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せたがや百景 No.10

北沢八幡神社の秋祭り

世田谷の秋祭り File.15

北澤八幡神社例大祭

世田谷北辺の守護神として、吉良家によって勧請された。世田谷七沢八社随一、正八幡と称され、人々の尊崇を集めてきた。秋の例大祭には30台もの神輿が出て、境内一帯は人々で賑わう。とくに神輿が境内に繰り込む時は圧巻で、まるで絵巻物を見るようだ。(せたがや百景公式紹介文の引用)

鎮座地 : 代沢3-25-3  氏子地域 : 北沢1~5丁目、代沢2~4丁目
御祭神 : 応神天皇、比売神、神功皇后、仁徳天皇  社格 : 旧下北沢村村社
例祭日 : 9月第一土曜日に宵宮、翌日曜日に本祭
神輿渡御 : 8町会(不定期で9町会) 連合宮入(多いときで24基程度)
祭りの規模 : 中~大規模  露店数 : 20店程度
その他 : 奉納神楽、奉納演芸が行われます。

*** 北澤八幡神社の写真 ***

北澤八幡神社の鳥居前の様子を写した写真
神社の入り口

森厳寺と同じ通りにあります。

紅葉するイチョウの大木と社殿を写した写真
イチョウの木と社殿

立派なイチョウの木があります。

拝殿を写した写真
拝殿

拝殿は比較的新しいものです。

拝殿の扁額を写した写真
拝殿の扁額

七沢八社随一正八幡宮と書かれています。

境内にある産土社と祠を写した写真
産土社(右)と祠たち

拝殿の左側に並んでいます。

境内にある稲荷社を写した写真
稲荷社など

拝殿の右側にあります。

昭和の日に行われる神楽殿と奉納狂言会を写した写真
神楽殿と奉納狂言会

昭和の日に行われる昭和祭で奉納されます。

神楽殿の広場から通りを写した写真
神楽殿の広場から通りを眺める

最下層は公園となっています。

* 下北沢と北沢八幡神社について *

下北沢といえば今では全国的に名が知れるほど有名な町です。駅周辺にはオシャレな店や今時の店が並び、流行の先端を行く町としてよくテレビや雑誌などに紹介されています。また、劇場が多いことから演劇の町、或いは称して若者の街としても知られているでしょうか。とまあ世田谷の中でも知名度抜群の下北沢ですが、現在地名としての下北沢はありません。駅名に名をとどめているだけです。

下北沢の名はかつてこの付近一帯が下北沢村と呼ばれていた名残りとなります。当時の下北沢村は広く、今の北沢全域の1~5丁目と代沢2、3、5丁目と4丁目の一部が村域でした。昭和7年に世田谷区が発足した際に、下北沢村は北沢1~5丁目(旧町域)に分けられます。

その後の昭和39年の住居表示実施の際に隣の旧代沢村との間の飛び地や複雑な境界が整理され、お互いの名から一字とった代沢という町域が作られ、旧下北沢村の町域は今の北沢全域の1~5丁目と代沢2、3、5丁目と4丁目の一部に変更されました。そのため代沢地域は今でも神社の氏子地域は旧下北沢村の北澤八幡と旧代田村の代田八幡とに分かれています。

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旧下北沢村の村社だったのが北澤八幡神社です。創建についてははっきりしませんが、文明年間(1469~87)に世田谷城主の吉良頼康が勧請したと伝えられています。江戸時代には下北沢村が栄えると共に神社も立派になり、世田谷七沢八八幡随一と称えられるほどでした。寺宝にも嘉永七年(1854年)のものですが、七沢八社随一正八幡宮と書かれた拝殿額があります。

この七沢は「北沢」「池沢(池尻)」「馬引沢(上馬、下馬)」「野沢」「廻沢(千歳台)」「深沢」「奥沢」を差しているのではと言われていますが、八つの八幡様の方は具体的にどこの神社を指しているのかはわかりません。でも沢の多い地形と源氏による戦勝祈願伝説が多く残る世田谷を端的によく示している褒め言葉かと思います。

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現在の神社は三層構造になっています。一番下の鳥居から続く通路は神社のものかと思いますが、その横には遊具が置いてある広場は区の北沢八幡児童遊園となるようです。階段を上がった二層目は神楽殿と御輿舎のある広々とした広場になっています。神楽殿は明治26年に建立されたもので、当時の村人は「どこよりも立派なものを建てたい」と鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮まで調べに行ったという逸話が残っています。平成16年に改修を行っているので現在新しい状態です。この広い空間も秋祭りの際には神輿や担ぎ手で埋まり、大変賑わいます。

更に高い場所にあるのが拝殿と本殿、そして末社や社務所です。拝殿は昭和53年に改築されてたものなのでかなり新しいです。拝殿の左手には小さな社が並んでいます。その中にはきちんと屋根で覆われている古い社がありますが、それは嘉永5年(1852)に建築された産土社で、今の本殿が建てられる前にあったものです。その他にも有名なお屋敷にあった野屋敷稲荷社や高良玉垂社、円海稲荷社、弁天社、愛宕稲荷社といった地域の神社が境内に移されています。

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百景のタイトルにもなっている秋祭りの賑わいは有名で、北澤八幡神社、そして下北沢の一大イベントになっていますが、それ以外にも新年の賑わいもかなりのものです。4月29日には昭和祭が行われ、その時には神楽殿で12時から奉納狂言会が行われます。あまり見る機会がないものなので興味があれば訪れて見るといいかと思います。

その他季節に応じて厳かに神事が執り行なわれています。また舞踊などの練習会場としても社務所を提供していたりと、地域に根付いた神社となっています。

*** 秋祭りの写真(全般) ***

秋祭りのポスターを写した写真
秋祭りのポスター

なかなか味のあるポスターです。

秋祭りのときの鳥居付近を写した写真
秋祭りのときの入り口

やはり屋台があると賑やかな感じがします。

秋祭りのときの神楽殿前の広場を写した写真
神楽殿前の広場

人気のある演目が始まると人だかりができます。

夜の混雑する拝殿を写した写真
夜の拝殿

一日中混雑しますが、夜は一段と混雑します。

神職による小さな祠への献餞を写した写真
小さな祠への献餞

ひっそりと行われていました。

夜の境内の様子を写した写真
夜の境内の様子

提灯に明かりが灯ってきれいです。

ガールスカウトのお店を写した写真
ガールスカウトのお店

手作り感あふれる出店も多いです。

神楽殿で神代神楽が行われている様子を写した写真
神代神楽

結構人気があるようでした。

神楽殿で奉納舞踊が行われている様子を写した写真
奉納舞踊

こちらも意外と人気があるようでした。

神楽殿でベリーダンスが行われている様子を写した写真
ベリーダンス

意外な組み合わせといった感じでしょうか。

神楽殿で6人の巫女による豊栄の舞が行われている様子を写した写真
豊栄の舞

舞手が大勢いてビックリしました。

神楽殿で迦陵頻が舞われている様子を写した写真
迦陵頻

ガールスカウトの団員によるものです。

神楽殿でお囃子が演奏されている様子を写した写真
お囃子

北沢囃子保存会によるものです。

世界平和を祈るつどいの様子を写した写真
世界平和を祈るつどい

何年かに一度宵宮の日に行われます。

* 北沢八幡神社の秋祭りについて *

北沢八幡神社の例大祭(秋祭り)は世田谷区選定のせたがや百景に選ばれるほど区内では有名なお祭りです。特に多くの神輿が次々に宮入してくる様子はまるで時代絵巻のようとか、その規模は山の手髄一と紹介されているほどです。

なぜ下北沢にそんな文化があるのか。それは関東大震災後を契機に郊外へ移り住む人が増え、世田谷が爆発的に人口が増えていったことに関係します。それはどんどんと家が建てられ、道路が整備されていくということであり、鳶などの職人さんの需要が非常に高かったのです。そのため祭りの本場である下町から多くの鳶などの職人も多くこの地に移住してくることになります。

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そういった職人さんが多く移り住んだのが下北沢、特に池ノ上から東北沢で、この地域を中心に神輿文化が根付いていきました。ちなみにこの時に下北沢の南に位置する三軒茶屋にも下町から多くの人が移住してきて、下の谷商店街を形成したのは世田谷では有名です。

もちろん三軒茶屋での太子堂八幡神社の神輿も同じように華やかなものです。といったわけで、三軒茶屋から下北沢に掛けては世田谷を代表するような活気のある商業地域であると同時にお祭りでも活気のある地域でもあります。

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かつての祭礼は9月13、14日だったり、18、19日だったりしたようですが、現在の祭日は9月の第一土曜日に宵宮、翌日曜日に本祭となっています。土曜日が基準となっているので、日曜日から9月が始まる場合は第二週末になります。

宵宮の日は神楽殿で神代神楽などが夕方から行われます。神楽は毎年吉村社中によって舞われ、私が訪れたときは稲荷山、熊襲征伐、八雲神詠などの題目が演じられていました。神楽殿前の広いスペースには椅子が並べられ、お年寄りを中心に見学人が多く、古き良きお祭りの縁日といった感じがしました。

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神楽の合間には奉納演芸が行われます。お囃子や舞踊などが行われますが、注目は巫女舞です。境内にもお店を出していますが、ガールスカウトの団員による迦陵頻(かりょうびん)が最初に舞われます。迦陵頻は子供の舞人四人が鳥の姿をして舞う童舞で、「祇園精舎の供養の日に極楽にいるといわれている、めでたい迦陵頻伽という霊鳥が飛んできて舞ったありさまを妙音天が舞とした」ものです。少し正式のものとは違う感じもしましたが、区内では恐らくここだけで舞われる珍しい舞です。

この後は年齢的にバラバラだったのでたぶん氏子の子供かと思いますが、巫女装束で豊栄の舞が舞われます。こういう場合は浦安の舞が多いのですが、豊栄の舞が舞われるのも珍しいです。4人舞、6人舞と行われ、そこで退席したので分かりませんが、もしかしたらその後に浦安の舞など他の舞が行われたのかもしれません。

お神輿に関しては宵宮の日も町域によっては担がれますが、翌日の宮入に備えての肩慣らしといった程度の短いもので、子供神輿や太鼓山車が中心です。ちなみに何年かに一度ですが、「世界平和を祈るつどい」という行事が世田谷宗教者懇話会という団体によって宵宮の日の昼間に行われます。仏教、キリスト京、イスラム教、そして神道といった宗教団体がそれぞれの宗教スタイルで世界平和を祈るといったものです。

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本祭の日は神社だけではなく、下北沢全体が賑やなお祭りモードになります。ハイライトである各町会の神輿宮入は13時からとなりますが、それは茶沢通りから各町会が揃って出発する時間で、各町会は自分の地域からそこまで担いで行かなくてはなりません。下北沢駅から茶沢通りの集合場所まで三町会で連合渡御がおこなわれたりと、昼前からあちこちから威勢の良い声が聞こえてきますし、神社でもお囃子や獅子舞が奉納されたりと宮入に備えて祭りの雰囲気を盛り上げます。

宮入は子供神輿、大人神輿の順番で行われ、全ての神輿が宮入を追えると、14時半(15時の時もあり)から祭典式が齋行されます。それが終わると順次御神輿が神社から出て各町会に戻っていきます。人でごった返していた境内が一気に寂しくなりますが、17時から神楽殿で舞踊、20時から舞楽が行われます。舞踊では巫女舞に琉球舞踊、インド舞踊、ベリーダンス、日本舞踊などが演じられます。

舞楽の方は北澤八幡神社で練習を行っている雅楽道友会という雅楽団体によるもので、20年以上も前から例大祭で演技を行っています。夜の闇に浮かび上がった神楽殿で、ゆったりとした日本古来の管弦の調べと独特の衣装に身を包んだ舞を見ていると過去の時代にタイムスリップしたような気分になる事でしょう。華やかな宮入が注目されがちですが、北沢八幡神社の奉納演芸は結構充実しています。演劇祭や音楽祭などが行われる芸術の町下北沢らしい奉納演芸になっているように感じます。

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北沢八幡神社の祭りは別の方面でも有名なことがあります。それは1993年に地域で協力して暴力団系の出店排除を実施し、暴力団と関係のある露天商を締め出しに成功したことです。近年、2011年に東京都暴力団排除条例が施行されるにあたって、そのモデルケースとしてその取り組みや祭の様子がマスコミに何度も取り上げられました。もちろんその道のりは平坦ではなく、暴力団からの嫌がらせがあったり、露店の減少によって祭りの活気がなくなるといった問題もあったようです。

北沢八幡神社のお祭りはそこそこ人が集まり、規模が大きく感じますが、露店の数は祭りの規模に比べると少なめです。それは暴力団系の出店を排除したからで、その分、地元の団体や商店街の人が頑張って店を出して祭りを盛り上げているのです。店は少なくても境内では安心して買い物ができるのは子供を祭りに行かせる親としては安心でしょうか。

*** 北澤八幡神社の神輿渡御の写真 ***

* 町会神輿の連合宮入 *

先導するお囃子と高張り提灯を写した写真
先頭のお囃子

各町会の高張り提灯、神輿が続きます。

茶沢通りを連なって進む神輿の様子を写した写真
茶沢通りに連なる神輿

なかなか壮観な眺めです。

鳥居下を進む神輿を写した写真
宮入の様子

ここから階段を上るので大変です。

拝殿前での差し上げを写した写真
拝殿に向っての差し上げ

拝殿前まで行かず階段下で差し上げます。

神輿を収めるところを写した写真
所定の位置へ

所定の場所に降ろして宮入完了です。

宮入後の人と神輿で溢れかえった境内を写した写真
宮入後の境内

人と神輿で溢れかえります。

北澤八幡神社の秋祭りのハイライトは次から次へ神輿が神社に入ってくる宮入です。神輿には2通りあり、神社所有している宮神輿と各町会、或いは睦会が所有している町会神輿(町みこし)です。ここでは後者の方で、毎年8つの睦会(町会)がそれぞれ2~3基の神輿を出し、それが順番に神社に入場してきます。

8つの睦会を束ねる目的で結成された第9番目の睦会、惣町睦というのもあり、不定期ですが普段神社に飾られている惣町睦所有の百貫神輿が先頭になって宮入が行われる年もあります。昔はどうか分かりませんが、現在は各町会大人神輿は1基で参加しているので、20基以上の神輿が威勢よく宮入してくると書かれているものもありますが、威勢よく宮入してくる大人神輿は8基のみとなります。

ただ20基以上のお神輿が下北沢の町を練り歩くといった表現は正しく、睦会によっては町会渡御に子供神輿が2基運行されたり、佳境に入る夕方になると女神輿が短時間だけ運行されたりと多くの神輿が町を渡御します。

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連合宮入は日曜日の昼頃に各睦会の神輿が茶沢通りの代沢三叉路から駅方面に入った通り、代沢5丁目の世田谷代沢郵便局前辺りに集合してきます。多くの町会は早めにやってきてここで昼食休憩となるようです。その頃一足先に子供神輿が神社に向い、宮入を行います。

13時になると年番町会を先頭に茶沢通りを一列になって行進し、神社に向かいます。8基の神輿が茶沢通りを一列になって渡御する様子はなかなか圧巻で、担ぎ手の多さからも世田谷で一番の祭りだと言われるのも納得できます。そして森厳寺西交差点を曲がり、森厳寺前を通り、一の鳥居をくぐって、階段を登って神社に宮入します。

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宮入の華はやはり一番手での宮入です。まだか、まだかと神輿がくるのを心待ちにしていた観衆の声援を浴びるのは気持ちいいものです。それに最後の方になると途中で神輿を降ろすことができないので、宮入が済むまでずっと担いでいなくてはならなく、地味に大変ですし、宮入しても境内が混み合っていて、窮屈な感じの担ぎ方になります。そういった事から不公平をなくすために宮入の順番は一年ごとにずれていきます。

全ての神輿が宮入が終わると14時半頃から神事が行われ、その後宮出しが行われ、それぞれの町会へ戻っていきます。このような連合で宮入するスタイルは昔からあったものではなく、下北沢では伝説の人、金子葬儀店の社長金子省吾さんが1970年頃に考案したものです。また、南部睦に所属していた金子さんが浅草に出向いて1000万円のお神輿をポンと買ってきたという話は神輿関係者の間で今でも語り継がれているそうです。

* 惣町睦会 *

惣町睦会の渡御の様子を写した写真
惣町睦会の渡御

特別な時にだけ運行され、担ぎ手も選ばれた人のみ

神輿舎に飾られている惣町睦会の神輿を写した写真
御輿舎の惣町睦会神輿

運行されない年は境内の御輿舎で飾られます。

北澤八幡神社の睦会を個別に書くと、まずは「惣町睦会」。先に書いたように8つの睦を束ねる目的で戦後しばらくして設置された睦で、惣領(総領)としての睦会という意味になるようです。今では社会ルール、交通ルールに則って規則や取り決めが多くなった神輿渡御ですが、昔は1年に1度の祭りということで、少々の事なら勢いで許される状態でした。特に祭りの華である宮入の一番乗りを巡っての小競り合いは絶えなかったようで、全体を上から調整する役割が必要となり、各睦会から5人ずつ代表として寄り合って努める調停役がつくられました。

町会を持たない睦ですが、戦時中に東京で3番目に大きい神輿と言われた立派な御神輿を所有しています。この御神輿は四南睦にあったもので、昭和初期に作られた彫刻の立派な御神輿です。「百貫御輿」といった愛称で呼ばれているように、その重さは400キロ以上あります。普段は神社の神輿舎に飾られていますが、平成22年に17年ぶりに担がれ、平成24年にも担がれました。どういった機会に運行されるのかは知りませんが、今後は北澤八幡神社の連合宮入の象徴として、また下北沢の活性化や話題作りとして出番が増えていきそうな感じです。

* 宮本睦会 *

宮本睦会の宮入を写した写真
宮本睦会の宮入
宮本睦会の宮入を写した写真
宮本睦会の拝殿への差し上げ
宮本睦会の渡御の様子を写した写真
雨の中、御酒所に到着した神輿
宮本睦会の渡御の様子を写した写真
渡御風景

神社の周りに位置するのが宮本睦会です。神社があるのが代沢3丁目で、その北側、池の上駅にかけてが代沢2丁目になります。だいたいこの代沢2、3丁目を町域に持つのが宮本睦会です。この住所を見てわかる人はわかると思いますが、超高級住宅地です。せたがや百景にも選ばれるほど古くからの高級住宅地で、戦前から高官や著名人が多く暮らしていた地域です。実際に歩いてみると、ビックリするぐらい敷地の広いお屋敷も多々あったりします。もちろん全部が全部そうではありませんが、そういった地域なので担ぎ手がいなくて苦労をしている睦でもあります。お互い提携しているのか町域が住所的に被る下代田東睦会の姿も多いです。

年によって違うのか、詳しい事情は知りませんが、多くの神酒所を持つ町域で、そのうちの一つ(仮屋)は神社のすぐ前の方にある伊東家本家に設置されます。伊東家は吉良家家臣の膳場氏が追っ手から逃れるために氏名を変えたもので、下北沢を開墾した大地主様になります。見た感じというか、全般的には高級住宅地にあるために上品というか、大人しい感じ睦会といったように感じました。大人神輿は日曜日の大祭日にしか運行されませんが、年によっては夕方から女神輿を運行しているようです。

* 代五睦会 *

代五睦会の宮入を写した写真
代五睦会の宮入

ノリのいい感じという表現がしっくりきます。

代五睦会の渡御の様子を写した写真
夜の茶沢通り

背中の赤い丸が結構目立ちます。

代五睦会の渡御の様子を写した写真
渡御風景

昼間は比較的おとなしいです・・・。

代五睦会の渡御の様子を写した写真
豪雨の中

ここの祭りはよく夕立にたたられます。

神社の西側に位置するのが代五睦会です。茶沢通りを含んだ代沢5丁目が氏子地域で、連合宮入の時には全ての睦会の御神輿が代五睦会のお膝元である茶沢通りに集合し、神社に向かって進みます。御神酒所はその茶沢通り沿いに設置されます。代五の特徴は、担ぎ手の勢いというか、テンションの高さが尋常ではないところでしょうか。夜、茶沢通りを元気よく担いでいたり、雨の中を担ぎ手も神輿もずぶ濡れになりながら担いでいる姿を見るとそう感じてしまいます。

外国人の姿もたまに見かけ、性別、人種、年齢など関係無しにお祭り好きが集まっているといった印象が強い睦会ですが、逆の見方をすると一車線規制のところを広がって歩いたりと、警察や一般通行人や通行車に白い目で見られることの多い睦会でもあります。ここの半纏は青系の淡い色と色自体は地味なのですが、背中には赤い背景に黒文字でくっきりと代五と書かれているので一際目立ちます。世田谷でもかなり目立つというか、とっても目に付く半纏ではないでしょうか。

* 代四睦会 *

代四睦会の宮入の様子を写した写真
宮入前の階段下
代四睦会の宮入の様子を写した写真
代四睦会の宮入
代四睦会の御酒所の様子を写した写真
代四睦会の御酒所
代四睦会の渡御の様子を写した写真
代四睦会の渡御風景

代五、宮本よりも南側、北澤八幡の氏子地域の南端に位置するのが代四睦会です。2013年の御酒所は茶沢通り沿い、代沢交差点の少し南側に設置されていました。代沢4丁目を中心とした地域ですが、代沢4丁目の全てが氏子地域ではなく、代田八幡神社の氏子地域も含まれます。氏子地域は狭く、左右を代田八幡神社の氏子地域に挟まれ、南側は太子堂八幡の氏子地域といった土地柄もあって神輿の担ぎ手の半纏は様々です。特に下代田西睦会の半纏が多いようでした。

担ぎ手の数は他に比べると少なく、こじんまりとした印象の強い睦会です。特に代五の後に続いて、集合場所に向かう様子を見ると、おとなしいというか、ルールを守り大人びているといった印象が強くなります。ただ夜になると、元気になるというか、人が増えて賑やかな感じになり、昼間とはちょっと違った感想になるかと思います。

* 南部睦会 *

南部睦会の宮入の様子を写した写真
南部睦会の宮入
南部睦会の渡御の様子を写した写真
渡御風景
南部睦会の子供神輿を写した写真
子供神輿の宮入
南部睦会の太鼓車を写した写真
太鼓車

神社の北側、下北沢駅の南口の商店街を中心とした地域を町域とするのが南部睦会です。神酒所は新しくできたレシピシモキタ(ダイエー?)付近にある南口商店街事務所に設置されます。この地域は小さな小売店が並び、狭いながらも賑やかな通りが多いのが特徴で、古くからの下北沢らしい地域でもあります。そういった雰囲気のある町域なので、ここで担ぎたいといった担ぎ手も多く、なかなか外部の人間が担ぐことができないと聞きます。

連合宮入の集合場所は目と鼻の先ですが、集合前に駅の南口に「新野睦」「四南睦」がやってきて連合で賑やかにメインストリートを練り歩いて集合場所に向かうと聞きましたが、再開発が進む今ではどうなのでしょう。担ぎ手やお神輿の雰囲気に関してはちゃんと見ていないので、分かりません。ただ、現在の北沢八幡神社の神輿渡御の基本を整備した金子さんが所属していた睦会なので、色々とこだわりなどがありそうです。

* 新野睦会 *

新野睦会の宮入の様子を写した写真
新野睦会の宮入り
新野睦会の宮だしの様子を写した写真
宮出し
新野睦会の渡御の様子を写した写真
渡御風景
新野睦会の渡御の様子を写した写真
新野名物阿波踊り渡御・・・笑
新野睦会の子供神輿を写した写真
子供神輿

下北沢駅の北側、南部睦会と同じ北沢2丁目という住所になりますが、井の頭線を境にした北側を町域にしているのが新野睦です。神酒所は下北沢一番街商店街事務所に設置されます。ここはしもきた商店街と一番街商店街、北沢2丁目共和会と北沢3・4丁目西町会で構成されているといった大所帯であり、また下北沢の商業中心地でもあります。一番資金力豊富な睦会という事もできるかもしれません。そして一番街商店街といえば商店街を挙げて行われる冬の天狗祭りと夏の阿波踊りが有名なようにとてもお祭り好きな商店街です。普段から活動を共にしているため睦会としての団結感があり、神輿渡御でも仲良く楽しそうに担いでいて、担ぎ手の笑顔が一番多い気がします。

ただ盛り上がっているには盛り上がっているのだけど、色々とイベントの多い商店街なので、他の睦会に比べると秋祭りは年間に行われるイベントの内の一つといった感じで、神輿や祭りが全てではないといった淡泊な部分も見る人によっては感じられるかもしれません。というか、他が熱すぎると言うほうが正しいのでしょう。

* 四南睦会 *

四南睦会の宮入の様子を写した写真
四南睦会の宮入
四南睦会の渡御の様子を写した写真
北口商店街に到着
四南睦会の太鼓車を写した写真
太鼓車の到着
四南睦会の子供神輿を写した写真
子供神輿の御酒所への差し上げ

下北沢駅の東側のエリア、北沢1丁目を中心とした地域に位置するのが四南睦会です。小田急線を挟んだ北側にある北沢3丁目を中心とした東北沢睦会とは旧町域では同じ睦会だったという歴史があります。下北沢でも池の上駅の北側から東北沢駅周辺といった地域は古くから大工関係の職人が多かった地域で、地域を挙げてお祭りの盛んです。

神酒所が盛大なのもこの地域の特徴です。どちらの睦も若い担ぎ手が多く、他からの応援なしでも担げてしまうほど大きな睦会を維持していて、区内の他の睦会から羨望のまなざしで見られています。大人神輿は土曜日から担がれ、池ノ上駅北口商店街を中心に練り歩きます。硬派なイメージが強い睦会です。

* 東北沢睦会 *

東北沢睦会の宮入の様子を写した写真
東北沢睦会の宮入
東北沢睦会の渡御の様子を写した写真
東北沢睦会の御輿渡御
東北沢睦会の神輿舎を写した写真
御酒所の御輿舎
東北沢睦会の子供神輿の渡御を写した写真
子供神輿

下北沢駅の東側のエリア、北沢3丁目を中心とした地域に位置するのが東北沢睦会です。旧町域では四南睦会と同じ睦会で、小田急線の開通で町域が分断され、小田急線の北側が東北沢睦会となりました。四南睦会のところでも書きましたが、京王線の池の上駅の北側から小田急線の東北沢駅周辺の地域は古くから大工関係の職人が多かった地域で、地域を挙げてお祭りが盛んです。

東北沢睦会の御酒所は茶沢通りの終点地点にある北沢公園に設置されますが、仮設にしてはなかなか立派なものです。このへんは伝統的に大工の血が騒ぐのでしょうか。また、担ぎ手は基本的には地域内の人たちだけで、青い揃いの半纏で担がれます。四南睦会同様、他の睦会からの応援なしで担げてしまうほど大きな睦会を維持していて、区内の他の睦会から羨望のまなざしで見られているそうです。

* 四五睦会 *

四五睦会の宮入の様子を写した写真
階段を上がる四五睦会神輿
四五睦会の宮入の様子を写した写真
宮入の様子
四五睦会の渡御の様子を写した写真
茶沢通りの渡御
四五睦会の子供神輿を写した写真
子供神輿の宮入

一番北側、かつての北沢1丁目である北沢4丁目、5丁目に位置するのが四五睦会です。神社から最も遠い町域となり、神社まで普通に歩いて片道2.5キロほどになるでしょうか。神社からあまりに遠く、重い神輿を担いで往復するのが大変なので、御神輿をやめようといった話が出たり、御神輿を出すのを2年に1度にしてみたり、トラックで途中まで運んだりするなど苦労してきた歴史があります。

平成15年には御神輿を新調し、今ではなるべくトラックを使わないようにと頑張っているそうです。見かけたら頑張ってと声を掛けたくなるような睦会です。

* 北澤八幡神社例大祭の感想など *

北澤八幡神社の例大祭は山の手随一と言われるだけあってその規模も大きく、世田谷を代表する祭りとなっています。区内の他の祭りと比べると神輿に関しては数段規模が違うといった印象を受けます。とはいえ本場の下町のお祭りに比べてしまうとやはりその規模は小さく、担ぎ手の数や熱気も少ないのが実際のところです。

でも大勢の警官や機動隊が警備しなければならなかったり、バリケードが設置されたりといった野暮なことはありません。昔はもっと違った感想になったかもしれませんが、現在の祭りは下町の激しさや活気と山の手の落ち着いた感じがうまく混じり合った雰囲気のいいものになっているように思います。そういった激しさの中にものんびりとした雰囲気があるので、誰でも気軽に見学でき、望めば楽しく参加でき、町を挙げての暖かみのある祭りとなっています。

もちろんそれには御神輿渡御をずっと維持してきた睦会の人々の努力、暴力団排除を行うといった難しい選択をして実行した地域の人々の努力があったからです。

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下北沢の町は若者の街と言われるように、若者が文化を作っている町でもあります。町の小売店では流行のものや個性的なものが並び、買い物や乗り継ぎで立ち寄る若者がファッションなどの流行をつくり、また幾つかある演劇場では若手俳優や芸人が熱演し、それを見る人が感銘を受けています。町では商店街全体が劇場となる阿波踊りや音楽祭が行われ、町全体で様々な文化が生まれています。町全体が、そしてそこで暮らす人々が生き生きとしているように感じるのが下北沢です。

そういった下北沢独特の土地柄、もちろん私個人の思い込みの補正が多分に含まれますが、お祭りでも担ぎ手が生き生きとし、奉納演芸でも踊り手が生き生きとした印象を受けてしまいます。北澤八幡神社の祭りは人が主役なんだなと改めて感じさせてくれる祭りであり、祭りに関わっている人、担ぎ手一人一人にどことなく人間臭さ、ドラマ性を感じる演劇のような祭りともいえるかもしれません。そう感じるのは下北沢に愛着を持った人間だけかもしれませんが・・・。

<せたがや百景 No.10 北沢八幡神社の秋祭り 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>
( 世田谷の秋祭り File.15 北澤八幡神社例大祭 )