#4 タール砂漠とラクダ
インド ジャイサルメール 1997年2月Jaisalmer, India / Feb.1997
インドの西部からパキスタンにかけ、南北650km、東西360km、面積約20万km2という広大なタール砂漠(大インド砂漠)が広がっている。
タールという言葉から、コールタールとか、石炭のタールとか、タバコのタールとかの黒っぽさをイメージし、砂漠が黒っぽいからそういった名が付いたのかな……と思っていたのだが、調べてみたらそんなことはなかった。
この地域の言語、ラージャスターン語やヒンディー語で、「砂丘」や「乾燥した土地」を意味する「Thul」や「Thar」に由来するとされているそうだ。
タール砂漠の中心部にあるのが、オアシス都市ジャイサルメール。かつては交易都市として栄え、現在でも5万人以上の人口を擁している。
ジャイサルメールの象徴的な存在といえば、町の中心にあるジャイサルメール城砦。巨大かつ堅牢な岩の城で、下から聳えるような城壁を見上げたら圧倒される。これぞ「難攻不落」、そんな言葉がピッタリだ。
城内に入ることができ、中に入ってみるとビックリ。なんと城内はちょっとした集落になっていて、普通に人が暮らし、洗濯物があちこちに干してあるのだ。
かつて交易都市として栄えていた頃の面影を感じる立派な建物もあったりするが、それは一部だけ。ほとんどが人が暮らせるように改造されていて、ほのぼのとするような、ガッカリするような微妙な状態だった。
ただ、集落が狭い中にごちゃごちゃとあるので、狭い道を進んでいく感じはまるでロールプレイングゲームをしているかのよう。冒険者のような気分で歩き回れ、ワクワク感が止まらなかった。
それと、下から見上げたときは爆撃機で攻撃でもしない限り攻略はできないだろうな……と思ったのだが、間近で城壁を眺めると、灼熱の日差しと乾燥で岩が干からびていて、かなり脆い状態になっていた。これだったら近代的な火薬の武器を使わなくても、原始的な大型投石器で攻略できそうだ……。
ジャイサルメールは砂漠の中にあるオアシスなので、周囲には砂漠が広がっている。そして周辺には小さな村が点在している。ここではその立地をいかし、砂漠や砂漠の中にある村を訪れる砂漠体験ツアーが行われている。
砂漠で一泊か二泊、寝泊まりするツアーが人気となっていて、なかにはラクダに乗りながら何日もかけて砂漠を移動するような凝ったものもある。私の場合は日程に余裕がなかったので、手軽な一泊のツアーに参加することにした。
砂漠にある集落を訪れて思ったのは、衣装はカラフルで派手なのだが、その生活はとても質素で、とにかく物がないということ。ある集落では、以前は水も数キロ先まで歩いて汲みに出かけていたとか。
砂漠といえばラクダ。ラクダを使って汲みに行けばいいのでは……と思ってしまうのは、パンがなければケーキを食べればいい……みたいな物が豊かな立場にある人間の考え。ラクダを養ったり、手に入れるのでさえ大変なのだ。実際、求婚するのに「自分はラクダを何匹所有している」といった話になるのが、砂漠の価値観なのだ。
訪れたときに集落にいたのは女性と子供ばかり。男性は町に働きに出かけているのだとか。とてもカツカツで大変な生活をしている。
「よくこんな場所で生きていられるな……」と、物が溢れかえる東京でぬくぬくと暮らしている私は思ってしまうのだが、彼らはみんなで協力しながらそれなりに暮らしていて、悲壮感はあまりない。
そんな彼らの様子を見ていると、考えさせられてしまう。蛇口をひねればすぐ水が出て、24時間コンビニで食料が買える。そんな溢れるほどの物に囲まれながらも、人間関係が希薄な現代社会。果たして、どちらが本当に幸せなのだろうか。
砂漠ツアーのハイライトは砂漠で野営をすること。砂漠というと砂だらけのイメージが強いと思うが、タール砂漠は地下を水が流れているようで、所々に木が生えているのが面白い。
それとともに、辺り一面の砂の海が広がっているような光景はあまりないようで、全体的には乾燥した台地が広がっているといった印象だ。当然ながらツアーでは砂漠の雰囲気を楽しむために砂地の多い場所を選んで野営を行う。
砂漠といえばやっぱりラクダ。砂漠にラクダがいると、雰囲気が何倍にも増す。ラクダとともに野営をしたわけではないが、2日目はラクダに乗っての砂漠ツアーということで、朝方、近くの村から連れてこられた。
朝日に照らされたラクダはなかなか幻想的。砂漠に来てよかったと思える光景だ。写真では素敵な場面になるのだが、このラクダたちはブヒブヒとうるさかった。
「ブヒィー(嫌だよ、暑いし)!フガッ(歩きにくいし疲れるし……)」と、これから人を乗せて歩く仕事への文句をブヒブヒ言っているのかもしれない。その気持ち、よくわかる。
私はこの日の夕方の夜行バスの予約を入れていたので、朝食後にジャイサルメール戻った。なので、残念ながらラクダたちの背中に乗って旅をすることはなかった。
実際に乗った人の話では、高さがあるし、背中には出っ張ったコブがあるので、座った体勢が不安定で怖いと言っていた。
後ろ髪を引かれる思いで砂漠を後にしたのだが、数日後、鉄道の遅延による乗り継ぎの失敗で、約2日間を無駄にしてしまった。そのことを考えると、「ここでもう一日ツアーに参加しておけば……」と悔しく思うのだが、それも運命の巡り合わせ。後から考えても仕方のないことだ。
この砂漠ツアーは、満天の星空や砂丘から昇る朝日など美しい砂漠の情景を楽しめ、また砂漠にある集落で貴重な話が聞けたりと、とても満足のいくものだった。だが、一点、どうにも納得がいかないことがあった。それは、死を覚悟するほどの恐怖体験をしたからだ。
就寝時には直接砂の上に寝袋に包まって寝た。空には満天の星空が広がり、砂の感触も悪くない。少し埃っぽいのが難点だが、これが砂漠ツアーの醍醐味というもの。
問題の事件は朝方の薄暗い時に起こった。「何か足音がする!」と、地面を複数の動物が駆け回る音で目が覚めた。えっ、もしかして野生動物の襲撃か。
辺りを見渡すものの、私は眼鏡がないとよく見えないほど目が悪い。他の参加者も静かだし、何かあれば、この土地を熟知しているガイドが知らせてくるはず。
「きっとガイドの人が何か準備をしていて、その音が動物の足音のように聞こえたのだろう。なんだ、わざわざ起きることではなかったな……」と、まだ日が昇るまで時間があるので、そのまま横になった。
(*イラスト:poosanさん 【イラストAC】)
横になってまどろんでいると、今度はすぐ耳元で動物のハァハァと荒い息遣いが聞こえ、パッと目が覚めた。すぐ目の前に動物の顔がある。大きさ的には犬と同じぐらい。砂漠にいるこの大きさの肉食動物といえばハイエナか。やばい。食われてしまう。
パニックになり、「うぎゃ~~~!!!」と叫び声を上げながら手でバタバタと追い払う仕草をすると、その動物は私の絶叫に驚いたのか、慌てて去っていった。
ぱっと起き上がって、すぐに眼鏡をかけると、犬ぐらいの大きさの動物が2匹走り回っている。いや、犬だ。紛れもなくワンコだ……。
なんで砂漠の真ん中にワンコがいるんだ。さらに周囲を見渡すと、ガイドのインド人が笑っていた……。おいおい、勘弁してくれよ。本当に食われるかと思ったではないか。
なんてことはない。このワンコたちは、先ほど近くの集落からツアー用のラクダを連れてきたときに一緒に付いてきたのだ。我々がこのスポットに連れてこられたのは、薄暗くなってからだったので、周囲は見渡す限りの砂漠だと思っていた。
少し高い砂の丘に登ってみると、ここから500mくらいのところに集落があった。意外と集落に近い場所に寝ていたんだな……。それが分かっていれば犬の可能性も考えられ、あんなにビックリすることもなかったのに……。
まあ気が付かないのも無理もない。この頃の砂漠の集落には電気が通っていなかったので、集落といっても暗いし、暗ければ夜中に騒いで大きな音をたてることもない。
いやはや、今思い出しても怖い体験だった。動物に食べられそうになるという気分を味わったのはこの時だけ。色んな意味で貴重な経験をした砂漠ツアーであった。
#4 タール砂漠とラクダ