#3 タージマハルとワンコ
インド アーグラ 1997年2月Agra, India / Feb.1997
私の最初の海外一人旅は、トルコを中心にエジプト、ヨルダンと回った。理由はひとつ前のページ(#2 朝日を浴びる野良ラクダ)でも触れたが、アラビアンナイト的な雰囲気や文化の違うイスラム教の国を訪れてみたかったからだ。
その旅行を無事に終えると、すっかり海外一人旅の虜になっていた。そして次の目的地に選んだのはインドだった。
なぜインドを選んだのか。それは前回の旅行中に知り合った旅人たちが、口々にインドを旅してきたことを自慢していたから。
彼らが自慢げに語るインドの旅は、いかに過酷で、それを成し遂げた自分が凄いかという武勇伝ばかり。「インドを訪れてこそ一人前のバックパッカーだ」と言わんばかりの口調だった。
そんなにインドの旅は凄いのか。話を聞く限りでは強烈なカルチャーショックを受けそうだが、彼らにできて私にできないはずがない。そこまで言うなら、「挑戦してやろうじゃないか」と、私の負けず嫌いに火がついた。
もちろんそれだけではない。インドという国を調べてみると、広大な国土に様々な文化があり、世界遺産級の遺跡があちこちにあり、見るべきものがとても多い。観光の面でも素晴らしい旅ができそうだったことが決め手だった。
実際にインドを旅してみると、多くの人が言うようにインドの世界観は凄く、とてもカルチャーショックを受けた。いやはや、この時代のインドの旅は言葉で表現するのが難しいほど凄まじかった。
なにせ空港に到着し、出口から出るなり、多くの人に袖を引っ張られバクシーシ(喜捨)をねだられる状態。空港や駅などに多くの人が暮らしていたし、町には物乞いが溢れていた。カースト制度という身分制度があることにも戸惑ったし、カレーばかりの食事には胃が壊れた。
物価がとても安かったのも衝撃的だった。この頃の「地球の歩き方」の表紙に「一日1500円以内で旅する入門ガイド」と書いてあるように、一日千円もあれば十分旅をすることができた。
「えっ、タージマハルなどの入場料だけで軽く超えてしまうんじゃない!」と、今の感覚では思うかもしれないが、この頃はタージマハルなどの入場料は20円程度。国立博物館にいたっては2円というありえない料金設定だった。ほんと異常に物価の安い国だった。
物価が安いので、この当時は多くの人がインドを目指し、長期滞在をしながら修行のような旅をしていた。2000年以前のインド旅といえば、髭や髪を伸ばし、浮浪者のような人が旅をしている国といったイメージを抱く人も多いだろう。
エジプトといえばピラミッドというように、インドといえばタージ・マハル。インドを象徴する建物で、観光パンフレットなどの表紙には必ずといっていいほどタージ・マハルが使われている。なので、インドを訪れたことのない人でもその存在を知っていることだろう。
タージ・マハルがあるのは、首都デリーの南にある都市、アーグラ。この建物は、ムガール王朝第5代皇帝シャー・ジャハーンが、1631年から22年の歳月と多大な労働力、膨大な費用を投じて、愛妻ムムターズ・マハルのために建設した霊廟である。
タージ・マハルが白いのは、白い大理石を使っているから。白い大理石の華麗さ、緻密に計算された左右対称のデザインと造形美、そして愛妻のために建てたというエピソードが相まって、世界中の観光客を魅了している。
ヤムナー川の畔に白い大理石で造られたその美しい建物がある。実際に訪れてみると、太陽の光を浴び、白く輝くように存在する建物の美しさに感動する。
廟(建物)に上がるには靴を脱がなければならないのだが、ツルツルとした大理石の床の上を歩くと感触がいい。ただ、乾季のインドはとても埃っぽいため、靴下はすぐに真っ黒になってしまうのだった。
廟内には妃であったマハルの棺と、その横に後年付け加えられたシャー・ジャハーンの棺が置かれている。世界一美しい墓であると同時に、年中ひっきりなしに観光客が訪れるので、世界一落ち着かない墓であったりする。
シャー・ジャハーンの居城だったのが、アーグラ城。同じくヤムナー川沿いにあり、赤い石を使って建てられていて、赤い城(ラール・キラー, Lal Qila)とも呼ばれている。
アーグラ城からタージマハルがよく見える。シャー・ジャハーンもタージ・マハルを見て、亡き妃を思い出していたことだろう。
Agra, India / Feb.1997
タージ・マハルを望むテラスでは、ワンコが観光客に愛想を振りまいていた。とはいえ、インドは狂犬病の多い国。外国人観光客は相手をせず、たまにインド人の観光客が頭をなでる程度だった。
私もまだインドに到着してから数日しか経っていなく、犬は好きだが勝手がわからない。もし噛まれて狂犬病になったら怖いので、少し離れた位置から写真を撮るだけにした。
犬なら写真を撮っても「バクシーシをよこせ」とは言わない。安心してカメラを向けることができる。インドでは何かをする度にチップのようにバクシーシを要求されため、この文化に馴染みのない日本人旅行者の中には、バクシーシ・ノイローゼになる人も少なからずいた。
「せっかくだから、タージ・マハルを背景に入れて」と構図を決めてカメラを構えたら、今まで鞄から食べ物が出てくるのではと期待し、こっちを向いていたワンコは下を向いてしまった。
げっ、お前もバクシーシ(おやつ)を払わないとモデルになってくれないのか……。インドのたくましさを犬にまで突きつけられた気がして、苦笑いするしかなかった。
ちなみに、タージマハルからアーグラ城までブラブラとヤムナー川沿いを歩いたのだが、途中には火葬場がたくさんあった。ヤムナー川はガンジス河最大の支流であり、ここもまた、インドの人々にとって聖なる川になる。
河川敷では火葬が行われ、川辺の道では、亡骸を積んだリヤカーやトラックと何度もすれ違った。華やかなタージマハルや豪華なアーグラ城のすぐそばで、こういった光景が繰り広げられていることに驚いた。
華やかさと無常さが隣り合わせで混在している。この混沌こそが、インドという国柄なのだろう。ほんと、インドでは色んなことを考えさせられた。偉大な哲学書のような国……。というのは大袈裟かもしれないが、私なりのインドを旅した印象になる。
#3 タージマハルとワンコ