旅人が歩けばわんにゃんに出会う タイトル
旅人が歩けばわんにゃんに出会う ~ ユーラシア大陸横断編 ~

#50 子供と子猫が歩く路地

インドネシア パレンバン 2000年5月
Palembang, Indonesia / May 2000
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スマトラ島の地図(国土地理院)

国土地理院地図を書き込んで使用

7~14世紀、スマトラ島を中心にマラッカ半島やジャワ島にかけ、シュリーヴィジャヤという仏教徒の王国が栄えていた。その首都となっていたこともあるのが、スマトラ島の南部にあるパレンバン。現在では南スマトラ州の州都になっている。

パレンバンは油田のある町として世界的によく知られている。かつて太平洋戦争(第二次世界大戦)当時、日本は石油などの資源を求め、東南アジアへと進出していった。アジア屈指の産油量を誇っていたパレンバン油田は、開戦後まもなく日本軍によって占領され、そこから多くの原油が日本本土へと輸送されることになる。

戦争ドキュメントや歴史の教科書で目にする機会もあるため、「パレンバン」という名前に聞き覚えがある方もいるかもしれない。

現在でも、町は石油・ガス産業の拠点となっていて、また付近で天然ゴムの生産も盛んなことから、中心部から郊外にかけて大きな化学工場が幾つもある。

インドネシア パレンバン アンペラ橋の写真
アンペラ橋

パレンバンの中心部をムシ川が流れている。商業都市らしく、多くの船が川を行き来し、川沿いには水上集落や、港湾施設、大規模な工場が並んでいる。

そのムシ川にはパレンバンを象徴するアンペラ橋が架かっている。全長は224メートル。橋の中央部は大型の船を通せるように昇降できるようになっていて、その装置のための2つのタワーが聳えている。

完成したのは1965年。日本の戦争賠償金で建設が行われた。建設を行ったのは日本の富士重工。色んな意味で日本と関わりの深い橋になる。

せっかくなら橋が持ち上がるところを見てみたい。そう思い、泊まった宿の人に「いつ上がるの?」と聞いてみるのだが、「あれは故障して動かないんだよ」と教えられた。

後で調べてみると、1970年頃に故障してしまい、それ以降動いていないようだ。結局、数えるほどしか稼働しなかったということになる。

「それなら最初から普通の橋でよかったのでは……」と心の中で突っ込みたくもなるが、今なおパレンバン市民に愛され、町の象徴になっていることを考えると、そんな風に考えるのは野暮というものだろう。

インドネシア パレンバン アンペラ橋からの眺め 船と水上の家々の写真
船と水上の家々
インドネシア パレンバン アンペラ橋からの眺め 工場を背景にした水上の家の写真
工場を背景にした水上の家

昇降機は稼働しなくなってしまったが、アンペラ橋からの眺めは素晴らしい。俯瞰的に川を行き来する船や川沿いに広がる水上集落の様子を見ることができる。

ここパレンバンの特徴は、建物の屋根が赤色で統一されていること。赤い洋瓦の木造建物が水辺にある様子は品があり、どことなくヨーロッパの町を思い浮かべる。まるで「東洋のベニス」と呼ぶのがふさわしい、美しい佇まいだ。

インドネシア パレンバン 水上の家々の写真
水上の家々

なぜこういった町並みになったのか。1602年にオランダ東インド会社が創立され、それ以降、日本に占領されるまでインドネシアはオランダの植民地だった。

建物に赤い洋瓦が使われていたり、装飾に円柱やアーチなどが取り付けられたコロニアル的な建物は、インドネシアの各地で見られる。

ここパレンバンは油田があり、オランダにとってとても重要な都市となっていた。その名残が建物に強く残っているのだろう――そう考えていたのだが、橋の上からしばらく風景を眺めているうちに、あることに気が付いた。

遠目には美しい赤い洋瓦に見えた屋根の中には、トタン(鉄板)がサビて赤っぽくなったものが混じっている。それも一つや二つではない。そういった目線で見直すと、むしろそのほうが多いのではないか。

オランダの歴史的な影響もさることながら、軽量で安価なトタンを多用する水上集落の生活の知恵が、偶然にもこの美しい赤の景観を生み出したのかもしれない。これもまた、生活の知恵が偶然生み出した「アジアならではのコロニアル調」の町並みと言えるのかもしれない。

インドネシア パレンバン郊外 山間の集落の写真
山間の集落

パレンバンの川辺の風景もよかったが、郊外の山間の町並みも素敵だった。ジャンビという町からバスでパレンバンに向かったのだが、パレンバンに到着する少し前の山間の風景にとても惹かれた。素朴さが溜まらない。

ブラブラと歩いてみたいな。翌日、パレンバンからバスでその付近まで戻り、時間や体力が許す限り歩いてみることにした。歩きながら旅をすると、周りの景色がよく見え、その土地の風景や地形、人々の暮らしをより深く肌で感じることができる。

旅を存分に楽しむには徒歩が一番だと思うが、大荷物を抱えて長距離を歩くのは現実的ではない。また時間もかかってしまう。そこで私は、気に入った風景が見つかると、宿に荷物を預けて身軽になり、バスで少し離れた場所まで移動してから町へと歩いて戻る「プチ徒歩旅」を実践している。

インドネシア パレンバン 山間の集落 アヒルと高床式住居の写真
高床式住居とアヒル
インドネシア パレンバン 山間の集落と道を歩くワンコの写真
集落と道を歩くワンコ

歩きながら観察してみると、この付近でもパレンバンと同じように赤っぽい瓦の住居が多い。それが木々に囲まれた中にあるので、緑と合わさってとても素敵に感じる。

途中でワンコにも遭遇した。こうした素朴な景色には犬の姿がよく似合う。ただ、インドネシアはイスラム教徒が多いため、バリ島などの非イスラム地域を除けば、町中で野良犬に出会う機会は実はあまり多くない。

インドネシア パレンバン郊外 子供と猫が歩く集落の路地の写真
子供と猫が歩く路地
インドネシア パレンバン郊外 子供と猫が歩く集落の路地の写真
拡大図

ある集落の路地をふとのぞいたとき、胸がときめくような光景に出会った。左右に家屋が建ち並ぶ細い通路を歩く少女。その少し先には、ちょこんと座っている子猫の姿があった。

その子猫は少女がすぐそばに近づいてきても、安心しきった様子で、可愛らしく道に座ったまま。女の子の後ろからは、親猫が慌てる様子もなく、ゆっくりと子猫の方へ向かって歩いていく。

子供と猫たちの優しさに包まれた日常的な雰囲気。素朴で美しい集落の様子。全てが調和し、神々しく感じる情景だった。慌ててカメラを取り出してシャッターを押した。こういった風景に偶然出会えるからこそ、歩く旅はやめられない。

インドネシア パレンバン郊外 集落の子供たちの写真
集落の子供たち

外国人が特に何もない田舎の道を一人でトボトボ歩いていれば、目立たないわけがない。日本なら少し怪訝な目を向けられそうなものだが、ここでは誰もが笑顔で声をかけてくれ、子供たちは「写真を撮って!」と人懐っこく集まってくる。その飾らない温かさが、たまらなく心地よかった。

素晴らしい風景と、素敵な光景と、心地よい人達と出会えた約20キロのプチ歩き旅。とても楽しく、いい思い出になった。

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#50 子供と子猫が歩く路地
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