#19 ビックリ猫
ベトナム サパ 2000年2月Sa Pa,Vietnam / Feb.2000
(*イラスト:acworksさん 無料イラスト【イラストAC】)
バックパックを背負っての長い一人旅。大変なことは多いが、何が一番大変かというと、毎日のように宿が変わること。
町に到着したら安宿を探して回り、宿が決まったら荷物を出して、翌朝にはまた荷物をパッキングして出発する。そして、また次の町で宿を探す。その繰り返しは落ち着かなく、疲労感も蓄積されていく。
500円程度で泊まれる安宿を探すのも大変なこと。高い宿が快適で、素晴らしいのは当たり前。安宿には安いなりの理由があるので、当たり外れが大きい。それをしっかりと見極めないと、いい旅ができない。
おいおい。ちゃんとした宿に泊まりなよ。宿代をケチってトラブルに遭ってしまったら、元も子もない。旅が終わるだけではなく、場合によっては命にかかわるぞ。などという意見は、至極当たり前のことで、当然、自分でも身に沁みて感じている。
とはいえ、旅の出費で大きなウェイトを占めているのが、宿泊費になる。限られた予算を最大限に有効活用しようとするなら、ここを削るしかない。特に旅程が定まっていない長期の放浪のような旅では、安宿を利用することで、より長く旅を続けることができるからだ。
なので、他の旅行者などと情報交換し、外国人が泊まっても大丈夫で、雰囲気のいい安宿の情報を得る努力をしている。これはバックパックを背負って旅する旅人にとって大事なスキルの一つで、ガイドブックだけではいい旅ができないのだ。と、昔は自信満々に言っていたが、今ではスマホ(SNS)で情報交換や検索ができるので、その限りではないかもしれない・・・。
ちなみに、宿は安ければ安いほどいいというわけではない。私の経験上、現地の人しか泊まらないような最低ランクの安宿は、訳アリの人が泊まっていることが多く、目立つ外国人観光客が宿泊すると、荷物を盗まれるなどかなりの確率でトラブルに巻き込まれる。
ベトナムの北部、山岳地帯にあるサパで宿探しをしていた時の話になる。ガイドブックで目星を付けていた宿を訪れると、うれしいことに部屋は空いていた。念のために部屋を見せてもらうと、悪くない。「ここにするよ」とすぐに決めた。
駅やバスターミナルに到着し、重いバックパックを背負って、汗だくになりながら人気の宿や目星を付けていた宿にたどり着いても、満室で断られることもある。その時のガッカリ感ときたら筆舌に尽くしがたい。今回のようにすんなりと宿が決まると、飛び上がるほどうれしいというか、心底ホッとする。
一度ロビーに降りて、宿泊帳に記入し、再び部屋に戻った。今晩の宿が決まったので、一安心。これで落ち着ける。
これからどうしよう。早速、町歩きに出かけるか・・・。昨晩は夜行列車での移動だったので、あまり眠れなく、少し体がだるい感じがする。昼寝しておいたほうがいいか・・・。いや、とりあえず服を洗濯を済ませておいたほうが・・・などと考えていると、コツコツ、カサカサと、小さいながら怪しい物音がどこからとなく聞こえてきた。
(*イラスト:水雲さん 無料イラスト【イラストAC】)
何の音だ。音の正体がわからないと、不気味でしょうがない。恐る恐る音の元を探っていくと、部屋に置いてあるクロゼットの中から音がしている。って、中に何か生き物がいるのか。
音の大きさからいって、ゴキブリとか、クモといった昆虫ではなさそうだ。トカゲか、ヤモリ・・・。いや、もっと大きく、ネズミとか、リスといった小さめの哺乳類ではないだろうか。
こういった場合、日本だとある程度その正体の想像もつくが、異国の地では見たことのないとんでもない生き物が出てくる可能性もある。
強烈な毒を持つような生き物だったら大惨事だぞ。ここはベトナム。鼠ほどの大きさをした毒クモがいてもおかしくない・・・。不安が不安を呼び、様々な憶測が頭の中を巡るので、恐怖も大きくなる。
(*イラスト:ぴぐさん 無料イラスト【イラストAC】)
毒を持たない小さな鼠だとしても、この状況においては危険なことには変わりない。窮鼠猫を噛むといった感じで、衛生的によくない生き物にかまれでもしたら、治療のために病院行きとなる。
ここで旅を終わらせるわけにはいかない。着ていたパーカーを脱いで左手に巻いて、右手には部屋に置いてあったゴミ箱を持ち、万が一向かってきたら左手で防御。或いは右手のゴミ箱を被せて捕獲してしまおう。
呼吸を整え、準備完了。いきなり飛び掛かってくるなよ・・・。南無さん。心臓をバクバクさせながらゆっくりと扉を開けた。
サパ(Sa Pa)、Vietnam Feb.2000
すると、そこにいたのは猫。私の姿を見ると、見つかってしまったにゃ~といった感じで、「にゃ~」と甘えるように鳴いてきた。なんだ。猫か・・・。驚かせるなよ。ホッと胸を撫でおろすと同時に、凄まじい脱力感を感じたのだった。
なんてことはない。この猫は宿の猫。換気のために部屋の扉は開けっぱなしにしてあったし、私がロビーに降りる時にも扉を開けたままだったので、勝手に部屋に入り込んだのだろう。
クローゼットから出てくると、私の方へやって来たので、身体を軽く撫でてあげると、再びクローゼットの中に入っていった。どうやらこの中がお気に入りとなっているようだ。写真はその時に撮ったもの。
猫が部屋にいるのは分かるとして、どうやってクローゼットに入ったの?ってことになるのだが、このクローゼットの扉が曲者で、扉に留め金とか、磁石が付いていなかった。
なので、部屋の扉を開け閉めした時の気圧の変化などで、勝手に開いたり閉まるのだ。私がロビーから部屋に戻り、扉を閉めたときにクローゲットの扉が閉まってしまったのだろう。
(*イラスト:かえるWORKSさん 無料イラスト【イラストAC】)
ちなみに、夜中に寝ているときにも勝手に扉が開いて、心臓が止まる思いをした。真夜中にポルターガイストのようにクローゼットがミシミシと嫌な音をたてながら開いたり閉じたりするというのは、かなりの恐怖体験。扉の中から変な音がしたことよりも、遥かに怖かった。
で、こんな怖い思いは嫌だと、それ以降はバックパックを扉の前に置いて開かないように封印した。今思っても本当に厄介なクローゼットだった。というよりも、ケチらずに留め金を付けておいてくれよ。まったく・・・。
#19 ビックリ猫