#5 ポカラのわんにゃん
ネパール ポカラ 1997年3月Pokhara, Nepal Mar.1997
(*イラスト:ソーガさん 【イラストAC】)
カトマンドゥから西北に約200km、ペワ湖の畔にポカラの町が広がっている。町の背後にはヒマラヤ山脈に属する8千メートル級のアンナプルナ山群の雄大な峰々がよく見え、美しい湖の風景と相まって観光やリゾート、或いはヒマラヤへのトレッキングの基地として、国内外から多くの人が訪れている。
現在はどうなのか分からないが、私が訪れた1997年頃は青年海外協力隊の拠点があり、日本人がたくさん滞在していることから、手ごろな価格の日本料理屋が多くあった。
インドとネパールを一緒に回る旅行者は多い。前者の人の多さや煩雑さ、そして連日のカレーで胃が疲れた人にとって、ポカラはまさに天国のような場所だ。「もうインドには戻りたくない……」と、ここで沈没している旅人も多かった。
私も同じようにインドを旅してからネパールへとやって来た。インドでは人の多さに疲れ、埃っぽさで鼻や気管をおかしくし、さらにはカレー料理で胃を壊していた。
げっそりした表情で入国したのだが、ネパールでは埃っぽさはあるものの、他は解消されたので、やつれていた顔に徐々に生気が戻っていった。なんてネパールはいい国なんだ。インドの人には悪いが、この時の私は心底そう思ったものだ。
ネパールではやりたいことがあった。それはバイクツーリング。カトマンドゥからポカラへは約200キロほど。バイクで往復するにはいい距離だ。旅の途中で知り合った日本人と意気投合し、一緒にカトマンドゥでバイクを借り、ポカラへ向かった。
慣れない海外での走行ではあったが、日本と同じ左側通行だったし、交通量もとても少なかったため、危険な思いをすることはほとんどなかった。ただ、道中で2度もバイクがパンクしてしまったのには、流石に閉口せざるを得なかった。
でも、これも海外ならではの経験というものだろう。当時は「せっかくの時間を無駄にしてしまった!」と憤りも感じたが、今ではいい笑い話になっている。
ポカラでは朝日に輝くヒマラヤの山々を見るサンライズツアーが人気となっている。バイクがあるので、ツアーに参加せずとも自分たちで行ける。そこで、朝早く起きて有名なサランコット展望台へバイクを走らせた。
今では多くの観光客が訪れることから道が整備され、多くのホテルや飲食店などの建物が建ち並んでいるが、この当時は道は舗装されていないし、建物もまばらで、薄暗い時間帯にバイクで山を登るのはちょっと大変だった。
Sarangkot Sunrise Viewpoint Pokhara, Nepal Mar.1997
かなり登ると、一つ目の展望台に到着。ここには観光客相手の土産物屋が何軒か並んでいる。ここで数匹のワンコたちが出迎えてくれた。
でも、バイクに乗っているときに犬には遭遇したくない。犬がバイクの排気音を唸り声と勘違いしたり、あるいは馬か何かの動物だと思い込んだりして、吠えながら追いかけてくることがあるからだ。実際、そんな場面に何度も遭遇している。突然前や横から走って来ると、バランスを崩して転びそうになるので、本当に怖い。
この時も、「こっちに来るなよ……」と身構えていたのだが、ワンコたちは「相手をしてくれないのか……つまらん」といった様子で、そのまま走り去っていった。ワンコたちに会えたのはうれしいが、去ってくれてホッとした場面だった。
ポカラの北側にはかつてチベットとの交易で栄えたオールドバザールがある。この通りでは古風なレンガ造りの建物が並んでいて、とても風情を感じる。
歩いてみると、立派な建物からかつての栄華や繁栄が偲ばれる。現在では繁華街が別の場所に移ったこともあり、全体的に落ち着いた雰囲気の通りとなっていた。
その通りをワンコが歩いているのを発見。ほのぼのとしていて、いい雰囲気だ。さらには牛も散歩をしている。牛が聖なる動物であるインドでは当たり前の光景となっているが、ネパールでもこういった光景に時々出会う。
Old Pokhara Bazaar Pokhara, Nepal Mar.1997
その牛を、ニャンコが首を伸ばすようにして見張っていた。
「おい、そこのでかいやつ。私の縄張りで何をしている。さっさと出ていけ!」
といった様子に見えるが、どうにもならないほどの体格差があるので、離れて見張るだけ。ちょっと面白い構図になっていた。
日本人にとってこのポカラのオールドバザールのレンガの建物が建ち並ぶ様子は、異国情緒あふれると同時に、懐かしさを感じたりするのではないだろうか。
そう、建物の外観がレンガではなく、漆喰で塗られた白壁に置き換えたら、日本の土蔵が並ぶ宿場町と変わらなくなる。全く違うようで色違いなだけ。けっこう風景が似ているのだ。
ただ、日本では税金の都合上、間口を狭く造る傾向にあるが、ここでは間口が広く、逆に奥行きが短いという特徴がある。
仲良くなった人のお宅に上がらせてもらったのだが、建物の構造はよく似ていて、階段も日本の蔵と同様にかなり急なものが設置されていた。
日本の宿場町で行われる祭りに風情があるように、このオールドバザールで行われる祭りもとても風情がある。2001年に再び訪れているのだが、その時はちょうどお祭りの日に重なった。祭りが行われている様子を見ていても、色合いなどは違うけれど、どことなく日本と似た雰囲気が漂っていた。
とても懐かしさを感じる風景だが、日本の蔵造りの建物同様に、これらの古い建物は現代の生活には不便な面も多い。2015年に起きたネパール大地震でも多くの建物が被害を受け、今ではその数も減少しつつある。
あの時、バイクを止めてファインダー越しに眺めた、日本の宿場町のような温かい風景。それがいまや失われつつあると思うと切ない。しかし同時に、あの瞬間をフィルムに収めることができて本当によかった、という感慨がじんわりと込み上げてくる。
#5 ポカラのわんにゃん