八朔の朝の尾道にゃんこ 後編
(2023年9月)八朔の朝の尾道の散策と、出会ったニャンコたちのスケッチです。(*全2ページ)
§4、商店街のにゃんこたち
海岸を離れると、まずは飲み屋街に向かった。歩いていると、塀の上のにゃんこが、チワワを見つけ、興味津々に眺めてくる。
このにゃんこは、「なんだ。チワワか。」と納得すると、私の方を見つめてきた。
何かくれといった表情だろうか。チワワよりも私を飼ってください。といったアピールにも感じたりする。いずれにせよ、このにゃんこは整った顔立ちをしていて、どこか知的な雰囲気を感じる。
今度はタイヤに挟まるように寝ているにゃんこを発見。こういう場面を見ると、ドキッとする。くれぐれも車にひかれないようにね。と、願わずにはいられない。
いつもよく停めている駐車場付近に行き、そこを縄張りにしている猫に会いに行くと、だるそうに地面で寝ていた。元気なさそうだな。夏バテだろうか。ちょっと心配。
さらに進んでいくと、柱を引っ掻いているにゃんこに、自転車のカゴの中で寝ているにゃんこなどと出会った。
今日は比較的よく猫と出会う。八朔という特別な日だからか・・・。って、日曜日なので、いつもより町が静かだからだろう
ゴールデンウィークに来た時には、溝の中に金魚がいて、それを猫が捕ろうと四苦八苦していた。
さすがに狭い溝の中では、この夏の異常な猛暑は乗り越えることはできなかっただろう。でも、気になる・・・。と、その溝を訪れてみるのだが、溝を覗き込んで、びっくり。まだいた。しかもでかくなっている。凄い生命力だな。
覗き込むようにのぞいていると、金魚が集まってきた。餌をくれると思ってやって来たようだ。まるで池の鯉みたい・・・。
日中はかなり水温が上がりそうだし、雨が降れば汚い水が流れてくるだろうし・・・。どうして生きていられるんだ。こんなところで・・・。
すぐ近くに井戸があるし、隣も醸造所だし、きれいな地下水を汲み上げ、その残りがここに流れているのだろうか。そうでもないと、こんな場所で生きていられるはずがないよな。というより、ちゃんとした場所で飼育してあげてほしい。
すぐそばの水神社にもいってみた。ここには大好きな猫がいたのだが、ゴールデンウィークに訪れたら、猫がいないどころか、今まで置いてあった猫用の餌や水の入れ物がなくなっていた。もぬけの殻といった状態で、猫の生活臭も感じなく、愕然としてしまった。
もしかしたら猫が戻って来ていたりして・・・。などと淡い期待を込めて訪れてみたものの、今日もやはり猫はいなく、猫用の水なども置いていなかった。もはや猫の気配がない。好きな猫が突然いなくなるというのは、どうしたんだろう・・・という不安で、胸が締め付けられるように痛む。
路地の奥ににゃんこがいたので、チワワを抱っこして路地を入っていった。こうすればほとんどの猫はチワワの存在に気が付かない。
が、知らないおじさんも嫌みたいで、近くまで行くと、隅っこに隠れてしまった。せっかくなので、チワワを地面に下してみる。
チワワが突然現れたと、啞然・・・とはならなく、ただじっと見つめているだけ。そんなにいやそうではない。とても冷静なにゃんこだ。というより、チワワよりも私の存在の方が嫌なのか・・・。
今日は路地のにゃんこに縁があるようで、路地を覗くとよく猫がいる。チワワを連れているので、興味津々といった感じで、こっちを凝視してくる。その様子はなかなか可愛らしい。
アーケードのある本通り商店街を進んでいった。2匹の猫がいるギャラリーの前を通りがかると、猫たちが外へ出たそうにガラスの前に座っていた。
ガラス越しの猫からは凄い圧力を感じる。その眼光から、あっちへ行けといった圧を感じ、我々が歓迎されていないことがひしひしと伝わってくる。
2匹の猫に凄く睨まれ、目を合わせないようにするチワワ。完全に知らないふりを決め込んでいる。
家で粗相をし、「これ、あんたがやったおしっこでしょ。」と怒った時と同じよう。チワワあるある。いや、ワンコあるあるといった仕草ではないだろうか。
商店街と荒神堂通りの交差点のところにある八百屋に行くと、ここで面倒を見ているにゃんこが、いつも通りといった感じでコンテナの上で寝ていた。
私とチワワに気が付くと、一旦は顔を上げるものの、「なんだ、チワワとおっさんか~」と、すぐに目を閉じてしまった。これもいつも通りの対応だ。
荒神堂通りにここで面倒を見ているもう一匹のにゃんこがいた。このにゃんこはいつ見てもボサボサ。冬になると、特にひどい。
このへんは犬の散歩も多いので、チワワを見ても驚いたりはしないが、やっぱり気になるようで、チワワを凝視していた。
やっと仲間がいた・・・。商店街では猫に凄い睨まれて怖かったよ・・・。尾道は猫の町。チワワにとっては完全アウェイ。今日の散策では出会う猫が多く、アウェイの洗礼を受けまくってしまった。
§5、山沿いへ
軽く崖の方へも行ってみるかと、チワワとともに千光寺通りから崖を登っていった。
階段を登っていくと、尾道出身の林芙美子女史の代表作、放浪記の大きな文学碑が置いてある東土堂ポケットパークに到着。
この東土堂ポケットパークには、以前は多くの猫の姿があったけど、最近は通りがかっても猫の姿を見ることがない。今日も水などは置いてあるものの、猫も人もいなく、ガランとした状態だった。
東土堂ポケットパークの少し上の階段沿いに喫茶店がある。ここで地域猫を管理していて、店の前などに餌や水が置いてある。なので、この付近でよく猫を見かける。
今日は店の屋根というか、ひさしの上でさび色の猫が寝ていた。階段や石碑などの石の色と同化してしまう猫なので、カメレオンにゃんこと呼んでいるのは私だけかもしれないが、結構人気があるようで、他の人のブログなどで紹介しているのを見かける。
そのカメレオンにゃんこが寝ている横をどや顔をしたチワワが颯爽と階段を登っていく。なんか面白い図だ・・・。
階段を登って振り返ってみると、もう起こすなよといった感じで、ゴロンとカメレオンにゃんこは横になっていた。
それにしても眺めがいい場所で寝ているな。気持ちいい夢を見ることが出来そうだ。
喫茶店の上で猫の細道からの道が合流する。このまま上へ登っていくと千光寺や山頂の展望台に行けるが、今日は時間がないので、猫の細道の方へ下りていくことにした。
この付近からは天寧寺三重塔と尾道の街や尾道水道を見ることができ、尾道を象徴する風景の一つになっている。それにしても雲が多い。本当に今日は晴れるのだろうか。このまま曇り続けるのではないのか。ちょっと不安。
猫の細道を下っていった。いつもは登る時に通っているので、この道を下ったのは今回が初めてかもしれない。いつもと風景が違って見え、ちょっと新鮮に感じる。
猫の細道の東側へ行ってみると、にゃんこを発見。通せんぼするように道で寝ころんでいた。
こっちをにらんでいる・・・。この先に行きたければチュルを置いていきな。ってな状況だろうか。
驚かせないようにチワワを抱っこして近づいていくと、そこ邪魔っとばかりにダッシュしてこっちへ向かってきて、そのまま通り過ぎていった。
横とか、後ろに逃げることはあっても、前に突っ込んで来る猫は初めてかも・・・。ちょっと驚いた。
先に進むと猫の家などが置いてるエリアがある。猫の柄が描かれているパネルに混じって黒猫がこっちを見ていた。抱っこしているチワワが気になるようだ。目つきが鋭い。
それにしても・・・。ここはいつ来ても蚊が多い。ジッとしているのが辛いほど蚊が飛んでいる。猫は気にならないのだろうか・・・。
猫の細道をそのまま突っ切り、空き家の多い斜面を下って御袖天満宮へ向かうことにした。
この道もこっちから進んでいくのは初めて。逆から見ると、今までにない趣きを感じたりするのだが、崩れそうな空き家が並ぶ光景に趣きを感じるのもなんか違うような・・・。
途中、庚申塔のような石仏が並んで置いてある場所があった。路地の所々にこういった隠し部屋というか、隠し要素があるというのは、実物大のロールプレイングゲームをやっているみたいで面白い。
このように尾道の路地散策は猫以外にも色々と発見があるので、本当に楽しい。ただ、ここで暮らすのは様々な面で不便をするので、とても大変。その結果、空き家だらけになってしまっている。
御袖天満宮に到着。とりあえずお参りしておこう。階段付近で良く猫を見かけるが、今日はいないようだ。
境内を見回しても猫はいない。けど、目に留まったのは神牛の石像。コロナ禍の時にはマスクをしていて、コロナが終わるとマスクが外されていたのだが、今回、またマスクが付けられていた。
最近また変異株が流行していると聞くから、再び付けたのだろうか。それともあまりにも日焼けがみっともなく、恥ずかしくて神牛が神通力でマスクを取り寄せたとか・・・。
そろそろ出発しないといけないので、商店街に戻った。先ほど通った路地を通ると、先ほどもいた猫が「おかえりなさい」といった感じで、こっちを見ていた。というのは私の理想で、チワワを見つけ何じゃあれといった感じで注視していた。
面倒なので、そのままチワワと歩いていくと、先ほどは奥の方まで隠れていったけど、今回は二回目なので、なんだ。さっきのチワワか・・・といった感じで、にゃんこは離れてこっちを見ていた。
その様子はなんだか可愛らしいいというか、何か思うところがあるようにみえる。もしかしてチワワになりたい・・・などと思っていたりするのだろうか。
今日も多くの猫に出会えたな。と、満足して駐車場に戻り、尾道を後にした。鞆の浦へ向けて車を走らせていると、漁港のところでにゃんこを発見。車を停止し、パシャ。
漁港の辺りにもにゃんこがいるんだ。散策した衝動に駆られるが、もう鞆の浦に向かわないと、行事の開始時間に間に合わない。またの機会に散策することにしよう。
§6、八朔の馬出し
無事に行事が開始する10時前に鞆の浦に到着した。そして八朔の馬出しの見学を行った。
プロローグで書いたように、八朔の日には全国的に様々な行事が行われている。ここ鞆の浦では、江戸時代から男児が生まれると、最初の八朔の日に白馬の模型を作り、女児には人形などを贈っていたようだ。
なぜ白馬だったのか。鞆の浦歴史民俗資料館の資料から抜粋すると、”「八朔の日には馬を贈る、馬を用いた儀式を行う風習」が武家社会や江戸幕府の中で行われていて、白馬は神聖・神の使い・清めの象徴とされ、子どもの成長を祈願をする白い馬は清らかで、神の祝福を受けた存在でもありました。鞆の浦の「八朔の馬」は、港町の栄華によりそれらをうまく取り入れ出現したもので、神聖な白い馬に子ども達の成長を願った行事です。”とのこと。
そして、子どもの誕生を祝い、成長を願い、その白馬に子供を載せて町を練り歩くのが、八朔の馬出しになる。全国的にここ鞆の浦でしか行われていない行事となるようだ。
ただ、昭和の初めにこの風習は廃れ、姿を消した。約70年後の2002年、地元住民が昔の風習を蘇らせようと、昔の行事を調べ、再現した。それが現在の八朔の馬出しになる。
行事は、太鼓を鳴らしながら子供たちが乗る大小の馬が古い鞆の浦の町を練り歩くといったもの。なかなか風情があってよかった。
八朔の馬出しが終わった後、少し猫を探してみることにした。以前、猫に出会った場所だけをピンポイントで訪れてみるものの、あまりの暑さに猫の姿は全くなく、空振りに終わった。まあ当然の結果だろう。
とりあえず、暑くてこっちもフラフラだ。シャツを着替え、水分補給をし、落ち着いた後、広島に戻ることにした。9月になったというのに、こう暑くては体がもたない・・・。
尾道にゃんこ編
#13 八朔の朝の尾道にゃんこ(2023年9月) #14 向島と尾道にゃんこ(23'11)につづく(制作中)