#46 早朝の町のニャンコ
シンガポール 2000年5月Singapore / May.2000
(*イラスト:アトリエウパさん 【イラストAC】)
ユーラシア大陸横断を目指し、日本を出国して3か月後にタイのバンコクに到着した。ここまでの旅はまずまず順調といえる。
そのバンコク滞在中、友人から「5月の連休にシンガポールにツアー旅行する」との電子メールを受け取った。
思えば、インターネットの普及によって海外旅行のスタイルが激変した。それまでは、旅している側から絵葉書や国際電話で近況を伝えることはできても、その逆は、不可能ではないにせよ難しかった。
それがインターネットのおかげで時差や輸送日数といったことも気にせず、相互にメッセージを送ることができるようになった。本当にこれは画期的なことで、一人旅の世界観が一気に変わった。
とはいえ、私が旅していた2000年当時は、日本でようやくインターネットが普及し始めた頃。海外のいわゆる発展途上国では、まだ一般的ではなく、日本語の入力・変換に苦労したり、カンボジアなどのインフラが整っていない国ではほぼ使えなかった。
そのため、この時代の旅人同士の会話では、おすすめの「観光スポット」や「安宿」と並び、「日本語でインターネットが使える店」が情報交換の目玉になっていた。ーーそんな、まだ不便さが残るネット環境でのことだった。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
それはさておき、友人が日本から旅に出てくるとは、これはまたとないチャンスだ。せっかくだから会いに行こう……。いや、友人には日本に帰国してから会えばいい。それよりも、今の自分に必要なのは旅の物資だ……。それが正直なところだった。
この機会を逃してはいけない。すぐに会いに行く旨と、ガイドブックや虫除け、かゆみ止めなどの持ってきて欲しいもののリストを返信した。そういったわけで、急遽、バンコクからシンガポールに向かうことになった。
*国土地理院地図を書き込んで使用
同じ東南アジア、バンコクからシンガポールまではそんなに距離はないと思っていた。持参した地図も大きなアジア地図だったので、気軽に「行く」と返事をしてしまったのだが、実際に調べてみると、その距離は約1900キロ。東北から九州までの距離がある。ちょっと会いに行くというレベルの距離ではなかった……。
どうやって行こう……。バンコクからシンガポールへは飛行機が比較的安い。でも、なるべく飛行機は使いたくない。今回の旅の趣旨に反するからだ。
では、鉄道……。そういえば、バンコクからシンガポールへ国際列車が出ていたはず。それに乗れば楽に行けるかも……。と、駅まで予約を取りに行ってみるが、ずっと先まで満席。仕方なく、バスを乗り継いで向かうことにした。
まずはタイ南部の国境の町ハトヤイへ向かう夜行バスに乗り込んだ。その距離950キロ。約15時間の旅だった。
早朝にハトヤイに到着すると、マレーシアの国境へのバスを探した。ここからは行き当たりばったり。シンガポールに向かってバスを乗り継ぎながら行く予定にしていた。
バスターミナルでどう国境を越えるのが一番いいのか、情報収集していると、バイクタクシーの運転手がローカルなバス会社(ツアー会社)がシンガポール行きのバスを運行していると教えてくれた。
そのバス会社を訪れると、小さな店構えで、ちょっと怪しげな感じもする。第一印象はあまりよくなかったが、スタッフと話をすると、開店前だというのに対応が誠実で好印象。信頼が置けそうに感じた。
肝心のバスは、午後に出発し、シンガポールまで乗り継ぎなしで国境を越えていき、明日の朝に到着するとのこと。驚いたのが値段。かなり格安。安い上に乗り換えもない。このバスに乗ることに決めた。
出発まで町をぶらつくなどして時間をつぶし、いざバスに乗ってみると、車内はタイ人の行商人のおばちゃんばかり……。なんと男性は日本人旅行者の私だけ……。
場違いな空間に放り込まれたような気分でおばちゃんたちに囲まれることになったが、車内は賑やかで、意外と楽しい道中になった。
(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
バス旅の一番のハイライトは、シンガポールのイミグレーション(入国審査)だった。世界最強といわれる日本のパスポートを持つ私は、一瞬で手続きが終わってしまったのだが、タイ人のおばちゃんたちにとっては運命の関門となり、悪戦苦闘。随分と審査に時間がかかっていた。
バスで時間を持て余していると、おばちゃんたちが一人、また一人と戻ってくるのだが、みんな興奮した顔で「何を聞かれた」だの、「鞄を開けられて荷物を細かく調べられた」だの口々に話していた。若い人ほど時間がかかっている様子で、見ていてなかなか面白い体験だった。
そして、朝5時、一人も欠けることなく(笑)、無事にシンガポールのバスターミナルに到着した。そして、明るく賑やかなおばちゃんたちに別れを告げた。
無事にシンガポールに到着したものの、一つ困った問題があった。タイから一気にシンガポールにやってきたので、シンガポールの通貨を全く用意できていないのだ。
バスに乗る前にお菓子を買いだめしておいたので、道中はそれで空腹をしのいだのだが、問題はここから。早朝に入国し、バスを下されたものだから、銀行も開いていないし、お金がないので、市バスやタクシーにも乗れない。
とりあえず安宿まで歩いて行き、銀行が開いたら両替をして払うからとチェックインさせてもらおう。最悪米ドル払いで……。それしか方法がない。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
まだ暗い中をとぼとぼと町の中心部に向けて歩くのだが、安いツアーバスだっただけに降ろされたのが中心部のバスターミナルとかではなく、少し郊外のよくわからない場所。歩けども歩けどもなかなか中心部に着かない。
30分も歩くと、足が棒に……とはならない。そのへんは普段から歩き回っている旅人だ。問題はお腹が空いたのと、重量のある背中のバックパックが肩に食い込んでくること。
お腹が空いて力が入らないのか、重いバックパックを支えるだけの力が入らず、歩きながらフラフラとする。ただ、気温の低い早朝だったため、汗だくにならずに済んだことだけが救いだった。
シンガポール、Singapore May 2000
「お腹空いたな……」「肩が痛いな……」「あと何キロ歩けばいいんだ……」とブツブツ呟きながら歩いていると、ニャンコが路上でいちゃいちゃとお楽しみ中。こっちは惨めな思いで歩いているのに……。しかも、人間様のお通りだというのに避けようとしない。
なんとけしからん猫たちだ。写真を撮って世界にさらしてやる……などという大それたことは考えていなかったが、なんとなくカメラを向けてしまった。
#46 早朝の町のニャンコ