世田谷散策記 せたがや百景のバーナー
せたがや百景の案内板の写真

せたがや百景 No.62

砧小学校の桜

小学校の校庭に咲く春の桜は誰にとっても懐かしい思い出のあるものだ。砧小学校の桜の老木には地区の子ども達の入学と卒業を何十年にもわたって見守りつづけてきた。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 喜多見6-9-1
・備考 : 小学校の敷地内にあるので見学は基本的に不可。

*** 砧小学校の桜の写真 ***

砧小学校の桜の写真
砧小学校の桜

1分咲といったところ。

砧小学校の桜の写真
桜と子供達

春休みだったので遊びに来ている子供も。

砧小学校の桜の写真
満開の様子

後年改めて見学に行きました。

砧小学校の桜の写真
樹木医からのメッセージ

木の治療について書いてありました。

砧小学校の桜の写真
夏の桜

普通の木です・・・。

砧小学校の写真
砧の石碑

校庭に置かれていました。

砧小学校の写真
トンネル門と玉石垣

この門は全く使われている気配がありませんでした。

砧小学校の写真
砧っ子地蔵

妙法寺の角で通学する子供達を見守っています。

* 砧っ子まつり *

砧っ子まつりの写真
乗馬体験
砧っ子まつりの写真
盆踊りと桜の木

* 砧小学校と桜について *

近年子供を狙った犯罪が増え、小学校などの警備が厳しくなりました。それはとてもいいことなのですが、休みの日に小学校の校庭に咲いている桜を気軽に見れない世の中になってしまいました。まして桜の咲いていない時期に小学校の周りをうろちょろしていると、不審者に間違われそうです(笑)。個人宅の和田さんの敷地内にある藤の花も手強いけど、この小学校の校庭にある桜もなかなか厄介な項目に違いありません。

と言うことで、満を期して桜の時期に訪れることにしたのですが、残念ながら急な寒の戻りで桜の開花が全然進まない状況でした。開花宣言から約1週間経っても砧公園の桜は2~3分咲き程度。でも今週末しか都合が付かないかもしれないし・・・と訪れたのですが、桜の開花状態以前になんと敷地の外から桜が見えませんでした。体育館が邪魔で校庭の様子が見えなく、外から写真を撮って終わりというわけにはいかなかったのです。

これは中に入らないと駄目のようだ。閉まっている校門の横にはインターフォンがあり、「ご用の方は受付に連絡ください」とありました。押そうか・・・、結構勇気がいるな。桜を見せてください・・・って変に思われないだろうか。と悩んでいたところにちょうど部活を行っている先生が通りがかり、写真を撮らせてくれるよう頼むと、「いいですよ」とあっさりと許可がおりました。子供のいない春休み中ならこんなものなのかな。それに私のように写真を撮ったり、桜を見学する人が多いのでしょうか。

line

で、校庭に入らせてもらうと、校庭の目立つところに大きな桜がありました。百景に選ばれ、また地域の人々から百年桜と親しまれているだけあって立派な桜です。しかも2本並んでいるので壮観です。きっと満開ならさぞかし素晴らしいだろうと思いながらも、残念ながら1分咲き程度だったので想像で楽しむしかありませんでした。校庭の隅にも何本か立派な桜があったので、桜の老木が見守る校庭といったところでしょうか。子供達にとっては木登りをしたりして遊ぶのにはちょうどいい大きさの木でしょうね。

ただ近年では昔に比べると衰弱してしまったようです。木の所に案内板が添えてあり、樹木医の解説によると一番の原因は土が堅くなって根が働かなくなったことだとか。そのために枝に支えの木を取り付けたり、根の付近に囲いを付けて人が入れないようにして、その部分の土を掘り返したりと治療を行っているようです。治療を受けて、まだしばらくは枯れずに頑張れそうな感じですね。ぜひともこの桜には今後とも頑張ってもらって、多くの子供達を見守り続けて欲しいと思います。

それにしてもいいものですね。校庭に生涯の思い出に残るような立派な木があるというのは・・・。今はどうか分かりませんが、昔は桜の開花時期に校庭を開放する日があったと聞いたのですが、それはやはり卒業生などへの配慮なのでしょうか。ふと懐かしくなって母校の思い出の桜を見たくなるってこともよくありそうな話ですね。特に桜の時期は色々と感傷的なことも多いですから・・・。

line

この桜の種類はソメイヨシノで、樹齢百年を超えるそうです。一般的に・・・と言っても諸説紛々ありますが、ソメイヨシノの寿命は60年といわれているので、とんでもなく老木だといえます。どうりで貫禄があるはずです。砧小学校がこの地に建てられたのは明治40年(1907年)の事なので、かれこれ百年以上経っている事になります。

もっとも明治35年に喜多見、朝陽の両校が合併して誕生したのが砧尋常高等小学校でした。そして明治40年に新校舎ができてこの地に引っ越ししてきた訳ですが、その際に砧学校から青桐が、朝陽学校から桜が移植されたそうです。だから随分と前から100年桜という呼ばれ方をしているわけです。

line

もう一つ砧小学校に付いて書くなら、この小学校は旧街道である登戸道沿いにあります。その登戸道は切り通しのようになっていて、小学校側の崖には玉石垣が施してあります。石垣の間には普段は使用していなさそうなトンネル門と呼ばれる入り口もあり、ちょっと変わった景観をつくっています。

この切り通しは付近の住民が頑張って削って、付近の川原から玉石を集めてきて石垣を積み上げたそうです。桜の木と共にこの光景も昔からほとんど変わっていなく、卒業生にとっては桜と玉石垣がこの小学校の思い出となっているようです。もちろん多くの友人や先生といった思い出も多いでしょうが・・・。

line

なお夏には砧小学校の校庭を利用して砧っ子まつりが行われます。砧っ子といえば小学校のすぐ近くにある妙法寺の道沿いに砧っ子地蔵が置かれていて、通学する子供達を見守っています。昔から砧小学校に通う子供達のことを砧っ子と言っているのか、お地蔵様に因んで名付けられたのか知りませんが、このイベントは子供を対象にした縁日みたいなものでした。ただ、なかなか規模が大きく、警視庁の白バイ隊や騎馬隊が訪れているのには驚きました。地元の婦人会などによる出し物とかもあるようで、結構この地域では大きな夏祭りとなっているようです。

桜の木を見に行ってみようかなと訪れてみたら・・・、夏になると普通の木といった感じでした。もっともその日は校庭には多くの出店が出ていたし、子供達も鮮やかな浴衣を着ていたので木そのものが目立っていませんでしたが・・・。桜の時期以外はきっとこのような感じで地味な存在なのでしょうが、さりげなくそこにあり、静かに砧っ子達を見守っているといった感じなのでしょう。ちょうど砧っ子地蔵のように。

<せたがや百景 No.62 砧小学校の桜 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>