#6 カスバのニャンコ
モロッコ マハミド 1997年11月Mhamid Morocco / Nov.1997
(*イラスト:acworksさん 【イラストAC】)
1997年11月。モロッコに向かって風が吹いたので、モロッコに向けて旅立った。と書くとかっこいいのだが、失恋し、その他もろもろの事情で日常生活が不安定だったし、シーズンオフで航空券も安く、大学の卒業もほぼ決まったこともあって、気分転換に、1か月ほど海外へ出かけることにした。
なぜモロッコにしたのか。好きなアニメ「ルパン三世」のテレビスペシャル版がモロッコを舞台にしており、その異国情緒あふれる描写に惹かれたから……という、かなり適当な理由だったりする。
(*イラスト:まりんさん 【イラストAC】)
モロッコがあるのは、北アフリカ。ヨーロッパとはジブラルタル海峡を隔てただけなので、イスラム教の国でありながら観光客に対してオープンな国である。
面白いのが、海沿いはヨーロッパと変わらない温暖な気候でありながら、アトラス山脈を隔てた南側にはサハラ砂漠の一部が広がっているため、温暖から山岳、そして砂漠と様々な表情を持っている。
そしてモロッコといえば、映画の「カサブランカ」や「モロッコ」、歌謡曲の「カスバの女」の舞台。雰囲気に酔ってしまいそうなほどエキゾチックなイメージがある。当時は失意の中におり、モロッコの強烈な異国情緒に浸れば、色々なことが過去のことになりそうだ……と期待していた。
また、砂漠を訪れたいという強い思いも、私をモロッコへと駆り立てた。エジプトでサハラ砂漠を、インドでタール砂漠を訪れたことで、砂漠の魅力に取りつかれてしまったのだ。砂漠の何もないシンプルな光景や、その圧倒的な広大さは、心に響くものがある。そういった中で滞在していると、とても心が洗われる。
とはいえ、それはもちろん観光で一時的に訪れるからそう感じるわけで、実際に暮らすとなると、日本でぬくぬくと暮らしている身では一面に広がる砂の海が絶望の象徴と変わるだろう。
とまあ、ルパンを見た後、「モロッコって面白そうだな。旅をしてみたいな」と思い立ち、「実際のモロッコってどんな国だろう……」とガイドブックを眺め、「これはかなり中身の濃い旅ができそうだ」と考え、モロッコ行きを決めた。
モロッコの砂漠地方にはカスバという面白い建物がある。カスバと呼ばれる建物は、主に粘土や日干しれんがで造られていて、土の要塞といった佇まいをしている。
とくに有名なのはワルザザートにあるタウリルト・カスバ。土壁の城塞といった佇まいで、圧巻という言葉がふさわしい。なんでも18世紀に造られ、この地方の豪族、グラウィ家の家族や使用人が暮らしていたとか。
カスバは町中にあったり、街道沿いにあったり、オアシスの集落にあったりと、カスバがさりげなくある風景はモロッコらしさを感じられる。バスで砂漠の玄関となっているマハミドに向かう際も、車窓から多くのカスバを見つけることができた。
もっとも、北アフリカ全般的にこういった土で作られた建物は多く、カスバに似た建物は他の国にもある。
モロッコの南側に広がるサハラ砂漠。その玄関口の一つが、オアシス都市のマハミドだ。砂漠を訪れたかったので、私は悪路を堪えてわざわざやって来た。
砂漠近くの町だけあり、マハミドでは日が沈むと、町がたちまち暗くなる。夜が早ければ寝るのも早くなり、朝、起きるのも早くなる。
着いた翌朝、目が覚めると、ほんのり空が明るい。間もなく日の出だ。せっかくだから日の出の写真でも撮りに出かけるか……。と、宿を出て日の出を迎えるのにいいポイントを探しながら歩いた。
砂漠らしく早朝はかなり冷え込む。11月と季節も影響しているだろう。昼間が暑いので、この寒さが気持ちよく感じる。そんなことを思いながら、静かな早朝のオアシスを歩き回り、やっぱり町のシンボル的なカスバの塔がいいとなった。
塔と朝日が重なるように……と挙動不審者のように右へ左へと動き回っていると、土壁の隙間で八割れのにゃんこがこっちを眺めているのに気が付いた。
カスバに住まうにゃんこ。「カスバの猫」なんていうのは、映画みたいでかっこいい。哀愁漂うバックミュージックがどこからか聞こえてきそうだ。ただ、ひんやりした早朝よりも、昼間の熱気が残る夕時の方が雰囲気的に合うだろう。
それはさておき、このにゃんこは見かけない私が、いや動きが怪しく見えるようで、「何やってんだ。この人間は」といった冷めた表情をしていた。近づきたいところだが、逃げてしまいそうだ。せめて猫にだけはフラれたくないので、遠くから写真を撮るだけにした。
物が豊かとはいえない砂漠のオアシス。生き物にとっては暮らすのが少し厳しい環境なのだが、丸々と太っているにゃんこの様子からすると、普段から食べ物には困っていなさそうだ。そう、基本的にイスラムの人は猫が好きだ。そして猫にやさしい。
早起きは三文の徳というが、今朝は素敵な朝日を見られたし、カスバのにゃんこにも出会えた。正に言葉通りで、かなり得した気分。
よし、この勢いで暑くならないうちにマハミドの郊外に広がる砂漠を探検するか!……とはならず、現実的な私は宿に戻って溜まった洗濯物を片付けることにした。
宿の人に「どこで干したらいい?」と聞くと、「そのへんの木に引っかけておけばいいぞ」と、かなり適当。これがここでの日常になるのかな。
じゃあ失礼して……と、洗った衣類を木に引っ掛け、遠目に眺めてみると、見事な「洗濯物の成る木」の完成。砂漠の暮らしはワイルドでなかなか楽しい。
こういった大雑把ともいえる生活をしていると、日本での失恋や悩みなどどうでもいい……ということはないが、些細な問題のように感じてくる。それに、乾燥した砂漠の風が洗濯ものだけではなく、心の涙も乾かしてくれたのかもしれない。こうして、私の失恋の傷も少しずつ癒されていった。
#6 カスバのニャンコ