#44 マラッカの夕日とワンコ
マレーシア マラッカ 2000年5月Melaka, Malaysia / May 2000
(*イラスト:archestmanさん 【イラストAC】)
ユーラシア大陸横断と聞いて思い浮かべる旅人は、誰だろうか。一番多いのは、テレビのバラエティー番組でヒッチハイク旅をした猿岩石……。いや、今の若い人たちだと、有名なブロガーとか、YouTuber(ユーチューバー)なのかもしれない。
印象的な野球選手は誰?みたいな感じで、こういうのは年代によるので、出てくる答えも様々のはず。ただ、日本人の元祖的な存在となると、「深夜特急」の著者、沢木耕太郎さんが挙げられる。
「深夜特急」は沢木さんが1980年代にユーラシア大陸横断したときの体験を記したもの。もちろん、それ以前にも多くの旅人がユーラシア大陸横断を成し遂げているので、沢木さんはそのレールの上を歩いたに過ぎないし、本人も自分が第一人者だとは思っていない。
でも、ユーラシア大陸横断やバックパッカー旅が一般的でなかった時代に、その世界観を瑞々しい旅行記として描き、当時の若者たちに決定的な影響を与えたのは沢木さんである。
私がユーラシア大陸横断を行った頃は、まだインターネットも十分に発達していなかった。海外旅行、とりわけ一人旅についての得られる情報は乏しく、手探りのような状態で旅をしている人が大半だった。
そんな中、沢木さんの「深夜特急」は一つの旅の指針であり、旅人たちの間ではバイブル的な存在になっていた。
*国土地理院地図を書き込んで使用
その「深夜特急」の中の話になるが、沢木耕太郎さんが思い付きのように訪れ、印象的に感じた場所として記述されているのが、マラッカでの夕日。マレー半島の先端に近い場所にある。
日本から西へ向かってユーラシア大陸を横断していく際、判断に困るのがとても細長いマレー半島の存在だ。行ったとしても、同じように戻ってこなければならない巨大な行き止まりになる。
行くべきか、省略するべきか。手間になるし、時間的にも、金銭的にもロスするし……。でも、訪問国数は増えるし……と、頭を悩ませる。
私が旅していたころは、省略する人が多かったが、深夜特急になぞってマラッカまで夕日を見に南下し、再びバンコクに戻り、ユーラシア大陸を西に横断していく人もそれなりに多くいた。
それは日本人がよく泊まる宿に置いてあった情報ノートを見ると、一目瞭然だった。ノートには、深夜特急に憧れてこの地を訪れた旨の書き込みがたくさんあったし、実際、そういう旅行者も多く泊まっていた。
マラッカの魅力は夕日だけではない。私が訪れたころは、あまりマラッカを訪れる人は多くなかったが、2008年には「マラッカ海峡の歴史的都市群」として世界遺産に登録されている。
マレー半島とスマトラ島の間の海峡がマラッカ海峡と名付けられているように、マラッカの町は海峡の要所にあたり、かつてはこの地にマラッカ王国が栄えていた。ちょうどタイのアユタヤが栄えていたのと同じ時代にあたる。
その後は、ポルトガル、オランダ、イギリスと、西洋の支配が続き、町の様子も西洋と東洋の文化が混じった町として発展していった。そういった海峡沿いの町としての歴史、そして文化の貴重性から、同じ海峡沿いにあるペナン島とともに世界遺産に登録されたのだ。
今では世界遺産の町という称号があるので、夕日を見るためだけに訪れる人はいなくなったのではないだろうか。
マラッカからは、インドネシアのスマトラ島へ船の便が出ている。私の場合はインドネシアへ向かうために滞在したのだが、せっかくなので夕日を見に海岸まで散策しに出かけることにした。
浜辺を歩いていると、ワンコを発見。ちょっと痩せていて、動きも悪い。あまり元気ではなさそうだな……。体調が悪いのかもしれない。
マラッカ(Melaka)、Malaysia May 2000
夕日が沈むまで時間があるし、「ちょっくら励ましてやるか」とワンコの傍まで行ってみるものの、私を一瞥しただけで、よっこらしょと立ち上がり、ゆっくりと去っていってしまった。あまり人間が好きではなかったようだ……。
マレーシアには多くの宗教が存在しているが、国教はイスラム教である。イスラム教ではあまり野良犬は大切にされない。日本から西へ旅をしてきて、少し犬に対する空気が変わったなと感じたのがここマレーシアから。さらに先のイスラム色の強いインドネシアに行くと、あまり犬に出会わなかった。
この海岸では、ワンコの他にも面白いものに出会った。地面を見ると、片側のはさみが大きなカニの姿がたくさんあり、一生懸命、その大きなはさみを振っていた。
改めて調べてみると、シオマネキという種類のカニで、オスだけが大きなはさみを持ち、このはさみを振ることで求愛行動をするようだ。
無数のカニが地面ではさみを振っている様子はコミカルで、面白い。そして「よう、日本人。マラッカまでよく来たな」ってな感じで歓迎してくれているかのようにもみえる。
ワンコには相手にされなかったものの、カニたちのユーモラスな歓迎(求愛?)を受けながら、夕日が水平線に沈んでいくのを眺めた。
マラッカで夕日を見て、感動したとか、たいしたことはなかったとかは、人それぞれだろう。
私の場合は、目の前のマラッカ海峡というパワーワードが冒険心をあおってくるのは確かだったが、「マラッカの夕日は素晴らしい」と他の旅人からの口コミを幾つか聞き、期待が上がり過ぎてしまったせいか、そこまで感動することはなかった。
期待せずに訪れたり、たまたま訪れた場所で印象的な光景に出会えると、その感動は何倍にもなったりするものだ。特にワンコなどとの出会いはそうだ。
きっと沢木さんもそういった感動を味わい、本に綴ったのではないか――。沈みゆく夕日を見ながら大先輩の姿や、夕日が沈む先にある次の訪問国のインドネシアに思いを馳せるのだった。
#44 マラッカの夕日とワンコ