世田谷散策記 タイトル
せたがや百景 No.38

廻沢のガスタンク

粕谷1-7-8(東京ガス世田谷整圧所内)

巨大な球形のガスタンクもいつの間にか、まちの風景の中に溶け込んでいく。朝日を浴び、夕日に照らされ、雨に霞んで、一冴の風情さえ帯びてくる。都市風景のなかで一際目立つランドマークだ。(せたがや百景公式紹介文の引用)

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1、廻沢のガスタンクについて

環八の歩道橋から見たガスタンク
環八の歩道橋から見たガスタンク

環八からは意外と目立ちません。

環八通りの千歳台の交差点を仙川の方に曲がると、右手にドカッとでかいガスタンクが聳えています。これは東京ガスの世田谷制圧所内にあるガスタンクで、ここには5基の球形をしたガスタンクが設置されています。

ガスタンクの正式名称は「ガスホルダー」といい、一つの大きさは直径約33m。中の容量は8万世帯の一日分の使用量に相当します。

って事は、もし爆発なんてしたら8万世帯が一度にガス爆発を起こすほどの大爆発になるという事なのかな・・・。そして連鎖爆発なんてしたときには×5で40万世帯級の大ガス爆発が・・・。と真っ先に考えてしまうのは、子供のときにウルトラマンなどの特撮ものを見た影響でしょうか。

本当によく爆発していました。しかも盛大に・・・。そういったガスタンクにとっては不吉なウルトラマンの撮影が、実際にここでも行われたことがあるそうです。

東京ガス世田谷制圧所内の入り口
東京ガス世田谷制圧所内の入り口

千歳台小学校の真ん前にあります。

ガスタンクと青空
ガスタンクと青空

間近で見ると結構大きいです。それにしても妙に青空に映えるような・・・

ここ東京ガスの制圧所は昭和31年6月(1956年)に建てられ、落成式の写真を見ると、当時は二基のガスホルダーだったようです。実はこの2基のガスホルダーが、今あちこちで良く見かける球形のガスホルダーの始まりだったようです。

そういう意味では、当時の廻沢にガスタンクがある風景は、日本中ここだけしかないような特徴的で、モダンな風景であったと言えます。せたがや百景に選ばれたというのも、納得です。

ちなみに、それまでのガスホルダーは有水式ガスホルダーといって、大きな茶筒のような円筒形をしていたそうです。現在では数は減りましたが、工場などで使われているようです。

1940年代後半の粕谷付近の航空写真(国土地理院)
1940年代後半(建築前)

国土地理院地図を書き込んで使用

1960年代の粕谷付近の航空写真(国土地理院)
1960年代

国土地理院地図を書き込んで使用

ガスホルダーが建設する前のこの地の写真を見ると、畑ばかりで何もない土地だとわかります。隣、現在の芦花公園の花の丘のある場所は、ゴミの埋め立て地があったとか何とか。富徳蘆花の夫人は南風にのって漂ってくる悪臭に耐えられなく引越ししたという話です。

1960年代になると、既にガスホルダーが4基に増えています。最初は2基だったので、すぐに増設したのでしょう。

しかし、周辺は相変わらず寂しいまま。昭和に入り、小田急線、京王線が開通すると、世田谷の人口が爆発的に増えていきますが、ここ粕谷は駅から離れていたせいもあり、昭和30年頃まであまり人口が増えませんでした。

町が本格的に発展するのは、昭和46年の環八通りの開通後になります。この閑散とした状態なら、ガスタンクがあってもあまり気にする人はいなそうですね。

1970年代の粕谷付近の航空写真(国土地理院)
1970年代

国土地理院地図を書き込んで使用

1970年代になると、環八が開通します。それとともに周辺に家屋が多くなり、この地域が賑やかになっています。南側に広がっていた広大な畑地帯も、きちんと区画整理が行われ、ぼちぼちと住宅が建ち始めています。また、蘆花恒春園の拡張が始まり、恒春園以外の整備が始まっているのが確認できます。

それよりも、ガスタンクが4つから6つに増えています。ちなみに現在は5つです。時代は高度経済成長期。需要が多く、6つに増やしたのでしょうか。それとも点検用に一時的に6つに増やしたのでしょうか。ちょっと気になります。

廻沢稲荷神社の秋祭り
廻沢稲荷神社の秋祭り

百景のタイトルでは、廻沢のガスタンクとなっています。現在の住所は粕谷町となっていますが、もともとこの場所は廻沢町でした。

昭和45年(1970年)の町域変更で、滝坂街道の北側が廻沢町から粕谷町に変更となり、廻沢町自体は、昔この地域が千歳村だった名残りと、縁起の良さ、地価上昇の期待感から、千歳台と名を変えました。百景の選定時にはそれまでの愛称で、廻沢のガスタンクとなったようです。

さすがに今では「東京ガスのガスタンク」とか、「芦花公園の所のガスタンク」といった言い方が普通でしょうか。廻沢の名は廻沢稲荷神社やお囃子、小さな公園等に残るぐらいですし。

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2、ガスタンクのある風景

ガスタンクと自動車工場
ガスタンクと自動車工場

レトロなフィアットが並んでいました・・・ルパン、ルパン♪

さて、このガスタンクなのですが、すぐ近くで見ると、なんてでかいんだろうと、威圧感を感じるほどの存在感があります。ただ、大通りの環八からは芦花公園が邪魔をして見えにくく、そこまで他の地域に住む人には、その存在を知られていないのかもしれません。

そういう意味では、駒沢の給水塔に似ているのかもしれませんね。都会というのは本当に見通しが悪いもので、30m程度の建造物が遠くから目立つという事はありません。

とはいえ、東京ガスの敷地の周りをぐるっと歩いてみると、敷地内に大きな建物がないために、さすがによく目立っていました。それよりもすぐ近くに家があったり、道を挟んで小学校があったり、マンションがあったりと、万が一の時は・・・と、そのことの方が気になってしまいました。

町並みとガスタンク
町並みとガスタンク

この角度から見ると一番迫力があるかも

マンションなど窓から富士山やスカイツリーなどが見えたら家賃が高くなったりする場合があるのですが、ガスタンクが大きく見えるような物件だとやはり少し安いのでしょうか。それとも関係ないのでしょうか。

小学校では避難訓練とか教えられているのでしょうか。正門前に消防署があるのは住民を納得させるためでしょうか。でも、火災ではなく、爆発なら一瞬なので、意味がないような・・・。

周囲を歩きながら色々と気になってしまいましたが、この場所にガスタンクが現れてからかれこれ50年以上が経っているので、そんな心配をしてしまうのは、余所者だけかもしれません。

芦花公園から見たガスタンク
芦花公園から見たガスタンク

やっぱり背景に使うと日常の風景も違和感が・・・

50年といえば半世紀。そう考えると、かなりの歴史があることになります。百景の文章にあるように、「いつのまにか街の風景に溶け込んでいく」という表現がいい得ているのかもしれません。

この付近を歩いていても、ガスタンクの存在があまり違和感ないように感じたからです。というより、今ではこの周辺で暮らす人はガスタンクがあることが前提でここで暮らしているのでしょうし、新しいマンションなどはガスタンクを意識してデザインを合わせていたりしてそうな気もします(もの凄く勝手な想像・・・)。

ハロウィンイベントとガスタンク
ハロウィンイベントとガスタンク

花の丘のイベントです。

もはやこの付近に暮らす人には、あって当たり前のランドマーク的存在になっているのでしょうか。すぐ隣の芦花公園からもよく見えるし、子供達にしてもガスタンクを見ながら大きくなっているので、そんなに違和感がなくなっているのかな・・・。或いは、毎日のように見ていると、愛着が湧いてくるものなのでしょうか。あれこれと想像してみますが、実際に住んでみないとわからないことです。

例えば親戚や知人などが訪れてきた際に、窓からガスタンクが大きく見えたなら、間違いなく「あんたなんてとこに住んでいるの!」といった会話が展開されるのではないでしょうか。それが普通の反応だと思います。

でも1か月も暮らしてしまうと、ランドマークとしての愛着がわくかどうかは別として、何も気にならなくなりそうな気もします。中には窓からガスタンクが見えるからここに住みたいといった人もいるのかもしれません。

実際、昭和初期、高圧線の鉄塔の下がモダンだとばかりに暮らした作家もいるぐらいですから・・・。(詩人の萩原朔太郎 風景2-3

3、ガスタンクの安全性

ガスタンク
ガスタンク

私の中でのガスタンクというのは、子供のときに見ていたウルトラマンシリーズで、怪獣に踏みつけられたり、蹴飛ばされたりして爆発するものといったイメージが強く、とっても危険な存在でした。

でも、現実世界では今のところガスタンクが日常的に爆発したという話は、聞いたことがありません。阪神淡路大震災や東日本大震災の時も無事・・・ではなく、東日本大震災の時に市原市にある製油所でタンクが落下し、大きな火災が発生しました。

その時は、運悪く落下したタンク内には検査のための水が入れてあったそうです。激しい揺れと、動く水の重さに耐えきれなかったタンクの支柱が折れてしまい、タンクが落下してしまったそうです。

検査時でなければ、大きな火災にはならなかったという話なので、きっと安全な存在なんだろうと思いつつも、やっぱり気になって東京ガスのホームページを覗いてみると、ちゃんと安全面について書いてありました。

菜の花とガスタンク
菜の花とガスタンク

ちょうどきれいに咲いていたので

「こんな時もガスホルダー(ガスタンク)はだいじょうぶ!!」といった安全性を強調したタイトルになっていて、大地震、台風、竜巻、雷、火災にもしっかり耐えられるんだぞといった内容でした。

簡単に抜粋して書くと、ガスホルダーは球体の部分が何枚もの鋼板をつなぎ合わせて造られているので、少々の力で壊れることがなく、基礎の部分もしっかりと造られている上に重心の低い構造物だから、震度6程度の大地震にも倒れることがないそうです。

ひまわりとガスタンク
ひまわりとガスタンク

夏のガスタンクといった感じです。

また、ガスホルダーは球形なので、風の影響を受けにくく、風速130m/秒の風が吹いても平気だし、強い風の力が物を下から上へ押し上げる竜巻がきても、こうした風が球形のガスホルダーの下に入り込むことはないから大丈夫だそうです。

それにガスホルダーの周囲は広く空間がとってあるので、近くで火災が起こっても直接炎で球体があぶられることはなく、万が一炎がガスホルダーにふれても熱に強い鋼材を使っているため、塗装に変化が起きるぐらいだそうです。

そもそもガスホルダーの中には空気が入っていないので、外から加熱されてもガスが燃えたり爆発したりはしないとか。これは知りませんでした。実際、市原の火災の時は、激しく燃えた箇所の隣にあったガスホルダーは爆発することはなかったです。あくまでもガス管の破裂による火災でした。

桜の季節のガスタンク
桜の季節のガスタンク

子供たちもガスタンクがあるのが日常なのでしょうね。

あとはガスホルダーには避雷針がつけてあるので、雷が落ちて亀裂が入ったり、爆発することもないそうです。

そして安全を保つために10年ごとに約9ヶ月もかけて点検を行っています。その際に施設を見学できる場合があるそうです。

こう書いてあると、町中にあっても大丈夫かなと思えてきます。それに日常生活に支障をきたしような騒音とか、悪臭とか、有害物質を撒き散らすような事はないので、その存在に慣れてしまうと、住民の人はそんなに気にならないかもしれませんね。

4、感想など

ガスタンクのある風景
ガスタンクのある風景

焼き芋を焼いている様子です。

町の中にガスタンクがあるといった光景は、今ではものすごく珍しいわけではありません。国道などをバイクで走っていると、「あっ、ここにも」といった感じで見かけます。中には、外装に絵が描かれていたり、クジラの姿になっていたりするものもあり、ほのぼのとした気分になることもあります。

最近では、マンホールの愛好家が話題となり、社会ブームまではいかないにしても、ニュースで取り上げられていたりします。色々なものに愛着を感じる人がいるんだなと感心してしまいますが、物に対して愛情をもって接すると、その存在が愛おしく感じてくるのは分かる気がします。

ガスタンク愛好家などというのが存在するのか知りませんが、ガスタンクに興味や愛情を持ってみると、色々な角度や色々な時間帯に見せるガスタンクの表情を感じ取ることができるかもしれません。

せたがや百景 No.38
廻沢のガスタンク
2025年5月改訂 - 風の旅人
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・地図・アクセス等

・住所粕谷1丁目7−8
・アクセス最寄り駅は京王線芦花公園駅。駅から少し離れています。
・関連リンクーーー
・備考敷地内の見学は出来ません。
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