世田谷散策記 せたがや風景資産のバーナー
緑の小道の案内板の写真

せたがや地域風景資産 No.2-9

若林3丁目緑の小道

かつての用水が暗渠になってできた300m程の小道は、長年にわたる住民参加のもとで遊歩道として整備されたものです。 花とみどりが豊かで車を気にせずゆっくりと歩ける道として親しまれています。(紹介文の引用)

・場所 : 若林3丁目の世田谷通りから若林駅に向けて(世田谷通りに案内板あり)
・登録団体など : 若林街づくり協議会(若林街づくり研究会)
・備考 : ーーー

*** 若林3丁目緑の小道の写真 ***

緑の小道の写真
世田谷通り沿いにある看板

何気に立派な看板が設置されています。

緑の小道の写真
世田谷通りから眺める

この付近は圧迫感がなくいい感じです。

緑の小道の写真
小道の様子

この付近はとても狭いです。

緑の小道の写真
小道の様子

さりげなく脇に花壇が設置されています。

緑の小道の写真
小道にある桜

季節を象徴する植物があると散策が楽しくなります。

* 若林3丁目緑の小道について *

世田谷通りと環七が交わる部分に架けられている橋は常盤陸橋といいます。これは世田谷に古くから伝わる常盤伝説、或いは鷺草伝説にちなんで名付けられたもので、せたがや百景にも選定されている常盤塚が世田谷通りからほんの少し入った上馬に残っています。

その常盤塚から少し西に進んだ交差点付近にはかつて常盤橋が架けられていたそうです。といっても大きな川ではなく水路のようなものに架けられていた橋で、関所的な役割をしていたのではないかと言われています。その橋は現在駒留八幡の常盤弁財天の近くに置いてあるものだと思いますが、確証はありません。

その交差点付近にさりげなく緑の小道という看板があり、小さな緑道の様な小道が続いています。この道はかつて水路だったものを埋めたものなので、常盤橋が架かっていた水路となるのでしょうか。そうなら色々と面白く感じるのですが、どうなのでしょう。ちなみにここから一ブロック先のマンションが建っている場所に北原白秋が成城に住む前に暮らしていたそうです。

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緑の小道は若林三・四丁目地区に暮らす人々によって結成された「若林街づくり協議会」の提案を受けて区が整備したものです。地域風景資産にもいくつか水路を埋めて作られた小道や緑道が登録されていますが、この小道は他のものとはちょっと形成理由が異質で、部外者の視点からするとなかなか興味深いものです。

この小道がある若林三・四丁目地区は耕地整理が行わていなく、かつての農道の名残で細く曲がりくねった道や袋小路が多く、生活をする上で不便極まりといった地域です。ごみ収集車が入れない場所では区の軽トラックにゴミを載せ、少し広くなった場所で収集車に積み替えたり、タクシーを呼んでも家の前まで来てもらえないなどと極端に道路事情が悪いのです。なんでもカーナビゲーションの正確さを検証するための実車走行の場としてこの地区を含めた若林が選ばれているとかなんとか。笑ってはいけないのでしょうが、笑ってしまう話です。

こういったことは手間と工夫でまあ何とかなるとしても、救急車が入る事のできない場所では徒歩で患者のいる場所に向かわなければなりません。救急車に戻って来るまでに15分以上かかることもあったりと、ここで暮らす人には切実な問題となる場合もありました。それを少しでも解消させようとして整備されたのが、この「緑の小道」なのです。

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緑の小道は、緊急時に防災の避難路として、また場所によっては緊急時に救急車や消防車等の緊急車両が通行できる事を第一目的に整備されました。また防災の避難路としてだけではなく、地域の顔が見えるコミュニティづくりの場としても利用されています。世田谷区と「公園管理協定」を結び、維持・管理・運営は「若林街づくり協議会」の方々が中心となって行っていて、2週間に一度の清掃・見回りの他、花や樹木の手入れや草抜き等を行っています。

やはり緑が多く、花などが咲いている小道は歩いていて気持ちいいものですし、地域のコミュニケーションや絆が深まれば、道路事情の不便さをそういったもので補うことができる場合もあります。いくら立派な防災機能があっても地域で助け合える環境がなければ意味を成さないものとなりかねません。色んな意味でこの小道は地域の大事な役割を果たしていて、若林地区の地域住民運動の象徴的な存在となるようです。

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もちろん、この小道ができたぐらいで問題が解消するほど道路事情の悪さは簡単な問題ではありません。道路を広げるには土地が必要となってくるわけだし、仮に道路を広げられることができたとしても抜け道として通過車両が増えるだけなら、また安全面や公害などの別の問題が生じてきます。

そういったことを協議し続けているのが「若林街づくり協議会」で、住民に不満点などのアンケートをとって、どのようにすれば地区の防災などが向上するのかなどといった事を協議した上で計画案を練り、区長へ若林地区の防災性の向上と住環境の整備のための街づくりルールの取り決めをしてほしいといった要望書を提出しています。そして行政側の理解を得て、実際に行われたことの一例が緑の小道です。

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そしてもっと大きな意味で、根本的な街づくりの方針として「若林3・4丁目地区防災街区整備地区計画」の指定を区から受けています。このことにより新しく建築物を建築する際には建築基準法第67条の2の規定により幾つかの制限を受けることになります。

また区役所に近い立地条件もあり、隣の世田谷四丁目なども「世田谷区役所周辺地区防災街区整備地区計画」として指定されていましたが、平成20年には現在の制限のままでは、国士舘大学一帯広域避難場所が周辺で大火が起きた場合に、輻射熱の影響(火災の熱でサウナのような状態になってしまう)を受けやすくなるということから、広域避難場所外周120mの区域内において「特定防災街区整備地区」の指定を行うとともに「防災街区整備地区計画」の変更が行われました。ちょっとわかりにくいですが、更に一段と防災機能の確保・強化が行われ、新築の建物建設に制限が増えました。

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その他、「若林街づくり協議会」では災害時の「いざ」という時、お互いに助け合える環境づくりを行うため、花や緑をテーマとした講習会「花の会」を毎年春と秋に開催していたり、地震等の災害に強い街づくり、建物づくりについての学習やイベントを開催していたり、地区内に移り住んで来る方々や建築、不動産関係の業者の方々に、「若林3・4丁目地区防災街区整備地区計画」が施行されていることを知らせる看板を地区内に設置したりと活動を行っています。

また、街づくり協議会の定例会には、世田谷総合支所街づくり課の担当者に出席してもらい、地区内での建築動向や公道・広場などの使われ方などについて意見交換を随時行っていたりします。そして「こうして生まれた!緑の小道 ~若林街づくり協議会のあゆみ~」という街づくりへの取り組みをまとめた本も出版していたりと様々な活動を行っています。

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不便さは地域の絆を深める。これは私自身、世界を旅して感じたことです。不便だからこそお互いが協力して生きていこう。厳しい自然の中で生きていくためにみんなで協力しよう。そういった地域の絆を見ていると、人々の共同生活が美しく感じます。この場合も不便さから地域のまとまりが生まれ、活動にも真剣さがひしひしと伝わり、他の地域よりも推進力があるように感じます。

ただ東京の場合だと道が少々悪くても車を使う必要がなかったりと根本的に生活自体が便利なので、自分ひとりで生きていけるといった勘違いをしてしまいやすい環境にあります。特に日常的に不便しない、不便したことのない若い世代はその傾向が強いです。また多くの人が暮らしているので、多種多様な考え方もあり、なかなか活動に理解を示してくれない人もいるかと思います。そういった人たちが積極的に協力してくれればといったことも同時に感じているのではないかと思います。

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実際問題、こういった事は自分自身の身に降りかかってこないとなかなか重い腰が上がらないものです。切羽詰った状況に追い込まれるような経験をしない限り、自分の時間を削ってまでして積極的に地域に協力しにくいものです。それが都会で育った人間の標準的な考え方です。

でも自分が困ったときに地域の人に助けられて、地域の人々のありがたみを初めて感じることとなります。だからこういった活動の継続は他の地域からしてみればうらやましくも感じます。いざというときのための包容力。そういった表現が適切でしょうか。いくら道が整備され、防災機能も万全な状態であっても、助け合うといった環境がなくて助からなかったということも現在の世の中では多々あることです。不便さを逆に利点として頑張って活動してほしいものです。

<せたがや地域風景資産 No.2-9、若林3丁目緑の小道 2011年7月初稿 - 2015年10月改訂>