旅人が歩けばわんにゃんに出会う タイトル
旅人が歩けばわんにゃんに出会う ~ ユーラシア大陸横断編 ~

#37 ムアン・シンのワンコ

ラオス ムアン・シン 2000年11月
Muang Sing,Laos / Nov.2000
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ラオス ムアン・シン バスに自分で荷物を載せる様子の写真
バスに自分で荷物を載せる様子

首都ビエンチャンから、ラオスの最北部付近、中国との国境が間近な場所にあるムアン・シンという小さな町へ、バスで向かった。

しかし、ラオスの道は悪く、交通網もあまり発達していない。おまけに北部地域ではバスジャックが発生するとかで、夜行バスがない。バスを乗り継いで移動するのも大変で、結果、移動に1日半もかかってしまった。

ラオス ムアン・シン 祭りの日のシェン トゥン ストゥーパの写真
祭りの日のシェン トゥン ストゥーパ

なぜそんな苦労をして、こんな辺境の地を訪れたのか。それは、ちょうどムアン・シンでフルムーン・フェスティバル(正式にはXieng Tung Stupa Festival)をやっていたから。

この祭りは、11月ごろの満月の日に行われるシェン トゥン ストゥーパ(シェン・トゥン寺院)の祭礼で、この地域で一番大きな祭りである。

ラオス ムアン・シン フルムーン・フェスティバルの会場にての写真
フルムーン・フェスティバルの会場にて

祭りだけなら、ここまで苦労して訪れなかったかもしれない。私を突き動かしたのは、「周辺地域から民族衣装を着た住民たちが集まり、非常に賑やかになる」というガイドブックやビエンチャンの観光案内所の情報だった。

ラオス北部には、民族衣装を着たモン族の人々が多く暮らしている。少数民族の人に会いに行くといったツアーもあるが、それだけのために北部まで行くのも大変だし、会えるかもわからない。

でも、祭りだったら確実に会えるし、おそらく一度に多くの少数民族にも会うことができる。これは頑張っていく価値があるのではないか。

そう考え、苦労してムアン・シンにやって来たのだが、祭り自体は、期待通りであると同時に、少し期待外れでもあったという、ちょっとモヤモヤするものとなった。ともあれ多くの民族衣装を目にすることができたという点では、十分に満足のいくものだった。

ラオス ムアン・シン市場の写真
ムアン・シンの市場

なぜモヤモヤした気持ちになったのかは後ほど触れるとして、まずはムアン・シンでは市場も訪れてみたので、そちらに話を進めよう。

「その土地の文化を知りたければ、市場へ行け!」と、 かつてはそれが、旅の鉄則のように言われていた。

訪れた2000年当時もそうであったが、現在は経済の発展や技術の進歩とともに、どこも似たり寄ったりな雰囲気となりつつあるので、昔ほどそういった声は聞かなくなった。

私自身、もともと市場を巡るのが好きなので、旅先ではなるべくその土地の市場を訪れるようにしている。何が売られているのか、どういったやり取りがあるのか、地元の人々の顔立ちや服装など、興味が尽きない。

多くの市場を訪れて気が付くのは、野菜売り場などはそこまで違いはないものの、肉売り場は訪れる国、地域によってかなり様子が違うこと。きっと宗教観や死生観、文化によるタブー、あるいは衛生環境などが影響しているのだろう。

ラオス ムアン・シン市場の肉売り場の写真
ムアン・シン市場の肉売り場

たとえば日本の肉売り場といえば、きれいに切り分けられた肉がパックに並び、冷蔵ケースに陳列されているのが当たり前だ。

しかし、その感覚のまま海外のローカル市場を訪れると、激しいカルチャーショックを受けることになる。当時はまだ冷蔵システムがない市場が多く、肉はぶつ切りのまま常温で売られているのが普通だった。また、解体作業も同じ場所で行っているので、匂いがすさまじい。ここムアン・シンでもそうだった。

それとともに、海外では肉売り場には物々しく柵が設けられているところが多い。肉は高価だから宝石を売るのと一緒だな……なんて安直に思ったが、鳥や犬、猫などといった動物から商品(肉)を奪われるのを防ぎ、店や働く人の安全、そして衛生を守るためだった。

ラオス ムアン・シン市場の肉売り場とおこぼれを狙うワンコの写真
肉売り場とおこぼれを狙うワンコ

ムアン・シン(Muang Sing / ເມືອງສິງ)、Laos Nov.2000

実際、市場ではワンコがおこぼれをもらおうと、周辺をウロウロしていることが多い。ここでも買い物客の足元に交じり、肉売り場の柵の外を歩き回っていた。

こういった場所に犬がいたら、従業員が目を光らせ、近づいて来ようものなら「邪魔だ。あっちへいけ!」と蹴飛ばされる光景を思い描いてしまいがちだが、ここでは大して誰も気にしない。ワンコも大人しくしていて、すっかり風景に馴染んでいる。

人間も犬もただひたすらのどかで、「サザエさん」のオープニングの歌に出てくる「お魚をくわえたドラ猫を追うようなお馴染みの光景」が起きそうな雰囲気は微塵もなかった。

ラオス ムアン・シン 郊外ののどかな村の写真
郊外ののどかな村

ムアン・シンでは、周辺に暮らしている少数民族の村を歩いて回るトレッキングツアーが人気となっている。お隣のベトナムでもそういったツアーに参加し、楽しい思い出となっているので、今回も参加してみようと思っていた。

しかし、前日のフルムーン・フェスティバルで、カメラを向けられて嫌がる少数民族の人々を、欧米系の団体客が容赦なく撮影しており、地元の人が激怒しているといった場面に遭遇してしまった。

会場内の雰囲気は非常に悪くなり、地元の人が観光客を見る目も冷ややかで、同じ観光客としていたたまれなかった。先に書いた感想で、モヤモヤしたと言葉を濁したのはこのためだ。

こんな観光客嫌悪のような空気が明日も続くなら、せっかく村へ行っても冷たい目で見られるだけなのではないか……。歓迎されない訪問ほど気まずいものはない。そう思い、私はツアーへの参加をやめることにした。

ラオス ムアン・シン 水牛の歩くのどかな道の写真
水牛の歩くのどかな道

その代わりに、自転車を借りて中国国境付近まで気ままにサイクリングをしてみることにした。

舗装されていない道を自転車で走っていると、かなり前方の道路に走り回っている子供たちとワンコを発見。そののどかな光景に慌てて鞄からカメラを取り出し、遠目だったがシャッターを切った。

ラオス ムアン・シン のどかな道 ワンコ発見の写真
ワンコ発見

ムアン・シン(Muang Sing / ເມືອງສິງ)、Laos Nov.2000

しかし、やはり遠すぎる。これでは豆粒のようにしかならない。すぐにカメラをしまい、ボロ自転車のペダルを全力でこいでその場所に急いだが、林の中に入っていってしまったようで、もう姿がなかった……。

ワンコにフラれてしまった。どうもうまく旅のリズムに乗れない感じがする。というより、昨日の少数民族のように、ワンコも「カメラを持った観光客が来たぞ」と逃げ出してしまったのではないだろうか……。

まるで、近づこうとすればするほど離れていってしまう、この町と自分との距離感を見せつけられたようにも感じてしまった。

ラオス ムアン・シン 素朴な集落の写真
素朴な集落

さらに自転車を進めると、道沿いに趣のある集落が現れた。ほぼ木造建築だけで、まるで時代劇のセットのようだ。

日本で古い町並みを歩くと、「江戸時代にタイムスリップしたかのような」という表現をよく使うが、そんなものは甘い。ここには電線がないのだ。車も見当たらなければ、テレビアンテナもパラボラアンテナもない。文明の利器と呼べるものが、ほとんど存在しない世界だった。

まるで中世に迷い込んでしまったかのような、身震いするほどの感動が湧き上がる。行ってみたい、覗いてみたいという衝動に駆られたが、このあまりにも素朴な暮らしの中に、異邦人の私がずかずかと入っていく勇気は、どうしても湧いてこなかった。

ラオス ムアン・シン 荷物番をする子供たちの写真
荷物番をする子供たち

これというのも、昨日の欧米系の旅行者の振る舞いや地元の人の観光客嫌悪の様子が気になって仕方がなかったからだ。

「いまいち気分が乗ってこない。本当に余計なことをしてくれたものだ」と、自転車を漕ぎながら思っていた。正直に言うと、自転車を漕ぎ出す前までは自分は彼らとは違う、まっとうな旅行者だと思っていたのだ。

しかし、自転車を進めていくうちに、徐々に自分もここではあまり歓迎される存在ではないことを悟っていった。

ベトナムのサパでは、集落に寄ったりすると、「外国人かよく来たな」と歓迎をされることが多かったのだが、ここでは「また外国人か」とあまり相手にしてもらえない。むしろ「何をしに来た」というような迷惑そうな表情さえしてくることもある。

これは欧米人とか、団体客とかではなく、アジア人だろうが、個人で訪れようが関係なく、カメラを提げてやって来る外国人観光客がということなのだろう。そして私もまた、その一人だったのだ。

ラオス ムアン・シン 外国人の多いカフェで物を売る子供たちの写真
外国人の多いカフェで物を売る子供たち

辺境の素朴な土地に、生活が豊かな外国人観光客が押し寄せることは、経済や文化面などでいい面もあるが、様々な軋轢を生むことも多い。特に少数民族にとっては、自分たちのことを興味本位で見に訪れる観光客は、生活を脅かす存在でしかないのだろう。

「一人の影響は小さくても、積み重なれば……」「今日はよくても1か月後は……」と、徐々に不満というのは溜まっていくもの。昨日の一件もたまたま起きたのではなく、元からあった不満が表面化しただけのことだったのだ。

もちろんタイ北部やサパのようにうまくやっている場所もある。そういった感覚で私も訪れたのだが、どうやらここでは事情が少し違ったようだ。そして、こういった場所を訪れる難しさというのを、ここムアン・シンで悟った。

きっと市場にいたワンコのように、暮らす人にとって「異物」でありながらも、その土地の日常にそっと溶け込めるような存在であるのが、理想なのだろうな。ワンコを見習わなければな。そんなことを考えながら、私は帰り道のペダルを少し重い気持ちで踏み込んでいった。

旅人が歩けばわんにゃんに出会う
#37 ムアン・シンのワンコ
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