#15 香港仔のワンコ
香港 香港仔 2000年1月Aberdeen, HongKong / Jan.2000
1973年に公開された香港映画「燃えよドラゴン」は、ご存知だろうか。主演はブルース・リー。世界的に大ヒットしたカンフー映画で、当時の香港、特に香港仔(Aberdeen)を美しく描いている。
その情景を求めて、香港を訪れた際に現地へ足を延ばしてみた。しかし、ノスタルジックな雰囲気を求めて海岸を散策してみたが、残念ながら映画に登場していた頃の面影はあまり感じられなく、ただ船が多いことに圧倒されるだけだった。
ここでワンコとの出会いがあったのだが、その前に香港仔の特殊性を少し書いておこう。
香港仔は、ベトナム戦争にとても深い関りがある。そもそもベトナム戦争とは、冷戦中の資本主義と社会主義の代理戦争といった形で国を南北に分け、1955年から1975年のサイゴン陥落まで続いた戦争だ。
戦争が起これば多くの人が死に、多くの人が住む場所を失うことになる。国を追われ、難民となる人も多いが、これは最終手段になる。そう簡単に国を脱出できるはずもなく、その道中は過酷なものとなるからだ。
(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
よくニュースで流れるのは、小さな船に多くの人が乗り込み、運を天に任せて脱出している様子――いわゆる「ボートピープル」と呼ばれる人々だ。この存在は、ベトナム戦争後にも大きな国際問題となった。
ボートピープルや難民の受け皿の一つとなったのが、香港。ベトナム戦争が終わった後、華僑(中華系住民)への弾圧もあって、最終的にはベトナムから20万人以上という難民が香港に押し寄せた。
土地の少ない香港では難民の暮らす場所も限られ、彼らの一部は水上で暮らすことになった。それが香港島の南側の香港仔(Aberdeen)一帯である。
ただ、元々この一帯は、古くからの伝統的な水上生活者(蜑民・たんみんなど)や中国からの難民の船で埋め尽くされていた場所だった。そこにさらにインドシナ難民が加わり、かつては水面が水上生活者の船で埋め尽くされていたそうだ。
「燃えよドラゴン」に描かれていたのは、まさにこのベトナムからの難民がどっと押し寄せる少し前の、穏やかな情景だったのだ。
「船での水上生活」と聞くと、どこか風情があってのんびりしていそうに思えるかもしれないが、実際の生活はかなり過酷だったようだ。風雨が強ければ激しく揺れ、小さな子供が暗がりで海に転落してしまう事故も絶えなかったという。
衛生環境的にもよくないということで、香港政府は陸に公営住宅を造り、彼らを陸に定住させる政策を行った。その結果、私が2000年に訪れたときには、水上で暮らす人はほぼいなくなっていた。
現在の香港仔はきれいに整備され、普通の港……ではあるが、凄まじい数の船が係留されていて、これはこれで驚かされる。
伝統的な木造船である「サンパン」(荷物の運搬や人の輸送に使われる小型の平底船)もちらほら見かけるが、周囲には高層ビルが建ち並び、「燃えよドラゴン」のような情緒はあまり残っていない。映画の撮影の後、難民が押し寄せ、きれいに整備されと、激動の歴史を歩んだからだ。
それでも、古き良き面影を探すなら、市場や港を歩いているときに出会う「サンパン?」と観光客向けの船に呼び込んでいるおばちゃんや、港で作業しているおばちゃんたちの帽子。日本で言う菅笠のような帽子は、昔も今もそう変わらないだろう。
桟橋付近を歩くと、レストランとなっている船が並んで停泊していたり、海鮮料理の店が並ぶ建物があったりと、今ではすっかり観光地、あるいは海鮮料理を楽しむ場所になっていることが分かる。
その桟橋付近には、セリ場なのか、作業場なのかわからないが、大きな建物があった。いずれにしても朝には活気があるのだろうが、訪れたのは夕方。もう誰もおらず、がらんとした状態だった。
香港仔(Aberdeen)、HongKong Jan.2000
人の気配が消えたガランとした空間で、一匹の大きなワンコが床に寝そべって退屈そうにこっちを見ていた。かなり大きい。市場の番犬といったところだろうか。
大人しそうだな。長い鎖に繋がれているし、近づいてみるか。そう思うものの、この大きさだと犬好きの私でもちょっとためらう。
近づいた途端、さっきまで大人しそうに見えたワンコが態度を豹変させ、凄まじい形相で吠え立ててこようものなら、ビックリして腰を抜かしかねない。「大の犬好きの旅人が、犬に吠えられて旅を中断」となれば、いい笑い話になってしまう。
まさに今、香港からユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬を目指して、ユーラシア大陸横断を始めたばかり。ここで冒険はできない……。
香港仔では水上生活者の姿は見かけなかったが、「水上生活」を送るワンコに出会った。
服を着せてもらって水上のレストランの店番をしている様子は、なかなかおしゃれで、まるで地中海といった雰囲気。この看板犬のおかげで客足も何割か増えているのではないだろうか。
でも、ワンコは船酔いはしないのだろうか……。人間と同じように「慣れ」なのだろうか……。ワンコの姿に癒やされつつも、船酔い体質の私はそんな心配をしてしまった。
#15 香港仔のワンコ