#45 コロニアル調なニャンコ
マレーシア ペナン島 2001年8月Pulau Pinang,Malaysia / Aug. 2001
マレーシアの半島部、北部の西海岸側、タイとの国境にほど近い所にペナン島がある。陸から近い島で、今では二本の橋でマレー半島と結ばれている。
ペナン島はマラッカ海峡の北の入り口に位置していて、古くから地の利を生かし、交易船の寄港地として栄えてきた。
1786年にはイギリスの支配下となり、それ以降は世界を相手にした自由貿易港として繁栄し各地の商人たちがペナン島を訪れては、この町に居を構えるようになった。
その結果、元々あったこの地の文化に、華僑を中心としたアジアの文化、そしてヨーロッパの文化が融合していき、コロニアル調のエキゾチックな町に変わっていった。
旅をしていると、コロニアル調の町並みといった表現をよく耳にする。コロニアル調というのは、植民地様式のこと。
大航海時代以降の植民地時代、ヨーロッパ文化圏の人たちが、世界各地に移住していった。そして自分たちの文化を各地にもたらし、或いは押し付け、それが土地の文化と混じりながら定着していった。そういった旧宗主国の文化や建築がその土地に根付いたものをコロニアル調とかコロニアルスタイルという。
特に大航海時代にヨーロッパ人が押し寄せたメキシコから南米にかけては規模の大きなコロニアル調の町が多くあり、世界遺産となっている町も多くある。
ペナン島の中心部はジョージタウン。イギリス植民地時代を色濃く残す名だが、当時の英人総督のフランシス・ライトが、ジョージタウンと名付けたことに由来している。
ジョージタウンには今もなおコロニアル建築が多くみられ、また多様な民族の足跡が町の各所に散りばめられている。その歴史的背景と文化の融合が評価され、2008年7月には、マラッカとともにユネスコ世界文化遺産に登録された。
訪れた2001年当時、バックパックを背負って旅をする者にとっては、ペナン島は航空券の安い場所として知られていた。
ペナンには華僑が多く住んでおり、彼らが暮らす他都市を結ぶフライトは需要が高いため、便数も豊富で航空券が安いというわけだ。
日本便もバンコクのカオサン通りで買うよりもこっちの方が安いとかで、ペナンから日本へ帰国する人や、ヨーロッパやアメリカへの安い航空券を求めてやって来る旅人も珍しくなかった。
また、ここからはインドネシアのスマトラ島への船便も出ている。渡った先のスマトラ島にはバックパッカーのたまり場(沈没地)として有名なトバ湖があり、怠惰な旅人を中心にインドネシアを目指す人も多かった。リゾート地や有名な観光地ではないにもかかわらず、意外と旅人の多い島でもあった。
そのペナン島の中心部、ジョージタウンを散策すると、政府の建物などのコロニアル調の立派な建物に目を奪われるが、一般的な住居にまでコロニアル調が取り入れられていることに、興味を惹かれる。
ただ、当時はそうそうお金をかけられなかったのか、コロニアル風にしてみたといった建物も多く、庶民なりの工夫や、洋風と中華が混ざっている様子が面白い。こういう独特な町を歩くと、心から異国情緒を感じる。
ペナン島(Pulau Pinang)、Malaysia Aug. 2001
そんな素敵なコロニアル風の建物の軒下でにゃんこを発見。一般的な家猫は大航海時代にヨーロッパから世界に広まったとされている。マレーシアでいつ猫が定着したのかわからないが、このにゃんこも植民地時代の置き土産の子孫なのだろうか……。そんな想像を膨らませてみるのも面白い。
それにしても、猫とコロニアル調の町並みは相性がいい。というより、猫はどんな町並みにも溶け込む。ただ、猫の場合は建物と一緒に写真に収めようとすると、豆粒みたいになってしまうのが、難点。風景の中の猫というのは、なかなか構図が難しい。
#45 コロニアル調なニャンコ