* 上野毛自然公園について *
国分寺崖線には多くの坂道がありますが、上野毛駅前から下っていく上野毛通りの稲荷坂は二車線道路としてはなかなかの急坂です。この坂沿いの北側に坂の名にもなっている上野毛稲荷神社、そして南側に上野毛自然公園があります。
この稲荷坂のある上野毛通りは、中町、深沢と抜けていく道で、古くから大山街道の裏街道として使われていた道になります。
稲荷坂も古くからの坂で、大山道の行善寺坂には下り坂で停まりきらなかったり、バランスを崩して転倒する荷馬車の話が残っているのですが、この急な坂にもそういった話が幾つか残っています。
現在の上野毛駅の北側や西側付近はかつて上野毛の名主田中家の土地でした。田中家は吉良家家臣の末裔で、「一本氏名主」という一段高い格式を与えられていた家柄だったそうです。
崖線付近の土地も田中家の土地で、上野毛稲荷神社は六所神社が野毛(下野毛)に移された後、田中家の稲荷社を上野毛の氏神様として祀ったものになります。
この上野毛自然公園も田中家の土地でした。しかもただの敷地ではなく、桜や楓が多く植えられた桜楓園と呼ばれる庭園だったそうです。
何でも先祖の一人が道楽の全てをかけて粋を凝らした庭園にしたとかで、付近の住民からは旦那の森とも呼ばれていたそうです。
特に桜の花見の頃は美しく、都心より大勢の人が見物にやってきて、中には楽隊を引き連れてきて賑やかに踊ったりと、普段何もないような上野毛の地が賑わったそうです。
この自然公園へ上野毛駅方面から訪れるなら上野毛通りを多摩川方面に進み、五島美術館の通りを美術館と反対側の左に曲がります。
するとすぐに覚願寺の幼稚園があり、その横に自然公園の入り口があります。ここから入ると、いきなり敷石が敷かれていて、自然公園なのに・・・と少し違和感を感じることでしょう。
恐らくこれは庭園だった頃の名残りで、その石材を使用したものではないかと思います。
そして敷石が敷かれた通路を進むと広場があり、ここには多くの桜が植えられています。
これもかつて植えられていた桜なのだと思いますが、昔の記述では芝生が敷かれた広場で、大きな木もなく、富士山の眺望が素晴らしかったということなので、自然公園となったときにこの広場にまとめて植え替えられたのかもしれません。
あまり詳しい記述とかがないのでその辺は想像するしかありません。
この広場にはベンチも置かれていて、四季を問わず上野毛駅前のあたりで働いている人が昼食休みなどに静かな環境を求めて訪れています。
ここの桜はソメイヨシノと里桜の二種類が植えられているので、二度桜が楽しめます。
ソメイヨシノが散った後で訪れると、あたり一面ピンクの絨毯状態で、頭上には里桜が満開といったきれいな状態となっていることもあります。
あまり他の地域の人は知らないので、地元の人にとっては花見のいい穴場なのかもしれません。
ただ、木が密集しているし、日の当たりがあまりよくないので、写真を撮ったりするのは難しいかと思います。
この桜の広場からはひたすら崖線の斜面で、階段ばかりです。まっすぐ伸びた階段やら曲がりくねった階段やら、階段のオンパレードです。
崖上から眺めると、これ降りるの・・・と思う人が多いはずです。そして再び上に戻ってこなければならないことを考えて、やめておこう・・・となった人も多いはずです。
一応自然公園となっているので崖伝いに植物相を観察できるようにといった配慮なのでしょうが、山道を散策するような趣があるわけではなく、これはちょっと・・・といった感じです。
同じく崖線上にある成城三丁目緑地や岡本静嘉堂緑地付近の崖などのように、緑の中を散策(トレッキング)するような小道だったり、逆にすぐ近くの五島美術館のように庭園としてなら感想も別だったのでしょうが・・・、こういった自然の中で階段だと気分的に疲れます。体的には階段のほうが楽なのですが・・・。って、もの凄く個人的な意見ですが。
階段を下ると丸子川があり、この自然公園も丸子川で終わりです。
岡本民家園や静嘉堂文庫の辺りでは親水公園としてせせらぎのような流れだったのが、この辺りではむき出しのコンクリートに囲まれた水路といった感じになっています。
せっかくの自然公園なのだから、ここも岡本公園のような水辺の風景を・・・などと期待したいところです。
丸子川の辺りでは少し広場になっていて水生植物が植えられています。
菖蒲が植えられているという事なので咲いている時期に訪れてみたものの、そんなに数は多くありませんでした。
小さなビオトープも作られていて、ビオトプに咲いているほうが地植えよりも色鮮やかに咲いていました。