世田谷散策記 せたがや百景のバーナー
せたがや百景の案内板の写真

せたがや百景 No.68

大蔵の永安寺

山門を入ると樹齢数百年といわれる大イチョウがある。永安寺は室町時代鎌倉の大蔵谷に建てられたものが、地形も地名も似たここに再建されたと伝えられている。本堂右側には江戸幕府のころ書物奉行を務めていた石井一族の墓がある。六代目兼重(かねしげ)は、世田谷地域での図書館の始まりとなった「玉川文庫」を創ったので知られている。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 大蔵6-4-1
・備考 : ーーー

*** 永安寺の写真 ***

永安寺の門前の写真
門前の桜

電線がないといいのですが・・・。

永安寺の門前の写真
山門と石仏など

山門の前にずらっと石仏などが並んでいます。

永安寺の大銀杏の写真
境内にある二本の大イチョウ

本堂前にそびえています。

永安寺の境内の写真
花の季節の境内

木の根元が花壇になっていました。

永安寺の境内の写真
本堂

平成12年に大改修が行われました。

永安寺の境内の写真
変わった紋章の入った賽銭箱

石井家の紋章とのこと。

永安寺の境内の写真
龍華樹と本堂

山号の名の由来になった八重桜です。

永安寺の境内の写真
不動堂(元旦の開帳)

不動明王様が安置されています。

永安寺の境内の写真
開山堂

 

永安寺の境内の写真
六地蔵

墓地の入り口に祀られています。

永安寺の境内の写真
三界万霊供養塔

無縁仏が丁寧に並べられていました。

永安寺の境内の写真
七宝塔早雲

納骨堂および、永代供養墓です。

* イチョウの風景 *

永安寺の大銀杏の写真
葉付くイチョウ
永安寺の大銀杏の写真
紅葉するイチョウ
永安寺の大銀杏の写真
イチョウのカーペット状態な境内1
永安寺の大銀杏の写真
イチョウのカーペット状態な境内2
永安寺の大銀杏の写真
イチョウの葉が降り積もった境内1
永安寺の大銀杏の写真
イチョウの葉が降り積もった境内2

* 大蔵の永安寺について *

次の項に出てくる水神橋から北(成城方面)に向かって進むと、いきなり2車線道路が1車線になってしまいます。もっとも南に進んでもすぐに1車線になってしまうので、根本的にこの道が中途半端なのですが、そのちょうど1車線になった角に古刹めいたお寺があります。それが永安寺で、山門から感じる古刹めいた雰囲気の通りかなり古い歴史を持っています。

境内の案内板によると 「 龍華山・長寿院・永安寺(天台宗) 本山の開山は清仙上人といい、本尊は千手観音で、恵心僧都の作と伝えられる。この寺は鎌倉大蔵谷にあった鎌倉公方足利氏満開基の永安寺にちなんで延徳二年(1490年)この地に建てられたという。」との事です。

もっと調べると、鎌倉の永安寺が戦火で焼かれ、清仙上人(二階堂信濃守秀高)がこっちへ落ち延びてきたようです。また、山号の龍華山というのは、鎌倉にあったときに本堂前に立派な龍華樹(桜)があったことに因んでいるからで、院号は足利基氏の法号をとって長寿院としたそうです。

どうやら大蔵つながりでこの地に建てられたようです。ただ世田谷の大蔵の地名の由来も曖昧なので、もしかしたら永安寺が引っ越してきたことでこの地を大蔵と名づけたという可能性もあるかもしれません。

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山門のところには両脇に仏像や馬頭観音などがずらっと並べてあります。きちんと整えて並べてあるので、山門前がとてもいい雰囲気となっています。その後ろのほうには立派な桜の木が植えられているので、桜や紅葉の時期は山門付近が少しやわらかい雰囲気になります。

ただ・・・、電線が多く横切っているので絵的にはちょっと微妙に感じます。山門から境内に入ると、二本の大きなイチョウが目の前に聳えています。なかなか立派なイチョウで、少し右側の方が小さいです。案内板によると樹齢数百年とか。二本の大銀杏といえば代沢の森厳寺を思い出します。あちらは樹齢四百年なので、ちょっと大きさや貫禄ではかなわないといったところでしょうか。

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そのイチョウに守られるように本堂があります。建物の建築様式や雰囲気は歴史を感じるものの、外観は新しい建物でした。どうやら現在の堂は昔の面影を残しつつ平成12年に大改修したもので、案内板を読むと天台宗本堂としての特徴がよく表れているとか。とりわけ天台宗総本山から正式に許可された延暦寺紋(菊輪宝)が軒先の瓦に使われているのがご自慢のようです。本堂前の隅っこにその時の造営記念としてそれまで使われていた鬼瓦が据えられていました。これは前回、昭和35年の大改修時に設置されたものです。

本堂には賽銭箱が置かれているのですが、変わった形の紋章がつけられています。どういったものだろうと書いていたらメールをいただき、丸に並び鷹の羽は恐らく賽銭箱を奉納した石井家の家紋ではないかとの事です。

本堂内は正月にチラッと見たぐらいで中に入ったことがないので詳しくわかりませんが、本尊として千手千眼観世音菩薩、秘仏として石薬師如来、そのほか薬師如来、阿弥陀如来、大日如来、地蔵菩薩、聖観音、不空羂索観音、弁財天、弁財天十五童子など多くの仏像が安置されているようです。

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その他、境内には本堂の斜め前に不動堂があります。昭和35年に建立されたもので、不動明王が祀られています。正月にはここで護摩が焚かれます。この不動堂の前に龍華樹が植えられています。龍華樹といってもピンときませんが、八重桜の一種です。

これは山号の龍華山の由良になった木で、なんでも当時の村人が鎌倉まで出向いてその木を移植したとか伝えられています。残念ながら現在の木は当時のものではなく、何度か植え替えられたもので、今のものは平成12年の大改修の際に植え替えたものです。山門横のほうには開山堂長春殿があり、たぶん法事などのときに使われるのではないでしょうか。

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墓地の入り口には六地蔵が祀られています。その横を通って進むと、本堂横に無縁仏となってしまった墓石が大量に置かれています。三界万霊供養塔として一番奥に聖観世音菩薩が祀られ、その前にずらっと墓石が置かれているのですが、この数はなかなかの迫力です。よくもまあこんなにきれいに並べたものだといった感じです。多くの寺では場所の関係もあるでしょうが、ピラミッドのように積み重ねていたり、並べられないのは処分しているのですが、そうしていないのがこの寺の思いやりとか、優しさの表れなのかなとか思いました。

この三界万霊供養塔の少し上には七宝塔早雲があります。これは納骨堂および、永代供養墓です。その先に墓地があり、墓地には百景の案内文にあるように江戸幕府書物奉行 石井至穀の墓があるようです。彼は目覚しい出世をしたことや、玉川文庫を創ったことでも知られています。寺のまん前にある石井家(現存)の出身だとか。きっと当時は大蔵の誇りだったのでしょう。少し墓地を回ってみたものの、石井家の墓が多すぎてどれがそうなのか分かりませんでした。

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永安寺といえばやっぱり2本の大銀杏が印象的です。秋になって、最初11月の終わり頃に訪れるとまだまだ青々していて、ここのイチョウの紅葉は他よりも遅いんだなと通り過ぎました。その次におっと忘れていたと12月になってから訪れてみてビックリ。なんと片方の木の葉がすっかりなくなっていました。もう片方はこれから紅葉の盛りといった感じなので、隣に並んでいながら少し紅葉の時期が違うようです。

それにしても葉が色づいてから落ちるまでが早すぎのような・・・。そのせいか境内はイチョウの葉で凄いことになっていました。イチョウの葉が降り積もるというのはこういう事いうのですね。びっくりしました。絵的には雰囲気があっていいのですが、これだけのイチョウの葉を掃除するのはさぞ大変でしょう。

しかもこれからもう片方のイチョウの葉が同じように降ってくるのですから・・・。ちなみに春の桜の時期に訪れてみると、面白いことに紅葉と同じように片方の木だけが緑になっていました。ここの木は性格で微妙に時期がずれるのですね。もし一緒の時期に紅葉したなら・・・と思うとちょっと残念。

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イチョウの木も印象的でしたが、紅葉したイチョウの木の写真を撮っている時に檀家の人に話しかけられたり、メールでこのお寺についての情報をいただいたりと檀家の人に愛されているお寺なんだなというのが、百景のページを作っていて思ったことでした。それはやはり整然と並べられた無縁仏の扱いとか、古くから気前のいい大蔵の気質とかなのかな・・・と勝手に想像しているのですが、どうなのでしょう。

<せたがや百景 No.68 大蔵の永安寺 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>