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せたがや地域風景資産 No.3-8

緑丘中学校・校庭の大ケヤキ

校庭の中央に校舎より高い2本のケヤキ(名木百選)がそびえる、特徴的な風景であり、在校生、卒業生にとっても愛着のある風景である。江戸時代から旧上北沢村の庄屋だった鈴木左内邸跡地であり、敷地一帯にはかつて「甲子夜話」に出る牡丹園が広がっていた。 (紹介文の引用)

・場所 : 桜上水3-19-12
・登録団体など : 不明
・備考 : ーーー

*** 緑丘中学校・校庭の大ケヤキの写真 ***

緑丘中学校・校庭の大ケヤキの写真
緑丘中学校の校門

校門の真っ正面に木があります。

緑丘中学校・校庭の大ケヤキの写真
校庭と大ケヤキ

よく見ると二本の幹からなっています。

緑丘中学校・校庭の大ケヤキの写真
緑繁る大ケヤキ

ちょうどセンターが木の横で守っていました。

緑丘中学校・校庭の大ケヤキの写真
少年野球大会

訪れたらちょうど行っていました。

* 緑丘中学校・校庭の大ケヤキについて *

前項目の「江戸城御囲い松の兄弟松」で書いたように、上北沢は鈴木家を中心に栄えてきました。その鈴木家の邸宅があったのが、現在の「緑丘中学校」「早苗幼稚園」の敷地付近になります。具体的には早苗幼稚園の辺りには池があり、敷地の垣根のように植えられていたのが、前項目の「江戸城御囲い松の兄弟松」で、その池の畔の築山に植えられていた松が緑丘中学校の南側のフェンス沿いにある立派な松だったのですが・・・、現在では枯れかかっていました。

敷地へのアプローチは早苗幼稚園の西側にある道となり、ちょうど緑丘中学校のフェンス辺りに大きな茅葺きの長屋門がありました。残念ながらこれは昭和23年に中学校建設に先立って取り壊されています。ちょうど中学校の校庭部分に母屋がありましたが、昭和20年5月25日の空襲で焼失したそうです。その建物の裏にあったのが、現在校庭にそびえている大ケヤキです。そしてこの大ケヤキから後ろ、現在の校舎がある部分付近から勝利八幡神社にかけては杉林と竹薮に覆われていたようです。

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現在の大ケヤキは緑丘中学校の校庭の真ん中という訳ではないのですが、トラック内というか、中央付近にあります。あちこちの学校を見て回ったわけではないのですが、校庭の真ん中にこういった木などの障害物がある事は珍しいのではないでしょうか。邪魔といえば邪魔だし、木陰ができて休むのにちょうどいい場所にあるといえばそうかもしれません。

ただ陸上競技などはいいとしても、校庭の一面を使用して行う競技の場合は不便しそうです。ちょうど訪れた日曜日には少年野球大会が開催されていたのですが、センターを守っている子供のすぐ横に木がある状態でした。何も考えずにフライを追いかけると木に激突・・・とか、木の前で打球を処理しないと木に当たって大変な事に・・・などとセンターの守備には頭を使う事となりそうです。野球の場合は何とかなっていたのですが、サッカーの時はどうしているのでしょう。コートの中に木がある状態で行うのでしょうか。ちょっと木に、いや気になります。

<せたがや地域風景資産 No.3-8、緑丘中学校・校庭の大ケヤキ 2014年6月初稿 - 2015年10月改訂>