世田谷散策記 ~せたがや百景~

せたがや百景 No.28

収穫祭と東京農大

農業大学にふさわしく、緑の多い構内に校舎が建っている。正門を入ってすぐ化石植物メタセコイヤの小さな林がある。またイチョウは、東京管区気象台から委託を受けた生物季節観察標本で、東京の紅葉時の目安となっている。秋の収穫祭には学生、教師、住民ともに実りの喜びを祝う。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 :桜丘1-1-1
・備考 :収穫祭は文化の日前後(公式サイトなどで要確認)

***  このページの内容  ***

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* 東京農業大学について *

東京農業大学正門
世田谷通りの正門

門柱は旧陸軍機甲整備学校の時のもの

世田谷区内には東京農業大学だけではなく、日本大学(商学部、文理学部)、日本体育大学、昭和女子大学、駒澤大学、国士舘大学、東京都市大学(旧武蔵工業大学)、成城大学、多摩美術大学など様々な分野のそれぞれ個性的を持った大学があります。

とりわけ新春恒例である箱根駅伝に出場する学校が多く、応援する大学に困らないのが世田谷区民の自慢となるでしょうか。

このように多くの大学、或いは教育機関が世田谷に存在するのは、土地の開発が遅かったため、広い土地が安く手に入り、また閑静な環境があったからです。

特に大正から昭和にかけて鉄道の開通と共に急激に開け、それと同時に煩雑な都内から広い郊外ということで引っ越してきた大学が多いです。

その象徴的なのが成城大学(成城学園)で、大正14年に小田急線の開通を見越して駅周辺の土地を買い、学園を含めた周辺の宅地を整備し、分譲したお金で学園を建設しました。それが今では成城という地名にもなり、成城といえば高級住宅地の代名詞にもなってしまいました。

その他、昭和女子大のように戦後になって軍事基地など軍関係の施設の跡地などに引っ越してきた大学も幾つかあります。また逆に学部の増設や建物の老朽化を機に静かな環境や広いキャンパスを求めて郊外へ移転していった明治薬科大学などもあります。

東京農業大学正門の案内板
学校の案内板

今では電光掲示板も設置されています。

農大は戦後に都内から移転してきた大学になります。農大の起源は明治24年(1891年)に榎本武揚氏によって設立された徳川育英会、育英黌農業科で、実学的な農業教育を目指す為に新たにつくられた学科だったようです。

所在地は最初は現在の千代田区でしたが、翌年に文京区に移転しました。1893年には育英黌から独立し、東京農学校と改称されました。

1898年には渋谷常磐松町の常磐松御料地内に校舎を構えるようになり、1911年には私立東京農業大学と改称し、初代学長に横井時敬氏が就任しました。横井氏の「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」といった格言は今なお東京農大の教育の根底に息づいているそうです。

戦時中、戦火によって常盤松の校舎が焼失してしまいます。そして戦後になると1946年に旧陸軍機甲整備学校跡地である現在の世田谷キャンパスへ移転し、未来に向けての再建が行われました。

東京農業大学正門前のイチョウの標本木
校門前のイチョウの標本木

東京の紅葉の目安になっているはず・・・。

農大は2011年に創立120周年を迎えました。現在では世田谷校舎だけではなく、厚木キャンパス、オホーツクキャンパスと二つのキャンパスが増設され、学科も従来の農業や畜産、醸造だけに留まらずバイオサイエンスや国際バイオビジネスなどといった時代の流れとニーズに合った科が新設、あるいは増設されています。

通っている学生は「農業後継者や地域社会の担い手の育成」を最大目標としているだけあって、農業を目指す人が多く通っています。

百景の文章にあるように世田谷通り沿いにある校舎は緑に囲まれた感じで、世田谷区指定の保存樹木も多く、農業大学といったたたずまいです。

そして正門の前にある大きなイチョウの木が百景の文章によれば東京管区気象台から委託を受けた生物季節観察標本となるのですが、東京のイチョウの標本木は気象庁の前、皇居のお堀にある震災銀杏なので、こちらの木は予備とか、記録のみなのでしょうか?それとも過去の話とか、何本もあるとか?その辺の事情はよくわかりません。

農大の校章が入った太鼓

農大の文字が校章のデザインになっています。

農大生は普通の大学生とどう違うのでしょうか。あくまでも個人的な印象ですが、住んでいる場所柄農大生のバイトの人と接する機会が多かったので書いてみると、どちらかというと他の大学(日体や駒沢など)の学生に比べて実直な(真面目、頑固、融通が利かない、サボらないといったプラスマイナスを含めて)印象があります。

世田谷には他に個性的な理系の大学がないので、特にそう感じるだけなのかもしれませんが、学生らしく臨機応変さというか、いい加減さがあればな~と感じる事が多いのが農大生かなというのが私の中での印象です。もちろん色んな学生がいるのでしょうが・・・。

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* 「食と農」の博物館 *

「食と農」の博物館
「食と農」の博物館

馬事公苑前にあり、鳥の像が目を引きます。

農大の世田谷通りを挟んだ向こう側にはケヤキ並木が美しい「けやき広場」があり、その広場の先には馬事公苑があります。

この「けやき広場」の途中に何やら得体の知れないカラフルな鳥の像がありますが、そこは東京農業大学「食と農」の博物館です。

2004年に開館した施設で、大学の研究成果や関連分野の最新情報をもとにした「食」と「農」に関する啓蒙活動と大学のビジターセンターとしての役割を担っています。

もともとは大学の敷地内に昭和33年に設置された醸造博物館があったのですが、それを規模を大きくして、分野も多彩にした感じなのがこの「食と農」の博物館になります。

「食と農」の博物館 鳥の標本
鳥の標本

鶏やシャモの剥製が展示されています。

入場料が無料の博物館ですが、館内には様々な展示があります。

常設展での鶏の剥製が並んでいる様子は圧巻です。ニワトリの先祖とされる野鶏3品種、天然記念物の指定を受けている17品種を含む日本鶏45品種、外国種11種類、115体の剥製を見ることができます。

農業や農機具の展示もあり、全国から集められた約3,600点の農機具のうち数十点が展示されています。ただこれは屋内に古民家を再現してそこに農具が展示してあるといったもので、世田谷には立派な民家園があるので、これについてはそっちのほうがいいかもしれません。

「食と農」の博物館 銘酒紹介コーナー
銘酒紹介コーナー

卒業生の蔵元の瓶が並んでいました。

昔は醸造博物館だった事で醸造関係は展示が充実しています。

卒業生が携わっている蔵元の酒瓶がずらっと並んでいたり、醸造科の創立者住江金之氏の収集による地域ごとに特徴のある酒器が200点あまり展示されています。

様々な酒瓶が並んでいる様子はお酒好きにはたまらないのではないでしょうか。

「食と農」の博物館 企画展
企画展

開館10周年記念ということで気合の入った展示でした。

半年ごとに展示内容が変る企画展も凄く、その内容の充実ぶりはなかなかのものです。

私が訪れたときは開館10周年ということで、馬に関する展示が行われていました。全国の農業と馬の関係、馬と祭事の関係が詳しく紹介されていて、とても見ごたえがありました。

また一回の購買所では農大オリジナル商品や企業と共同開発した商品、卒業生が携わっている商品などを購入することができます。

時々農大のOBが作った珍しい農作物やお米などが企画販売されているので、販売日をサイトで確認して購入しに出かけるのもいいかと思います。

その他、食や農にかかわる面白そうな企画講座も行われているので、興味がある日に参加してみるのもいい教養になるかと思います。

「食と農」の博物館 バイオリウム(温室)
バイオリウム(温室)

熱帯植物が植えられ、猿などの動物もいます。

この博物館には温室も付随しています。馬事公苑側の通りに見えるやつで、そこからも出入りができます。

これはバイオリウムといったやつで、動物園、植物園、水族館といったくくりを取り去った「生きもの空間」となりますが、そこまで巨大な施設ではないので過大な期待はしない方がいいです。

温室内にはサボテンなどの南国の植物が植えられていて、檻の中には南国のサルが飼育されています。さりげなく地面に巨大なリクガメがのしのしと歩いていたりとプチ南国気分を味わうことができます。

夏場などはあまり気温差を感じませんが、冬場にくるとサウナのように暖かく、まさに南国気分です。暖かくてホッとしますが、ちょっと獣臭いです・・・。

* 東京農大の収穫祭について *

農大収穫祭 校内案内図
収穫祭の校内案内図

キャンパスに多くの出店が並びます。

毎年秋になると区内にある各大学では学園祭が行われます。駒澤大学、昭和女子大学、日本体育大学、日本大学商学部、成城大学、国士舘大学などなど区内には全国的に名が知れる大学が幾つもありますが、その中でも収穫祭と名付けている東京農業大学の学園祭は特異な存在です。

芸能人が来たりするような華やかさはないのですが、その盛り上がりたるはなかなかのもの。学生が出店する模擬店の数は100以上もあり、日本でも最大級。いろいろな学祭の盛り上がりランキングでも常に上位にランクインされるほどだとか。

でも所詮は大学の文化祭でしょ。あまり興味がないな。という思う方も多い(←私がそうでした)と思いますが、いやいや本当に凄いのです。何が凄いって、実際に訪れてみるとわかると思いますが、食に対するこだわりと質の高さ、そして学生のやる気満々の態度はう~んと少なからず唸ってしまうはずです。

農大収穫祭 2009年の経堂門
2009年の経堂門

お城の門といった設定でしょうか。

秋頃世田谷通りを通ると、いつも見慣れた農大の正門には骨組みがくまれていき、あっ、学祭の時期がやってくるんだなと気がつきます。そして日に日に正門に収穫祭のゲートが出来上がっていきます。

その形は毎年なんか洞窟の入り口のようなアーチです。あまり華やかさがないような・・・、こういったセンスは農大らしいというか、きっとこれが伝統なのでしょうね。

ただ近年は農大の正門もきれいに改装され、徐々にいかにも張りぼてといったタイプから華やか?というか、洗練された?というか、今までのようなごっつい感じではなくなりました。

経堂駅から人が多く訪れるし、自転車置き場もあるので、正門ではなく経堂門の方へ力を入れるようになったのでしょうか。この辺りの事情はよくわかりませんが、春の大蔵団地の桜とともに世田谷通りの季節の風物詩となっていて、世田谷通りを通る人のささやかな楽しみでもあったりします。

農大収穫祭 グラウンドとマーチング演奏
グラウンドとマーチング

収穫祭の日にグラウンドでマーチング演奏を行っていた様子です。

農大の学園祭はあくまでも収穫祭です。伝統というか、こだわりというか、農大の学生と話すと必ず区別しています。これは収穫の喜びがあってこその農業であり、農業に携わる一員である農業大学生としての誇りといった感じのようです。

学園祭にしてしまうと農大に通っている自分達の存在意義が・・・なんていうのは極端ですが、わりと真剣にこだわっています。

収穫祭の歴史を紐解いていくと、1907年には収穫祭の前身、運動会が開催されました。なんでも遠足の際に余興として試みた競技運動が学生の興味を引き、翌々年から運動会が開催されるようになったとか。そして仮装などの余興も評判となり、後の収穫祭に継承されていきます。

収穫祭と改称されたのは戦前で、戦後からは現在と似たスタイルで11月3日を中心に文化学術展などと合わせて開催されるようになったようです。現在でも収穫祭の翌日が体育祭になっています。

農大収穫祭 産地直送の野菜が売られている店
産地直送の野菜が売られている店

おいしそうな野菜が並んでいます。

農大収穫祭 楽しげな野菜の出店
楽しげな野菜の出店

思わず立ち寄りたくなる店です。

農大収穫祭 お米屋さん
お米屋さん

おいしそうです。たまにはこういったお米を食べたいですね。

農大収穫祭 味噌屋のお品書き
味噌屋のお品書き

種類が多いと迷ってしまいますが、農大生仕込み味噌に惹かれます。

実際に収穫祭を訪れてみると、収穫祭とこだわるのも納得で、とにかく食と食材に関する出店がひたすら並んでいます。とりわけ目を引くのは、ここは農協かと思うような野菜の出店が並んでいるエリアです。

取れたて野菜、有機農法野菜、農家指定、幻の・・・、とまあスーパー顔負けの宣伝文句が並んでいるのですが、これらの野菜は農業に携わる先輩から送ってもらったり、農業研修で訪れた先の農家から送ってもらったりして集めたものです。

最近流行の農家の顔がわかる野菜であり、売る方としても自信を持って売れる品であり、買う方もそれをわかっていて訪れているので売り切れ続出の大盛況です。

また醸造科、畜産科などもあることから味噌やジャム、ハムなどといった学生の手作り加工品の人気もなかなかのもので、購入する人の長い列ができていました。毎年楽しみにしている地元の人もいるぐらいです。

農大収穫祭 出店が並ぶ様子
多くの食べ物の出店が並ぶ様子

食べ物関係の店ばかりです。

農大収穫祭 出店の呼び込み
出店の呼び込み

仮装して呼び込みを行うところは学園祭っぽいです。

その他、そういった得意分野がない学科や部活、サークルなどの団体は食べ物の出店を開いています。こういった出店もさりげなく無農薬野菜が使われていたりと食材にこだわりが感じられます。それでいて値段も手頃なので、収穫祭だけではなくぜひとも地元のお祭りにも出店して下さいとお願いしたいところです。

とりわけ地方出身者の郷土料理的な出店と海外留学生の多国籍料理はお勧めです。安く変ったものが食べられます。後は香辛料や調理法にまでこだわる事ができればプロ真っ青といったところでしょうか。

農大収穫祭 舞台でのアグリンピック
舞台でのアグリンピック

農大ならではの農業クイズ大会

もちろん収穫祭とはいえ学園祭なので、その他の文化学術展やステージイベント、ミスコンといった事も行われています。

また子供が来ても楽しめるようにふれあい動物園が設置されていたり、スタンプラリーなどといった事が行われているというのも素晴らしいことです。子供連れだと結構長い時間楽しめてしまったりするのではないでしょうか。

朝に野菜無料配布(大根)が行われるのも農大らしいサービスでしょうか。

農大収穫祭 ふれあい動物園
ふれあい動物園での様子

畜産や酪農関係の学科で飼育されている動物と触れ合うことものです。

収穫祭当日だけではなく、当時の収穫祭が近くなると、近くの神社での宣伝や経堂駅や農大通りで御神輿の収穫祭パレードが行われたり、沿線の駅での宣伝活動も盛大に行っています。

なぜこんなに気合いが入っているのか。またこんなに盛り上がるのか。それに農大生ってこんなに元気だったけ?・・・と訪れて色々疑問に感じる人も多いかと思います。

一般的に「農業」という文字から地味なイメージを連想する通り、東京農大というのはかなり地味な大学です。

最近では無農薬農法やら有機農法やらバイオ科学だとか、農業もちょっと格好いいぞといった認識が芽生え、以前よりもましになった感じもしますが、やっぱり地味な印象です。

「地味」・・・、これは通う学生自身がコンプレックスに感じているようで、農大生の多くの人が口にする言葉です。

もちろん大学が農業の盛んな地方にあれば何も問題ないのですが、畑がほとんどなく、住宅地ばかりの世田谷という環境にあるので、周辺の住民は自然とそういった目線で見てしまうし、周りに華やかな大学が多い環境では、学生がそのことを強くコンプレックスに感じてしまうのも無理はありません。

そういった地味な印象を払拭できる機会が収穫祭で、「ここでしか爆発させる機会がないから」、「年に一度農大が輝ける機会だから」といった事を何人かの友人が言っていました。

そして同じ思いをして卒業していったOBを含め、農大の全学部、部活などの団体が年の一度の晴れ舞台である収穫祭に向けて一致団結し、入念に準備し、盛り上がるといったわけです。

収穫祭じゃないと盛り上がれないというのも悲しいところですが、これも脈々と受け継がれる東京農大の伝統のようです。

農大収穫祭 朝の野菜配布
朝の野菜配布

毎年恒例ともあって大勢の人が並びます。

収穫祭に多くの人が訪れているのは、基礎の部分で学生の頑張りがあるからなのですが、周囲が住宅地ばかりの世田谷のキャンパスだからこそ農大の収穫祭が珍しく感じる部分が大きいのかなと感じます。

地方だったら人口が少ないし、競合する農業関係の学校が多いし、農協や地域の収穫祭も多いし、そんなに話題になることはありません。

普段は農業大学として世田谷では少し浮いた感じのする存在ですが、収穫祭に関してはうまくその部分がトレードオフしているのかなと感じます。

ちなみに区内には高校ではありますが、園芸高校とこれまた特徴的な高校があり、こちらでは園芸展という名で行っています。ここでも花などの苗やジャムなどの生産品を購入することができ、こちらも地元の人に人気となっています。

* 収穫祭パレードと大根踊り *

収穫祭パレード 手作り神輿
農大生の手作り神輿

個性的な神輿が農大通りを練り歩きます。

地域の繁栄と安定をもたらす氏神様を自分の村に招いて一緒に収穫の喜びを分かち合おうといったような事が秋祭りです。農大が学園祭ではなく、収穫祭である所以の一つが、キャンパス内に神社があることです。

神社があるのは・・・、なんと校舎、8号館の屋上で、神社名は豊受大神宮です。豊受大御神は伊勢神宮の外宮に祀られている神様で、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、御饌、つまり神々にたてまつる食物を司る立場の神となります。このことから豊穣、収穫の守護神として崇められているようです。

この神様が祀られるようになった理由は分かりませんが、昭和31年に三重県校友会が神社を奉納し、昭和50年にも再奉納しています。元々神社の由緒があったので新しく奉納したのか、三重県校友会が奉納したことで始まったのか、どちらかなのでしょう。

収穫祭パレード 
商店街を練り歩く収穫祭パレード

収穫祭を告知しながら進みます。

収穫祭は関係者が参列して執り行なわれる豊受大神宮への奉献式で始まります。

そして学生による神輿渡御も行われます。神輿渡御は収穫祭よりも少し前に行われ、どちらかというとパレードというか、カーニバル的な感じのもので、いわゆる宣伝活動の一環といった位置づけになるようです。

神輿は各学科ごと、一部の有志の団体によって製作される手作り神輿で、農大から農大通り商店街を通り、駅前広場まで練り歩きます。

収穫祭パレード かなり凝った手作り神輿
かなり凝った手作り神輿

学科ごとに練り歩きます。

収穫祭パレード 宣伝部隊
宣伝部隊

収穫祭で行われるイベントを告知しながら歩いていました。

神輿の種類は様々で学科にあったものだったり、神話に基づくものだったり、アニメのものだったりと個性的です。

恐ろしく手の込んだ神輿もあれば、簡単に済ませてしまったものもあり、そのへんは人手や手間がかけられるかとか、学科の伝統だったりとそれぞれの事情や考え方によるものなのでしょう。

学生らしくワイワイと賑やかな感じで、仮装をしていたり、女学生は浴衣を着ていたりと華やかな感じのパレードでした。

東京農大 大根踊り君
大根踊り君

収穫祭でよくできた人形を発見しました。愛称や名前はあるのでしょうか。

宣伝活動はこの神輿パレードの他にも行われます。周辺の駅前でのチラシ配りやPR活動はもちろん、神社の秋祭りでのPR活動や大根の無料配布、世田谷市場祭りなどでもPR活動が行われます。

収穫祭の凄いところはこういった事前の宣伝活動にもあると言っていいかと思います。そしてこういったPR活動で欠かせないのが応援団と大根踊りです。

神社での大根踊り
神社での大根踊り

地元の祭りでもやっぱりこれが一番盛り上がります。

農大といえば、「大根踊り」を思い浮かべる人もいるかと思います。箱根駅伝などで農大の応援団が大根を持って踊っているやつを見たことがあるかと思いますが、まさにあれです。

この大根踊りというのは通称で、正式名は「青山ほとり」になります。いまいちインパクトのないのっぺりとした名称ですが、歌い出しに「青山ほとり常盤松・・・」とあるように、これは世田谷移転前に常磐松校舎があった渋谷常磐町、現在の青山学院がある場所に因んで作曲されたものです。

世田谷市場祭りでの大根踊り
世田谷市場祭りでの大根踊り

現在では応援歌として大根を持ったスタイルが定着していますが、実は大根を持って踊るスタイルは収穫祭の宣伝活動から始まったものです。

戦後、収穫祭の宣伝を銀座で行っていました。最初は「青山ほとり」を踊りながら歌ったそうです。それでも農大の特異性や貧しい時代の中で面白いことをやるなと評判は良かったようです。

そして1952年には農大らしく大根を持って踊ってみようではないかといった案が出され、実際にやってみるとこれがなかなか好評でした。こうして大根踊りが毎年行われるようになり、そして今ではすっかり農大の応援といえばだいこん踊りといったイメージが定着しました。

* 感想など *

収穫祭 楽しそうにパレードする学生
楽しそうにパレードする学生

学生らしく楽しそうなのが一番です。見ているほうも楽しくなります。

農業は人と自然や植物との関係が重要に思えますが、実際は人のつながりが大事です。地域共同体として災害や自然現象から村や畑を守り、困ったときはお互い様で共同作業を行い、コミュニティーなくして農業は成り立ちません。地域の祭礼や行事などに村全体で当たっているのが、その象徴です。

そういった地域を大事にする感覚が強いのか、農大生は世田谷区内の行事によく参加しています。そして収穫祭においても農業大学の誇りというか、農業に関わる一員として、そして地域の一員として感謝を込めた大きなイベントとなっています。

現在世田谷区内の農業従事者はどんどんと少なくなり、秋祭りもイベント化したり、細々と行っている所も多くなりました。長年地域に暮らす人々によって脈々と受け継がれてきた地域の神社での秋祭りと比べるのはどうかと思いますが、農大の収穫祭は今ではもっとも世田谷で収穫を感謝する祭りとなっている気がします。

学生たちの活気があふれる収穫祭。会場では多くのイベントが行われ、屋台もたくさん出て産地直送のおいしい野菜なども購入できます。ぜひ足を運んで収穫の秋を楽しんでください。

せたがや百景No.28 収穫祭と東京農大
ー 風の旅人 ー
2018年11月改訂

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* 地図、アクセス *

・住所桜丘1-1-1
・アクセス最寄り駅は小田急線経堂駅。駅から少し離れています。
・関連リンク東京農業大学(公式サイト)、「食と農」の博物館

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