#41 象の国タイ
タイ バンコク、アユタヤなど 1996年、2000年Bangkok and Ayutthaya,Thai / 1996, 2000
(*イラスト:たみゃ~さん 【イラストAC】)
タイは象の国。そんなイメージを持っている人は多いのではないだろうか。実際、タイを旅行していると、そう感じる場面は多い。
その背景を調べてみると、まず根本的に象の生息数が多い。大まかな数字だが、野生で3,500頭以上、家畜等で飼育されているものは4,000頭以上もいると言われている。象のための自然保護区もいくつか設けられている。
歴史的にみると、アユタヤ王朝(1351年~1767年)が栄えていた頃のタイでは、象は戦に使われることも多かった。王などの乗り物、或いは象兵として戦場で活躍したそうだ。このことから、タイでは象は国を守るために戦った勇気と誇りの象徴とされている。
(*イラスト:ACworksさん 【イラストAC】)
タイは敬虔な仏教国。ブッダの母親が身ごもる際、白い象がお腹に入る夢を見たという逸話がある。このことから白い象は仏陀の化身として崇められていて、稀に生まれる白い象は、神聖な生き物として王室に献上される。
日本も仏教国なので、それは同じ。春に行われる花まつりの稚児行列で、稚児さんが白象を引っ張っている光景を見たことがあるだろう。ただ、象は身近な生き物ではないので、形だけになっているのはしょうがない。
最後に、タイでは象は労働力の役割も担ってきた。日々の生活を支える家畜として、日本でも馬や牛を大事に思う人が多いように、象を家族のように思っている人も多い。
とまあ、タイでは象は歴史や信仰、文化、生活に深く根付いた動物であり、国獣として、また近年では観光資源としても大切にされている。
タイで象に触れられる場所はというと、日本人に一番なじみがあるのは、バンコク郊外にあるサンプラン象園&動物園(Samphran Elephant Ground & Zoo)になるだろう。日本からのツアーでは、水上集落、アユタヤ遺跡とセットにされていることが多い。
ここでは象によるショーが行われ、象兵の模擬戦とか、サッカーや曲芸などを見ることができる。象が賢く、また巨体を器用に動かす様子は、初めてみたなら驚くだろう。ショー以外にも象乗りや餌やり体験、記念撮影なども行っている。更にはワニも飼育して、ワニのショーもやっていたが、これは微妙だった。
ちなみに、1990年代はここを訪れるのは日本人ばかりで、日本語のショーをメインに行っていた。おかげで珍しい象のショーを見ても、周囲の雰囲気は日本の動物園と一緒。いまいち気分が盛り上がらなかった……。
バンコクの北にあるアユタヤ遺跡は、かつて栄えたアユタヤ王朝の王都跡である。バンコクからほど近く、世界遺産になっているのもあり、訪れる観光客は多い。
ここには観光用の象がいて、エジプトのピラミッドでラクダに乗るのと同じように、象に乗って遺跡を巡るツアーが行われている。象が隊列を成し、ドスドスと地響きを立てて歩く姿は迫力満点だ。
ちょうど同じ宿に泊まっていた旅行者がこのツアーに参加していて、話を聞くと、象の背中の上はかなりの高さになり、それだけでも怖いのに歩くと揺れるものだから、「落ちたらどうしよう……」と、慣れるまでは怖かったそうだ。
とはいえ、遺跡周辺は緑が多く、象の背中に揺られながら見る遺跡は格別で、忘れられない思い出になったそうだ。
象の国らしく、遺跡や寺院で象に関連したものを見かけることが多い。スコータイ遺跡にあるワット・ソラサックは、基壇の周囲を象の彫像が囲むという、独特な佇まいをしている。
外国人目線だと、多くの象が遺跡から生えているような印象で、いささかグロテスクにも見えてしまうかもしれないが、タイらしさ爆発……といった感じだ。
バンコクのチャオプラヤ川の川沿いに暁の寺院として知られるワット・アルンがある。現在も続いているタイ国王朝、チャクリ王朝の2代目、ラーマ2世ゆかりの寺だ。
白い仏塔が美しい寺院の傍にはラーマ2世の像があり、その傍らには象の像が設置されている。馬に乗っていたり、犬が傍らにいたりする像はたまに見るが、象がそばにいるというのはとてもタイらしい。
同寺院には、象をモチーフした彫刻などが数多く見られる。一番有名なのは大仏塔に祀られている3つの頭を持つ象「エラワン」に乗ったインドラ神の像。タイ仏教とヒンドゥー教が融合している様子は、非常に興味深い。
町を歩いていたり、観光していても、象の国だなと感じる場面は多々ある。商店の窓などに象のイラストが張られていたり、象のマスコットをよく見かけたり、植木が象の形に刈り込んでいたりと、象の姿が町中に溢れている。
象が好きだし、身近な存在だからこそ、象の姿があると落ち着いたり、イラストなどで迷ったら「象でいいか」となるのではないのだろうか。
タイでは、人口の90%以上が、上座部仏教(テーラワーダ仏教)を信仰する、世界有数の仏教国。タイを訪れ、朝早く起きたなら、早朝の町に繰り出してみるといい。袈裟を着た僧侶が托鉢を受けている様子を目にすることができるかもしれない。
敬虔な仏教国でありながら、タイではヒンドゥー教の神も幾つか崇拝されている。特に人気があるのが、ガネーシャ。そう、象の姿をした神なのだ。
象の頭を持つガネーシャは、元々は人間の頭を持っていたが、父シヴァに首をはねられ、ちょうどそばにいた象の頭を付けて復活したとされている。
この絶望的な身体の障害や困難を乗り越えたというエピソードから、障害(困難)を取り除く神とされていて、他にも富や繁栄、学問などにご利益があると信じられている。
面白いのは、ガネーシャは寺院だけではなく、商売繁盛のシンボルとして繁華街にも祀られていること。とくに有名なのは、昔は日本の伊勢丹デパートだった場所にあるセントラルワールドの前にある金色のガネーシャ像。いかにも金運が上がりそうな姿をしているので、手を合わせていく人が絶えない。
(*写真:Kazutripさん 【イラストAC】)
近年ではピンク色をした巨大なガネーシャ像が人気となっている。設置されているのは、チャチューンサオ県にあるワット・サマーン・ラッタナーラーム。故プミポン国王の83歳の誕生日を記念して2011年に建立された。
なんでも、このピンクのガネーシャは「通常の3倍のスピード」で願いが叶うとされている。「ピンク色(赤色)の見た目」と「通常の3倍のスピード」から頭にすぐ思い浮かぶのは……、あのロボットアニメ「ガンダム」に登場する「赤いやつ」。まさかガンダムの世界観を取り入れてしまったのだろうか。タイ人もよくわかっている……(笑)。
と思ってしまうほどのシンクロニシティだが、実際の理由はタイの文化にあり、ピンク色をしているのは「曜日占い」に由来していて、火曜日のピンク色に合わせたから。
(*写真:alainさん 【イラストAC】)
そして、3倍で願いが叶うのは、ガネーシャの乗り物である「ネズミ」が、通常の3倍の速さで参拝者の願い事をガネーシャ本人に届けてくれるという言い伝えがあるから、とされている。
――古くから現代に至るまで、タイの人々はこうして象への愛着を注ぎ続けているのだ。
ひるがえって、私たち日本人は「象の国」とどう関わってきたのだろうか。私が初めてタイの地を踏んだのは1996年、当時の日本は空前の海外旅行ブームの真っ只中にあった。その時に象と日本人にまつわる印象深かった話を書いてみよう。
タイという国は古くから日本となじみが深い国であり、親日国としても知られている。日本に海外旅行ブームが訪れた1980年代。憧れのハワイやヨーロッパとは別に、比較的手軽に行けるタイ旅行がブームになった。
1990年代になると航空券も安くなり、タイの物価は安かったので、日本国内を旅行するよりもタイに行く方が安い、とまで言われるほどで、社員旅行でタイを訪れたという人も多いのではないだろうか。
日本人がどっと押し寄せたので、タイの観光地は日本人であふれかえった。それだけならまだしも、夜の町を目的とした男性旅行者も多く、歓楽街では「ここは日本か」と思うほど日本語の看板がずらっと並ぶ、異様な光景が広がっていた。
当然というか、世界的に買春ツアーなどと非難されたりもした。一方、ヨーロッパでは女性がブランド品を買い漁っていたりと、世界的に日本人は傲慢だとか、自分勝手だとか、ひんしゅくをかっていた時期になる。
タイでも傍若無人に振舞っていた日本人観光客たちではあったが、日本の感覚でお金を使ったり、行動していたので、よく「いいカモ」にされていた……。というのは、まあ景気のいい時代だったので、笑える話となるだろうか。
(*イラスト:しのこさん 【イラストAC】)
で、象の話になる。昭和の時代は日本国内の団体ツアーが盛んに行われていた。映画などの影響で北海道旅行が流行ったことがある。
その時に北海道を旅行した人が、「遥々北海道へ来たぜ!」と、こぞってヒグマの木彫りの置物を購入していた。サケを咥えた熊の木彫りがおばあちゃんの家に置いてあった……のを覚えているという人も多いのではないだろうか。
遠くへ旅行に出たら木彫りの置物を買うといった感覚が受け継がれているのか、日本人の集団意識みたいなものになるだろうか、同じようにタイで日本人がこぞって木彫りの象を購入していた。
私が最初にタイを訪れたのが1996年。観光地を訪れても、ナイトマーケットを訪れても、私が日本人だとわかると、土産物屋の人たちがどっと木彫りの象を売りにやってきた。しかも、言い値が高い……。
すっかり日本人は象の木彫りの置物が好きで、少々高くても買ってくれると認識されているようだった。そして誰が教え込んだのか知らないけど、「社長。安いよ。象の置物」というのがお決まりのセリフとなっていた。
この時代は日本語を覚えればいい商売になるほど、日本の景気がよく、世界の有名な観光地は日本人観光客であふれかえっていたのだ。
「象の国タイ」ではあるが、ひと昔前はタイ人よりも日本人の方が象の置物を購入していた。というのは、バブル時代の置き土産のような話になるだろうか。
かくいう私も象の木彫りを購入していたりする。置物には心が動かなかったけど、壁掛けのものが気に入ってしまい、もう明日帰国だし……。お金も余っているし……。と、少し大きめのものを買ってしまった。もちろんしっかりと値切って購入したので、いい買い物だったと思う。……多分ではあるが。
今でも我が家の壁に掛かるその木彫りを見るたびに、あの熱気に満ちた1996年のタイの風景と「社長、安いよ」という耳に残る言葉、さらには、海外旅行が盛んなほど勢いのあった日本社会や、無鉄砲だった若かりし自分を懐かしく思い出すのである。
#41 象の国タイ