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せたがや百景 No.78

多摩川沿いの松林

黒松の林は多摩川の堤に伸びる代表的な風景だったが、今はもうこのあたりを残すのみとなった。川風に吹かれる松籟が風流人たちを川辺に誘い、川魚の料亭が軒を連ねていたという。現在も料亭が一軒残っており、松林とともに当時の面影をとどめる。(せたがや百景公式紹介文の引用)

・場所 : 玉川1ー1付近
・備考 : 堤防工事や再開発によって風景が変ってしまいました。

*** 多摩川沿いの松林の写真 ***

* 再開発や堤防工事前の風景 *

多摩川沿いの松林の写真
駅の北側の河川敷

昔は野っぱらみたいな感じでした

多摩川沿いの松林の写真
玉川一丁目河川広場

河川敷沿いの松のあった公園です。

多摩川沿いの松林の写真
河川敷から見た松林

それなりに存在感がありました。

多摩川沿いの松林の写真
松林の中の道

松林の中といった雰囲気がありました。

多摩川沿いの松林の写真
上野毛側から見た松林

松林の中に飲食店がありました。

多摩川沿いの松林の写真
松林付近の河川敷

正面が二子玉川の駅です。

多摩川沿いの写真
二子の渡し跡の石柱

 

多摩川沿いの写真
料亭の名残り

駅近くの川沿いにありましたが、営業しているかは不明。

* 二子玉川の再開発と松林 2009年春 *

多摩川沿いの写真
工事中の様子

河川敷と駅前の再開発とが同時に行われました。

多摩川沿いの写真
平らになった河川敷と松林

めっきりと風景が変わってしまいました。

多摩川沿いの写真
松林と建設中のビル

* 二子玉川の再開発と松林 2009年秋~冬 *

多摩川沿いの写真
ビルの完成と松林

これからはこれが標準的な松林の絵になりそうです。

多摩川沿いの写真
夜の松林とRISEビル

ちょうどライトアップされていたので

* 更なる堤防工事 2010年 *

多摩川沿いの写真
大規模な堤防工事中

高い堤防が川べりにできそうですね。

多摩川沿いの写真
伐採を待つ松林

今後は松林じゃなくなりそうな感じです。

* その後 2014年 *

多摩川沿いの写真
6本松

背の高い松が6本並べて植えられていました。

多摩川沿いの写真
かつての松林付近

松がほとんどなくなっていました。

*** 関連の写真 (狛江の多摩川五本松) ***

多摩川沿いの写真
多摩川五本松

公園となっています。

多摩川沿いの写真
多摩川と五本松

映画や特撮によく使われています。

* 多摩川沿いの松林について *

二子玉川駅から多摩川の川べりを河口に向かって南下していくと、松林がある一角がありました。残念ながら2009年頃から河川敷の工事が行われ、まずは河川敷が埋め立てられた事で松林が河川敷の一部となり、2010年頃からの工事で多くの松は伐採され、河川敷には高い堤防ができてしまいました。

まだ工事は終わっていないので、今後どうなるのかよく分かりませんが、現時点では松林としての昔の面影を感じるのは難しい状態です。ただ駅近くの川沿いには背の高い松が6本並べて植えてありました。松林から移植したものなのでしょうか。その辺の事情は分かりませんが、今後二子玉川の6本松として松林の名残を伝えていく存在になりそうな感じです。

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かつて、といっても再開発が行われる以前に松林があったのは、駅から多摩堤通りを南に向かい、ちょうど土手の上の桜がトンネルになっている付近の川沿いです。土手から河川敷まで松を中心に多くの木があったので、この一画だけ見事な松林状態になっていました。

実際に松林の中を歩くと、どこか田舎の海岸にいる気分・・・というのは大袈裟ですが、世田谷区ではないような違和感を感じるのは確かでした。土手の内側という分かりにくい場所にあるので、穴場的な雰囲気だったのも良かったです。

松林の中にお洒落なレストランもあり、都会にあって松林の中でランチをいただくというのはいい気分転換になったかもしれません。そういう意味では世田谷区の中でも数少ない憩いの場所でしたが、現在ではレストランはあるものの、特記すべき風景ではなくなっています。

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この松林以外にももっと駅に近いところに玉川一丁目河川広場があり、ここでも松を見ることができました。この広場は今はなくなってしまったものの、たぶんその名残だと思うのですが、松が少し並んでいる場所があります。その他、大きな敷地を持つ個人のお宅にも松が植えられていて、今ではそういったお宅の松が唯一松林の名残となっています。

また世田谷区ではありませんが、隣町である狛江市にある多摩川五本松も東京新百景に選ばれるほど独特の景観を創っています。ここは公園となっていて美しい風景を保っています。ウルトラマンなどの特撮などによく登場していますが、かつて時代劇の撮影が行われたりしたそうです。さすがに今ではよほど背景の処理をうまくしないと厳しそうですね。

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現在の感覚で言うと松林というのは珍しい風景なのですが、百景の紹介にも書かれていますが、かつては多摩川沿いには松林が続いていて、松のある川辺の風景が普通だったようです。きっと近代的な堤防工事を施したときに取り除かれたり、桜並木に植え換えられたりしたのでしょう。松林が必ずなければならないといった悪条件の場所ではないのですから。

そして、かつて二子玉川付近の川辺には松林とともに多くの料亭も並んでいました。江戸時代に主要道路である大山道は行善寺前の坂を下り、二子玉川駅の南で多摩川にぶつかり、この松林付近から二子の渡しが対岸に出ていたのです。そういった交通の要所であると同時に、多摩川は水が清く景色のいいために江戸の人々の格好の行楽地でもありました。

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特に時代が変り、電車が開通した明治後半から昭和初期にかけては、この松林付近を含めて野毛の辺りまで松林の中に多くの料亭が並び、川には屋形船が浮かび、また遊郭などもあって、世田谷随一の歓楽街を形成していました。一番賑わったのは鮎漁の季節で、料亭や屋形船でとれたての鮎を食べて楽しんだみたいです。

歓楽街といえば芸者遊びに欠かせない三味線が多く必要でした。三味線はご存知の通り猫の皮を張ってつくる弦楽器です。多くの猫が三味線の材料となるために殺され、その霊を祀った猫塚が行善寺に残っています。それと歓楽街とくれば性病というのもあるわけで、それはもう一つの大山道沿い瀬田玉川神社や慈願寺付近に瘡守稲荷神社があり、伝染病の広がりや病気平癒の願いを込めて造られたそうです。そういった料亭の面影も松林もほぼ失われてしまいました。

<せたがや百景 No.78 多摩川沿いの松林 2008年6月初稿 - 2015年10月改訂>