世田谷散策記 せたがや百景のバーナー

せたがや百景 No.58

野川と小田急ロマンスカー

崖線を抜けた小田急線はまず野川を渡る川辺の緑と一瞬のコントラストを作り走り抜けるロマンスカーは私鉄沿線ならではの風物詩。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 野川の世田谷通り付近から上野田橋辺り
・備考 : 現在では見えません。

*** 野川と小田急線の写真 ***

野川と小田急線の写真
野川と小田急線の高架橋(世田谷通りから)

手前の高い高架橋は引き込み線です。

野川と小田急線の写真
野川(世田谷通りの下流)

右側の森は次夫堀公園です。

野川と小田急線の写真
野川の桜並木と小田急線の高架橋

美しい遊歩道と桜並木が続きます。

野川と小田急線の写真
小田急の車両基地

選定当時はなかったものです。

小田急線の写真
現在の高架橋の上

複々線と引き込み線で六本の線路が横切っています。

* 野川と小田急線について *

選定当事の昭和59年と現在と比べて世田谷区で一番何が変わったと考えれば、部分的には用賀や三軒茶屋の超高層ビルが頭をよぎりますが、全体的に見れば小田急線の高架橋化ではないでしょうか。線路付近の風景が変わり、駅前の風景も変わり、開かずの踏み切りもなくなり、沿線の姿は一変しました。区内に残った小田急線の踏切は下北沢周辺のみでしたが、それも平成25年に下北沢駅周辺の再開発と共に線路の地下化が行われ、世田谷代田~東北沢の間の踏切がなくなりました。

区内では運行本数の多い田園都市線(新玉川線)と小田急線が地下化や高架化で踏切がなくなったので、残りは京王線となるのですが、議論上は高架化も進められつつも、なかなかその計画が前進していかないようです。

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さて、この「野川とロマンスカー」という項目なのですが、以前なら川辺を散歩していると、「あっ、ロマンスカーだ!」と一際目立つ赤い車体の列車を目にすることができたようなのですが、現在では1994年の喜多見電車基地の設置や1997年の喜多見駅高架化に伴い線路の景観が変わってしまい、列車が見えなくなってしまいました。

手前に見える高架橋が車両基地への引き込み線で、それが邪魔をしていて本線の方が見えない状態です。これでは駄目だと諦めかけたのですが、反対側ならどうだろう、もしかしたら・・・と思いつきました。そして線路の向こう側に回ってみたものの、喜多見駅高架化の影響で線路が高い位置にあり、車両がほとんど見えない状態でした。

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ただ、こちら側は野川緑道としてきれいに川沿いが整備されてます。遊歩道沿いには桜が植えられて、桜の時期にはとても気持ちのいい遊歩道になります。それに川には鯉や鮒が泳いでいて、川辺に降りての散歩も良さそうです。そしてすぐ横に車両基地があるのですが、そこの屋上部分は「きたみふれあい広場」という公園と整備されていました。

車両基地の上が公園になっているというのも珍しいことではないでしょうか。もしかしたら車両基地の上の公園からなら列車が見えるのではと期待して訪れたものの、ここからではちょっと遠いし、木も邪魔でうまく見えませんでした。やはりこの項目は過去の風景となってしまったようです。

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実際昔はどうだったのでしょうか。成城といえば撮影の町。不動橋と富士見橋の項でも書きましたが、この小田急線の切り通し部分もウルトラマンシリーズによく登場しています。それを見ると切り通しを過ぎると喜多見不動のところに踏切があり、この辺はちょっとうっそうとした感じがあるので怪獣が登場する場面に使われていました。そしてそのまま下り、今よりもずっと低い位置に掛けられていた橋で野川を越えていました。背景には崖線の緑もあり、野川の緑もあり、そしてロマンスカーの赤い車体がよく映えていたわけです。

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そういえばまだ赤いロマンスカーって走っているのだろうか?最近見かけないような・・・。普段小田急線を使うことがないので疑問に感じて小田急線のHPで調べてみると、一応走っているようですが、選定当時とは若干デザインなどが違うようですね。それに今では赤いロマンスカーは少数で、青だったり白だったりと多彩な種類の車両が走っているようです。これもまた技術の進歩などによる時代の流れなのでしょう。

ちなみに選定当時の車両は小田原の北の方にある開成駅近くの公園で展示保存されているようです。また小田急のホームページでもバーチャル鉄道博物館として歴代の車両を展示してあります。

<せたがや百景 No.58 野川と小田急ロマンスカー 2008年5月初稿 - 2015年10月改訂>