#49 メンタワイ族とワンコ
インドネシア シベルト島 2000年5月Siberut Island, Indonesia / May 2000
マレー半島の横にインドネシアで3番目に大きく、世界でも6番目に大きいスマトラ島がある。
スマトラ島と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、地震とか、津波とか、火山になるのではないだろうか。2004年12月26日のスマトラ島沖地震をはじめ、この島や周辺海域で大きな地震が頻発し、多くの人が亡くなった。
スマトラ島を地図で見ると、島の西側は山脈のような高地が続いている。この部分がスマトラ断層になり、多くの活火山が存在している。
それとともに、スマトラ島からジャワ島にかけての南側、島に沿うように大陸プレートが沈み込むジャワ海溝(スンダ海溝)がある。日本同様に大陸のプレートの境界という立地なので、大きな地震が起きやすい地域になる。
そのスマトラ島とジャワ海溝の間、大小様々の島が並行するように並んでいる。スマトラ島沖地震を経験した後では、あまり住みたいと思わない立地になるだろうか。
(*イラスト:AQ-taro_imagezさん 【イラストAC】)
この島々の中にあるニアス島は、そこそこ名が知れている。その理由は、大きな波が楽しめることで、世界的なサーフアイランド(サフィンの聖地)となっているから。
ニアス島のインフラは整い、中心部には家屋が建ち並び、飛行場もある。多くの人が暮らす都市的な島・・・とまではいかないにしても、それなりに開けた島になっていて、サーフィンを目的に世界中から多くの人が訪れている。
そのニアス島の南側にはメンタワイ諸島(ムンタワイ諸島)の島々が続いている。こちらはニアス島とは対照的で、未開の熱帯林が多く占めていて、人口は少なく、交通の便は悪く、インフラも整っていない。
このメンタワイ諸島の中で一番大きな島がシベルト島(シベル島)。今回、私が訪れたのはこの島になる。
シベルト島の面積は約4千平方キロ。隣にあるスマトラ島が大き過ぎるので小さく見えてしまうが、事実上(北方領土を除いた)日本で一番大きな島、沖縄本島が千二百平方キロなので、その三倍以上の広さ。そこそこ大きな島ということができる。
シベルト島へは定期船の便があるものの、現地には泊まる宿がなく(この当時の話。今ではある模様)、個人では訪れにくい。でも、観光地であるブキティンギや対岸の大きな町、パダンから原住民の生活体験とジャングルでの生活体験といったツアーが行われていて、それに参加すれば訪問も可能だった。
港がないので、フェリーから小舟に乗り換えての上陸だった。
私の場合、マレーシアのマラッカからスマトラ島に渡って、インドネシア入国。そして夜行バスに乗って翌朝ブキティンギに到着した。
宿を探して落ち着いたところで、このツアーの勧誘を受けた。ガイドブックに小さく記載されていたので、変わった島があるんだな。と、シベルト島の存在は知っていた。
話を聞くと、なかなか興味を惹かれる。ジャングルでの8日間の生活滞在は、今しかできないプライスレスな体験ではないか。せっかく仕事を辞めて旅しているんだ。こういったことに挑戦しなくてどうする。
そう思うものの、出発は今日の午後。何の準備もしていなければ、心の準備も整っていない。船は週一便しかないので、今日を逃したら一週間待たなければならない。8日間か・・・。長いな・・・。どうしよう・・・。少し迷った後、思い切って参加することにした。というより、「自分をジャングルに放り込んでみることにした」という表現が適切かもしれない。
シベルト島を始めとしたムンタワイ諸島は、島の大部分を熱帯雨林が覆っていて、住民の一部は文明社会とは少し距離を置いた採集狩猟生活を送っている。
ここでで暮らしているのは、メンタワイ人(ムンタワイ人)。日本的な表現をするなら、ジャングルでふんどし姿で暮らし、身体には刺青を入れている部族といった感じ。
当時のガイドブックには少々失礼に「半裸族に会える島」と書いてあったが、ドキュメンタリーでこの島が放送されたときに、カメラ初上陸。未開な地、この時代にまだ半裸で非文明な生活をする・・・といった感じで、大袈裟に表現していた名残になるのではないかと思う。
あの当時は情報が少なかったし、日本が高度経済成長期で調子に乗っていてアジアに対して上から目線だったし、川口探検隊みたいな未開な地の探検ブームもあったし、世の中の流れ的にはしょうがなかった・・・となるだろうか。
メンタワイ人は、水道、ガス、電気のないジャングルの中で、狩猟や簡単な農耕や畜産をしながら生活を送っている。まるで原始時代にタイムスリップしたかのよう・・・といった表現をよく見るが、それはあながち間違いではない。
ただ、電気に関しては車のバッテリーを使うこともできるし、底の厚い靴(サンダル)は必須となりつつあり、少しづつではあるが文明も入ってきている。なので、ジャングルで自然な感じで生きているといった表現の方が適切のように感じる。
彼らが信仰しているのは精霊信仰(アニミズム)。自然界の動物や植物、自然現象などに霊魂や精神的な存在が宿っているとする思想で、日本の自然界の万物に神々が宿る「八百万の神」の文化に重なる部分も多い。
一緒に同行したメンバーの一人が体調が悪くなった時も、薬草とお祓いによって治そうとしていた。まるで神社でお祓いをしているかのよう・・・といった感じで、日本人の私が彼らの行動や価値観を見ていると、親近感を感じたり、考え方などに類似性を感じる事は多かった。
とはいえ、ジャングルという環境があまりにも強烈なので、その理念や思考は分かるといった程度で、日本人と似ているといった感覚はほとんど湧いてこなかった。
自然崇拝をしているなかでも、彼らは特に動物を大切にしているようだった。その象徴が家の中。家の壁には動物の絵が描かれていたり、動物の彫刻や置物が多くあった。
目にする動物は、猿が一番多いだろうか。そして鳥や犬も多い。亀やトカゲなどもあったりする。彼らの生活の中でこういった動物たちが重要だと分かる。
そして驚くのが、動物の頭蓋骨を天井に吊るしていること。それも一個や二個とかではなく、相当数。一番多かったのはサル。その他水牛や豚などといった大型のものも飾ってあった。
これらは狩りで捕った動物などで、宗教的にまじないとして飾られている。なんでも邪気を払ってくれるとか。狩りが上達するといった願いも込められているかもしれない。
これだけずらっと頭蓋骨が並んでいたら、悪人も、動物も、怖くて中に入りたくはなくなるだろう。特に人間に骨格が近い猿の頭蓋骨がずらっと並んでいる様子は、かなり不気味。
翌朝には私の頭蓋骨もこの中に混じっていたりして・・・。勝手の分からないジャングルの地。山姥とか、鬼太郎などの怖い話が、どうにも頭に思い浮かんでくる。もし一人で訪れていたなら、一晩中震えていたかもしれない。
文明社会から来た人間にとって、ジャングルの中での不自由な暮らしは一泊二日ぐらいなら楽しい。これは砂漠での暮らしなどにも言える。でも、時間が経つにつれて、色々とストレスを感じてしまうものだ。
砂漠と違って雨が降り、高温多湿なので、水に困ることがないのはいい。物がない感覚や悲壮感が湧いてこないからだ。しかし、この高温多湿多雨の気候はなかなか厄介だ。
夕方に降るスコールを溜め、それを沸かして飲んでも泥っぽい味がしておいしくない。もっと困るのが、スコールが降ると地面がぬかるむこと。なので、ここでは高床式の住居が必須になっている。更には、地面がぬかるむので、移動するのも大変になる。
小さな川にはそのまんまの丸太が架けられていたり、水牛の背に乗って渡ったり、道がわりに丸太が敷かれていたりする。とてもワイルドで、日々の生活が冒険のようだ。
ワンコも慣れたもので、人間と一緒に丸太の上を器用に歩いて川を渡っていたりする。4本足だし、普段から自然の中で生活をしているので、バランス感覚がとてもいい。
その一方、身体の大きな欧米人は悪戦苦闘。ぬかるんだ場所ではよくバランスを崩して転んでいた。アジア人が身体が小柄で重心が低いのも、彼らを見ていてよくわかる。
ただ、近年では日本人も大型化しているし、田畑に入る人は少ないし、便所も足腰が鍛えられる和式から洋式に変わりつつあるので、その限りではないかもしれない。
彼らが普段食べているものは・・・、インスタントラーメン。常温で長期保存ができるので、ジャングルでは常備食となっていた。私自身、ジャングルで一週間暮らしてみて、インスタントラーメンの偉大さを凄く実感した。・・・というのは、笑い話になる。
とはいえ、インドネシアのインスタントラーメン(焼きそばとしての利用が多い)の消費量は、この当時は世界一だったはず。現在は中国にブチ抜かれて2位になっているが、こういった不便な場所での消費が一役買っているのは間違いない。
と、インスタントラーメンの話が長くなってしまったが、実際のところは、主食となっているのはサゴヤシ。ヤシ科やソテツ目の植物で、幹からサゴという食用デンプンが採れる。
木を倒して、木を削って収穫していくわけだが、木の中が白いのにまず驚く。そして、それが食べられるというのは、とても不思議な感覚だ。
とはいえ、そのまま食材となるわけではない。削った木を水でろ過し、でんぷんを抽出する。そしてそれを乾かし、粉状のサゴ粉を作り、これが食用となる。
サゴ粉は竹筒に入れて蒸し焼きにしたり、葉で包んで火であぶったりして食べる。見た目が白いので、ホットケーキミックス粉を連想して、香ばしさなどを期待してしまうのだが、味の方は・・・。ジャングルで数回食べる分にはおいしいと感じるかもしれないが、普段の生活では積極的に食べたいとはならないだろう。この他では、タロイモやバナナなどが主食の役割を担っている。
ただ、サゴヤシからはでんぷんしか摂取できないので、たんぱく質が不足する。それは動物などを狩りをして補うわけだが、そう簡単に動物は捕まえられない。簡単に手に入るたんぱく質といえば、昆虫。
サゴヤシを削っていると、木の中から出てくる昆虫の幼虫がいる。サゴワーム。ヤシオオオサゾウムシの幼虫で、見た目は丸々太ったカブトムシの幼虫。普通の人にとっては典型的ともいえる気持ち悪い幼虫になる。もし見つけたらすぐに放り投げたくなる代物だ。
しかし、メンタワイ人は見つけると、嬉しそうに捕まえ、大切そうに袋にしまう。食用にするのだ。これがとてもおいしいようで、彼らの好物になる。アジアでは味のいい昆虫食として、評価されていたりする。
彼らはこのまま生でも食べたりもするが、これをそのまま食べ用という気には全くならない。焼くなりすればまだしも・・・。いや、無理。ということで、この時は勧められたが、食べることができなかった。今思えば、生はともかく、調理したものは食べておけばよかった・・・と、少し後悔している。
その他のたんぱく質は、豚や鶏を飼育することで、補っている。鶏などの餌もやっぱりサゴヤシ。ジャングルの暮らしの中心はサゴヤシのようだ。特に食生活はサゴヤシで回っているといっても過言ではない。
滞在中、この鶏たちが夕食の食卓に上がることもあった。その場で鶏を絞めるので、新鮮でおいしいとなるはずだったが、そうは感じなかった。臭みはないのだが、ボサボサとしている感じ。
多分、多くの日本人が私同様、スーパーで切り身で売っている養鶏場で不健康に太らせている鶏の肉の方がおいしく感じるのではないだろうか。慣れというのは怖い。
それよりも印象深かったのが、自分達の食事のために目の前で鶏の命が消えていったこと。生きるということは・・・。と、大袈裟に言うのも変だが、今までこういった経験をしたことがなかったので、色々な思いが頭の中を駆け巡った。メンバーの中には食べられない人もいたほどだ。当たり前ってなんだろう。旅をしていると本当によく感じる。
せっかくのジャングル体験ということなので、彼らと同様のふんどしを木の皮をなめして造り、彼らと同じような格好をして、狩りに出かけた。
一生に同行したのはヨーロッパ人。彼らは農耕民族である日本人とは違い、狩猟民族。血が騒ぐようで、かなり張り切っていた。そして家で飼っているワンコも嬉しそうに同伴。メンタワイ人をリーダーにした観光客パーティーとワンコは意気揚々とジャングルに向かった。
が、観光客が簡単に何か動物を捕まえられるほどジャングルは甘くはない。結果、メンタワイ人の恰好をして、ジャングルトレッキングをしただけで終わってしまった。当然といえば当然である。でも、なかなか楽しい体験だった。
普段の狩りでは毒を塗った矢とか罠で動物を捕まえるとのこと。捕まえているのは、サルなどの小動物になるようだ。ジャングル(熱帯雨林)といえば、トラとかジャガーなどといった獰猛な動物や、水辺ではワニといった人を襲う動物が頭に浮かぶ。
うっそうと茂った木々の間からそういった動物が自分を狙っているのではないか。或いは、カバなどの大型の動物が突進してくるのではないだろうか。狩りをしながらそんな事が頭をよぎり、不安に感じたりもするが、ここにはそういった獰猛な動物はいなく、野生の大型の動物もいないそうだ。
更に言うと、サルとかの小動物も少なくなりつつあり、現在では豚や鶏を家の周りで飼育することで、そこまで狩りに依存した生活はしていない。
とまあ、島という閉鎖的な環境のおかげで、ジャングルでありながらジャングルらしくない部分も多かったりする。むしろ、日本の田舎の方がクマに襲われる分、危険ともいえるかもしれない。
人間を襲う動物がいないなら安心・・・とはならないのが、ジャングル。怖いのは小さな虫になる。蚊に刺されて発症するマラリアやデング熱は怖い病気で、世界で年間100万人以上が亡くなっている。
インドネシアでも都市部ではほとんど感染がない。多いのは田舎とか、あまり人が住まない地域。今は分からないが、この時代のシベルト島はマラリア危険地域に含まれていた。なので、蚊に刺されないように注意深く過ごしていた。
しかし、相手は小さな蚊。気が付いたら刺されてしまうこともある。刺されたら刺されたで、マラリアにならないだろうか・・・と不安が募り、これがなかなかストレスだった。
他にも寝ているとダニみたいなものにかまれるし、川辺を歩けばヒルが引っ付くし、もし日本から直接訪れていたなら、虫のストレスで発狂していたかもしれない。
その昔、日本兵はジャングルでマラリア、赤痢などの病気に苦しんだ。アメリカ軍もベトナムで苦しんだ。蒸し暑さ、病気、小さな虫たちや病原菌など、目に見えないものの相手は精神的に堪える。
それを克服できればジャングルでの生活も楽しいものに変わるのだろうけど、文明社会から来た人間がそれを克服できるのは簡単なことではない。8日間のジャングル滞在でしみじみと実感したのだった。
#49 メンタワイ族とワンコ