旅人が歩けばわんにゃんに出会う タイトル
旅人が歩けばわんにゃんに出会う ~ ユーラシア大陸横断編 ~

#17 シンセンの動物市場

中国 深圳 2000年1月
Shenzhen, China / Jan.2000
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深圳 繁華街の交差点の写真
繁華街の交差点(2001年)

香港に隣接するように深圳(中国語:シェンチェン)の町がある。日本語では「シンセン」と読むが、「圳」の字は、JIS第1・第2水準漢字ではないので、「深セン」と表記しているものも多い。

深圳といえば、中国の4大都市に数えられ、ハイテクの町とか、IT最先端の町として知られている。短期間で爆発的に発展を遂げた都市としても有名だ。

深圳 深圳駅前広場と建設中のビル群(1997年)の写真
深圳駅前広場と建設中のビル群(1997年)
深圳 駅前の通りと埋め尽くすバスやタクシー(1997年)の写真
駅前の通りと埋め尽くすバスやタクシー(1997年)

深圳の発展は、1980年に経済特区に指定されたことに始まる。深圳の他には、マカオに隣接する珠海、華僑の多い汕頭、台湾の対岸に位置する廈門の3つが指定された。1988年には海南島も加わり、全部で5つの経済特区が近年の中国の発展を支えた。

この経済特区の中でも一番成功したのが深圳である。昔は日系の電機メーカーの工場が多くある町で、私の学生時代(1990年代前半)は、香港の影に隠れてしまっていてそこまで世間に知られた存在ではなかった。

深圳の名を日本でもよく聞くようになったのは、1997年の香港返還以降になるだろうか。香港という蓋がなくなったのと、ITの波に乗って世界有数の都市へと変貌を遂げた。

深圳 中心部の交差点の写真
中心部の交差点
深圳 開発途中の蛇口(2000年)の写真
開発途中の蛇口(2000年)

私が深圳を訪れたのは、1997年、2000年、2001年の三回。まだこの頃は発展段階で、町の各所でインフラやビルの工事をしていた。個人的には香港の模造都市といった印象を受けたのだが、今では立場が逆転しつつあるから驚く。

2000年の訪問時には、深圳大学に通う友人の案内で、深圳で一番大きな東門市場を訪れた。その目的は、動物売り場。

長い歴史を持つ中国の食文化は、とても豊かだ。でも、豊か過ぎて「机と椅子以外なんでも食べる」などと、皮肉を込めて言われていたりする。

その象徴が、動物市場。動物市場と聞くと、ペットや家畜が売られているようなイメージを抱いてしまうが、ここでは食用にする様々な動物が取引されている。

深圳 動物市場の写真
深圳の動物市場 2000年

訪れてみると、市場内には多くの動物の檻が並んでいた。その様子はまるでミニ動物園みたい……。とはならない。ここはそんな夢のある名を付ける場所ではなかった。

ここの動物たちは、ペットや家畜として売っているわけではないので、扱いはぞんざいで、完全に物扱い。劣悪な環境の中、多くの動物が狭い檻に閉じ込められていた。

動物たちの檻の横を歩くと、死を覚悟した悲しい目をこちらに向けてくる。その悲しい目を見てしまうと、胸が締め付けられる。悲痛な鳴き声が耳に入ってくると、心拍数が上がり、耳を押さえたくなる。

また、血抜きや解体も行っているので、動物の死体や毛皮が無造作に転がっていて、目をそむけたくなる。更には、この一帯は血の匂い、腐敗臭、飼育臭が混じった強烈な悪臭が漂っていて、息が詰まりそう。呼吸をするのも苦しく感じるほどだった。

ここには楽しい雰囲気は微塵もなく、あるのは殺伐とした雰囲気と、悲しい運命をたどることになる動物たちだけ。あまり思い出したくない記憶だ。

売られている鳥(香港)の写真
売られている鳥(香港 2000年)
鳥市場(陽朔)の写真
鳥市場(陽朔 2000年)

なぜ生きたままで売られているのか。案内してくれた友人の話では、「中国では、衛生環境が悪く、人間同士の信頼関係が薄いので、死んだものだとどういう素性のものか分からない。その点、食べる直前まで生きていれば、安心できる。それに新鮮な方がおいしいと思う人が多く、こういった状態で売られている」とのことだった。

私が旅した2000年頃は、日本ではインターネットが爆発的に普及し始めた時期で、高価なパソコンを購入する人が多かったが、中国を含めたアジアの地域ではまだまだ冷蔵庫が高嶺の花で、なかなか買えない人が多かった。そういった冷蔵・冷凍の問題も大きかったはずだ。

素人見解なので、理由はこれだけじゃないかもしれないが、日本人の生鮮魚介類に対するこだわりに当てはめて考えれば、ある程度は納得がいく。

深圳 鳥屋と品定めをする客の写真
鳥屋と品定めをする客(深圳)

鶏肉にしても、町中にある鶏肉屋では鶏やアヒルが生きている状態で売られていたりする。それを普通におばさんが品定めして、「この太ったやつをもらおうかしら」といった感じで買っている。切った肉がパックに入って売っていることに慣れていると、そのワイルドさに驚く。

きっと家に帰ったら、手慣れた感じで捌いていき、今晩の夕食の食卓に上がることになるのだろう。中国の食文化の逞しさや、食への強いこだわりを感じるいい例かもしれない。

とはいえ、この方法には問題もある。2003年には、SARS(重症急性呼吸器症候群)という聞きなれない病気が、中国を中心にアジアで流行した。

コロナウイルスのイメージ(*イラスト:ノゾミさん)

(*イラスト:ノゾミさん 【イラストAC】

肺炎に似たウイルス性の病気で、最初は動物市場で売られていた野生のハクビシンや、コウモリが媒介となって感染したとされている。

それが報道されると、早々に中国当局によって都市部にある動物市場は閉鎖されてしまった。そのため、今の深圳ではこういった動物市場は見ることはできない。

しかし、歴史は繰り返される。2019年末に武漢の市場から新型コロナウイルスが広がったことは、今でも鮮明に記憶に残っている。

深圳 東門市場の野菜売り場の写真
東門市場の野菜売り場

この頃は子供の姿も多かったです。

旅の楽しみはその土地の市場を訪れること。昔はよくそう言われ、旅の定石となっていた。私もそれを信じ、実践しながら世界を旅した。

実際に様々な国の市場を訪れてみると、その土地を端的に表していて面白い。売られているもの、売り方だけではなく、売り手や客層、衛生環境など、どれをとっても「なるほどな!」と興味深く感じる。

スーパーのパック肉のイメージ(*イラスト:taresan917さん)

(*イラスト:taresan917さん 【イラストAC】

なかでも食肉市場の様子に興味を惹かれた。現在はどうなのかわからないが、2000年頃は日本のようにきれいに切り分けられたものがパックに入って売られている方が少数だったからだ。

中国のように生きたまま売られている様子を見ると、肉を食べるまでに手間がかかるし、ゴミも多く出る。とても効率が悪く感じる。日本のような売り方が一番いいのではないか、などと考えてしまうが、本当にそういった売り方が最善なのだろうか。

確かに効率はいいかもしれない。しかし、命のあるものから食を得ている感覚が薄くなり、そのことに無頓着になってしまう人も多い。思いやりみたいな感覚が薄れていくのではないか。

食に限らず、日本ではあらゆるものが「システム化・効率化」されており、それが便利さの反面、どこか機械的な冷たさを生んでいるのかもしれない。

エスカレータに整列して乗るイメージ(*イラスト:K-factoryさん)

(*イラスト:K-factoryさん 【イラストAC】

例えば、日本ではエスカレーターをきれいに整列して乗っていたり、電車の車内では異様に静かだったりする。その様子を機械的に感じる人もいるだろう。

日本で当たり前とされている「綺麗で便利なシステム」が、本当に人間にとって豊かなのか。それを疑う視点を与えてくれたのが、あの悪臭漂う深圳の市場だった。

世界を旅することは、今まで何も疑問に感じなかった日本の文化や習慣、考え方が、本当にいいものなのか、改めるべきなのかを、他の文化を肌で触れながら考えることができる機会でもある。

だからこそ、若いうちに世界を巡り、様々な文化を見て歩くことは、非常に有意義な経験になる。若いうちに海外に出る機会を作ることができるなら、ぜひ積極的に世界に飛び出してほしい。

旅人が歩けばわんにゃんに出会う
#17 シンセンの動物市場
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