世田谷散策記 世田谷の秋祭りのバーナー
秋祭りのポスター

世田谷の秋祭り File.23

山谷稲荷神社例大祭

神社は勝利八幡神社に合祀され、仮屋が置かれているといった状態ですが、神輿渡御はそういった事を感じさせないぐらい勇壮に行われます。

鎮座地 : 上北沢4-32  氏子地域 : 旧山谷地域(上北沢4、5丁目など)
御祭神 : 宇迦之御魂神  社格 : なし
例祭日 : 10月、体育の日前の日曜とその前日に宵宮(勝利八幡神社と同日)
神輿渡御 : 宮神輿、子供神輿、太鼓車
祭りの規模 : 小規模  露店数 : なし
その他 : 合祀されている勝利八幡神社で露店や奉納演芸があります。

*** 上北沢山谷町と山谷稲荷神社 ***

山谷稲荷神社の写真
神社の様子

家一軒分ぐらいの小さな敷地です。

山谷稲荷神社の写真
社殿

小さな建物です。

山谷稲荷神社の写真
境内にあった力石

山谷の里の文字が掘られています。

* 上北沢山谷町と山谷稲荷神社について *

昔の上北沢は現在の上北沢と桜上水を合わせた広い地域でした。桜上水というのは昭和41年の新住居表示の際に上北沢の東半分を分離して新しくつくられた地名です。その広かった上北沢村の村社は創建が1026年という歴史を持つ勝利八幡神社で、現在の住所では桜上水に鎮座する形になっています。

現在、上北沢側にあるのは山谷稲荷神社ですが、これは上北沢村の山谷地区に鎮座する稲荷神社になります。この稲荷社は創建が慶長十九年(1614年)ともいわれる古い神社ですが、明治40年に勝利八幡神社に合祀されています。しかしその後山谷では良いことが起きないと、仮屋の祠を祀る事となり、今でも地元の人々の信仰対象となっています。

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山谷と聞いてありきたりと感じるか、変わった地名と感じるかは年代によるかもしれません。昭和7年以前の昔の住所は、上北沢1丁目、2丁目といった表記ではなく、上北沢村本村とか上北沢村北原といった字(あざな)で表記されていました。

字名はその土地の様子を良く表していて、本村は最初に開拓した村、宮前とか稲荷は神社のある村、原、中原などは原っぱの多い地域といった感じです。そして谷や沢が多く起伏の激しい世田谷でどの村にもあるような字だったのが山谷です。

だから昔はありきたりな名前でしたが、今では山谷といった地名はほとんど聞くことのない珍しい地名となるでしょうか。ただここの山谷は山室兄弟が荒野原を開拓したのが始まりとなるそうですが、この地に家が三軒しかなかったことから、三家、そして山谷になったといわれています。実際甲州街道沿いのこの地域はそこまで大きな起伏がなく、山谷というには少々ふさわしくありません。

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上北沢の山谷は甲州街道沿いに位置する地域です。地図を見るとあれっと思うのが、この付近の杉並区と境界です。京王線の上北沢駅と八幡山駅付近では世田谷区が甲州街道を突き抜けて角のように杉並区に伸びていて、八幡山駅から芦花公園駅付近では逆に杉並区が世田谷区の方へ伸びてきています。

世田谷区民からすると甲州街道と環八の交差点付近や八幡山駅周辺に入り込んでいる杉並区地域に違和感を感じ、逆に杉並区民からすると上北沢四、五丁目が出っ張っていて邪魔と感じるかもしれません。これは宿場町の文化圏の名残となるようです。

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かつて甲州街道には高井戸宿があり、高井戸宿は上高井戸宿、下高井戸宿と分かれ、両宿合わせて350軒位が軒を並べていたと言われています。その上高井戸、下高井戸宿の間に挟まれていたのが山谷地区です。高井戸宿が杉並文化圏にあたるので、世田谷区から見ると山谷地区が出っ張り、高井戸宿の部分がへこんでいるといったいびつな形となっているのです。

とはいえ、領地の多くが天領だった世田谷では助郷として多くの村で農民が高井戸宿へ借り出されてきた歴史があるので、昔はそんなに区外といった感じはしなかったのかもしれません。

*** 山谷稲荷神社の秋祭りの様子 ***

山谷稲荷神社の秋祭りの写真
秋祭りのときの神社

普段と雰囲気が全く違います。

山谷稲荷神社の秋祭りの写真
夜の様子

ちょっと幻想的な感じになります。

山谷稲荷神社の秋祭りの写真
社前

多くのお供え物と酒が並びます。

* 山谷稲荷神社の秋祭りについて *

山谷稲荷神社の神様は上北沢村の村社である勝利八幡神社に合祀されているので、祭礼日は勝利八幡神社と同じ日になります。ちょっと前までは体育の日に祭礼が行われていたようですが、今では体育の日前の日曜日に本祭が行われ、土曜日に宵宮が行われています。

境内は仮屋のためとても狭く、祭礼には神輿は出ますが、露店はなく、奉納演芸などといった事も行われません。もちろん合祀されている勝利八幡神社の方では露店が並び、奉納演芸も行われます。ただ勝利八幡神社の方では神輿は出ません。両方合わせるとちょうどいいなんて思うのは外部の人間の発想で、なかなかそうもいかないようです。

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境内はとても狭いので、秋祭りといっても神社が飾られるぐらいで特に何もないといった感じです。道路に面した部分には高い板の壁が貼られ、奉納者の名前が掲げられます。境内では鳥居前に提灯が掲げられ、御神輿が飾られ、祠にも祭壇がもうけられます。

受付のテントも設置され、狭い境内は一杯一杯です。それでいて関係者が何人もいるので、部外者にはちょっと入りづらい雰囲気かもしれません。土曜日には子供神輿と太鼓車が、日曜日には大人神輿も運行されます。この時だけは狭い境内や神社前の狭い道路が混雑し、とても賑やかになります。

*** 山谷稲荷神社の神輿渡御 ***

*** 宮神輿渡御 ***

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
発輿祭

神社前の狭い通りが担ぎ手で埋まります。

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
先導する弊と木遣り

甲州街道までは木遣り歌の中静かに進みます。

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
朝日を浴びての渡御

とても日差しの強い日でした。

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
甲州街道の渡御

普段歩けない場所を進むので楽しそうです。

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
甲州街道を進む神輿

ひどい渋滞にはなっていませんでした。

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
子供神輿の到着

最後の締めを行います。

山谷稲荷神社の神輿渡御の写真
子供神輿と神社

 

山谷稲荷神社の例大祭では宮神輿が運行されます。合祀されている村社だった勝利八幡神社では神輿渡御が行われていないのに、仮屋の方で御神輿が出るというのもちょっと変な話しに思えますが、それぞれの神社に、それぞれの氏子事情があるのでしょうがないことです。

宵宮にあたる土曜日には子供神輿や太鼓車が運行され、本祭の日曜日には大人神輿も運行されます。神輿は平成六年に地元大工によって建造されたもので、台座が二尺二寸、延軒屋根、勾欄造りの小振りなものです。屋根の勾配がきついせいか、稲荷社の紋が大きいのか分かりませんが、屋根に付けられた稲荷社の紋がとても目立つ御神輿です。

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宮出しは年によって違うようで朝10時とか11時になります。当然ですが、狭い境内に人が入りきらないので神社前の路上で発輿祭が行われ、宮出しが行われます。神輿は高張り、幣、木遣り、金棒、神輿といった感じで進み、甲州街道までは木遣り歌の中静かに進んでいきます。区内で木遣りが先導するのはここだけかもしれません。ただ常に木遣りが歌っているわけではなく、恐らく宮出しと宮入の時だけで、後はもしかしたら商店街などの繁華街を通るときなどにも歌われるのかもしれません。

渡御コースは旧山谷町の上北沢4丁目、5丁目を中心とした地域で、おおむね京王線の北側になります。線路を越えて南下するのは桜並木で有名な上北沢駅前だけで、上北沢区民センターと昭和信金の駐車場で一休みします。桜祭りの時も昭和信金の駐車場に舞台が設置されるので、上北沢でも色々と貢献しているようです。宮入は18時。朝と同じで神社には入れないので、神社前で差し上げて終わります。

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山谷稲荷神社の神輿渡御の特徴は、まず杉並の高井戸と下高井戸に挟まれた場所らしく、杉並の半纏をよく見かける事です。もちろん甲州街道に面している赤堤や松原でも杉並の半纏を見ますが、やはりここが一番多いのではないでしょうか。また甲州街道を中心とした地域だけに大通りである甲州街道を渡御する時間が長いです。交通事情や安全などを考慮して、なるべく大通りを避け、通っても短くというのが近年の神輿渡御の傾向なので、ちょっと珍しいというか、頑張っているなといった感じです。

でもまあ日曜日のこの付近はそんなに混雑しないので警察の方からも強い要請はないのかもしれません。こういう普段歩けないような大通りで担ぐというのは担ぎ手にとっては気分のいいもので、必要以上に張り切ってしまうものです。神社自体は仮屋の小さなものですが、神輿渡御はそんなことを感じさせないほど盛り上がっていました。

* 感想など *

秋祭りの情報収集をしていて山谷稲荷神社について初めて知りました。そして、こんなところにこんな小さな神社があったなんて・・・、しかも何で山谷なの・・・というのが最初に訪れた感想でした。気になって調べてみると、高井戸宿の間に世田谷区の山谷地区があったということや、山谷に限らず上北沢全体が農業が非常に盛んだった地域だったというのにはちょっと驚きました。私にとっては後で調べて色々と勉強になったお祭りでした。

また、世田谷区内では一度合祀され、再び元に戻された神社というのは珍しくありませんが、そういった神社は古くからの氏子の情熱はあるものの、町域が狭いので神輿渡御には人が集まらなく、苦戦している場合が多かったりします。ここのように仮屋でこんなに盛大な神輿渡御が行われているというのには驚いたと同時に、今でも地域の人々に愛されているんだなと感じました。

<世田谷の秋祭り File.23 山谷稲荷神社例大祭 2012年11月初稿 - 2015年10月更新>