#8 王宮にいたニャンコ
スペイン マドリード 1997年11月Madrid, Spain / Nov.1997
(*イラスト:ちゅんさん【イラストAC】)
スペインの首都はマドリード。イベリア半島のほぼ中心に位置している。標高は約650mと、かなり高い。こうしたイメージを持つ人は少ないかと思うが、実はヨーロッパにある国の中で一番標高が高い首都である。
マドリードが首都になったのは、1561年。フェリペ2世が王宮を建てて、ここで執政を行ったことで、スペインの首都となった。以降、経済や文化の中心として発展していった。
徳川家康が江戸城に入ったのは1590年なので、東京(江戸)とほぼ同じ歩みで発展してきた都市と言えるだろうか。そう考えると、少し親近感が湧いてくる。
東京と同様に、現代のマドリードも大都会だ。町の中心部では東京並みに建物が密集しているが、重厚な石造りのビルが建ち並び、なかなか雰囲気がいい。これぞヨーロッパの都会といった風情である。
これも意外かもしれないが、マドリードは芸術の町としても知られていて、美術館を目当てに訪れる人も多い。
一番有名なのは、世界三大美術館と称されるプラド美術館。8,000点を超える膨大なコレクションを擁し、なかでも世界的によく知られているのが、ベラスケスの「ラス・メニーナス」、ゴヤの「着衣のマハ」「裸のマハ」。
ピカソの最高傑作の一つ「ゲルニカ」を所蔵しているソフィア王妃芸術センターも世界的に有名だ。「ゲルニカ」は戦争の悲惨さを描いたもので、この絵に共感する日本人は多く、この絵を見るためだけにマドリードを訪れる人もいる。
もう一つ、世界屈指の私設コレクションを誇るティッセン=ボルネミッサ美術館もよく知られている。
マドリードにはスペイン王室の公式行事用宮殿、マドリード王宮がある。西欧最大級の規模という紹介文は伊達ではなく、宮殿の建物の床面積は13万5,000平方メートル。部屋数は3,418もある。
坂の下から建物を見ると、その巨大さがさらに引き立つ。しかも敷地面積も広く、王宮の周囲は庭園や公園になっているから、殊更大きく感じ、スペインの王族の圧倒的な権威を感じる。
とはいえ、現在は王族はここで暮らしておらず、公式のレセプションや儀式の時に使われるだけ。普段は観光客に公開されていて、美術館とともにマドリードの観光ハイライトになっている。
その王宮の周囲にある公園を歩いていると、にゃんこがゴミ箱をあさっていた。ゴミ箱を覗き込む様子が可愛らしかったので、写真に収めようとカメラを鞄から出していたら、向こうから別のにゃんこもやって来た。
もしかして王宮はにゃんこたちの楽園になっていたりするのかな?「王宮で暮らすにゃんこ」と書くと、なかなか響きがいい。優雅な生活をしていそうだが、ゴミ箱をあさっていては……その説得力がない。
でも、王宮の周りに自然な感じで猫がいると、安心感というか、とても落ち着く。そう感じてしまうのは、ここマドリードが治安の悪いことでも世界的に知れ渡っているからだ。
当時のスペイン、特にマドリードとバルセロナの治安の荒れ方は、バックパッカーの間でも有名だった。時代を少し遡ると、その背景が見えてくる。
スペインでバルセロナオリンピックが行われたのが、1992年。日本のバブルが弾けたのが、前年の1991年。
バブル時代は日本人がヨーロッパに大挙して押しかけ、ブランド品を買い漁り、現地で大ひんしゅくを買ったものだ。ブランド品で有名なのはフランスやイタリアで、この他にも、ブランドや歴史への憧れが強いドイツやイギリスに多くの日本人が訪れていた。
バブルが弾けて狂気じみたブランド志向も落ち着くと、今度はバルセロナオリンピックを機に「スペインも情熱的でいいぞ。見所も多い」と評判が広まった。そうして、新たな目的地として、スペインがクローズアップされ、日本人がどっと押し寄せるようになった。
しかし、スペインの治安の悪さは日本人が想定している以上で、多くの日本人が被害に遭った。この頃、治安が悪いと言われていたのがイタリアで、スリとか置き引き、軽微な詐欺みたいな手口が多かった。
アイスクリームをわざとつけ、注意が逸れたときに荷物をさらう「アイスクリーム泥棒(置き引き)」は、当時のイタリア旅行の代名詞のようなものだった。
(*イラスト:asakuracさん【イラストAC】)
それに比べて、スペインで被害が深刻だったのは、そんな回りくどい手段ではなく、直接的な強盗が多かったからである。
もちろんスリなどの被害も多かったが、後ろから首を絞めて気絶させて鞄や財布などを奪っていく首絞め強盗が多かった。その威力は、国体に出場するほどの柔道有段者であっても、不意を突かれて被害に遭ってしまうほどだった。
ヨーロッパの国だからと安心していたり、そもそも危機意識が薄い人が多いのが日本人。彼らからしたら「鴨が葱(ねぎ)を背負って来る」ように見えたことだろう。
(*イラスト:いつも感謝さん【イラストAC】)
あまりの被害の大きさに日本人のツアーバスの後ろにパトカーが付いていたというのは、あまり笑えない話である。旅人の間ではスペインのマドリードとバルセロナはとにかく気を付けろ!と、広く周知されていた。
これは2000年前後の話になるが、外務省の渡航注意情報を見ると、現在でも似たような手口が書かれている。
あれから30年近く経ってもまったくブレないスペインの治安事情には感心してしまうが、もしマドリードやバルセロナを訪れる機会があるなら、これでもかというぐらい注意深く旅を楽しんでほしい。
#8 王宮にいたニャンコ