に普段から自分で考えて遊ぶ(行動)していると危険を回避できる可能性が高まるものです。なぜならそういった緊急のケースでは頭で考えたり、教わったからといってなかなかそれを実行できるものではないからです。危険、危機というものは経験から学び、本能的に体を動かして回避するものです。だからこういう場所で自分の責任で遊ぶこと、もちろん日常的にも自分で結果を考えて遊ぶことは最終的にはマニュアルどおりにいかないような危機対応力につながると感じています。

まあなんていうか、人が作ったもので遊ぶこと。人に言われたとおりに遊ぶこと。いわゆるテレビゲームで遊ぶのとの一番の違いはこの部分かと思っています。とまあこれは少し大袈裟な言い方ですね。

<せたがや地域風景資産 No.2-2、羽根木公園にある羽根木プレーパーク 2011年8月初稿 - 2015年10月改訂>