世田谷散策記 せたがや百景のバーナー
せたがや百景の案内板の写真

せたがや百景 No.28

収穫祭と東京農大

世田谷の秋祭り File.54

東京農業大学収穫祭

農業大学にふさわしく、緑の多い構内に校舎が建っている。正門を入ってすぐ化石植物メタセコイヤの小さな林がある。またイチョウは、東京管区気象台から委託を受けた生物季節観察標本で、東京の紅葉時の目安となっている。秋の収穫祭には学生、教師、住民ともに実りの喜びを祝う。(せたがや百景公式紹介文の引用)

場所 : 桜丘1-1-1  祭神 : 豊受大御神
祭礼日 : 文化の日前後(公式サイトなどで要確認)
神輿渡御 : 学科ごとの手作り神輿が農大通りを練り歩きます。
祭りの規模 : 大規模 露店数 : 多数
その他 : 様々なイベントや展示、野菜の無料配布などが行われます。

*** 東京農業大学と「食と農」の博物館の写真 ***

世田谷通りの正門の写真
世田谷通りの正門

門柱は旧陸軍機甲整備学校のもの

学校の案内板の写真
学校の案内板

今では電光掲示板も設置されています。

校門前のイチョウの標本木の写真
校門前のイチョウの標本木

東京の紅葉の目安になっているはず・・・

* 「食と農」の博物館 *

「食と農」の博物館の写真
「食と農」の博物館

馬事公苑前にあります。

「食と農」の博物館の内部の写真
農家の展示

これは民家園の方がいいですね。

「食と農」の博物館の内部のの写真
銘酒紹介コーナー

卒業生の蔵元の瓶が並んでいました。

「食と農」の博物館の内部のの写真
鳥の標本

鶏やシャモの剥製が展示されています。

「食と農」の博物館の内部のの写真
企画展

開館10周年記念ということで気合の入った展示でした。

「食と農」の博物館の内部のの写真
バイオリウム(温室)

熱帯植物が植えられ、猿などの動物もいます。

* 東京農業大学と「食と農」の博物館について *

世田谷区内には東京農業大学だけではなく、日本大学(商学部、文理学部)、日本体育大学、昭和女子大学、駒澤大学、国士舘大学、東京都市大学(旧武蔵工業大学)、成城大学、多摩美術大学など様々な分野のそれぞれ個性的を持った大学があります。とりわけ新春恒例である箱根駅伝に出場する学校が多く、応援する大学に困らないのが世田谷区民の自慢となるでしょうか。

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このように多くの大学、或いは教育機関が世田谷に存在するのは、土地の開発が遅かったため、広い土地が安く手に入り、また閑静な環境があったからです。特に大正から昭和にかけて鉄道の開通と共に急激に開け、それと同時に煩雑な都内から広い郊外ということで引っ越してきた大学が多いです。

その象徴的なのが成城大学(成城学園)で、大正14年に小田急線の開通を見越して駅周辺の土地を買い、学園を含めた周辺の宅地を整備し、分譲したお金で学園を建設しました。それが今では成城という地名にもなり、成城といえば高級住宅地の代名詞にもなりとビックリです。

その他、昭和女子大のように戦後になって軍事基地など軍関係の施設の跡地などに引っ越してきた大学も幾つかあります。また逆に学部の増設や建物の老朽化を機に静かな環境や広いキャンパスを求めて郊外へ移転していった明治薬科大学などもあります。

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農大は戦後に都内から移転してきた大学になります。農大の起源は明治24年(1891年)に榎本武揚氏によって設立された徳川育英会、育英黌農業科になります。実学的な農業教育を目指す為に新たにつくられた学科だったようです。所在地は現在の千代田区でしたが、翌年に文京区に移転しました。そして1893年には育英黌から独立し、東京農学校と改称されました。

1898年には渋谷常磐松町の常磐松御料地内に校舎を構えるようになり、1911年には私立東京農業大学と改称し、初代学長に横井時敬氏が就任しました。横井氏の「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」といった格言は今なお東京農大の教育の根底に息づいているそうです。戦時中には戦火によって常盤松の校舎が焼失してしまいます。そして戦後になると1946年に旧陸軍機甲整備学校跡地である現在の世田谷キャンパスへ移転し、新たなる未来に向けての再建を行っています。

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農大は2011年に創立120周年を迎えました。現在では世田谷校舎だけではなく、厚木キャンパス、オホーツクキャンパスと二つのキャンパスが増設されています。学科も従来の農業や畜産、醸造だけに留まらずバイオサイエンスや国際バイオビジネスなどといった時代の流れとニーズに合わせた科が増設されています。通っている学生は「農業後継者や地域社会の担い手の育成」を最大目標としているだけあって、農業を目指す人が多く通っています。

百景の文章にあるように世田谷通り沿いにある校舎は緑に囲まれた感じで、世田谷区指定の保存樹木も多く、農業大学といったたたずまいです。そして正門の前にある大きなイチョウの木が東京のイチョウの紅葉の標本木となっています。ただ東京のいちょうの標本木は気象庁の前、皇居のお堀にある震災銀杏なので、こちらの木は予備とか、記録のみなのでしょうか?それとも何本もあるのでしょうか?その辺の事情はよくわかりません。

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ちなみに農大生は普通の大学生とどう違うのでしょうか。あくまでも個人的な印象ですが、住んでいる地域柄農大生のバイトの人と接する機会が多かったので書いてみると、どちらかというと他の大学(日体や駒沢など)の学生に比べて実直な(真面目、頑固、融通が利かない、サボらないといったプラスマイナスを含めて)印象があります。もっとも世田谷には他に個性的な理系の大学がないので、特にそう感じるだけなのかもしれません。

ただ経堂駅前での収穫祭のパレードを見ている限りでは、やはり私の中のイメージの農大生だなと感じる事も多々ありました。例えば通行人を規制する場合でも担当の生徒は言われた通りに誰一人通さないように忠実に規制をします。お祭りの時の野菜配布でも隣で打ち合わせをしているのが聞こえたのですが、何が何でも通すなといった感じでした。

でも閉鎖された空間ならともかく、公道である商店街などでは色んな場合があります。たまたま車庫から出てきたバイクの人やら自転車の前後に子供を乗せているお母さんなどがいい例で、ちょっとロープをあげてこっちからどうぞと通せばいいものを、無理矢理混んでいる歩道を通そうとするので、かなり多くの人がイラッってしていました。まあそういった臨機応変さというか、いい加減さがあればな~と感じる事が多いのが農大生かなというのが私の中での印象です。もちろん色んな学生がいるのでしょうが。

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* 「食と農」の博物館 *

農大の世田谷通りを挟んだ向こう側にはケヤキ並木が美しい「けやき広場」があり、その広場の先には馬事公苑があります。この「けやき広場」の途中に何やら得体の知れないカラフルな鳥の像が建っていますが、そこは東京農業大学「食と農」の博物館です。

2004年に開館した施設で、大学の研究成果や関連分野の最新情報をもとに「食」と「農」に関する一般の方々への啓蒙活動推進と大学のビジターセンターとしての役割を担っています。もともとは大学の敷地内に昭和33年に設置された醸造博物館があったのですが、それを規模を大きくして、分野も多彩にした感じなのがこの「食と農」の博物館です。

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博物館ということで色々と展示してあります。常設展では鶏の剥製が並んでいる様子は圧巻です。ニワトリの先祖とされる野鶏3品種、天然記念物の指定を受けている17品種を含む日本鶏45品種、外国種11種類、115体の剥製を見ることができます。

昔は醸造博物館だった事で卒業生が携わっている蔵元の酒瓶がずらっと並んでいたり、醸造科の創立者住江金之氏の収集による地域ごとに特徴のある酒器が200点あまり展示されています。もちろん農の部分もあり、全国から集められた約3,600点の農機具のうち数十点を展示されています。そして半年ごとに展示内容が変る企画展も凄く、その内容の充実ぶりはなかなかのものです。半年に一回は訪れたい場所です。

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また農大オリジナル商品や企業と共同開発した商品、卒業生が携わっている商品などが展示されていて、購入することができます。収穫祭に行けなくてもここで農大ブランドのものを買うことができます。時々農大のOBが作った珍しい農作物やお米などが企画販売されているので、販売日をサイトで確認して購入しに出かけるのもいいかと思います。その他、食や農にかかわる面白そうな企画講座もあるので、興味がある日に参加してみるのもいい教養になるかと思います。

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この博物館には温室も付随しています。馬事公苑側の通りに見えるやつで、そこからも出入りができます。これはバイオリウムといったやつで、動物園、植物園、水族館といったくくりを取り去った「生きもの空間」となりますが、そこまで巨大な施設ではないので過大な期待はしない方がいいです。

施設内にはサボテンなどの南国の植物が植えられていて、檻の中には南国のサルが飼育されています。地面には巨大なリクガメがのしのしと歩いていたり、熱帯魚が展示販売されていたりします。あまり詳しくないので簡単ですが、冬場にくると暖かくてホッとします。ちょっと獣臭いの難点ですが・・・。

*** 収穫祭の様子 ***

収穫祭の様子を写した写真
収穫祭のときの正門

09年は簡素な感じでした。

収穫祭の様子を写した写真
経堂門

お城の門といった設定でしょうか。

収穫祭の様子を写した写真
朝の野菜配布

毎年恒例ともあって大勢の人が並びます。

収穫祭の様子を写した写真
舞台でのアグリンピック

農大ならではの農業クイズ大会

収穫祭の様子を写した写真
多くの食べ物の出店が並ぶ様子

食べ物関係の店ばかりです。

収穫祭の様子を写した写真
呼び込みにも気合いが入っていました

やる気満々なところが気持ちいいです。

収穫祭の様子を写した写真
野菜などが売られているエリア

人気のエリアです。

収穫祭の様子を写した写真
楽しげな野菜の出店

思わず立ち寄りたくなる店です。

収穫祭の様子を写した写真
お米屋さん

おいしそうです。たまにはこういうお米も・・・

収穫祭の様子を写した写真
味噌屋のお品書き

種類が多いと迷ってしまいます。

収穫祭の様子を写した写真
ふれあい動物園での様子

畜産や酪農関係の学科で飼育されているものです。

収穫祭の様子を写した写真
小動物と戯れる子供達

ひよこやウサギなどの小動物とふれあえます。

* 東京農大の収穫祭について *

毎年秋になると区内にある各大学では学園祭が行われます。駒澤大学、昭和女子大学、日本体育大学、日本大学商学部、成城大学、国士舘大学などなど区内には全国的に名が知れる大学が幾つもありますが、その中でも収穫祭と名付けている東京農業大学の学園祭は特異な存在です。

芸能人が来たりするような華やかさはないのですが、その盛り上がりたるはなかなかのもの。学生が出店する模擬店の数は100以上もあり、日本でも最大級。いろいろな学祭の盛り上がりランキングでも常に上位にランクインされるほどだとか。

でも所詮は大学の文化祭でしょ。あまり興味がないな。という思う方も多い(←私がそうでした)と思いますが、いやいや本当に凄いのです。何が凄いって、実際に訪れてみるとわかると思いますが、食に対するこだわりと質の高さ、そして学生のやる気満々の態度はう~んと少なからず唸ってしまうはずです。

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秋頃世田谷通りを通ると、いつも見慣れた農大の正門には骨組みがくまれていて、あっ、学祭の時期がやってくるんだなと気がつきます。そして日に日に正門に収穫祭のゲートができあがっていきます。その形は毎年なんか洞窟の入り口のようなアーチです。このあたりのあまり華やかさがないようなセンスは農大らしいというか、きっとこれが伝統なのでしょうね。

ただ近年は農大の正門もきれいに改装され、徐々にいかにも張りぼてといったタイプから華やか?というか洗練された?というか今までと違ったタイプのゲートになりつつあるようです。人通りの多い経堂駅に近い経堂門のほうへ力を入れるようになったのでしょうか。この辺りの事情はよくわかりませんが、春の大蔵団地の桜とともに世田谷通りの季節の風物詩となっているのは確かであり、世田谷通りを通る人のささやかな楽しみでもあったりします。

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農大の学園祭はあくまでも収穫祭です。伝統というか、こだわりというか、農大の学生と話すと必ず区別しています。これは収穫の喜びがあってこその農業であり、農業に携わる一員である農業大学生としての誇りといった感じのようです。学園祭にしてしまうと農大に通っている自分の存在意義が・・・なんていうのは極端ですが、結構真剣にこだわっています。

収穫祭の歴史を紐解いていくと、1907年には収穫祭の前身、運動会が開催されました。なんでも遠足の際に余興として試みた競技運動が学生の興味を引き、翌々年から運動会が開催されるようになり、仮装などの余興も評判となり、後の収穫祭に継承されたとか。収穫祭と改称されたのは戦前で、戦後からは現在と似たスタイルで11月3日を中心に文化学術展などと合わせて開催されるようになったようです。収穫祭の前身が運動会というのはなんともビックリです。

ちなみに収穫祭のパンフレットなどには収穫祭の開催回数が創立周年と同じ数となっています。創設時から何かしらの形で収穫祭が行われていたという事での数字なのでしょうか。それとも年二回収穫祭を行った年があってたまたま同じ数になったのでしょうか。ちょっと気になってしまいます。

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実際に収穫祭を訪れてみると、収穫祭とこだわるのも納得で、とにかく食と食材に関する出店がひたすら並んでいます。とりわけ目を引くのは、ここは農協かと思うような野菜の出店が並んでいるエリアでしょうか。取れたて野菜、有機農法野菜、農家指定、幻の・・・、とまあスーパー顔負けの宣伝文句が並んでいるのですが、これらの野菜は農業に携わる先輩から送ってもらったり、農業研修で訪れた先の農家から送ってもらったりして集めたものです。

ですから最近流行の農家の顔がわかる野菜であり、売る方としても自信を持って売れる品であり、買う方もそれをわかっていて訪れているので売り切れ続出の大盛況です。また醸造科、畜産科などもあることから味噌やジャム、ハムなどといった学生の手作り加工品の人気もなかなかのもので、購入する人の長い列ができていました。毎年楽しみにしている地元の人もいるぐらいです。

その他、そういった得意分野がない学科や部活、サークルなどの団体は食べ物の出店を開いています。こういった出店もさりげなく無農薬野菜が使われていたりと食材にこだわりが感じられます。それでいて値段も手頃なので、収穫祭だけではなくぜひとも地元のお祭りにも出店して下さいとお願いしたいところです。

とりわけ地方出身者の郷土料理的な出店と海外留学生の多国籍料理はお勧めです。安く変ったものが食べられます。後は香辛料や調理法にまでこだわる事ができればプロ真っ青といったところでしょうか。

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もちろん収穫祭とはいえ学園祭なので、その他の文化学術展やステージイベント、ミスコンといった事も行われています。また子供が来ても楽しめるようにふれあい動物園が設置されていたり、スタンプラリーなどといった事が行われているというのも素晴らしいことです。子供連れだと結構長い時間楽しめてしまったりするのではないでしょうか。土日の朝には野菜無料配布(大根)が行われるのも農大らしい客寄せでしょうか。といってもちゃんと丁寧にビニール袋に入れてくれているのが好印象です。

また収穫祭が近くなると、近くの神社での宣伝や経堂駅や農大通りで御神輿の収穫祭パレードが行われたり、沿線の駅での宣伝活動を行っているのも収穫祭への気合いの表れですね。それとあまり部外者には関係ない事ですが、文化祭の翌日から体育祭が行われるというのは収穫祭の前身が体育祭だったという農大らしい事です。

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なぜこんなに気合いが入っているのか。またこんなに盛り上がるのか。疑問に感じる人も多いかと思います。実際のところ、農大というのはかなり地味な大学です。これは通う学生自身がコンプレックスに感じているようで、農大生の多くの人が口にする言葉です。最近では無農薬農法やら有機農法やら農業もちょっと格好いいぞといった認識が芽生えてきましたが、以前は田舎くさい、ださいといったイメージが先行していました。

もちろん大学が地方にあれば問題ないのでしょうが、周りに華やかな大学が多い東京の比較的中心部にあっては殊更コンプレックスに感じるのもしょうがありません。それに世間のイメージも「農業」という文字からも地味なイメージを連想するはずです。そのへんは実際に通っている学生が一番よく認識していて、「ここでしか爆発させる機会がないから」、「年に一度農大が輝ける機会だから」といった事を何人かの友人が言っていました。だからこそ野菜を送ってくれるOBを含めて農大生が一致団結して収穫祭が盛り上がるわけなのです。

でも・・・、逆を言ってしまうと収穫祭じゃないと農大が盛り上がれないというのも悲しいところです。もっと普段から自信を持ってもいいのでは。ちなみに区内には高校ではありますが、園芸高校とこれまた特徴的な高校があり、こちらでは園芸展という名で行っています。ここでも花などの苗やジャムなどの生産品を購入することができ、こちらも地元の人に人気となっています。

*** 収穫祭パレードや宣伝活動の様子 ***

* 収穫祭パレード *

収穫祭パレードの様子を写した写真
商店街を練り歩く様子

収穫祭を告知しながら進みます。

収穫祭パレードの様子を写した写真
かなり凝った手作り神輿

学科ごとに練り歩きます。

収穫祭パレードの様子を写した写真
スタンダードなみこしも
収穫祭パレードの様子を写した写真
個性的な神輿も
収穫祭パレードの様子を写した写真
アニメのキャラも
収穫祭パレードの様子を写した写真
宣伝部隊

* 大根踊り *

大根踊りの様子を写した写真
大根踊り

地元の祭りでもやっぱりこれが一番盛り上がります。

大根の配布の様子を写した写真
大根の配布

ここでも宣伝を兼ねて

世田谷市場祭りでの大根踊りの写真
世田谷市場祭りで
高島屋での大根踊りの写真
高島屋で

秋祭りには神輿が欠かせません。神輿とは名前の通り神の乗る輿(乗り物)です。地域の繁栄と安定をもたらす氏神様を自分の村に招いて一緒に収穫の喜びを分かち合おうといったような事が秋祭りです。農大が学園祭ではなく、収穫祭である所以の一つが、キャンパス内に神社があることです。

神社があるのは・・・、なんと校舎、8号館の屋上で、神社名は豊受大神宮です。農大といって真っ先に連想したのが稲荷神社。稲の神であり、食物神の宇迦之御魂神と同一視され、後に他の食物神も習合した稲荷神社がふさわしいように思ってしまったのですが、調べてみると豊受大神宮も似たような神様になるようです。豊受大御神は伊勢神宮の外宮に祀られている神様で、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、御饌、つまり神々にたてまつる食物を司る立場の神となります。このことから豊穣、収穫の守護神として崇められているようです。

この神様が祀られるようになった理由は分かりませんが、昭和31年に三重県校友会が神社を奉納し、昭和50年にも再奉納しています。元々神社の由緒があったので新しく奉納したのか、三重県校友会が奉納したことで始まったのか、どちらかなのでしょう。

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収穫祭は関係者が参列して執り行なわれる豊受大神宮への奉献式で始まります。そして学生による神輿渡御も行われます。ただこの神輿渡御は収穫祭よりも少し前に行われ、どちらかというとパレードというか、カーニバル的な感じのもので、いわゆる宣伝活動の一環といった位置づけになるようです。

神輿は各学科ごと、一部の有志の団体によって製作される手作り神輿で、農大から農大通り商店街を通り、駅前広場まで練り歩きます。神輿の種類は様々で学科にあったものだったり、神話に基づくものだったり、アニメのものだったりと個性的です。恐ろしく手の込んだ神輿もあれば、簡単に済ませてしまったものもあり、そのへんは人手や手間がかけられるかとか、学科の伝統だったりとそれぞれの事情や考え方によるものなのでしょう。渡御の様子は学生らしくワイワイと賑やかな感じで、仮装をしていたり、女学生は浴衣を着ていたりと華やかな感じの渡御です。

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宣伝活動はこの神輿パレードの他にも行われます。周辺の駅前でのチラシ配りやPR活動はもちろん、神社の秋祭りでのPR活動や大根の無料配布、世田谷市場祭りや高島屋でもPR活動が行われます。収穫祭の凄いところはこういった事前の宣伝活動にもあると言っていいかと思います。そしてこういったPR活動で欠かせないのが応援団と大根踊りです。

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農大といえば、「大根踊り」を思い浮かべる人もいるかと思います。箱根駅伝などで農大の応援団が大根を持って踊っているやつを見たことがあるかと思いますが、まさにあれです。この大根踊りというのは通称で、正式名は「青山ほとり」になります。いまいちインパクトのないのっぺりとした名称ですが、歌い出しに「青山ほとり常盤松・・・」とあるように、これは世田谷移転前に常磐松校舎があった渋谷常磐町、現在の青山学院がある場所に因んで作曲されたものです。

現在では応援歌として大根を持ったスタイルが定着していますが、実は大根を持って踊るスタイルは収穫祭の宣伝活動から始まったものです。戦後、収穫祭の宣伝を銀座で行っていました。最初は「青山ほとり」を踊りながら歌ったそうです。それでも農大の特異性や貧しい時代の中で面白いことをやるなと評判は良かったようです。

そして1952年には農大らしく大根を持って踊ってみようではないかといった案が出され、実際にやってみるとこれがなかなか好評でした。こうして大根踊りが毎年行われるようになり、そして今ではすっかり農大といえばだいこん踊りといったイメージが定着しました。

* 収穫祭の感想など *

農業は人と自然との関係が重要に思えますが、実際は人のつながりが大事です。農村に行くとよく分かるのですが、農村の結束の高さには感心します。地域共同体として災害や自然現象から村や畑を守り、困ったときはお互い様で共同作業を行い、コミュニティーなくして農業は成り立ちません。地域の祭礼や行事などには村全体で当たります。

そういった地域を大事にする感覚が強いのか、農大生は世田谷区内の行事によく参加していて、よく姿を見かけます。そして収穫祭においても農業大学の誇りというか、農業に関わる一員として、そして地域の一員として感謝を込めた大きなイベントとなっています。

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現在世田谷区内の農業従事者はどんどんと少なくなり、秋祭りもイベント化したり、細々と行っている所も多くなりました。長年地域に暮らす人々によって脈々と受け継がれてきた神社で行われる秋祭りと比べるのはどうかと思いますが、農大の収穫祭は今ではもっとも収穫を感謝する祭りになっているような気もします。それに若者が多く参加することで活気もあり、世田谷の秋祭りの中でも賑やかで面白い存在なのは確かです。

<せたがや百景 No.28 収穫祭と東京農大 2009年3月初稿 - 2015年10月改訂>
( 世田谷の秋祭り File.54 東京農業大学収穫祭 )