#36 コーン島のワンコたち
ラオス コーン島 2000年10月Don Khon,Laos / Oct.2000
「東南アジアの母なる大河」と呼ばれるメコン川。源流を遡ってみると、なんと標高5,000mのチベット高原にたどり着く。そこから中国の雲南省を通り、東南アジアにやってくる。
東南アジアでは、国境になっていることが多く、まずミャンマーとラオスの国境、次いでタイとラオスの国境をなぞるように流れていく。そして、ラオス南部、カンボジア、ベトナムを経て南シナ海へ注いでいる。
総延長は実に4,000km以上。メコン川といえば下流部のメコンデルタの印象が強いが、これだけ長い河川なので、様々な河川の風景を持っている。
メコン川はラオスを縦断し、最南部からカンボジアへ入る。このカンボジアに入る手前のメコン川流域は、シーパンドン(Si Phan Don)と呼ばれていて、とても特徴的な地形をしている。
シーパンドンとは4千の島の意味である。このあたりは川幅がぐっと広がり、広いところで10km以上もある。ここに大小4千の島があるのだが、まるで大河の中流域に突如として巨大なデルタ地帯が現れたかのような、不思議な光景だ。
流れが穏やかなシーパンドンの南端からは、メコン川の様子が一変する。カンボジアにかけて岩石地帯となっていて、大きな滝もあることから、流れがとても激しい。
メコン川というと、流れが穏やかで、「悠久」とか「素朴」といった印象を抱くのだが、この部分だけは川そのものが牙を剥いたかのように、激しい表情を見せる。
その象徴がコーンパペンの滝。落差は20mほどと高低差による迫力はない。ただ、コーンパペンの滝をはじめとする「コーンの滝」全体で、横に連続して10kmに渡って大小無数の滝があるので、世界で最も幅の広い滝ということになっている(ギネス記録による)。
ガイドブックなどでは「アジアのナイアガラだ!」と称されていることもあるが、正直に言えばそれは少し大げさだ。もし、本家を期待して訪れたなら、あまりの落差にガッカリしてしまうだろう。
それはやはり落差が少なく、幅が非常に広いために、滝らしく見えないからだ。個人的には「規模の大きな急流」という呼び方や、日本の風景的には「大雨の後の濁流」という表現がしっくりくる。とはいえ、過剰な期待を抜きにすれば、その迫力は十分に観光客を圧倒する。
ただ、この激流があるせいで、下流のベトナムやカンボジアからの船がラオスへ進むことができない。内陸国のラオスにとっては、悩ましい存在になっている。
実際に4千の島があるのかはわからないが、シーパンドンには人が住めるほど大きな島も幾つかある。こういった島ではメコン川の水に恵まれているのもあり、農業がとても盛んに行われている。
観光客にも人気となっていて、滝のすぐ近くにあるコーン島(Don Khon)とデッド島には、ゲストハウスやレストランが並んでいる。また、ここはバックパッカーの沈没地としてもよく知られている……。
実際に滞在してみると、自然に囲まれ、ただひたすら静かで、時が止まっているかのよう。私が訪れた時には、電気、水道、ガスといったインフラは整備されていなかったので、文明社会から隔絶された世界といった雰囲気がたまらなく良かった。
と、少し大袈裟に書いてみたが、実際のところは、電気に関しては車のバッテリーを使って照明を灯し、雨水などを貯めた浄水器やちゃんとした食堂もあり、滞在中に困ることはほぼなかった。
コーン島の見どころは、滝とフランスの植民地時代の鉄道施設跡ぐらいしかないので、一回りしてしまうと、これといってやることがなくなる。
なので、1泊もすれば十分なはずなのだが、島の穏やかな空気の影響なのか、メコンの流れが時間感覚を狂わせるのか、はたまた島民が沈没エキスを食事などに混ぜているのではないかと、自分以外のせいにしたくなるほど腰が重くなる。
そして、「特にすることはないが、こんなのんびりした環境で過ごすことはめったにない。なんて贅沢な体験だろう」と、2日目はボーッとして過ごす。
3日目になると更に腰が重くなり、「旅人にも休息が必要だ……」と自分に言い訳し、また一日ボーッとしながら過ごし……と、徐々に時間の感覚がなくなり、時があっという間に過ぎていく。
これがいわゆる「沈没」。その沼にハマるとなかなか抜け出せない。移動し続けることが性(さが)の旅人にとって、最も厄介な症状である。幸いなことに私は4泊で脱出でき、重症には至らなかった……。
コーン島(Don Khon / ດອນຄອນ)、Laos Oct.2000
私が沈没しつつあったコーン島には、ゲストハウスやレストランが並ぶ集落がある。ここには少なくとも2匹のワンコが暮らしていた。
島には他の地域の車が走ることがないので、まず車などにひかれる心配はない。島の子供たちとはお友達といった感じで、ワンコたちはのびのびと過ごしていて、その様子はすっかり島の風景に溶け込んでいた。
コーンパペンの滝を越えた先も岩場が続いているが、流れは比較的穏やかになる。滝付近では伝統的な仕掛け漁が行われていたが、その先の岩場は子供たちにとっての絶好の魚釣り場となっている。
ここでは釣りが娯楽の一つ。夕飯にもなるので、子供たちの表情は真剣そのもの。川に落ちたら危ないが、ワンコたちが子供たちに連れ添い、釣りをしているのを見守る様子はどこか心強く感じる。
ラオスの女性は、長い布地を腰で巻き、ロングスカートのように着こなしている人が多い。これは伝統衣装のシン。呼び名は違うが、インドネシア、ミャンマーでもよく見かける。
こういった衣装が女学生の制服になっているのは、ラオスだけ。小学生女子もちゃんとシンを着こなして通学している。他の地域では濃紺が主流のようだったが、コーン島で見かけたものは少しカラフルだったのが印象に残っている。タイやカンボジアに近い立地から、そういった文化の影響を受けているのかもしれない。
そんなシンをまとった子どもたちが通う小学校へ、ワンコが乱入。日本だったら大騒ぎになるが、ここでは空気のような存在。本当に穏やかに時が流れている。
コーン島をブラブラと歩いていると、大勢の子供たちに囲まれながら原始的な方法で製粉しているお母さんに呼び止められた。それにしても子供が多い。近所の子供たちが集まっているのかと思ったら、なんとそのほとんどが自分の子供だという。なんとも子だくさんなお母さんだ。
そのお母さんは、「そこを見てごらん」と作業している小屋の横にある木陰を指さした。「何だろう?」とそっちへ行ってみると、豚の赤ちゃんが母豚の横でスヤスヤと寝ていた。
「へぇ~、生まれたばかりの豚は可愛いものだな」
豚の赤ちゃんは初めて見たが、4匹の子豚が重なり合うようにして寝ている様子は、とても可愛らしかった。聞けば、本当に生まれてまだ日が浅いらしい。
でも、「いずれは豚肉になる運命なんだよな……」そう考えると切ないが、せめてそれまではこののどかな雰囲気の中で元気に過ごしてほしい。
東南アジアの母なる大河、メコン川。その豊かな営みの中で、子どもたちに寄り添うワンコも、新しく生まれた家畜も、子だくさんな家族も、みんな分け隔てなく新しい命が次々と育まれていくのだろう。
#36 コーン島のワンコたち