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せたがや百景 No.80

はなみずき並木の二子玉川界わい

まちのシンボルとなっている並木道。地元の熱意がつくりだした景観だ。桜の花の終わるころ、ハナミズキの赤い花が咲き始める。五月に花みず木フェスティバルも行われ、まちに初夏の到来を告げる。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 玉川3丁目玉川通り周辺
・備考 : 花水木の開花は4月中旬頃から、花みず木フェスティバルは4/29に兵庫島公園などで

*** 二子玉川とハナミズキの写真 ***

二子玉川とハナミズキの写真
高架下の花みずき広場

花みずき広場という割には花水木がないような・・・

二子玉川とハナミズキの写真
花水木並木

広い通りに花水木が植えられています。

二子玉川とハナミズキの写真
花みず木並木とつつじ

ちょっとおしゃれな感じです。

二子玉川とハナミズキの写真
花みず木通りの石碑

高島屋の前にあります。

二子玉川とハナミズキの写真
花みず木の町の看板

遊歩道と多摩堤通りの合流地点に設置されています。

二子玉川とハナミズキの写真
玉電跡の遊歩道

開花時期は美しい並木となります。

二子玉川とハナミズキの写真
砧線軌道跡の碑

かつて玉電が走っていました。

二子玉川とハナミズキの写真
遊歩道

ここは水路跡なのでしょうか。

二子玉川とハナミズキの写真
第2の花みず木の元木

二子玉川小学校にあります。

二子玉川とハナミズキの写真
二子玉川公園の花水木

第3の原木も混ざっています。

二子玉川とハナミズキの写真
花水木の花

近くで見るとあまりきれいではないかも

二子玉川とハナミズキの写真
花水木並木の紅葉

紅葉時も光を選べばきれいです。

二子玉川とハナミズキの写真
花みずき通りのクリスマスイルミネーション1

あまり関係ないけど・・・

二子玉川とハナミズキの写真
クリスマスイルミネーション2

 

* 花みずきフェスティバル *

花みずきフェスティバルの写真
兵庫島の花みず木フェスティバル

兵庫橋が入り口となります。

花みずきフェスティバルの写真
舞台

ステージイベントも行われます。

花みずきフェスティバルの写真
フリーマーケット店が並ぶ会場

多くの人が訪れていました。

花みずきフェスティバルの写真
橋の上から見た会場

 

花みずきフェスティバルの写真
草花のチャリティー販売

子供たちががんばっていました。

花みずきフェスティバルの写真
商店街のステージイベント

世田谷のご当地アイドルが歌っていました。

* 二子玉川とハナミズキについて *

とっても恥ずかしい話ですが、花水木という言葉は知っていましたが、それが木の種類だとは知りませんでした。なんていうか、花鳥風月といった類の言葉かと思っていました。かなり昔の話ですが、玉川高島屋内にある店舗で働いているときにゴールデンウィークだというのに花水木セールってものをやっていて、なんでゴールデンウィークセールではないの?って、胸に付けさせられたバッジを見つつ思っていたのですが、今更ながら納得できました。

その花水木なのですが、和風っぽい名前とは裏腹に北アメリカ原産のミズキ(水木)科の落葉小高木です。ミズキ科の中でも花が目立つ種類なので花水木(ハナミズキ)という名前になったそうです。その他ではアメリカヤマボウシという名前で呼ばれる事もあります。特に珍しい品種ではなく、区内でも多く見かけますし、都内でも、恐らく全国的にありふれた種類の木となるかと思います。

花水木で有名な話を紹介すると、1912年(明治45年/大正元年)に東京市長だった尾崎行雄氏がアメリカに桜を贈り、その返礼として贈られらたのが花水木だったそうです。そういった経緯から日米友好の象徴とも呼べる樹木となっています。

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二子玉川の町は駅や玉川高島屋の前を通り、二子橋へ続いている旧246号を中心に町が栄えています。この通り沿いには街路樹として花水木が植えられていますが、普段はこれといった特徴のない木なのであまり印象に残らないと思います。

しかしながら4月の中旬頃の開花時期にはその印象が一転します。白い花の木が大半ですが、ところどころ赤い花の木も混じり、通りが彩り鮮やかな感じとなります。高島屋の前に花みずき通りという石碑が設置されているので、この通りが花水木並木のメインストレートとなるのでしょうか。といってもこの名称はこの石碑以外で見たことや聞いたことがないので、あまり一般的な呼び方ではないと思います。

それに率直な感想を言うなら、ここの花水木の並木はちょっと中途半端な感じがします。というのも、この通りが4車線道路なのに対して、花水木の木はそんなに大きくなく、しかも間隔を開けて植えられているので、並木として考えるならバランスがちょっと・・・といった感じを受けてしまうからです。

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世田谷区内にはおそらく桜並木以上に多くの花水木並木があります。そのほとんどが2車線道路の並木道なのですが、やはりこの木の大きさを考えるとその方がふさわしいかなと思えます。二子玉川でも駅の東側、玉川税務署の前や後ろを通っている道路が花水木の並木となっていて、結構な本数が植えられているので美しい並木となっています。

また駅の北側、高島屋の少し北側に花水木が並木となっている遊歩道があります。区内には川を暗渠にした緑道が多くあり、ここもそういった緑道に似た感じですが、実はこの遊歩道は玉電砧線の線路跡で、廃線となった後に整備されたものなのです。

旧246号付近から多摩堤通りまでひたすら真っ直ぐの遊歩道で、ここだと2車線道路よりも更に花水木の存在感が増し、開花の時期は歩いていて気持ちいいです。多摩堤通りのところにある広場には「花みず木のまち 二子玉川」なんていう看板が建てられていて、花水木の町としてさりげなくアピールしていたりします。

この遊歩道以外にもこの付近の住宅街を歩くと、再開発で余った道路脇とか、恐らく水路跡と思われる道などに花水木が植えられていて、所々に小さな並木を見かけます。とはいえ、普段はありきたりな木なので開花した時期でないと花水木の木はなかなか気がつかないものです。

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ここまで書いてきてふと疑問がもたげてきたのですが、花水木と二子玉川って一体どうつながるのでしょう。町づくりの一環として二子玉川の花(シンボルツリー)として指定し、昭和53年から玉川高島屋、建設省、東京都、世田谷区などの協力を得て着々と植え続け、その数は500本以上となるとの事ですが、そうなった経緯やその心は?尾崎氏と二子玉川は接点がないし、アメリカと二子玉川?色々と調べてみましたが、よくわかりません。

二子玉川周辺では喜多見の浦野さん宅に花水木の原木があるようですし、深沢の園芸高校にも原木が2本あり、都立祖師谷公園には里帰りの桜といわれるワシントンで育った苗木が植えられています。それ以外は関係するような接点が見つかりませんでした。ご存じの方がいたら教えてください。

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二子玉川と花水木の接点や始まりはどうであれ、今ではすっかりと花水木が二子玉川の町に定着しました。「友好の木~ハナミズキ・イニシアチブ」は1912年に行われたものですが、第二回目も行われていて、2000年に送られた紅白の原木、いわゆる第二の原木が二子玉川小学校に植えられています。

そして、最初の交流から100周年を迎えた2013年にも日米両国の「永続的な友好の象徴」として3000本の花水木がアメリカから贈られました。この木は2011年に発生した東日本大震災からの復興に取り組む地域を含む日本全国各地に配られ、世田谷区にも53本が贈られることになりました。その木は2014年4月に新しくできた二子玉川公園に園芸高校の生徒によって植樹されました。これが第三の原木となるようです。

町中に花水木の木が徐々に増え、そしてこのようにしっかりと日米友好の象徴となる木が植えられ、花水木の町としての歴史が積み重ねられ、すっかりと二子玉川といえば花水木といったイメージが浸透してきたのではないでしょうか。

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また、花水木の町と言うことで、毎年4月29日に兵庫島や河川敷で「花みず木フェスティバル」が開催されています。以前訪れた時は、大フリーマーケット市といった感じで花水木フェスティバルという名前でなくてもいいのでは・・・といった期待外れな感想を持ったのですが、2014年に久しぶりに訪問してみると、再開発以降、商店街だけではなく多くの団体が実行委員メンバーとして参加するようになったようで、イベント会場が増え、イベント内容も充実し、イベントの規模も大きくなっていました。花水木の町としてまさに町を挙げてのイベントとなったようです。

今後も更に規模が大きくなり、二子玉川=花水木、或いは4/29は二子玉川で花水木フェスティバルが行われていると言うことが世間一般に広く知られることになるのではないでしょうか。

<せたがや百景 No.80 はなみずき並木の二子玉川界わい 2009年5月初稿 - 2015年10月改訂>