新二子橋からの眺め
国道246号線の多摩川高架橋多摩川を真中に左右に世田谷、川崎のまちの眺望がひらけ、さらに上流の光景も目に入ってくる。ふだん住みなれたまちなかでは感じられない、もう一つのまちの姿だ。このパノラマ風景を見ていると、河川や地形がまちの形成に深く関わっていることが納得できる。(せたがや百景公式紹介文の引用)
1、二子橋と新二子橋について
*国土地理院地図を書き込んで使用
多摩川はかつて暴れ川と異名を付けられるほど、洪水の多い川でした。川の長さのわりには標高差があることから、普段でも流れが速く、増水時にもなると土砂を巻き込んだ濁流のような流れになり、木造の橋を流してしまうことも度々ありました。また、江戸の最終防衛ラインと位置付けられていて、橋を意図的に架けなかった時期もあります。
そういった歴史があるのか、改めて地図を見てみると、世田谷区から多摩川にかかっている一般の橋は、二子玉川にある二子橋と国道246号バイパスに造られた新二子橋しかありません。歩いたり自転車で対岸に渡ろうとすると、結構不便です。
その他にも橋は架かっているのですが、それは第三京浜や東名高速といった自動車専用道路の橋と、東急田園都市線の鉄道橋なので、歩行者は渡れません。
ただ、現在、目黒通りから延伸した場所に等々力大橋が建設されています。この橋は歩行者も渡れるので、完成すれば利便性がぐっと高まるはずです。それと同時に、国道246号や環八の渋滞も少し緩和するのではないでしょうか。
新二子橋と二子橋はそんなに離れていません。
二子玉川の花水木広場に置かれています。
この項目のテーマになっている新二子橋は、現在の国道246号線にかかっている橋です。「新」と付いていることから「旧」もあるわけで、バイパスができる前は二子玉川駅前から高津の商店街に続く通りが国道246号の本線でした。そこに架かっていたのが二子橋になります。
こちらは大正14年に初めて橋が架けられ、それまでの二子の渡しに取って代わりました。
その後、電車の軌道が施設され、昭和53年には交通量の増加に伴い拡張工事が行われ、現在に至ります。初代の橋に使われていた親柱は、二子玉川の花水木公園と川崎側の渡った先にひっそりと飾ってあります。
いつも車の長い列ができています。
橋の下にひっそりと祀られています。
二子橋は旧道になった今も交通量が多く、いつも車の列ができている感じです。そんな賑やかな橋の下、何気なく通ってビックリしました。橋の下に南無阿弥陀仏の碑とお地蔵さまが丁寧に祀られていました。
一体何があったのでしょう。橋の工事での事故、洪水での被害、橋の下で暮らす人への暴行など思いつきましたが、なんというか、橋の下にある状況は、その辺にあるのと違って不気味に感じてしまうもので、調べずに立ち去ってしまいました。
デザインも佇まいも面白味に欠ける橋です。
二子橋よりも後に架けられた新二子橋は、橋長577.9m、幅員33.3m、車道4車線の鋼鈑桁橋です。特に橋にデザインは施されていなく、単に車を通すだけの橋といった感じです。
国道246号のバイパス化に伴って1974年(昭和49年)3月に施工が始まり、実際に供用が開始されたのは、その4年後の昭和53年6月。これは橋自体の工事よりも、バイパス全体の工事が長引いたからのようです。
*国土地理院地図を書き込んで使用
その原因の一つは、玉川高島屋の存在。1970年半ばの航空写真を見ると、ちょうど新二子橋の建設中という状況でした。
橋の方は、川に橋脚を建て、橋げたを載せている段階になっています。一方、二子玉川の町の方を見ると、まだ立ち退きが終わっていなく、ルート上に家が何軒も並んでいます。こういった処理に時間がかかったと思われます。
それよりも大きな玉川高島屋の建物がバイパスのルートを塞いでいるのが、とても気になります。玉川高島屋ショッピングセンターが誕生したのは、1969年。まだでき立てのほやほや。この写真を見る限りでは、これ、どうするんだ。工事中止か・・・というような状況です。
*国土地理院地図を書き込んで使用
この玉川高島屋は、今の感覚だと「?」と思う人が多いかもしれませんが、郊外ショッピングセンターの先駆け的な存在と言われています。昭和40年代の二子玉川は、立派な東京の郊外だったのです。
郊外ショッピングセンターに必要なのは、広い駐車場。ショッピングセンターの建物とは別に大きな立体駐車場の建物が造られました。
バイパスを造る際、高島屋に駐車場の土地の一部を売ってくれと頼んだそうですが、高島屋としては大駐車場は生命線。どうしても譲れない頼みでした。
交渉の結果、駐車場の高さを少し低くし、その上に国道246号を通る事になったそうです。それがショッピングセンターの真上を国道が走っているといったユニークな状況になった理由です。
高島屋を越えるためにアップダウンがあります。
実際に間近で見ると、高島屋の建物の直ぐ上に国道246号の橋げたがある状態。今の世の中では法律的に色々と許容できないように思えますが、その当時ならではの思い切った解決方法だと感じます。
とはいえ、高島屋の上を通すようなことをしなければ、もっと高架橋の位置が低くなり、無駄なアップダウンが少なくて済み、工事費もかなり抑えられたのではないでしょうか。
側道が設けられていますが、車では通ることができません。
歩道は両脇についていますが、自転車の場合は下流側の方が通りやすいです。
この新二子橋には、上り、下りともに側道が設けられていて、二子玉川の商店街と繋がっています。しかしながら、この側道は車の通行はできないようになっていて、歩行者や自転車しか通れません。しかも、その状態が開通時からずっと続いています。
せっかく造ってあるのに、なぜこんな奇妙なことになっているのか。この側道を下りてみると、玉川高島屋の裏手、二子玉川の商店街の端っこに至ります。ここは道が狭く、玉川高島屋の駐車場から出た車も合流する地点なので、もしここに国道246号から大量の車が降りてきたら、身動きが取れないほど大混雑します。恐らく橋の上から渋滞の列がつながることになるでしょう。
地元が待ったをかけたのか、行政の判断なのかわかりませんが、側道を降りてきた車を受け止める道がないので、どう考えても使える状態ではないです。というより、こんな状態の側道をなぜ造ったのか、と、突っ込みたくなります。
自転車だと広々と使えます・・・。
一体どうしたかったのでしょう。高島屋の駐車場部分を買収できていれば駅前の通りへ接続する道を整備していたのでしょうか。それでも大量の交通量をさばくのは厳しいように思うのですが・・・。それとも玉川高島屋が撤退するのを待ち、側道の下を再開発をするつもりとか・・・。
色々と思いつきますが、施工が始まったのが昭和49年。計画はそれ以前、東京オリンピック頃だと思いますが、もう町に家が建ち並んでからだったので、高島屋の部分を含めて色々と強引にやらなければならないといった事情もあったのでしょう。
仕方がなかったとはいえ、税金の無駄使いであるのは確かです。このままだと使わないまま耐久年数が過ぎてしまいそうです・・・。
白バイがうようよしています。気を付けましょう。
最後に、新二子橋の上は長い直線で、橋の前後にも信号がないので、高速道路のようにスピードが出しやすい環境が整っています。制限速度は60キロ。気を抜いていると、あっという間に超えてしまっていたりします。
縄張り意識が強いのが、警察。県を越えて追いかけない決まりがあるとか、ないとか、単に手続きが面倒なだけ・・・だとかで、県境の取り締まりは少ない傾向があります。
ここも東京都と神奈川県の境になるので、取り締まりが少ないはずなのですが、県境の橋なのによく白バイが取締りをしています。なんでもお互いの警察署で越境して取り締まる手続きを簡素化したとかなんとか。ニュースでやっていたような気がします。
白バイ以外にも普通のパトカーはもちろん、覆面もいたり、近年では移動式オービスでの取り締まりもやっています。スピードはほどほどにし、ちゃんとバックミラーを確認しながら走りましょう。
特に原付はよく捕まっています。とはいえ、路肩のない狭い橋の上を30kmで走るというのは、恐怖そのもの。ゆっくり走ると身の危険を感じ、スピードを出すと違反や罰金の危険を感じなければならなく、原付にとっては走りにくい道です。
時間はかかりますが、二子橋の方を渡るのが無難ですし、そういう人も多くいます。遠回りする勇気やゆとりを持つことも、人生においてのリスク管理の一つかと思います。
2、新二子橋からの眺め
左が川崎、右が世田谷、鎌田付近になります。
多摩川によって世田谷区と川崎市が区切られています。というより、多摩川下流域では多摩川によって東京都と神奈川県が区切られています。
世田谷区と目黒区といったような区境と違って、やはり県境ともなると、気持ち的に対岸はちょっと違った世界と感じたりするものです。
とはいえ、橋を渡ると家賃が安くなるなど、風景は同じでも、金銭的な、いや大人の事情的な境というのは存在しています。学生時代、親の仕送りで世田谷に下宿していた人が、新入社員となり自分でアパートを借りるときなど、川崎側の値段に魅力を感じる人も多かったりします。
でも、私の周りでは、少しぐらい高くても、少しぐらい駅から歩いても、そのまま世田谷を選んでしまう人が多かったりします。理由は住みやすいとか、雰囲気がいいからだとか。そう言われると、ちょっとうれしかったりします。
鎌田のあたりから見ると、二子玉川の再開発以前は川崎の方が栄えている感じでした。
せたがや百景では、新二子橋からの眺めがテーマになっています。二子橋と新二子橋は位置的にはすぐそばにかかっているので、根本的な眺めならどちらでもいいように思いますが、新二子橋はかなり高い高架橋になっているのと、できたばかりでまだ目新しかったことから選ばれたのだと思います。
とはいえ、現在では橋からの眺めの左右がそんなに違って見えることはないと思います。橋からよく見えるのは、河川敷に広がるグラウンドの数々。広々しているなといった感想がメインかと思います。
そもそも「河川や地形が・・・」というには、ちょっと視線が低すぎるように思えます。二子玉川に新しくできたライズタワービルとか、用賀ビジネススクエア、もしくはヘリコプターで上空から見たなら、ちゃんと川の流れや町の様子がわかるような気がしますが・・・。
パッと見はきれいに見えますが、電線やらマンションが被っていまいちでした
また、晴れていれば橋の上から富士山を見る事もできます。世田谷から川崎へ向かう場合は下り坂になっているので、開けた目の前にぱっと富士山が見える感じになり、爽快感があります。
私の場合、バイクツーリングで箱根などの西へ向かっている時に見えると、気分がいいと同時に、今日の神奈川の方はいい天気だな・・・といった安心感にもなっていました。
ただ、改めて自転車で訪れてみると、ちょうど送電線と富士山が被ってしまっていて、写真的にはいまいちかな・・・といった感じでした。
3、感想など
夜景ポイントとして良さそうな感じです。
隣の芝生が青く見えてしまうのは、人間のサガというやつでしょうか。川を隔てた対岸の様子が気になるのも、そういった人間らしい部分になるのでしょうか。
両岸でライバル心を必要以上に持ってしまう事もよくある話で、川を挟んで凧揚げ合戦を行っているような土地もあります。ここ多摩川でも、夏に行われていた花火大会(*現在は10月)はまさにそう。世田谷よりも・・・、川崎よりも・・・と、張り合ったものです。現在ではそういったことが煩わしくなったのか、同日、同時刻、同規模で行われています。
近年では、川崎の武蔵小杉のタワマン再開発が行われ、その後、二子玉川でも再開発が行われ、聳えるようなビルが建ち並びました。次は再び我が町の番だといった感じで、川崎側、溝の口辺りが大きく変わっていくのではないでしょうか。そんなことを思いながら橋の真ん中で両岸の町の様子を眺めてみるのも楽しいものです。
せたがや百景 No.76新二子橋からの眺め 2025年7月改訂 - 風の旅人
・地図・アクセス等
| ・住所 | 鎌田1丁目 厚木街道 |
|---|---|
| ・アクセス | 最寄り駅は田園都市線二子玉川駅。 |
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