* 下北沢阿波踊りの概要 *
下北沢阿波踊りの会場
一番街商店街を中心に行われます。
毎年8月、下北沢駅北側にある一番街商店街を中心に阿波踊り大会が行われます。
開催日は年によって8月上旬であったり、中旬であったり、下旬であったりとまちまちです。曜日は金曜日と土曜日の19時から21時までと固定されていましたが、近年では土日の開催に変更されたのかもしれません。
スケジュールは2日間とも19時から20時半にかけて商店街を踊り歩き、最後の30分間、20時半から21時の間は決められた場所(路上)で組踊りを行います。
だいたい毎年12程度の連がやってきて踊りを競い合い、阿波踊りを盛り上げています。
本部前を通過する地元やっとこ連
この付近が一番人が多く、にぎやかです。
下北沢の阿波踊りは「下北沢名物阿波踊り」と公言しているだけあって歴史が古く、昭和41年から始まり2009年時点で第44回目の開催となります。
2009年時点で関東で一番有名な高円寺の阿波踊り大会は第53回目、都内で人気のある神楽坂は第38回目、比較的近所で大きな大会である中目黒が第44回目(途中中断あり)、区内の経堂が第36回といった感じです。
44回も開催されていれば下北沢名物として地元に定着するだけではなく、下北沢に阿波踊りありと広く知れ渡るわけで、関東の阿波踊り大会としてはそこそこの認知度があります。
2009年に関して言えば本場徳島からも「佐那河内すだち連」がやってくるなど、もはや全国区な阿波踊り大会・・・なのかもしれません。
もっとも後援に世田谷区が付いているので詳しい事情はわかりませんが・・・。
花道を行く地元やっとこ連
地元だけあって一番沿道からの声援が多かったです。
現在の下北沢駅周辺は多くの小売店がひしめき合っています。狭い路地には多くの個性的な店が並び、若者を中心に駅周辺の通りや商店街は賑わっています。
そんな下北沢の歴史を紐解いてみると、昭和2年4月に小田急線が開通し、昭和8年8月には京王井の頭線が開通し、下北沢の発展が始まりました。
商店街が大きく発展したのは戦後です。交通の便が良く、しかも空襲の影響が少なかった事で多くの小売店が集まってきて、商店街は急速に発展していきました。
そして昭和39年に下北沢商店街振興組合が結成され、翌40年に下北沢一番街と商店街の名称が付けられました。
目黒銀座連
こちらのお膝元の中目黒阿波踊りも下北沢と同じぐらい歴史があります。
商店街が結成された翌年から活性化や親睦のために阿波踊りが始まりました。
その頃はようやく高円寺の阿波踊りが軌道に乗り、マスコミに取り上げられ有名になった時期です。といっても踊りに関してようやく阿波踊りもどきから本場の阿波踊りらしくなったといった状態だったようです。
高円寺ですらそんな状態だったので、新しく始めた下北沢での様子は・・・恐らく商店街を結成した勢いと高度経済成長期の勢いにまかせて踊っていたような光景が思い浮かぶのですがどうでしょう。
* 下北沢の阿波踊り連 *
地元ひふみ連のお姉さん方
楽しそうに踊っている姿がいいですね。
阿波踊りでは踊り手の団体のことを連といい、〇〇連と名付けられています。下北沢阿波踊りには地元や区内を中心に毎年12組ほどの連が技を競い合っています。
年配の観客の関心は今年は高円寺から幾つ来ている?といったところでしょうか。そういった会話が聞こえてくると、高円寺商店街に続けとばかりに阿波踊りを始め、高円寺を手本に歴史が積み重ねられていった歴史を感じてしまいます。
ひふみ連
伝統的に下北沢の阿波踊りといえばひふみ連でしょうか。
ひふみっ子連
大勢の子どもたちが頑張っていました。
阿波踊りが始まった当時にきちんとした地元の連があったかはよくわかりませんが、現在ある「下北沢ひふみ連」は昭和48年の設立という事です。
ひふみは漢字で書くと「一二三」。一番街商店街の1区、2区、3区の青年部員が立ち上げた事からこのような名前になったそうです。
また、ひふみ連には平成六年に創設された弟分のひふみっ子連があります。これは小学校1年生から4年生までの子供達が中心の連で、大人達に混じって元気よく踊る様子は愛らしく、下北沢阿波踊りの人気者です。
やっとこ連の組踊り
小雨の中でしたが多くの人が集まっていました。
やっとこ連の決めポーズ
元気よく踊るので、見ているほうも楽しくなってきます。
その他には「下北沢一番街やっとこ連」があります。こちらは比較的新しく結成されたようで、メンバーも踊りも若さがあふれている感じです。
踊りに関してはなかなか表現豊かで、勢いというか、元気良さというのを強く感じました。
やっとこ連は川崎の阿波踊りに参加したり、遠くは伊東の温泉街に遠征したりと、区外の阿波踊り大会にも遠征し、下北沢にやっとこ連ありといった感じで精力的に活動を行っているようです。このまま活動を続けていれば経堂のむらさき連のいいライバルになるのではないでしょうか。
ただこのひふみ連とやっとこ連は全く別々というわけではなく、時々共同で下北沢連として他の地域で行われる阿波踊りに参加していたりします。
昭和信用金庫連の踊り
一日目は下を向いて踊っていると思ったら、二日目は網笠が天蓋笠みたいになっていました・・・
もう一つ地元連というか地元企業連の「昭和信用金庫連」があります。時々踊りながら営業用の挨拶をしているのがミソでしょうか。
昭和信用金庫は下北沢やその周辺のお祭りや縁日でよく見かけます。いくら地域密着を目指すといってもここまでやる企業はなかなかなく、きっと経営者や幹部がこういったお祭りに参加する事が好きなのでしょうね。
しかしながら女性の踊り手の多くはひたすら下を向いて踊っていたのがなんとも残念なところです。できればもっと自信を持って踊ってもらいたいものです。
* 下北沢阿波踊りの様子 *
高円寺しのぶ連
関東でも迫力のある太鼓で有名なしのぶ連。
世田谷によく来るので比較的馴染みのある連となるのでしょうか。
下北沢の阿波踊りは比較的道幅のある一番街本通りが一番の中心となります。連の紹介など司会進行を行う大会本部もこの通りの真ん中付近にあり、一番街栄通りとの交差点付近から本部ぐらいまでの間が一番混み合っている感じでした。
歩道がある道ではないので、阿波踊りがやってくると白線まで下がって下さいといったスタイルで大会が進行されます。そのあたりは経堂と同じなのですが、経堂に比べると細々とした路地が多い為、一般通行人が迂回する事がしやすく、比較的息苦しさは感じませんでした。
もっとも音楽祭や天狗祭りなどでも同じ場所をパレードが通行するので町の人が慣れているといった部分もあるかもしれません。
細い路地を進むえびす連
とても狭い路地で踊るのも下北沢阿波踊りの特徴です。
落ち着いて見るには本通りの大会本部よりも駅から離れた場所か、栄通りの駅に近い付近が空いていていいようです。
また、かなり細い路地の仲通りにも阿波踊りが入ってきますが、ここまで細い路地で阿波踊りを行うのは他にはないのでは・・・。ここはある意味一番下北沢的で穴場的な場所かもしれません。
踏切待ちの東林間連
これも下北沢名物でした。阿波踊りが始まる頃はちょうど列車のラッシュ時。
連は人数が多いので一度に渡り切らなかったり、長く踏切で待たされる事も
最後に世田谷区での阿波踊りは7月中旬の経堂まつりから始まって、8月頭のせたがや区民祭、8月中の下北沢阿波踊り、8月終わりの三軒茶屋の阿波踊りと続きます。
区民祭の入場者数は断トツですが、ここではあくまでも全体の一演目として阿波踊りを踊るだけなので阿波踊り大会としては除外するとして、下北沢の阿波踊りが間違いなく世田谷の阿波踊りの中では一番大きな大会となります。
ただ、よさこいやサンバが人気となっている今では昔ほど阿波踊りの人気はありません。本格的な構成で行われる阿波踊りはなかなか気軽にといかないのが実際のところでしょうか。
でもここ下北沢では他の地域で行われる阿波踊りに比べて子供たちが阿波踊りに参加している数が多いので、下北沢名物阿波踊りの前途は明るいような気がしました。
* 感想など *
宝船連の女性踊り
踊っているときの表情がとても素晴らしいかったです。
「踊らにゃソンソン♪」ってな阿波踊り。見ているだけでもあの独特の音楽を聴くと、心がウキウキ、体が妙にテンポよくなり、歩みも変な感じに・・・。っていうのは大袈裟ですが、なかなか楽しいものです。
特にここ下北沢の阿波踊りはおすすめです。狭い商店街で行われるので、踊り手との距離が近いし、太鼓などの音も響くし、また多くの団体が参加するのでとても華やかです。
町並みが醸し出す雰囲気もよく、踊らなくてもその場にいるだけで楽しいのが下北沢名物阿波踊りです。ぜひ一度ご覧あれ。
せたがや百景No.15 下北沢の阿波おどり
ー 風の旅人 ー
2018年11月改訂