#16 城壁村の猫
香港 錦田吉慶圍 2000年1月Kat Hing Wai, HongKong / Jan.2000
錦田吉慶圍(Kat Hing Wai)、HongKong Jan.2000
建物と建物の間の狭い路地を歩いていると、猫が出迎えてくれた。「おっ、珍しい。日本人が来たぞ!」というような歓迎だろうか。
写真のように建物と建物の間が人が一人通れる程度の通路しかない町並みは、日本では漁港に面した昔ながらの集落で多く見かける。そういった路地にはよく猫がいたりするものだ。
なので、もしこの写真に「東京の佃島」とタイトルを付けても、多くの人が違和感なく受け入れられるに違いない。
錦田吉慶圍(Kat Hing Wai)、HongKong Jan.2000
足を止めると、猫が集まってきた。カメラを向けると、ちゃんとカメラ目線。いや、「何者だろう?」「何をしているのだろう?」という警戒もあるのだろうが、「何かくれないかな」「遊んでくれないかな」と期待する目線のようにも思える。
この頃は、まだフィルムカメラの時代。猫にカメラを向ける人が少なかったので、猫にとってもカメラが珍しい。ちょっと緊張した堅い表情で写っている様子は、撮られ慣れていない人間と同じに見えて微笑ましく感じる。
錦田吉慶圍(Kat Hing Wai)、HongKong Jan.2000
なかなか逃げていかない。いや、むしろ近づいて来ようとする。だったらと、ちょっと遊び心で「猫目線」の写真を撮ってみた。
現在のデジカメやスマートフォンなら、背面の液晶画面を見ながら写真を撮ることができるので、こういった写真も撮りやすいのだが、フィルム時代はファインダーを覗いてピントや構図を決めないといけなかった。
こういった場合、本物の写真家は、躊躇なく地面にうつ伏せになる。しかし、私は写真好きな旅人。そんな勇気はなく、ノーファインダー(目測)で勘を頼りにシャッターを切ってみた。
結果は案の定、一番ピントを合わせたかった手前の猫にちゃんと合っていなかった。でも、それもまたフィルム旅の愛嬌である。
錦田吉慶圍(Kat Hing Wai)、HongKong Jan.2000
城塞内を歩いていると、また猫に遭遇した。ちょっとぶれてしまったが、ガスボンベの前で佇む様子をパチリ。
よく外国人が日本語の書かれた看板などを珍しがって写真に収めているが、背景にさりげなく違う国の言葉が写り込んでいるだけで、異国情緒がぐっと増すように感じる。
この猫たちの写真を撮ったのは、香港の繁華街よりも少し北に位置する、錦田(カムティン)にある「錦田吉慶圍(吉慶囲)(Kat Hing Wai)」。
ここは高さ7メートル、周囲およそ100m × 90mのレンガの壁に囲まれ、まわりには堀も巡らされているという城砦村だ。歴史は古く、村自体は約500年前、城壁は400年前に建設されたとされている。
現在でも子孫らが暮らしていて、住んでいる人の厚意で城壁内を歩くことができる(※現在は観光目的の立ち入りが制限されている場合があります)。
とはいえ、内部にあるのは近代的な建物なので、外部の古い城壁のイメージを持ったまま入っていくと、期待外れ感を味わうことになるだろう。
吉慶圍のある錦田まで来ると、人口密度が高い香港であっても高層ビル群はなくなり、のどかな田園風景を見られるようになる。
「香港にも畑がある……」「普通の山もある……」と、香港島や九龍半島南端の繁華街のビル群のイメージが強烈なだけに、当たり前のことに素朴な感動を覚え、ありきたりな風景なのに思わずシャッターを切ってしまった。
「何か珍しいものでもあるかね?」と、そんな私の様子を物珍しそうに地元の人が見ていたが、異国の旅人なので、気にしない。気にしない。
#16 城壁村の猫