第3章 ユーラシア大陸横断
#3-5 中国の床屋
2000年1月~2月
旅初めの地は香港。香港やその隣の深圳で体験したことを旅行記風に書いています。(*第3章は現在制作中)
9、中国領となった香港
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
旅立ちの前は不安で押しつぶされそうになり、出国するする際もとても感情が高ぶっていたのだが、香港に到着すると、いや、正確には飛行機に乗ってしまってからは、もう引き返せないといった諦めの境地からか、気持ちが落ち着いてきた。そして香港に到着するころには、内からこみ上げてくるやる気や旅への情熱で燃え上がっていた。
元々やりたくて決意した旅。覚悟が決まれば、気持ちが前向きになるのは当然の流れというやつだろう。
香港に到着した翌朝は、「安宿が集う重慶マンションの入り口に10時」といった原始的な方法で待ち合わせをし、深圳大学に通っている高校時代の友人と再会した。
と、当たり前のように書くのだが、この時代は携帯電話が一般的ではない時代。しかもここは日本ではなく、外国の地。そして人の出入りの激しく、落ち着かない場所。言葉で簡単に書けないほど難易度の高いミッションだった。
なので、ちゃんと会えるだろうか・・・。待ちぼうけを食らったらどうしよう・・・。と、待ちながら不安なことこの上なかった。
ただ、会えなかったら旅が終わってしまう。というわけではない。もし会えなかったとしても、ビザの手続きや宿泊場所などに困るけど、それは本来であれば一人でやるべきこと。開き直って何とかすればいい。もともとそういった趣旨の旅だ。そう割り切って考えていたので、友人が時間に20分ほど遅れてやってきても、そこまで泣きそうな思いはしなかった。
でも、会えないかも・・・。と、不安になりながら待ち、やっと会った時のホッとした気持ちは、日本で体験する以上だったし、友人に会えた感動も何倍にもなったのは確かだった。これも海外旅行ならではの体験かもしれない。
というより、携帯電話がなった時代の待ち合わせは、会えて当たり前となっている現在以上にドラマスティックで、約束をした人の顔を見たときのうれしさは大きかったものだ。便利さとともに世の中が淡白になっていく一因のように思える。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
友人と再会すると、友人が普段使っている顔なじみの旅行代理店を訪れ、次の訪問国のベトナムのビザや中国のビザの申請を行った。
中国語を流ちょうに話せる友人が通訳してくれるので、ややこしい申請書を書くのも楽チン。日本で行う以上に手続きが楽だった。旅初めの地を香港にしたのは、やっぱり間違いではなかった。本当に頼りになる。
しかしながら、全てが思い通りとはいかず、中国のビザは最近制度が変わったとかで、今回の旅のために新しく作った真っ新なパスポートでは、何度も出入国することができるマルチタイプのビザの申請ができなかった。
友人が暮らしているのは、中国領の深圳。香港と行き来するには、返還前と同様にビザが必要になる。このビザを利用して香港との間を何度か行き来しようと考えていたので、この部分はちょっと予定を変更しなければならない。
でもまあ、それは誤差のうち。「友人に再会」「ベトナムのビザを取得」という香港での重要な2つのタスクを無事に達成できたので、ほっと一安心。幸先の良い旅のスタートを切ることができた。
ここ香港へは飛行機で世界一周を行った1997年2月に訪れている。なので、3年ぶり2度目の訪問となる。普通なら3年程度ではそうそう変化は感じないものだが、この3年の間に歴史的な出来事が起き、なんと前回の訪問時と今回とでは所属国が違っていたりする。
そう、前回の訪問時は、まだイギリス領香港だった。1997年7月にイギリスから中国に返還されたので、現在では中国領香港に変わっている。天と地がひっくり返るような変化になるのだが、いきなり何でもかんでも変わるのではなく、一国二制度を行っていくということで、今のところは大きな社会的な変更はないようだ。
でも、実際はどうなのだろう。返還直前に訪れたときには、行政などの制度的には変わらなくても、表現の自由がなくなる。香港映画が衰退する。などと、テレビなどで大騒ぎをしていたのが、印象に残っている。
最近見たニュースでは、実際に返還されてみると、香港はイギリス領であったことに価値があったことを再認識しているような論調が目立つ。
なんでも中国との橋渡し的な役割を担うことで、経済や政治的にその存在価値があったのが、中国領になってしまうと香港を中継するメリットが減少し、経済が停滞し始めているとか何とか。特別な立ち位置から数多くある中国の一都市になり下がりつつあるといったところだろうか。
ベトナムのビザ取得には日数がかかるので、今回の滞在では古き良き香港の面影が残る下町を積極的に訪れてみたのだが、私的には香港を観光していて、イギリス領だった時との違いは感じなかった。
しかし、前回お世話になったゲストハウスのおばさんなどは、今は大きな変更はないものの、先行きの不安を感じると言っていたし、友人に聞いても、ビザの制度もそうだが、ちょくちょく細かい変更があってやりにくくなったり、香港に中国人が増えてトラブルが多くなったとか言っていた。
どうやら表面的には変化がなく、平穏に見えるようだが、深い部分では着実に中国化が進んでいるような感じだ。まあ香港らしさが失われなければ、それでいいのかな・・・などと、無責任な立場の観光客としては思ってしまう。
10、深圳の床屋
香港に隣接するように深圳(中国語:シェンチェン)の町がある。友人はここで暮らし、深圳大学に通っている。
深圳大学といえば国際的に評価の高い大学として知られている。特にIT関連での評価が高い。とても秀才の友人を持っているといったイメージを持つかもしれないが、友人が入学した1990年代前半は、そんなに評価は高くなかった。何せ私と同じ高校に通い、同じような成績だったのだから・・・。
よく、10年前にアマゾンやアップルの株を買っておけば何百倍にもなった・・・といった夢のある話を聞くと思う。大学に関してもそういったことが起こってしまうから、世の中は面白い。というより、友人は先見の目があったというか、素晴らしい自己投資をしたということになるだろう。
さて、深圳は日本語では「シンセン」と読むが、「圳」の字は、JIS第1第2水準漢字ではないので、変換や印刷の都合上、「深セン」と表記しているものも多い。
深圳といえば、中国の4大都市に数えられ、ハイテクの町とか、IT最先端の町して知られているだろうか。短期間で爆発的に発展を遂げた都市としても有名だ。
深圳の発展は、1980年に経済特区に指定されたことに始まる。深圳の他には、マカオに隣接する珠海、華僑の多い汕頭、台湾の対岸に位置する廈門の3つが指定され、1988年に海南島も加わった。全部で5つの経済特区が近年の中国の発展を支えたのだが、その中で一番成功したのが深圳となる。
1997年に香港を訪問したときに深圳も訪れているので、ここも3年ぶりの訪問になる。前回訪れたときは、香港との国境や深圳駅前といった町を代表する場所でも、建設中の建物が目立つ状態で、造りかけや造りたてのビルが並んでいる様子は、何か張りぼての町といった印象を受けた。
3年ぶりに訪れてみても、相変わらず建設中の建物が多い。というより、更に工事中の建物が増え、大規模な道路工事もあちこちで行われていた。発展段階という印象は変わらないが、時間が経った分だけビルが増えているし、町もきれいになっているので、町全体にとても勢いを感じる。いずれ地下鉄などもできるということなので、今後が楽しみだ。
ただ、表通りはきれいなビルが多く、新しい町といった印象が強いが、少し路地の中に入ると、そこはいかにも昔ながらの中国といった風景が広がっていた。新旧の町が混在している様子は、昔の日本のよう。まるで日本の高度経済成長期を見ているかのようで、散策していると共感できるような風景が多かった。
ここ深圳では友人が暮らすマンションにしばらく滞在した。日本語が通じ、日本文化のある環境での滞在なので、中国でホームステイをしたと胸を張って言うことはできないが、中国で暮らすということを少し意識でき、これはこれで面白い体験だった。
印象的だったのが、見た目が日本人も中国人もあまり変わりがないので、中東やヨーロッパなどに滞在しているときのように、町を歩いていても外国人だと注目されないこと。また、店に入ると、当たり前のように中国語でしゃべりかけられてしまう事も多く、外国なんだけど、外国じゃないような・・・。ちょっと不思議な感覚がする滞在だった。
この友人宅に滞在中、雨や曇りが多かった。この日も曇り空。友人と町を散歩し、遅い昼食を食べていると、パラパラと雨が降り出してきた。日本を離れてからずっと曇りがちで天気が悪いと思っていたけど、とうとう雨に降られてしまった。
この後は港がある蛇口周辺を散歩しようと予定を立てていたけど、どうしても今日行かなくてもいいことだし・・・。予定を変更して家に帰る事にした。
(*イラスト:kotoneさん 【イラストAC】)
途中で夕食の食材などを買い、友人のマンション近くまで戻ったとき、散髪屋の看板が目に入った。暇だし、大分髪も伸びていることだし、海外の散髪屋にも興味あるし、と入ってみる事にした。何より店前の看板に散髪が5元で、洗髪15元と合わせても20元(240円ぐらい)と格安なのがいい。
でも、散髪より洗髪の方が高いのがちょっと不思議なところ。友人に髪を切り始めるまでいてもらい、どのくらい切るとかを説明してもらおうかと思ったのだが、店に入ることなく、「先に帰ってるよ」と、そそくさと立ち去ってしまった。
滞在中、これでもかというぐらい親切に世話を焼いてくれていたのに、今回はなんか様子が変だ。いや、友人も疲れがたまっているのかもしれない。まあいいか。いざとなれば筆談で何とかなるだろう。
(*イラスト:ありなか本舗さん 【イラストAC】)
一人で店内に入ると、店内には3つの散髪用の座席があり、子供と老人が散髪中だった。店員は私に気が付くと、待合椅子を指した。
異国の散髪屋。初デビューというわけではないが、色々と興味深い。待合椅子に腰掛けながら店内を見渡すと、なんか女の人が異様に多い。髪を切っている従業員の他にも客の連れ、単に知り合い・・・なのかよくわからないけど、色っぽいお姉さんが2人フラフラと店内にいた。
落ち着かない様子で店内を観察している私を見て、暇そうな女性の一人が散髪待ちの私の横に座ってきた。ん、やっぱり従業員なのか。いや、それなら散髪してくれるよな・・・。
よくわからないけど、私に話しかけてきたところをみると、もしかして私って中国ではモテるとか。実は中国人のほうが男を見る目があるとか・・・。と、勘違い気味に思ってしまう。
(*イラスト:たまご商店さん 【イラストAC】)
話しかけられても中国語を話せるわけではない。でも大丈夫。日本人なので漢字は分かる。ここは筆談だ。と、鞄からノートを取り出し、筆談で会話を始めてみた。
これが意外と面白く、盛り上がる。相手も外国人ということで、楽しそう。メイドインジャパンのブランド力ってか?
調子に乗って筆談を続けていると、マッサージはどうだとか、按摩をしないかといった話になっていた。なんだ。マッサージ師のお姉さんなのか。
そう思いつつ、体は凝っていないから大丈夫。散髪だけしに来たんだ。などと筆談を重ねていくと、もっと直球的に性的なサービスの話になってしまった。な、な、なんと彼女はマッサージ師はマッサージ師でも、あっち系のマッサージ師だったのだ。
(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】)
えっ、なんで普通の散髪屋に彼女が待機しているの。しかも自然な感じで・・・。意表を突いた展開に戸惑うのだが、ふと思い出した。そういえば・・・、今まで読んだ紀行本の中に中国の散髪屋は売春宿も兼ねているとか書いてあったような・・・。そうか。それだ。
そして理解した。理髪店のことを床屋ともいうよな。宿屋ならともかく、散髪がなぜ床屋と言われるのか疑問だったが、謎が解けたぞ。凄い発見をしたとばかりにこの時の私は大きく頷くのだが、日本に帰って調べたら、売春などとは関係ない事柄から床屋と名がついていてガッカリするのだった・・・。
でも、床から性的な事を連想するからと、「床屋」が放送禁止用語になっているのは、中国の床屋文化と関係あるはず。なにはともあれ、私がいきなり色っぽいお姉さんにモテた理由を理解した。
(*イラスト:こうまるさん 【イラストAC】)
散髪の方は、当然というか、普通に行われた。ただ、洗髪は奥の個室に連れていかれ、室内に洗髪をするお姉さんと二人っきり。しかもリクライニングを思いっきり倒され、仰向けに寝るような体勢で行われたので、かなりドキドキした。が、期待と不安をよそに何事もなく終わった。
ただ、洗髪の方が高いだけあり、洗髪後はそのまましっかりと頭皮のマッサージをしてくれた。これはなかなか気持ちがよかった。本格的な?マッサージをする場合もここで行われるのだろうか・・・。
無事に散髪を終えると、一目散に友人宅に戻り、今起きた体験を興奮気味に話すと、知っていたから一人で行かせてみたんだよ。と、ニタニタと笑っていた。う~ん、まんまと友人にはめられてしまった。でも、面白い体験ができたからいいか。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
友人が言うには、場所によっては床屋がずらっと並んでいて、売春街みたいになっているとか。高級サロンに行くと、高級なサービスが受けられる・・・場合もあるとか。色々あるようだ。(*2005年に美容美髪業管理暫行弁法が施行され、今では健全になったとか)
意地悪く、友人にどこで髪切っているの?と聞くと、このへんでは絶対に切らないとのこと。技術的に問題があるし、いかがわしい店も多いので、トラブルになるのが怖いとか。香港に行った時に馴染みの店で切ってもらっているのだとか。
何と神経質な。たかが散髪で・・・。と言ってみると、こっちに暮らしている学生、そして駐在員の人のほとんどの人は、安全を第一に考えるので、身バレして強盗などに遭わないことを含めて、こういった場所で散髪しないんだとか。
歯医者などの病院関係に関しても余程のことが起きない限り、こっちでは行かないとか。その為にも日々健康に気を使い、しっかりと歯を磨き、休暇中に日本に戻った時に歯医者で診てもらったりするそうだ。当然というか、気軽に海外を旅する人間と違い、海外で生活するということは色々と苦労も多いようだ。
他の日に町を歩いていると、ショッピングセンターの前の屋外で青空散髪屋が行われていた。これもまた凄い。こっちの方が健全で、中国らしく感じる。というか、こっちで散髪をしたかった・・・。床屋といえどもやっぱり世界中の文化は色々あって面白いんだな。
なぜ歯医者日記なのに、散髪屋のことを長々と書いたのか。今回の旅をするにあたって、せっかく多くの国を旅するのだから、何か文化を比較する様なことをしたいな。できれば私らしいことで・・・。という思いが強かった。
普通の人は放浪のような長旅とか、ユーラシア大陸横断と聞くと、それだけで凄いと思うだろう。しかし学生時代にバックパックを背負って旅してみると、こういったことを試みる人はごく少数というわけではなかった。それなりにいるのだ。しかも個性的で凄い旅人が多くいて、それぞれが自分のテーマやこだわりを持って旅をしていた。
自転車で旅する人、写真にこだわって旅する人、釣りや食にこだわる人、本当に様々。そしてそういった旅行者はとても魅力的だった。当たり前のように旅をしていては、せっかくのユーラシア大陸横断旅行がありきたりで個性のないものになってしまいかねない。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
自分の旅を魅力的なものにするためにも、他の人とは違ったことをしたい・・・。できれば私にしかできないことがいい。何かないだろうか・・・。そう思うものの、なかなかその具体的なアイデアが思い浮かばない。
その時に頭に思い浮かんだのが、何年も通っている歯医者。今までの歯医者での診療体験を活かして、各国で歯医者に行ったら面白いだろうな・・・。痛いかもしれないけど、私らしくていい。他の人には真似のできない凄い冒険譚になりそうだ。
そう思い付くものの、それはあまり現実的ではない。わざわざ歯医者に行く理由がないからだ。他に何かないだろうか・・・。趣味のバイクで旅したいが、これは手続きが大変。
他には・・・。一生懸命考えるものの思い付かない。これが出発前に不安な心境になっていた理由の一つになる。で、結局、普通に旅行記を書きながら写真にこだわって旅をするか・・・となっていた。
(*イラスト:ちょこぴよさん 【イラストAC】)
しかし、この散髪体験で閃いた。散髪だったら、少々失敗しても笑って済むし、面白いかも。そうだ。訪れる国で散髪に行き、それをレポートしてみよう。各国で散髪に行きながら旅をした人はそうそういないだろう。
今まで喉に引っかかっていた小骨が取れ、旅の行動目的が増えた。そして少しすっきりとした心境で友人に別れを告げ、次の訪問国ベトナムに向かって旅立った。
第3章 ユーラシア大陸横断
#3-5 中国の床屋 #3-6 ベトナムでのホームステイ につづく