世田谷散策記

 ~せたがや百景~

せたがや百景 No.21

招き猫の豪徳寺

せたがや地域風景資産 No.3-6

豪徳寺参道の松並木

井伊家の菩提寺。幕末の大老井伊直弼の墓もここにある。区内有数の名刹で、広い境内には江戸開府のころ「オイデオイデ」の手招きで井伊直孝を危険から救ったという招き猫の伝説の招福堂や鐘楼、本堂が立っている。福を呼ぶ招き猫が門前で売られている。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 :豪徳寺2-24-7
・関連団体:世田谷城阯公園管理ボランティア
・備考 :国指定史跡(彦根藩主井伊家墓所)、都指定史跡(井伊直弼の墓)、世田谷区指定有形文化財(仏殿、仏殿像5体、梵鐘)
せたがや百景の案内板の写真

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* 豪徳寺と参道の松並木 *

豪徳寺 参道入り口にある石標
参道入り口にある石標

かなり年季の入った寺標です。

豪徳寺は世田谷線の宮の坂駅の東にあります。次の項目の世田谷城址公園でふれていますが、この広大な豪徳寺の敷地は世田谷城の本郭部分にあたるのではと言われています。

豪徳寺の寺伝よれば今から500年前に世田谷城内の「弘徳院」と呼ばれていた小庵が寺の起源になるそうです。これは文明十二年(1480年)に吉良政忠が伯母の供養ために建てたもので、その法号「弘徳院殿久栄理椿大姉」に因んでいます。

その後天正十二年(1584年)に門菴宋関住職が中興開山し、臨済宗から曹洞宗に改宗したようです。この門菴宋関住職は忠臣蔵で有名な高輪泉岳寺を開山した人でもあり、豪徳寺は泉岳寺の末寺という関係にもなっているようです。

豪徳寺の参道
豪徳寺の参道

城山通りに参道の入り口があります。白の門塀がおしゃれな感じです。

江戸時代になると吉良氏と世田谷城の廃止で寺は衰退していきます。しかし間もなくすると寺の状況が変ります。寛永十年(1633年)に彦根藩世田谷領が成立した後、彦根藩主井伊家の菩提寺として取り立てられました。

中興開基を行った二代目藩主井伊直孝の没後に、彼の法号「久昌院殿豪徳天英大居士」から豪徳寺と寺号が改められ、仏殿の建立など寺の伽藍が整えられていきます。そして以後江戸で亡くなった彦根藩主や身内だけではなく、藩士もここに葬られました。

豪徳寺参道の松並木
参道の松並木

立派な黒松の並木で地域風景資産に選定されています。

豪徳寺の参道は城山通りから始まります。城山通り沿いには古めかしい寺標があり歴史を感じます。その後ろには白い壁と門柱があり、コントラスト的に後ろの松並木を引き立てています。とてもセンスを感じます。

この参道には背の高い黒松が植えられていて、とても素晴らしい松並木参道になっています。頭上に覆いかぶさるような松のトンネルを歩くのはなかなか気持ちのいいものです。

この参道の横、豪徳寺住宅側が高くなっているのはかつての土塁跡ではと言われていますが、どうなのでしょう。それよりも松の根っこがむき出しになっていて、地に根が絡まっている様子に驚きました。

豪徳寺 参道の招き猫
参道の招き猫?

招き猫のポーズをお願いしてみたのですが・・・

参道の右手には豪徳寺住宅ができてしまいましたが、寺や檀家さんなどの力でその用地を買収して大型バス用の駐車場を作り、景観を保とうといった計画もありました。

寺の敷地を維持するのは何とかなるとしても、参道までとなるとなかなか難しいものがあります。そういった努力や美しい景観が評価されてこの参道は第三回せたがや地域風景資産に選定されています。

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* 豪徳寺境内について *

豪徳寺の山門
豪徳寺の山門

かなり背の高い門です。昭和初期に再建されたもの。

参道を歩くと正面に背の高い大きな山門があります。この山門は昭和初期に再建されたものですが、馬上で入るのも容易いような高さがあり、大名の菩提寺としての格式が伺えます。

門に掲げられている扁額は「碧雲閣」。名の通り雲のような高さに掲げられているといった感じなのですが、その扁額付近にも千社札がベタベタ貼ってあります。貼った人達は長いはしごを持参して参拝したのでしょうか・・・。ちょっと気になってしまいました。

豪徳寺山門横にあった山崎商店
山門横にあった山崎商店

ここでも招き猫を売っていましたが、なくなってしまいました

2009年に取り壊されてしまいましたが、山門の横には招き猫の立て看板のある山崎商店がありました。百景の文章に「福を呼ぶ招き猫が門前で売られている」とありますが、この山崎商店のことです。

一応花屋が本業のようでしたが、ここで招き猫を買うことが出来ました。一説によると百景の文章にあるように元祖はこちらで、後から社務所でも売るようになったとか。その辺の詳しい事情は知りませんが、現在でも招き猫は社務所で買うことができます。

また豪徳寺の商店街には豪徳寺純正の白の招き猫だけではなく、色々なタイプのものを売っている店もあります。

豪徳寺の巨大香炉
狛犬とでっかい香炉

さりげなく小さな力持ちが支えています

山門から境内に入っていくと、正面に真っ黒で大きな香炉があるのに目が留まります。とても存在感のある香炉です。香炉の中央には金色に輝く寺紋がつけられていてこれがまた目立ちます。そして上には獅子が金色の毬で遊び、よく見ると下では三匹の鬼が支えています。

この黒の香炉は、新緑の季節には緑の中に穏やかにたたずみ、紅葉の季節には赤の中でも冷静にたたずみ、葉のない冬ではドシッとした感じでたたずんでいます。季節を問わず存在感を放ち、境内を引き締めています。

豪徳寺 仏殿前の石灯籠
仏殿前の石灯籠

背後の仏殿と同じく古いものです。

香炉の後ろには仏殿があります。井伊直孝の娘(掃雲院)が藩主真澄の菩提を弔うために延宝四年(1676年)に建設を初め、翌年に完成したものです。

建設には工匠の星野市左衛門氏らが関わり、当時流行していた黄檗様式が随所に見られ、また絵様肘木などという特異な様式も使われていて、建築史学上価値の高いものとなっています。

仏殿に掲げられている扁額は青い文字で書かれているので遠くからでも目に止まります。扁額の文字は「弐世佛」・・・ではなく、漢数字「弐」の二のところを三にして「三世佛」と読むようになっています。三世というのは「過去」「現在」「未来」です。

豪徳寺 仏殿内
仏殿内

世田谷区文化財の木造仏像が5体安置されています。

仏殿内にある仏像5体はいずれも木造で、同じく掃雲院が造らせたものです。胎内銘札によると、こちらは父直孝の菩提を弔うためだとか。制作者は洛陽仏工師祥雲。目黒不動近くにある五百羅漢寺の像を彫った人としても有名です。

普段は窓越しにしか見ることが出来ませんが、正月訪れたときは扉が開けられていて中を伺いやすくなっていました。と言っても中は暗い上に広いので気持ち程度しか見えなかったりします。

豪徳寺 三重の塔<
三重の塔

平成18年に建てられたまだ新築っぽさが残る塔です

山門を入って左手には立派な三重の塔があります。この塔は比較的最近に造られたもので、平成18年(2006年)5月14日に落慶しました。まだ木の新しさが残り、境内の中ではちょっと浮いた感じの存在です。

この塔の特徴としては一階部の屋根の下あたりに、一面に三個づつ、十二支の彫り物が飾られている事です。真北を向いた面の真ん中のところから、時計回りに鼠、牛、寅、兎・・・・となっています。

更に塔には驚くべき秘密が隠されて・・・、というのは大袈裟ですが、豪徳寺らしいユーモアあふれる細工がしてあり、所々に猫の彫り物がさりげなく施されています。特に干支のネズミのところは必見です。是非探してみてください。

豪徳寺 三重の塔の猫
三重の塔の招き猫

よく見ると三重の塔には猫が沢山います

ちなみに三重の塔とか、五重の塔はどういった意味を持つ建物か知っていますか。ちょっとうんちくを書くと、こういった塔はお釈迦様のお墓になります。といっても塔自体はそこまで意味もなく、一番てっぺんの棒部分がお墓の部分で、残りは簡単に書くなら飾りとなります。

そのため一番下の階のみ御霊が降りてくる場所として祭壇が設けられていますが、残りの階の部分は階ごとに部屋が造られているわけではなく、骨組みだけの空洞となっているのが一般的です。

豪徳寺 紅葉時の鐘楼
紅葉時の鐘楼

紅葉時には雰囲気満点です。

境内に入って右側に鐘楼があります。鐘楼付近には銀杏やモミジが植えられているので紅葉の時期は何とも言えない雰囲気になります。紅葉する木々の中、夕日を浴びる鐘楼というのは日本人の心をつかみます。

豪徳寺の梵鐘
豪徳寺の梵鐘

区指定有形文化財。区内で一番由緒がある鐘です。

鐘楼に吊り下げられている梵鐘は延宝七年(1679年)に製造された由緒ある鐘で、区指定の文化財に指定されています。

区内に伝わる鐘としては一番古いとされ、その形は細身で均整が取れていて、工芸品としてもなかなかのものだそうです。制作者が当時江戸で名のある鋳物師だったというから納得です。また世田谷代官の大場氏が幹事となって製作をしているのも興味深いところです。

豪徳寺本堂
豪徳寺本堂

仏殿の背後にあります。コンクリート造のとても屋根が大きな建物です。

仏殿の北側に法堂(本堂)があります。豪徳寺の敷地内の建物は禅宗伽藍配置の基本通りに、手前から山門、仏殿、法堂(本堂)と一直線上に建てられています。

木製で古い山門や仏殿に対して法堂は、昭和42年に鉄筋コンクリート造りに改築したので、観光客にはあまり面白味のない建物となっていて素通りしていく人が多いです。

ただ近年では仏殿と法堂が分かれている寺が少なくなってきているので、こういった贅沢な配置になっていること自体が貴重ともいえます。

豪徳寺 開祖堂
本堂裏の開祖堂

普段は非公開で特別の時にしか参拝することができません。

普段は非公開になっていますが、本堂の更に裏側には開祖堂があります。開祖堂には曹洞宗の高祖道元禅師のほかに木造釈迦如来坐像、木造阿弥陀如来坐像、歴代の豪徳寺住職の像が納められています。

また大名井伊家の菩提寺だったことから中興開基を行った井伊直孝公をはじめとした井伊家の像も収められています。興味があれば初詣を兼ねて正月の三が日などに訪れてみてください。

豪徳寺 社務所の玄関
社務所の玄関

佐倉藩堀田家の大名屋敷の玄関を移築したもの

境内の右奥にあるのが庫裡(社務所)などです。南側にある玄関部は寺とは思えないほど立派な造りをしています。これは千葉の佐倉藩藩主堀田家で使われていた大名屋敷の玄関を移築したものです。

堀田家は順天堂大学の創始者であり、医学の分野で多大な貢献をしたという家柄です。現在も佐倉では町で旧堀田家の家屋は一般に公開されています。

また一般に公開されていませんが、井伊家から忠臣遠城謙道謙道に贈られた直弼遺愛の茶屋「種月庵」も移築されているようです。現在のものは再建されたもので、東京3大茶屋の一つに数えられるとか。社務所の裏にあるようで、外からは見えませんでした。

豪徳寺社務所
社務所

招き猫がおいでおいでと誘っています。

社務所の前にはたまにゃんの置物が置いてあり、おいでおいでと手招きしています。社務所内では招福の招き猫やお守り等を購入することができます。売られている招き猫のサイズは7種類あって、価格は300円~5000円です。

区内には豪徳寺と同じ曹洞宗で有名なものがあります。それは駒澤大学です。駒澤大学は他所から移転してきたので直接的には関係ありませんが、同じ宗派からか仏教学部に通う生徒が寄宿しているとか聞きました。

休日に若い僧が社務室で招き猫を売っている姿を見るとそうかなと思ってしまうのですが、どうなのでしょう。

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* 招き猫と招福堂 *

豪徳寺 招福堂
招福堂

仏殿の横にあります。

三重の塔の北側、仏殿の西側に小さなお堂の招福堂があります。この中には、「招福観音」が祀られていて、「家内安全」「商売繁盛」「心願成就」というご利益があるそうです。

ここが招き猫で名が知れる豪徳寺の由縁となる場所で、堂の前にある絵馬掛けにかけられているのは、絵馬ならぬ絵猫。そして堂の横の奉納所には多数の招き猫が返納されています。

豪徳寺 招福堂の堂内
招福堂内

中にも招き猫がいます。

なぜ招き猫なのか?招き猫と豪徳寺の関係は?といった疑問や興味がわいてくるかと思います。

それはこの寺に伝わる招き猫伝説によるものです。色々な説があるようですが、簡単に書くと、世田谷吉良氏の滅亡後、世田谷城が廃城となり、城内にあった豪徳寺(当時は弘徳院)もどんどんと廃れ、貧乏寺になってしまいました。

その一方、世の中はすぐに江戸時代となり、東京は日本の中心地としてどんどんと整備されていきました。そんな中、時の住職が、ある日我が子のように可愛がっていた猫に「私の恩がわかるならば、何か果報を将来せよ。」と無茶な注文を言いました。

その数ヶ月後の夏、鷹狩の帰りの武士達が寺の前を通りかかると、山門の前で「おいで、おいで」と手招きする猫がいるではありませんか。なんだろうと不審に思った武士は休憩がてら寄ってみました。

そして住職が渋茶をもてなしながら説法なんぞ説いていると、急に空が曇りだし激しい雷雨が降ってきました。もし寺に寄っていなければ大変な事になっていたところだ。これも猫が招き入れてくれたおかげだ。と武士はこの幸運を喜び、福を招く猫のいる寺として、この寺を大事にすることを決めました。

豪徳寺で売られている招き猫
豪徳寺で売られている招き猫

小さなお守りサイズから大きいものまで揃っています。

この武士が彦根藩の二代目藩主井伊直孝公であり、この寺を東京における井伊家の菩提寺とすることに決めるのでした。その後豪徳寺は井伊家の菩提寺として栄えていくことになり、住職はこの猫の墓を建て、後世にこの猫の姿を招福猫児(まねぎねこ)と称えて崇め奉るようになりました。・・・といった話です。

そういえば、「猫が顔を洗うと雨になる」という迷信がありますが、その仕草も招き猫のような感じですね。迷信通りなら降るべくして雨が降ったという事なのでしょうか。案外「招き猫」と「猫が顔を洗うと雨になる」という迷信は同じ根源かもしれませんね。

豪徳寺 奉納所の招き猫
奉納所の招き猫

多きときと少ないときがあります。

豪徳寺では禅寺らしく真っ白でシンプルな招き猫が社務所で売られています。それを家の玄関に置いて福を家に呼び込んだり、玄関に置かなくても願をかけるだけでもいいそうです。

そしてご利益があったり、願いが成就したり、一年ぐらいたったらお寺に返納しに来ます。そうすることで更にご利益が得られるそうです。

招き猫といっても、毛の色によって御利益が違ったり、右手を挙げているか、左手を挙げているかで、金を呼び込むのか、人を呼び込むのかといった違いがあるそうです。招き猫を扱った専門のサイトとかもあって、色々と読んでみると招き猫も奥が深いんだなと感心してしまいます。

豪徳寺 招き猫達
招き猫達

「えい、えい、おー」ってな感じでしょうか。うじゃうじゃいるとちょっとやっぱり不気味です。

招福堂の横には招き猫の奉納所があるのですが、なんとビックリ状態です。訪れる時期によって数が多かったり、少なかったりしますが、かなりの数が置かれているので、初めて訪れた人から「なんじゃこれ~」「わぁ~すご~い~」などの声が聞こえてきます。

達磨などと同じ縁起物なので、地元の人は初詣に返納して新しいのを買って帰るパターンが多いので正月頃が一番奉納所が賑わうのですが、最近はいつでも多い感じです。

大量にたまって置き場がなくなったらバッサリと処分していたのを、いつ訪れても参拝者が楽しめるようにとお寺側が配慮してくれているのかもしれません。

奉納所に置かれているのは白い招き猫がほとんどなのですが、よく見ると変わった招き猫がさりげなく混ざっています。高価そうな陶器製のものだったり、キティーちゃんのぬいぐるみとかもあったりして思わず笑みがもれてしまうことも・・・。一度、電池式の首を振っている招き猫が混じっていて、爆笑してしまいました。

こういった変わった招き猫が置いてあるときは少し得をした気分になるのは私だけでしょうか・・・。

豪徳寺 社務室前のたまにゃん
社務室前のたまにゃん・・・たち?

社務室においでおいで・・・といったとこでしょうか

豪徳寺の社務室の前には白い招き猫が描かれているプレートが設置されています。招き猫の豪徳寺らしいオブジェで、時々観光客の人が楽し気に写真を撮っていたりしています。

この白い猫の名前は「たまにゃん」だそうです。どうして「たまにゃん」なの?といった感じなのですが、サザエさんの飼い猫も「たま」だし、多摩川、玉電とたまと付く名が世田谷には多いので、まあ理由はともあれその名前にも納得でしょうか。

招き猫伝説は元々彦根藩主井伊家に伝わるもの。彦根城にも同じように猫のキャラクターがいて、その名を・・・、有名になりすぎて改めて紹介することもないでしょうが「ひこにゃん」です。こちらも白い猫なのですが、どうやら豪徳寺の招き猫をモデルにしたという話です。

今後たまにゃんがひこにゃんを超える日が来るのだろうか。その前にまず全国的に有名になる必要がありそうですが、大きな観光地ではないので難しいかもしれません。

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* 彦根藩主井伊家墓所 *

豪徳寺 井伊家墓所の入り口
井伊家墓所の入り口

国の史跡になって案内図が設置されました。

五重塔、招福堂を通り過ぎると墓域になります。その手前には通る人が必ず立ち止まってしまうような碑が建っています。これは無名戦士慰霊記念碑のようですが・・・、強烈なデザインです。おまけに碑から木が生えているのが一段とインパクトを与えています。

その先には白い石灯篭と六地蔵があり、そこからの一角、・・・いや広大な一角が国指定史跡に指定されている彦根藩主井伊家の墓所になります。

豪徳寺 井伊家の墓所
井伊家の墓所

藩主や正室のお墓が並びます。

井伊家の墓所は奥の方に豪徳寺開祖の直孝をはじめ、藩主の墓石が並び、その付近に側室、入り口付近や隅っこには井伊家の人間だけではなく、藩にかかわる人の墓が並んでいます。小さな墓石を含めると300基もの墓石があるそうです。

ここに眠っている藩主は2代目直孝、6代目直恒、9代目直禔、10代目直幸、そして都史跡になっている13代目井伊直弼、14代目直憲(明治35年没)と6人です。

その他の藩主は清涼寺(滋賀県彦根市)、永源寺(滋賀県東近江市)に眠っていて、この三カ所の墓所を一括して平成20年、国指定史跡に登録されました。

豪徳寺 井伊家墓所
墓所の隅の方

藩士や家族の小さな墓石も並んでいます。

都内の大名家の墓所をよく知っている人が見ると、あれっと感じるかもしれません。まず第一に墓石が質素だという事です。

多くの大名の墓石は巨大な五輪塔となっていて、さらにはここの墓石に門や鳥居が付いていたりと圧倒的な存在感があり、さすがは庶民とは違うなといった感じがします。しかしここは普通の人よりも大きいぐらいではないかといった感じです。

これは2代目の直孝が唐破風笠付位牌型で墓石を造ったので、後世の人が先代よりも派手なのは・・・ってな感じでそれを真似て建造したからです。

そしてもう一つ、東京にある大名墓地でこれだけスカスカな配置なのも珍しいのではないでしょうか。えらく広々としています。

墓石が小さい上にスペースが広いのでなんか大名家の墓所らしからぬ感じを受けてしまいます。とはいえ、この辺の地価を考えると、庶民には真似ができませんが・・・。

豪徳寺 大老井伊直弼の墓
大老井伊直弼の墓

都の史跡になっています。

墓所の一番奥には都史跡に指定されている井伊直弼の墓があります。井伊直弼は世子が病死したことで井伊家13代目の藩主となり、大老の役にまで上り詰めると、幕末の荒れる世の中で政治を行い、最後は桜田門外の変で暗殺された人物です。

直弼が政治を行った幕末は討幕と国内が荒れていただけではなく、諸外国からの開国の圧力が殊更強い時期でした。そういった寸断も許さない状況の中で独断で天皇の勅許を待たずに日米修好通商条約の調印を行ったことが多くの反感を受けます。更には反発を抑え込もうと安政の大獄という大なたを振るい、吉田松陰などが処刑されました。

世の中を色々と騒がせた結果、直弼は安政七年三月三日に桜田門外の変で脱藩した水戸藩士などに殺されてしまいます。殺害後、幕府は事の鎮静化を図るためにしばらくその事実を隠しました。そのため墓石に刻まれている命日が「三月二十八日」となっています。

近年墓域の修復の際に発掘調査が行われました。調査の結果、井伊直弼の墓の下は空っぽだったそうです。復讐に燃える維新志士や水戸藩士などに掘り返されたりしては大変だと別の場所に埋めたのでしょうか。

それにしても安政の大獄を行った井伊直弼(彦根藩)と安政の大獄で処刑された吉田松陰(長州藩)が同じ世田谷、しかもそんなに離れていない場所に埋葬されているのも不思議な感じです。

自分の生涯をかけて志を成して死んだ者。自分の生涯をかけて志を成そうとして死んだ者。どちらも日本の未来を思い、そして自分の信念をかけた魅力的な人物だからこそ多くの人が訪れる聖域となっています。

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* 豪徳寺の四季 *

豪徳寺 正月の境内
正月の境内

境内に接待所が出て、中でも招福もなかは人気でした。

毎年初詣は豪徳寺に。と決めているのは地元の人がほとんどだと思いますが、三が日は境内に売店や甘酒の接待所が出て、正月らしい風景になります。

また仏殿や開祖堂なども開帳されているので、遠方からの参拝客も多いです。

豪徳寺 桜の時期の境内
桜の時期の境内

境内がピンクの絨毯を敷いたようになります。

豪徳寺には立派なソメイヨシノが植えられているので、春には桜のある美しい境内となります。

山門から仏殿の間に植えられている桜が見事で、特に散り始めたころ、地面がピンク色のコケに覆われているかのような光景になり、得も言われません。

豪徳寺 紅枝垂れ
紅枝垂れ

仏殿の横、駐車場の方にあります。

豪徳寺にはソメイヨシノ以外にもしだれ桜が幾つか植えられています。仏殿前のしだれ桜も味があっていいのですが、仏殿横にある紅枝垂れはとても枝の存在感があり、満開の様子は美しです。

豪徳寺 藤棚
藤棚

休憩所の前にあります。

五月の連休ごろ満開を迎えるのが、藤です。休憩所の前に立派な藤棚があり、足を止めている観光客も多くいました。

豪徳寺 ボタンの花
ボタンの花

豪徳寺と言えばボタンというぐらい有名でした。

5月ごろ、牡丹の花が咲き、社務所の前が華やかになります。豪徳寺とボタンの関係は分かりませんが、豪徳寺のボタンは有名で、以前は豪徳寺ボタンまつりが行われていました。

豪徳寺たまにゃん祭り
豪徳寺たまにゃん祭り

たまにゃんらしく猫の無料相談所なるものが・・・

5月の第二日曜日には「豪徳寺たまにゃん祭り」が行われます。もともと牡丹祭りとして開催されていたのを2008年から地域や商店街の活性化のために「たまにゃん祭り」と名称を改めたようです。

豪徳寺商店街にはフリーマーケットや出店が出て、よさこいなどの演技も行われます。特徴的なのは「たまにゃん」にちなんで猫の無料相談所があるところでしょうか。私が通ったときには相談希望の猫がいませんでしたが、どのくらい猫が相談に訪れたのでしょうか。ちょっと気になるところです。

豪徳寺 招福堂前の石像と苔
招福堂前の石像と苔

招福堂の周りはこけが美しいです。

夏の豪徳寺は木々の葉が深い緑になり、木陰を作ってくれます。蝉の声が鳴り響き、お盆のころには線香の香りが漂ってきます。

この時期だけとは限りませんが、招福堂の周辺はコケがとても美しいです。木々の緑、地面のコケ、強烈な太陽の光のコントラストを楽しむことができます。

豪徳寺 ライトアップされた境内
ライトアップされた境内

特別にライトアップされた年があります。

豪徳寺といえば紅葉。モミジが多く植えられているので、本当に見事な空間になります。

2008年には11月の週末に紅葉のライトアップが行われました。闇に浮かぶ三重の塔と紅葉の様子は、ここは京都かというぐらい美しいものでした。

このライトアップのイベントは観光ボランティアの人たちが豪徳寺に協力をお願いして行われたもので、あくまでも有志の方と豪徳寺の善意によって行われたものです。

その後行われていないところをみると、訪れた人があまりマナーがよくなかったのでしょうか。ぜひまた行ってもらいたいのですが、問題が山積みな状態ならしょうがないですね。

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* 感想など *

豪徳寺 モミジと三重塔
モミジと三重塔

秋は一番豪徳寺が魅力的になる季節です。

NHKの大河ドラマでは「篤姫」に始まり、「花燃ゆ」「おんな城主 直虎」と井伊直弼や井伊家が取り上げられたのに加え、今では空前の猫ブーム。すっかり世田谷区内でも有名なお寺となりました。おかげで参拝客も増え、招き猫の数も増殖中の模様です。

私のとっての豪徳寺は招き猫や井伊直弼公の墓よりも紅葉だったりします。区内の紅葉の中で一番好きなのが豪徳寺の紅葉で、私の中では世田谷区で一番の紅葉の名勝となっています。

もちろん紅葉以外にも季節ごとに訪れる楽しみがあるお寺であり、今日は招き猫がどれぐらい置いてあるだろうかといった些細な楽しみもあるお寺でもあります。素晴らしい境内と文化財を持つ豪徳寺をぜひ訪れてみてください。招き猫が手招きをして待っていますよ。

ー 風の旅人 ー

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* 地図、アクセス *

・住所豪徳寺2-24-7
・アクセス世田谷線宮の坂駅、小田急線豪徳寺駅から徒歩

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<せたがや百景 No.21 招き猫の豪徳寺 2009年3月初稿 - 2017年8月改訂>
( せたがや地域風景資産 No.3-6 豪徳寺参道の松並木 )

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