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せたがや地域風景資産 No.2-15

古道・滝坂道

滝坂道は江戸時代に甲州街道が開設される以前、江戸と府中を結ぶ街道でした。地域風景資産となっている部分は世田谷城址の北側あたりで、城下町を通り抜ける街道が持つ特徴的な雁行の線形を残しています。(紹介文の引用)

・場所 : 豪徳寺1丁目、宮坂2丁目付近の滝坂道
・登録団体など : 豪徳寺駅周辺風景づくりの会
・備考 : ーーー

*** 古道・滝坂道の写真 ***

古道・滝坂道の様子を写した写真
街道にある地蔵尊

直角コーナーにあります。

古道・滝坂道の様子を写した写真
お地蔵様

街道を通る人々を見守っています。

古道・滝坂道の様子を写した写真
旧道っぽい風景

建物もそうですが、道が美しい曲線を描いています。

古道・滝坂道の様子を写した写真
道沿いの小さな社

旧道の雰囲気を増してくれます。

古道・滝坂道の様子を写した写真
滝坂道通信

手作りの案内板です。

古道・滝坂道の様子を写した写真
かつての松原宿付近にあるケヤキの木

松原宿の面影はありませんが、立派な木がそびえていました。

古道・滝坂道の様子を写した写真
杓子稲荷

松原宿の人の信仰を集めていた神社です。

古道・滝坂道の様子を写した写真
杓子稲荷にある庚申塔

かつて松原宿の交差点にあったものだそうです。

* 古道・滝坂道について *

滝坂道とは、江戸と武蔵国府のあった府中方面を結んでいた中世の「府中道」の一部だったとされる道筋です。徳川幕府が1602年に甲州街道(現在の国道20号線)を整備しましたが、それ以前は主要な道筋であり、整備された後も甲州裏街道(甲州中出道)として使われていたようです。現在でも環八から仙川へ抜ける甲州街道の裏道として使われていたりします。

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この滝坂道の道筋を簡単に書くと、渋谷の道玄坂で大山道(現在の246号)から分かれ、現在の淡島通りを西へ進んでいきます。途中三宿の北側を通りますが、かつてここに宿が置かれていました。三宿の由来は「水が宿る地」というのが訛ったという説が一般的ですが、三つの宿がここに置かれていたといった説もあります。

そして環七の手前で淡島通りから分かれ、梅が丘の方へ向かっていきます。若林小学校の北側の道がそうで、この付近は道が狭く、また緩やかにカーブを描いていて、所々の道の脇に庚申塔などが置かれていて、旧道の雰囲気を感じることができます。

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更に進むと梅が丘駅の南側、街道から少し入った住宅街の中に杓子稲荷という小さな神社があります。今では小さく寂れた感じがしますが、室町時代に世田谷城の鬼門鎮護として伏見稲荷を招請したという由緒ある神社です。地元では「おしゃもじ稲荷」とも呼ばれていたそうで、要は杓子でも杓文字でも食べ物を掬うものが縁起がいいということで、百日咳にかかったときに稲荷様へお参りし、おしゃもじでご飯を食べたそうです。

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更に西に進むと、豪徳寺1丁目との境界にある十字路で直角に左折します。そしてしばらくするとまた右に直角に曲がっています。これは近年の区画整備でこうなったとかではなく、この付近に松原宿があったからです。宿の位置は滝坂道よりも北の甲州街道に抜ける道沿いのほうに広がっていた感じで、小田急線の高架下から最初に曲がった交差点の少し南側までだったようです。

この宿場は吉良氏の家臣・松原土佐守の三兄弟が開いたのが始まりとのことです。あまり記録がないので、どの程度の規模だったかは分かりませんが、記録がないということと、立地条件を考えると、かなり小規模なものだったのではないでしょうか。現在では松原宿があったという面影はありませんが、唯一の名残は道が宿場の前後で直角に折れ曲がっている枡形となっていることです。これは敵の侵入を困難にしたり、防御的にも安全的にも馬が駆け抜けられないようにするためにわざとそうしているもので、昔は宿場や町の出入口などに多く設けられました。

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二つ目の直角コーナーにはお地蔵様が祀られています。松原宿の出口という意味合いなのでしょうか。ここから西へ続く道も細く、緩やかなカーブを描いていたり、道の脇に小さな祠があったりと旧道っぽさを感じます。特に木造の田中アパートがある付近は緩やかなカーブと古風な木造アパートが合わさって印象に残る風景に感じます。位置的にはちょうどこの付近は豪徳寺の北側になります。

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豪徳寺はかつての世田谷城の跡地ということなので、昔で言うなら城の北側を通る道という事になります。その世田谷城なのですが、見ての通りの平城で、防御的には弱かったとされています。一応南側を中心に東西は大きく蛇行する烏山川によって低湿帯ができていて、これが堀代わりになっていたようですが、滝坂道の通っている城の北側には何もなく、最も防御が手薄な部分でした。

そのためこの付近には竹藪をつくって敵の襲来に備えたという話が残っています。道の北側の豪徳寺一丁目はかつて「竹之上」という地名だったことからもそのことが伺えます。一応松原宿からこの付近にかけてが風景資産に選定されている区間で、道の脇には「豪徳寺駅周辺風景づくりの会」によって滝坂道通信が張られていて、街道の情報が掲載されています。

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ここから先の滝坂道は世田谷線を越えて小田急線の経堂駅に向かって進み、駅をくぐるとすずらん通りと重なり、希望が丘公園のある通りに出ます。そして環八を越えると芦花公園や東京ガスのガスタンクの横を通り、六郷田無道と交わる榎交差点に至ります。ここから再び道は細くなり、交通量も多く、バス通りにもなっていることから時間帯によっては大混雑します。この榎交差点から仙川へ続く細い道がかつての旧道っぽさを残していて、一番滝坂道の印象が強い場所となるでしょうか。道沿いにはせたがや百景や風景資産に選ばれている安穏寺、都立祖師谷公園、上祖師谷神明社があり、よりそういった印象を強くしているように感じます。

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成城へ南下する道を越えてしばらくすると調布市仙川町に入ります。そのまま仙川駅の南側を通り、東つつじヶ丘で甲州街道と合流します。この合流地点にある坂が滝坂で、滝坂道の名前の由来となっています。合流地点に滝坂道の石碑が建っていたり、坂の下の交差点が滝坂下だったり、その交差点の近くにある小学校が滝坂小学校だったりと街道の名前にもなった坂の名を今でも見ることができます。

ちなみに甲州街道の坂の上にはキユーピータマゴ株式会社(キューピーの子会社)があり、入り口にはキューピーのマスコットが飾られているのですが、季節や行事によって着ている服が変わり、通る人の目を楽しませてくれます。

<せたがや地域風景資産 No.2-15、古道・滝坂道 2011年7月初稿 - 2015年10月改訂>