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せたがや地域風景資産 No.2-1

北沢地域に隠れている石造物群

下北沢界わいの石造物群は、旧二子道である茶沢通りや都道420号線といった「古道」に点在しています。長い間地域を見守ってきた石造物群は、若者の街にふと昔の息吹を感じさせてくれます。(紹介文の引用)

・場所 : 北沢3丁目付近の茶沢通り(旧二子道)界隈や北沢1丁目界隈
・登録団体など : 北沢再発見隊・世田谷古道研究会
・備考 : ーーー

*** 北沢地域に隠れている石造物群の写真 ***

北沢地域の石造物群の写真
直角コーナーにある庚申塔

庚申塔を除けるように道が曲がっています

北沢地域の石造物群の写真
同じく庚申塔

目立つ場所にあるので手入れが行き届いてます。

北沢地域の石造物群の写真
長命地蔵尊

池ノ上駅へ抜ける道との交差点で見守っています

北沢地域の石造物群の写真
長命地蔵尊のお地蔵様たち

ここも花が添えられてきれいにしてあります

北沢地域の石造物群の写真
下北沢駅南口にある庚申塔

商店街の入り口あるので人通りが多いです。

旧二子道沿いの写真
旧二子道沿いの古風な家

こういう家があると旧道っぽい感じがします。

北沢地域の石造物群の写真
延命地蔵尊

マンションの軒下にあるのも珍しいかも

北沢地域の石造物群の写真
富士講碑

こちらは駐車場の一角に

円海稲荷の写真
路地にある円海稲荷

現在では街道筋に移転しているはずです。

* 北沢地域に隠れている石造物群について *

三軒茶屋と下北沢を結んでいる茶沢通りと北沢川緑道が交わる所に架かる橋は橋場橋です。といっても2車線道路が緑道を渡る橋なので、現在では橋といった趣はありません。その橋場橋よりも一つ西側(上流側)に架かる橋は二子橋といい、これは二子道の名残となるようです。そのさらに西側の橋は鎌倉橋とこちらも鎌倉道の名残となります。

鎌倉道に関してはいわゆる鎌倉街道、鎌倉時代に幕府のある鎌倉と各地を結んだ道路網の一部と考えられるのですが、基本的に鎌倉道というのは江戸時代に「室町期以前の最終的に鎌倉へつながってる道はみんなまとめて鎌倉街道」と総称したので、関東各地にもっともらしいものから、これはちょっとというものまで多くの鎌倉街道と名がつくものがあったりします。

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この鎌倉道も後者の方で、古い道にしては道沿いに特に何もないし、そもそもこの道がどことどことを結んでいたのかもはっきりしていないので、鎌倉時代からあった道だけど由緒ある道かどうかはちょっと怪しい感じです。

一応太子堂の八幡神社に伝説が残っていて、平安時代後期に源義家、頼義親子が朝廷の命を受け陸奥の安倍氏征討に向う途中、この地で八幡神社に武運を祈ったと伝承されています。その時に義家は太子堂村を通る鎌倉道のそばで進軍を止めて同勢を憩わし酒宴を行ったとされ、その場所が本村(5丁目)にある土器塚で、酒宴後の土器などこの地に埋めたのでそう呼ばれるようになったとか。この伝説が本当なら軍隊を進めるだけのそれなりの道として存在していたのかもしれません。

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二子道のほうは古くからの道らしく道沿いに庚申塔などの石碑が幾つか残っています。二子道を北沢川緑道側から下北沢の方へ進むと、下北沢南口商店街の6差路付近に屋根のついた庚申塔が置かれています。商店街のにぎやかな場所にさりげなく残されている庚申塔もいいものです。経堂のハートフル商店街にあるのも同じような雰囲気でしょうか。

で、ここから本多劇場方面に進んでいくと、ギリシャ神殿風のアーチが・・・。って井の頭線の高架橋にペイントしたものです。石碑とは関係ありませんが、今時の二子道の象徴って感じかもしれません。

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賑やかで活気のある商店街を進んでいくと茶沢通りと合流します。ちょうどかつて踏切があったところです。ここからは茶沢通りが二子道と重なります。車の通りが多い茶沢通りを進んでいくと道が直角にかくかくと折れ曲がる場所があり、そこに庚申塔があります。こちらから進むと正面に見えるので、なんか親しみをもてるというか、見守ってくれているような安心感があります。

さらに進むと、長命地蔵尊が交差点の右手にあります。中を覗くと三体のお地蔵様が交差点の中心を見守るように佇んでいました。何度かこの前を通ったのですが、見るたびにきちんと花が添えられていた事から、きっと普段から地元の人が手入れをしているのでしょうね。やはり名前からすると、日々お祈りをしていれば長命でいられるのでしょうか。で、この長命地蔵尊からも二子道は続きますが、この先は特にめぼしいものはありませんでした。

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また、長命地蔵尊から池ノ上駅方面に向かう道は都道420号線の旧道なのか、特に名もない道なのか分かりませんが、この道沿いにも石碑などがあり、延命地蔵尊と富士講碑が道を挟むようにしてあります。立地がマンションの軒下や駐車場の一角といかにも都会らしく感じました。

またこの付近の住宅街の中にも石像という訳ではないのですが、圓海稲荷がひっそりとありました。個人所有の社で元々は表通りにあったそうです。2014年に古い家屋の取り壊しとともに表通りに戻すといった趣旨のメールを所有者の安野さんからいただいたので、今後は旧道沿いで通行人を見守る存在の一つとなるに違いません。

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下北沢といえば、ファッションの最先端とまではいかないにしても若者の新しい文化がどんどん入り、若者の町といったイメージが強いというか、どうしてもそういった華やかなものが目に入ってきてしまうのですが、少しそういったものから距離を置いて散策してみると、古くからの古道の名残が残っていたりと古いものが新しいものの中で残っていることを発見する事ができます。散歩のついでに庚申塔や地蔵尊が目に入ったらちょっと足を止めて古い時代のことを考えてみるのもいいのではないでしょうか。新し物と古いものの交雑。そういった楽しみ方も下北沢にはあったりします。

<せたがや地域風景資産 No.2-1、北沢地域に隠れている石造物群 2011年5月初稿 - 2015年10月改訂>