世田谷散策記 世田谷の秋祭りのバーナー
秋祭りのポスター

世田谷の秋祭り File.37

岡本八幡神社例大祭

坂の多い岡本で行われる祭りでは、神輿は何度も坂を下りたり登ったりしなければなりません。その様子は力強く、そして美しいものです。

鎮座地 : 岡本2-21-2  氏子地域 : 岡本1~3丁目
御祭神 : 応神天皇(誉田別命)  社格 : 旧岡本村村社
例祭日 : 10月第一日曜と前日
神輿渡御 : 宮神輿、子供神輿、太鼓車、トラック山車
祭りの規模 : 小規模  露店数 : 数店
その他 : 奉納演芸が行われます。

*** 旧岡本村と岡本八幡神社 ***

岡本八幡神社の写真
民家園脇の入り口

ひっそりとあるといった感じです。

岡本八幡神社の写真
階段前のユーミン灯籠

岡本八幡神社名物となっています。

岡本八幡神社の写真
境内

緑に囲まれたひっそりとした境内です

岡本八幡神社の写真
社殿

古く、小さな堂宇です。

岡本八幡神社の写真
天満宮

社殿の横にあります。

岡本八幡神社の写真
浅間大社と三峯神社

仲良く並んでいます。この他、愛宕宮もあります。

岡本八幡神社の元旦祭の写真
元旦祭

御神酒や焼き餅などが振る舞われます。

岡本八幡神社のどんど焼きの写真
どんど焼き

成人の日に行われます。

* 旧岡本村と岡本八幡神社について *

現在の大蔵町は砧公園や大蔵運動場付近にある横に細長い地域で、岡本から見ればお隣さんといった感じですが、かつての大蔵村はとても広く、北部の砧、そして南部の鎌田や玉川の一部を含む地域でした。その大蔵村が今のように分裂したのは昭和30年に行われた町域変更の時で、それ以前の地図を見ると、岡本村は北、西、南を大蔵村にぐるっと囲まれるような形で存在しています。まるで大きな口に飲み込まれそうな感じというのが言い得ているかもしれません。

そういった大蔵に吸収されそうな頼りない感じで存在していた岡本でしたが、古くから独立した村として存在していました。岡本の地名の由来は、長円寺の山号の岡本山からとったという説、鎌倉時代の武将木曽義仲に属していた岡本次郎成勝の出身地であることから付けられたという説、丘陵起伏の多い地形から岡本と名付けられたという説などがありますが、どれももっともらしく、決定打にかけるようです。

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岡本と言えばせたがや百景や国土交通省選定の関東の富士見100景に選ばれている岡本3丁目の坂が知られているでしょうか。ひたすら真っ直ぐなのにとても急な坂道です。車や自転車など乗り物で下ると、まるでジェットコースターに乗っているような気分になります。

岡本は谷戸川と丸子川に挟まれた大地上に位置している為にこのように急な坂道が多くあります。坂や丘ばかりの土地といった印象が強いのですが、その反面、丸子川は六郷用水の名残で、その流域では灌漑が進み、田畑が広がっていました。1650年頃の記録では田が176石、畑が45石と記録されています。人口も1695年頃には家数が35戸、235人、1808年には50戸220人と大きくはないけど、しっかりとした村を形成していました。

明治になると22年に大蔵や喜多見、宇奈根、鎌田とともに合併し、砧村の一部となりました。昭和11年にはあまりにも坂が多くて不便をするので、まず道を何とかしたいという住民の希望から砧第二耕地整理組合として登録し、積極的に耕地整理を行ったといった話があります。昭和30年には飛び地の整理が行われ現在の町域となり、隣の大蔵町も鎌田や砧に分かれ、現在の状態になりました。

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岡本村の鎮守は岡本八幡神社です。丸子川沿いにある岡本民家園の脇にひっそりと参道があり、48段の階段を上った先に鎮座しています。創建に関しては詳しいことは分かっていなく、言い伝えでは鎌倉の鶴岡八幡宮より勧請したとのことです。年代も不明で、安政元年(1854年)に社殿を改築した記録があるので、それ以前に創建されていることは確実のようです。境内には八幡宮の社標もあることから、昔は八幡宮の名を名乗っていて、明治になって政府の指導で神社に改めたものと推測されます。

明治10年には村社に指定され、明治42年には合祀令により、愛宕社と仙元宮を境内社として合祀しています。大正九年には茅葺きを今の銅板葺きに替え、昭和39年には第六天祖神が合祀されています。近年では参道の階段が整備されたり、平成21年には神楽殿が新築されました。

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岡本八幡神社には二つの名物があります。一つは先に書いた48段の階段です。結構急な階段で、しかも狭いのでちょっとビックリします。というか、初めて来た人は「これを登るの~」ってな感想になるかと思います。なら岡本3丁目の坂の上の方からやってくればいいという事になるのですが、それでも結構坂を下らなければならなりません。ちょうど国分寺崖線の中腹よりちょっと上に位置している感じです。

丸子川沿いに田んぼが広がり栄えていた岡本村なのでどうせなら一番高い位置に造ればよかったのではと思ってしまうのですが、元々は八幡宮の上に岡本山長円寺があったようです。火事で焼失してしまい、長年荒廃していたのを大正三年に村人の努力で現在の場所で再建したとか。

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もう一つの名物はその階段の前にある石灯籠一対です。特に何の変哲のない新しい灯籠ですが、裏を見てビックリ。松任谷夫妻(ユーミン夫妻)の名が刻まれています。彫られている年号から平成八年に奉納されたようです。どこかこの近くに暮らしているのでしょうか。そのためこの灯籠の写真を撮っていく人が多く、ある意味世田谷で一番有名な石灯籠・・・、というのは大袈裟かもしれませんが、松陰神社の石灯籠ぐらい知名度のある石灯籠となるでしょうか。

*** 岡本八幡神社の秋祭りの様子 ***

岡本八幡神社の秋祭りの写真
準備中の境内

ここには三つの神輿があります。

岡本八幡神社の秋祭りの写真
神事

社殿が狭いので外で行っていました。

岡本八幡神社の秋祭りの写真
御魂入れの儀式

森の中で行われている感じなので雰囲気がいいです。

岡本八幡神社の秋祭りの写真
お囃子の奉納

出来たてのホヤホヤなので気持ちよさそうでした。

岡本八幡神社の秋祭りの写真
夜の神楽殿での奉納演芸

カラオケや舞踊が中心です。

岡本八幡神社の秋祭りの写真
岡本婦人会などの屋台

隅っこで子供たちのために開いていました。

* 岡本八幡神社の秋祭りについて *

かつて娯楽が少なく、祭りが年に1度の楽しみだった時代、岡本八幡神社の祭礼は10月3、4日に行われていて、境内には出店が並び、夜には祭りのために設置された舞台で芝居が行われたりと賑やかなお祭りが行われていたようです。現在では祭礼日は氏子などの都合によって10月の第1日曜日に本祭、前日の土曜日に宵宮が行われます。10月1日が日曜日の場合は9月31日が宵宮になります。

周辺の大蔵、鎌田、宇奈根といった神社ではせっかくの秋祭りというのに出店が並ぶことなく、奉納演芸が行われる事もなく、ただ神事と神輿渡御だけが粛々と行われているといった感じの秋祭りとなってしまいましたが、ここでも屋台が並ぶことはありませんが、夜には神楽殿で奉納演芸が行われます。見物人が大勢いるわけではありませんが、やはりこういった秋祭りらしい光景があると少し安心します。

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現在の祭礼は宵宮の日の12時半から、御魂入れなどの神事が行われ、その後神輿渡御が行われます。神輿は宵宮と本宮の二日間出ますが、宵宮の日は御魂入れをしてトラックで巡回すると言った簡易的なものです。日曜日の本祭のときは12時から神事や式典が行われ、その後大勢の担ぎ手によって神輿が担がれます。やはり見所は狭くて急な階段を上り下りするとこです。

夜には神楽殿で素人奉納演芸が行われます。この神楽殿は平成21年に新築されたばかりで、それ以前は神楽殿のある場所に毎年舞台が設置され、奉納演芸が行われていました。それを考えると随分と氏子関係者の負担が減ったはずです。金銭的な負担はあったはずですが・・・。

また毎年なのか分かりませんが、神楽殿の脇では数店ほど岡本婦人会によって露店が出ます。子供たち向けのお店で、民家園の七夕祭りや長円寺の盆踊りの時にも出店していてそこでは人気があるのですが、ここでは根本的に訪れる子供が少ないので、そんなに賑わっている感じではありませんでした。

*** 岡本八幡神社の神輿渡御 ***

*** 宮神輿渡御 ***

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
御神酒で乾杯

まもなく出発です

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
出発の合図

いよいよ渡御の開始です。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
宵宮の宮出し

消防団員などに担がれてトラックの荷台へ

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
神楽殿の獅子舞

宮出しの時は獅子舞が舞われます。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
急な階段の宮出し

狭くて急な階段なので大変です。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
鳥居くぐり

これが結構大変です。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
竹林を進む宮御輿

とても美しい場面です。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
古民家と神輿

懐かしい光景・・・でしょうか。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
民家園で休憩中

地主さんの家で休むといった感じでしょうか。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
太鼓車と太鼓引きの子供たち

坂が多いので太鼓引きも大変です。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
岡本はやしを乗せたトラック山車

提灯にはメンバーの名前が入っています。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
閑静な住宅街で休憩

実は岡本は高級住宅地でもあります。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
丸子川沿いを進む神輿

こういう風景も岡本ならではかもしれません。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
階段登り

狭いので大変です。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
宮入してきた神輿

境内で何度も揉みます。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
宮入

関係者が見つめる中収められます。

岡本八幡神社の神輿渡御の写真
御魂戻しなどの神事

最後に御霊を戻し、挨拶などが行われます。

岡本八幡神社には大人用神輿と、小さな神輿が2基あります。大人用神輿は昭和32年に千葉・行徳の浅子周慶によって造られた台座が二尺二寸(67cm)の唐破風軒屋根、勾欄造りの神輿です。大きさ的には小ぶりですが、ここの神輿は屋根が凝っています。多くの神輿の屋根はつるつるで漆塗りの塗装が光ってきれいだったりするものですが、ここの屋根は白木造りで手の込んだ彫刻が彫られ、また屋根の四隅にある蕨手の錺りや龍の彫刻が見事なのが特徴です。駒札は八幡宮が掲げられます。

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岡本の神輿渡御といえば世田谷区民まつりを連想する人もいるかもしれません。近年は参加していないようですが、昔は本神輿に女神輿と二基の神輿が毎年参加していました。秋祭りでも女神輿が渡御していたのかは確認していないのでわかりませんが、神輿の盛んな地域だったのは確かです。

しかしながら今では二日間とも神輿渡御は行われますが、土曜日の宵宮の日は御魂入れをした後、形だけ担いでそのままトラックの荷台へ載せ、トラックでの渡御となります。そのときには警備をする消防団や派出所のおまわりさんなどが担ぎ手を努め、ちょっと変わった光景の宮出しとなります。宵宮では本祭の日に担いで回れない地域を回るそうです。

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本祭の日は12時から神事や式典が行われ、13時頃に宮出しが行われます。宵宮に比べて担ぎ手が増えるのは当然ですが、この付近の同規模の神社の宮出しに比べると担ぎ手が多いです。それもそのはず、参道である狭くて急な階段から宮出しが行われるからです。

宮出しは社殿の前で担ぎ初め、境内でひと揉みします。この時、神楽殿では岡本囃子によって獅子舞が舞われ、そこに神輿を差し上げ獅子舞に道中の安全を祈願してもらいます。これも岡本らしさとなるでしょうか。ちなみに正月にも境内や民家園でこの獅子舞は舞われます。

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その後、岡本八幡名物の階段に向かいます。狭くて急な階段なので結構大変そうに感じるのですが、担ぎ手はなぜか終始笑顔です。こういう場合、安全の為にロープを取り付けて上から引いたりと慎重に行うののが普通かと思うのですが、そういったものもなしで、簡単そうにワイワイと担いで降りてくるといった感じでした。これくらいなんでもないといった感じなのです。こういう事が好きな人が集まっているのでしょうね。

ただ降りてきてからが大変でした。鳥居が小さいのです。そのため神輿を斜めにして何とか通さなければならなく、顔は真剣そのもの。見ていると、坂を下るよりもこっちの方が力が入っているようでした。

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その後はすぐお隣の民家園に向かいます。竹林を通ったり、柿が干してある古民家の前で揉んだりする様子はとても日本的な光景です。昔懐かしい光景となるのでしょうか。古民家園ではなぜか毎年焼き芋が振る舞われ、応援に来ている担ぎ手の人の話では岡本八幡と言えば階段と焼き芋といった印象となっているようです。古民家園で小休止した後は階段下の参道のところに戻り、ここからお囃子を先頭に太鼓車、神輿と隊列を整えて岡本の町を渡御します。

残念ながら訪れたときは子供神輿はトラックの荷台に載せられたままでした。宮入は夕方18時頃ですが、年によって前後するようです。宮入でも宮出しと同じように名物の階段を上ります。一日担ぎ回った後なので、さぞ大変だと思うのですが、下り同様に軽々登ってしまったりします。この階段には重力軽減装置でも付いているのかと思ってしまうぐらいです。

そして境内で何度も揉んだ後収めます。その後すぐに御霊が戻され、神輿渡御は終了です。境内の隅には直来の席が用意され、神楽殿では奉納演芸が始まり、なんか花見的な宴会のような盛り上がりをする境内となります。

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岡本は坂の多い町です。そして自然が多く残っている場所でもあります。民家園や丸子川沿いに渡御する様子やきつい坂道を上り下りする様子、そして神社の急な階段を通っての宮出しと宮入などとても神輿渡御が美しく感じ、また力強く感じます。

ちなみに現在は階段に手すりが取り付けられています。これで神輿の上げ下げが楽になったのか、大変になったのか分かりませんが、少し見る方としては残念です。取り外し可能なやつにすれば良かったのに・・・というのは単なる見物人の我が儘なのでしょうね。

* 感想など *

岡本といえば、やっぱり坂が多い町と言うことになるでしょうか。しかも急な坂が多いのです。かつては「岡本は坂が多くて苦労するから、かわいい娘は岡本へは嫁にやるな。」などと言われたこともあったとか。現在のように便利な車があればまだしも、徒歩で移動となるとなかなか大変です。自転車でもやっぱり大変です。3丁目の坂など自転車で下ろうものなら、命の危険を感じることもあります。

そういった不便な土地柄なので住民の共同意識が高かったようです。耕地整理の際もとにかく村に道を造って欲しいと住民が協力的だったのでスムーズに進んだそうです。その反面、崖線上は景色がいいので、自家用車を持つお金持ちにとっては静かで魅力的な場所でもありました。崖線上に財界人の別荘が並んでいたというのも岡本でもあり、自動車が普及してからは閑静な高級住宅地といった一面もあったりします。

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坂が多くて、高級住宅地が多いとなると、神輿の担ぎ手が集まらなそうですが、ここでは比較的応援の人が集まってきます。もちろん接待をしてくれる岡本の人の人柄などもあるのでしょうが、ここの神輿渡御はなかなか魅力的だからだと思います。見ている方がそう思うので、担いでいる人はもっと感じているのか、或いは風景など見ていなく、焼き芋などの接待が目的なのか分かりませんが、個人的には世田谷の中でも美しい渡御の一つに感じます。

それはやはり周りの風景がいいからです。いわゆる渡御が絵になっているといった表現がぴったりきます。まあこれは写真が好きな目線なので他の人がどう感じるかは分かりませんが、境内は木々に囲まれているので、背景は神社らしいし、狭く、急で、うっそうとした階段からの宮出しと、宮入も絵になるし、民家園での竹林や古民家も神輿によく映えます。小川のような丸子川ぞいに渡御する様子もいいですし、急な坂を頑張って登ったり降りたりする様子も絵になります。そういった色んな場面で絵になる岡本八幡神社の神輿渡御は見ていて楽しいものであり、美しく、懐かしく、そして力強いものだと感じました。

<世田谷の秋祭り File.37 岡本八幡神社例大祭 2013年9月初稿 - 2015年10月更新>