旅人が歩けばわんにゃんに出会う タイトル
旅人が歩けばわんにゃんに出会う ~ ユーラシア大陸横断編 ~

#32 路上の屋台とワンコ

カンボジア 2001年9月
Cambodia / Sep.2001
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カンボジアの地図のイメージ(*イラスト:ナロンエースさん)

(*イラスト:ナロンエースさん 【イラストAC】

カンボジアはタイとベトナムの間にある国。国土面積は日本の約半分ほど。東南アジアの中では小さく、あまり目立たない国である。

普通の人はカンボジアから何を思い浮かべるだろうか。世界最大規模といわれる仏教遺跡「アンコール・ワット」を思い浮かべるくらいで、他にはあまり印象のない国なのではないだろうか。最近だと「詐欺の拠点となっている危ない国」という印象を持つ人も多いかもしれない……。

カンボジア アンコールワットの遺跡の写真
アンコールワットの遺跡

カンボジアの印象が薄いのには少々訳がある。隣国で起こったベトナム戦争が終結したのが、1975年。その後、カンボジアではポル・ポト政権が誕生するのだが、これがとんでもない独裁政権だった。

政権に反抗する者を片っ端から捕まえ、捕虜収容所に送り、拷問の末に虐殺した。その数が170万人というから、到底人の所業とは思えない。国は混乱し、その後に起こる内戦の死者を含めると、200万人以上が亡くなったとされている。

カンボジア ポル・ポト派の捕虜収容所の写真
ポル・ポト派の捕虜収容所

そのポル・ポト政権が転覆した後、復興と、民主化が進められ、1992年には自衛隊が国連平和維持活動(国連PKO)として派遣された。自衛隊創設以来、初の大規模海外派遣ということで、大々的にマスコミで報じられたのを記憶している人もいるだろう。

その後は民主化が進められていくものの、国内の情勢不安、貧困、壊滅的なインフラ等の問題があり、日系企業が積極的に進出することはなかった。治安の懸念から、アンコール・ワット以外を訪れる旅行者も少なく、日本との関係性が薄ければ、話題に上がることも少なくなるというもの。

それに、経済的な事情からスポーツや芸術などの国際舞台で活躍する人材も育ってきていない。日常的に国の名が報じられる機会が少ないので、印象が薄くなってしまうのは仕方がない。

カンボジアの道の写真
カンボジアの道

私がカンボジアを訪れたのは、2000年と、2001年。内戦からは少し時間が経ち、外国人がようやく自由に国土を移動できるようになった時期だった。比較的国内の治安は落ち着いていたが、まだまだ復興途中といった雰囲気で、随所で貧しさを感じた。

特にひどいと思ったのが、道路。とにかく道が悪かった。道がちゃんと舗装されているのは都市部だけ。主要な幹線道路でも舗装されていない場所が多く、舗装されていたとしてもアスファルトは至る所で穴が開いていて、でこぼこ。

バスはそういった障害を避けながら走るので、道は真っすぐでも、常に左右に揺れているし、穴にタイヤがはまれば、突然上下にバウンドする。本当に快適とは程遠い道中だった。

貧しい国を訪れているのだから、それぐらい文句を言わずに我慢しろよ。確かにその通りだ。文句を言ったら罰が当たる。

でも、急に激しい揺れとなるので、油断していると、頭や肘、足などを、窓や肘置き、前の座席にぶつけて、打ち身やたんこぶができる。同じ体勢でいるとお尻も痛くなるし、おまけにスピードを出せないから、移動にはめっぽう時間がかかる。

カンボジア スタックするピックアップトラックの写真
スタックするピックアップトラック

更に厄介なのが、雨量の多いスコールがあること。粘土質の道がぬかるむと、スタックして動けなくなる。なので、区間によっては移動手段が4WDのピックアップトラックとなり、乗客は荷台に乗り込むことになる。これまたよく揺れるし、油断していると、外に放り出されそうになる。

絶えず揺れまくる道中は過酷で、じっと座っていることはできない。誰でも移動中に揺れで踊ってしまう道。誰が名付けたのか知らないが、「カンボジアの道はダンシングロードだ」とはよく言ったものである。

カンボジア 水掛祭りの写真
水掛け祭り

ちなみに、私が訪れたときはちょうどカンボジアの旧正月だった。旧正月には水を掛けて祝う習慣があり、水掛け祭りとも言われている。

「へぇ~楽しそうだな」普通はそう思う。でも、この祭りが厄介だった。車などにも水風船を投げつけてきたりするのだ。バスなら窓を閉めておけばいいのだが、ピックアップトラックの荷台だと、避けようがない。自転車で遺跡を巡っているときにも投げられ、危うく大きな事故になりそうになった。

道が悪いうえにこのテロのような水攻撃が来るものだから、さすがに辟易してしまった。でも、逆に掛ける側に回ってみると、なかなか楽しかったりする……。

カンボジア 路上の屋台とワンコの写真
路上の屋台とワンコ

幹線道路(Between Phnom Penh and Siem Reap)、Cambodia Sep.2001

そんなカンボジアでの過酷な移動の最中、休憩のためバスは小さな村の小さなお店の前で停車した。

道が悪いので、移動に時間も体力もかかる。運転手はもちろん、乗客も然り。必然的に休憩も頻繁に行われるのだが、気の利いたサービスエリアとか、ドライブインはない。

なので、こういった小さな村で休憩することも多かった。それはそれで各駅停車の旅をしているような感じで、素朴なカンボジアを見ることができてよかったように思う。

その時に屋台の傍にワンコがさりげなくいたので、写真に収めてみた。何かおこぼれがもらえないだろうかといった様子ではあったが、この当時の自然なカンボジアの情景を記録できたと思う。

犬が痩せているのが少し気になったが、当時は人間も痩せた人が多かったので、周囲の風景に違和感なく溶け込んでいた。

カンボジア 橋の補修の写真
橋の補修

痩せたわんことともに印象に残ったのが、道路でお金を稼ぐ人たち。強盗以外で手っ取り早く収入を得る方法。原始的な商売として女性の売春がよく上がるが、通行人から通行料をとるといったことも古くからある。

とはいえ、普通の道で勝手にそんなものを徴収しても、誰も払わない。でも、それがスタックしたときとか、橋が壊れて通りにくい場合には、そうもいかない。

Road Cut(道路カット)というのだろうか。ちゃんとした呼称は分からないが、わざと道路をぬかるませ、はまった車両を復旧させるお礼にお金をもらう。橋などを補修し、車が来れば板を置いて通行させ、お金をもらう。そして車が去ると、また壊す。

アジアでは古くから広く行われていた行為で、舗装された道路を壊す場合もあり、国も頭を悩ませる問題だった。こういうことが大々的に行われていた最後の国が、カンボジアになるだろうか。

通行税のようなトラップも、「こんな理不尽なことが許されていいのか」と、乗客ながらに憤ってしまうのだが、払っている運転手に聞くと、「貧しい人たちだからしょうがない」「持ちつ持たれつというものだ」「こういう道路だし、雨も多い。本当に困ったときには助けてもらわないとダメだから……」と、そこまで気にしていない様子。辛い内戦を生き抜いてきた人たちは、寛容力が違う。少々のことで気にしていたらいけないんだな……と、色々と勉強になった。

カンボジア メコン川の渡船の写真
メコン川の渡船

現在では、各国の援助で、立派な道ができ、メコン川にも橋が架けられ、カンボジア国内の移動が楽になったと聞く。中国資本が多く入り、経済も上向いているようなので、きっとこういうトラップも姿を消したのではないだろうか。

旅人が歩けばわんにゃんに出会う
#32 路上の屋台とワンコ
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